2015.06.26

YTシリーズ量産化、インサイドストーリー

2013年、ヤンマーはコンセプトトラクター「YT01(Y-CONCEPT YT01 ADVANCED TRACTOR)」を発表しました。2012年よりスタートした「プレミアムブランドプロジェクト」のひとつの目玉であり、変わりゆくヤンマーのビジョンを体現し、農業関係者のみならず多くの方に驚きと期待の声をいただきました。

そして2015年5月。コンセプトトラクターに込められたビジョンを具現化した量産化モデル「YTシリーズ(YT 490/5101/5113)」がいよいよ販売を開始します。日本各地の農場で活躍させるべく、革新的なデザインに包まれたボディには最新の技術と、いままでにない快適性を追求。その機能をフルにご活用いただくために、万全のサポート体制も準備しています。

今回は、コンセプトトラクターからYTシリーズ量産化にいたるまでのストーリーをお届けします。コンセプトトラクターを企画・デザインした生みの親、世界的な工業デザイナー・奥山清行氏。テクノロジーを駆使し、製作の屋台骨を担った技術者。そして販売後にお客様とのコミュニケーションを担うサービス担当者。鮮やかなプレミアムレッドのボディ、農家のみなさんの声に耳を傾けてこだわった快適性。YTシリーズに込められたヤンマーの想いを明らかにします。

まずは奥山清行氏のインタビューから。

ヤンマーの未来、農の未来を提示したコンセプトトラクター

──2013年、プレミアムブランドプロジェクトのひとつの目玉として発表されたコンセプトトラクター。それがいよいよ2015年5月に量産モデルとして販売がスタートしますが、まずは「コンセプトトラクター」という、農機ではめずらしい手法を取られた背景から聞かせてください。

奥山清行(以下、奥山) 「コンセプトトラクター」という考え方自体が世界で初めてではないでしょうか。これまで農業を取り巻く世界の中で、お客様へ未来への「新しいビジョン」を提供するという機会はほとんどありませんでした。今回トラクターをデザインするにあたり、製品そのものだけではなく業界や産業のあり方をデザインすること、これを私たちはビジネスデザインと呼んでいるのですが、まずそこからスタートしました。

コンセプトトラクターには二つの大きな意味合いがあります。ひとつめには、これからの100年間ヤンマーが目指していく商品のあり方、考え方、フィロソフィー、そのダイナミズムをこの商品を通してお客様に伝えたいということ。それからもうひとつ、実はこちらのほうが大きなメッセ―ジなんですが、このコンセプトトラクターは今農業の最前線にいらっしゃるプロのみなさまはもちろん、まだ農業に入っていない、未来の潜在的なお客様に対するメッセージでもありました。

いつもヤンマーの製品を使っていただいているお客様とは販売店や展示会を通じ、コミュニケーションの場があります。しかし、これから農業に参入しようと考えておられる方や販路の開拓など新しい展開を模索している企業に、どうすれば伝えられるのか。どうすればヤンマーに目を向けてくださるのか。その手段として生まれたのがコンセプトトラクターだったのです。

──2013年の「東京モーターショー」出展も話題になりました。

奥山 これまで日本のトラクターのニュースが経済新聞の一面に載るといったことはありませんでした。私たちはそれを目指し、実際にショーの翌日には一面を飾ったのですが、会場でのアンケートでも国内外の車よりも多くの方々からポジティブな反応をいただいたんですね。

そういったこれまで農機が出て行くような場ではなかったところでアピールすることで、子どもたちやそのご両親も興味を持っていただける。このトラクターに乗れるのだったら農業を始めてもいいな、家族でそんな話し合いがされるきっかけになればと。

──コンセプトトラクターの打ち出しには大きな手ごたえを感じられたのですね。

奥山 ありました。それでも最初は不安でした。私も兼業農家で育っていますが、私たちの子どものころの記憶にあるヤンマーを大きく変えようとしているわけです。だからこそうれしかったのが、古くからヤンマーを利用していた方々の反応です。

「こんな尖ったトラクター、俺たちには乗れない」、「高そうだし、現実味がない」。第一印象でネガティブな声ももちろんありました。でもコンセプトトラクターには、そういった声も含め様々な意見を聞くための“マーケティングツール”としての役割もあったのです。コンセプトトラクターの発表、モーターショー出展を経て、少しずつ販売店や農家の方々の声も変わってきました。口々に「トラクターってこんなに可能性があるものだとは思わなかった」と言ってくれるようになり、そんな声が拡がるにつれ、最初は拒否反応を示していた方も次第に歓迎してくれるようになりました。わずか数ヶ月の間の変化。これがうれしかったですね。

農の最前線へ……現場の声がトラクターを進化させた

──今回のトラクターには高級感のあるボディや最新鋭の技術が詰め込まれています。デザインを進めていく際に、コストが障壁になることもあったのでは?

奥山スタイリングよりも何よりも、コストがいちばん大切。私はそう考えます。デザインはアートで作家の自己満足の世界だ、と勘違いされている方がいらっしゃいますが、私は「デザインとはお客様のお金をお借りして物をつくること」だと考えています。他人様のお金で商品やサービスをつくって提供し、間にある業界が潤い、その上でお客様がいちばんメリットを享受するものでなければならない。だからコストや重量、スペックを外してデザインするなんてことは絶対にあってはならないんですね。

そういうデザインがあってはじめて、議論がはじまります。一台のトラクターをつくるのにサプライヤーの方まで含めると、数千人が参加しています。もちろん多くの調整があります。もう少しコストを下げられないか、このパーツは軽くならないのか。設計変更も時にはありますが、妥協はしたくないから議論しながら調整していきます。これが私のいつものプロセスです。

あともうひとつ、「必ず現場の声を聞く」ということですね。私たちは、自ら考えた想定や私たちなりの調査のもとで規格をつくり、デザインを起こしています。その想定が正しいかどうか、実際の現場に適したものであるかどうかを検証するためには、お客様を訪ねる、工場に出かける、現場に足を運ぶことが不可欠です。実際に生の声を聞けば、何が重要なのか、プライオリティーが変わってくることも少なくないのです。

──今回のトラクター開発でも、現場の声が反映されているのでしょうか。

奥山 今回も全国の販売店様にご紹介いただいた、たくさんのお客様に出会いました。そのひとつ、埼玉のとある専業農家を訪ねた時のことが印象深いです。その方とは田んぼで会ったのですが、白いスニーカーを履いているんですよ。どうして?と尋ねたら、「僕らはトラクターの中で8時間、多いときは12時間仕事をするんですよ。ここが僕にとってのオフィス。だから、長靴で過ごしてなんていられない」と。スペックは当然のことながら、もっと重要なのはエアコンがよく効いて、好きな音楽が聴きながら働けて、ドリンクも携帯電話もすぐに取れる場所に置いておけることなんだと。これにはガーンときましたね。

──トラクターをオフィスとして利用されている、その視点は当事者以外にはなかなか気づきにくい点ですね。

奥山 想像を超えたトラクターとのつきあい方は、とても新鮮な発見であり、製作にもすぐに採り入れました。居住性を高めるため、エアコンの吹き出し口を大きくし、ドリンクホルダーも2つ設けるようにしました。デジタル技術をフルに使って内部のコンポーネンツをできるだけ効率よく配置。わざわざ手元を見なくてもブラインドタッチで操作できるようなレイアウトを施しました。スイッチ類にしても目を閉じていても動かす方向が本能的にわかるデザインを目指し、トライ&エラーを繰り返しました。

日々トラクターを使用している方のリアルな声を聞くと、私たちはあの人たちのために商品をつくっているんだと、ターゲット像が明確に見えてくる。現場の思いを商品にフィードバックさせることを、私は「ハートのある開発」と言っています。

コンセプトトラクターから量産化モデルへ YTシリーズは農業の新しい姿をデザインする

──コンセプトトラクターをベースにした量産化モデル、YTシリーズがいよいよ販売開始です。

奥山 私はトラクターだけをデザインするのではなく、農業の新しい姿をデザインしたいと思っています。YTシリーズが提供する価値もまた、農業の新しい姿をデザインするひとつの形です。このトラクターを通じて、農業にいままで以上に誇りを持っていただきたい。

同じ赤でも緑の農地の中で遠くから見てもパッと分かるような赤、だけど高級感のある深みのある赤・プレミアムレッドをまとったボディ。お話しましたとおり、一日中過ごすことを考えてつくられた快適性。機械そのものにも誇りを持っていただきたいですが、その先にはデジタルで仕事の効率性を格段に上げるスマートアシスト、それからメンテナンス、サポート体制もこれまでにない価値を提供する予定です。ヤンマーがトータルソリューションカンパニーであるということは決して誇張ではありません。北海道の「ヤンマーアグリソリューションセンター」では、最新の農業機械の情報発信や、「土づくり」に対する知識の向上、農機研修の提供など、生産者にとって、これまで以上に役立つサービス提供のための拠点が実現しています。

ヨーロッパのブランドは、お客様に商品を売ったところから関係がはじまります。その中で一緒に商品の改良をしていったり、次の商品を買っていただくためのアイデアをいただいたり、コミュニケーションづくりがとても上手い。私はヤンマーで、そんなお客様とのコミュニティを築いていきたいと考えています。

──YTシリーズの量産化で、ヤンマーとお客様の新しいコミュニケーションがスタートする、とも言えそうです。

奥山 もちろん願っているところは何も問題がなく、快適に使っていただくことです。しかし、製造業は改善改良を続けて完成度を高めていくものです。こうしたい、ああしたいという要望はぜひうかがいたい。最初のお客様は開発のメンバーでもあると思っています。私たちと一緒に、新しい農業の可能性を探っていってほしいと考えています。

プロフィール

工業デザイナー/KEN OKUYAMA DESIGHN代表

奥山清行 Kiyoyuki Okuyama

1959年山形市生まれ。 ゼネラルモーターズ社(米)チーフデザイナー、ポルシェ社(独)シニアデザイナー、ピニンファリーナ社(伊)デザインディレクター、アートセンターカレッジオブデザイン(米)工業デザイン学部長を歴任。フェラーリエンツォ、マセラティクアトロポルテなどの自動車やドゥカティなどのオートバイ、鉄道、船舶、建築、ロボット、テーマパーク等数多くのデザインを手がける。2007年よりKENOKUYAMADESIGN代表として、山形・東京・ロサンゼルスを拠点に、企業コンサルティング業務のほか、自身のブランドにより自動車・インテリアプロダクト・眼鏡の開発から販売までを行なう。2013年4月ヤンマーホールディングス取締役就任。