2016.05.25

こだわりの「食」から ヤンマーらしさのムスリムフレンドリーとは

2016年3月1日、ヤンマーは、ムスリム(イスラム教徒)の社員や、来社されるお客様への対応として、本社社員食堂「Premium Marche CAFE(以下 プレミアム マルシェ カフェ)」でのムスリムフレンドリーメニューの提供を開始しました。同時に祈祷室の設置も行いました。

世界規模でムスリムの人口が増加する中、ヤンマーにおいても社員、お客様ともムスリムの方々と関わる機会が増えています。会社として、ムスリムの方々への配慮をどのように行うか、重要な課題のひとつでした。

今回は、同プロジェクトの中核を担ったマーケティンググループのイブラギモブ ショハルフベック(IBRAGIMOV Shohruhbek、以下 ショーン)さん、総務部の吉岡望美さん、そして組織活性化推進室の船越多枝さんの3氏が鼎談。ヤンマーらしいムスリムフレンドリー実現の背景をお話いただきました。

<鼎談メンバー>

 

人事総務法務ユニット 組織活性化推進室 船越多枝

 

人事総務法務ユニット 総務部 吉岡望美

 

経営戦略部 マーケティンググループ イブラギモブ ショハルフベック(IBRAGIMOV Shohruhbek)

※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。

きっかけは、ムスリム社員のランチタイムの過ごし方から

世界人口の約4分の1を占め、今後もアジアを中心に増加が予測されるムスリム。ムスリムは、信仰を保つために豚肉や豚派生品、アルコール類など、イスラム法で許可(ハラール)されていないものの飲食を避け、夜明け前、昼、午後、日没、夜と1日5回の礼拝を行うことを大事な習慣としています。

しかし日本においては、ムスリムの生活習慣への理解・対応は進んでいるとは言えない状況です。2011年にヤンマーに入社したショーンさんもまた、日本で暮らすムスリムとして、日々の食事や礼拝の場所の確保に工夫を重ねていました。

 

イブラギモブ ショハルフベック(以下、ショーン) ヤンマー本社の周辺には、徒歩10〜20分の範囲にムスリムでも食べられるメニューのあるお店が5〜6件ありました。しかし移動が往復で20分、オーダーして待つ時間も10分くらいかかりますから、10分以内で食べなければいけません。せっかくのランチなのに、だんだん味わったり楽しむ余裕がなくなってしまいました。

 

礼拝についても、入社時に「勤務時間中に2〜3回の礼拝を行う」ことを認められてはいたものの、礼拝場所は空いている会議室や非常階段の踊り場などを使用していたそう。「いつ、誰がくるかわからない」と、落ち着かない気持ちで礼拝を行う状態が続いていました。

そんな中、2014年11月に新本社ビル「YAMMAR FLYING-Y BUILDING」が完成。12階には、新しい社員食堂プレミアム マルシェ カフェもオープンしました。さっそく利用すると、焼き魚などショーンさんが食べられるメニューも並びましたが、「毎日魚ばかり」というのはちょっと……。

ショーンさんは、プレミアム マルシェを担当する吉岡さんに「食堂のムスリムフレンドリー対応は可能かどうか」と相談を持ちかけます。しかし、当時の回答は「ちょっと待って」。

 

吉岡望美(以下、吉岡) オープン当初は運営を安定させるために、解決しなければいけない課題が山積していました。ムスリムフレンドリーメニューは、一食提供するためにもものすごく大きなしくみを構築しなければいけないので、少し時間が必要だったのです。

それから約1年後の2015年秋。たまたま座席が近くなった縁もあり、ショーンさんから、ヤンマーのダイバシティを担当する組織活性化推進室の船越さんに、「ムスリムフレンドリー対応に取り組みませんか?」と相談が舞い込みます。船越さんは、「ヤンマーの食への取り組みの観点からも、ダイバシティ、グローバル化を目指すうえでも取り組むべきだ」と考え、あらためて吉岡さんに相談を持ちかけました。

プレミアム マルシェ カフェの運営も軌道に乗りはじめていたこともあり、吉岡さんも「いよいよ時期がきた」と感じたそう。

 

吉岡 実は、プレミアム マルシェ カフェでショーンさんに会った時に、「今日は何を食べようかな」ではなく「何を食べられるだろう?」という視点で食事を選んでいることに気づいたことも大きなきっかけでした。食を大事にするのはヤンマーのミッション。全社員が「毎日ここで食べたい」と思うのが理想の食堂ですから、それができていないならやらなければいけないと思いました。

吉岡さんは、プレミアム マルシェ カフェで掲げる理念、「全社員に毎日おいしく、健康に食べてもらえる食事」をムスリムの社員にも提供したいと考え、ムスリムフレンドリー対応に着手しました。

ヤンマーのムスリムフレンドリー基準をつくるために

世界中に多数の販売拠点を持ち、グローバル化を進めるヤンマー。今回のムスリムフレンドリー対応のきっかけはショーンさんの提案でしたが、ヤンマーとしてのムスリムフレンドリー対応へと発展した背景には、これからますます増えることが予想されるムスリムへの対応を進めるべきだという判断がありました。

3人は毎週のようにミーティング。まず最初に着手したのは、ムスリムに対する基礎知識を身に付けることでした。吉岡さんと船越さんは、ショーンさんにヒアリングすると同時に外部のセミナー等にも積極的に参加。ムスリムの方に配慮すべきこと、食堂の対応について学び、「ヤンマーとしてできること」を議論しました。

はじめにアイデアに上がったのはハラール対応のお弁当をケータリングできないかという案。実際にお弁当を取り寄せて試食したところ、味には問題ありませんでしたが、お弁当の種類には限りがあり、「ムスリム社員に毎日おいしい食事を提供する」ことが実現されません。また、お弁当の予約・発注の担当などオペレーションにも課題がありました。

次に3人はムスリムフードを提供している、他社の社員食堂を訪問し、食堂のオペレーションや食事内容を視察。多くの場合はレトルトを温めて対応していることがわかりました。すると、吉岡さんは「プレミアム マルシェ カフェではおいしさへのこだわりを徹底したいのでレトルトはやめましょう」とひとこと。他のメニューと同じく、食堂内で調理して提供することになりました。

 

ショーン 「お弁当だけでもありがたい」と思っていたので、吉岡さんの言葉を聞いたときは正直言って驚きました。ハラールに完全対応しようとすると新しいハラールキッチンを作らなければいけません。それは無理だとしても、今のヤンマーとして可能な範囲で、社員もお客様も満足できるムスリムフレンドリーの定義を考えようと、当初の私の期待以上のプロジェクトになりました。

「ムスリムフレンドリー」という言葉は、定義の幅が広いため、ヤンマー独自の基準を定める必要がありました。また、その実施に当たってはプレミアム マルシェ カフェの食事を提供する食堂運営会社の協力も必要です。吉岡さんが中心となり「どのレベルなら対応が可能か」を食堂運営会社と交渉。一つひとつ課題をクリアしていきました。

 

吉岡 ムスリムの方たちの食事のどういったところに配慮が必要なのか、もっと理解してレベル感を共有しなければ、食堂運営会社さんに理解していただけないと思いました。たとえば、ムスリムの食に対する戒律を学ぶなかで、一番驚いたのは食器や調理器具に関することでした。

豚肉など「ハラールではないもの」が触れたお皿や調理器具は、その時点で非ハラールとなります。ムスリムは、食事を提供する側がお皿や調理器具を分けて提供していることを明示していなければ、心のどこかにその食器が非ハラールなのではないかと、違和感を覚えながら食事をすることになります。

イスラム教の規範や、実際にショーンさんからヒアリングした体験に基づきながら、提案しては調整を繰り返し、一つひとつ対応について検討した結果、以下の定義が定められました。

【ヤンマーのムスリムフレンドリーメニューの定義】
・豚肉や豚肉由来の製品、アルコールは使用しない。(消毒に関してはアルコールを使用)
・食用肉はハラール認証商品とする。
・調味料は基本的にハラール認証商品を使用し、認証品ではないものに関しては原材料を確認し、使用が許可されていない材料が含まれる商品は使用しない。
・調理器具・食器はハラールとそうでないものを分けて使用、洗浄、保管を行なう。

このほか、ムスリムフレンドリーメニューを調理する時間帯や工程は通常のメニューの調理と分け、隣で非ハラールの調理はしないという対応も行っています。ただし、食器の手洗いなどの手間もあるため、一日の提供数は限定20食と決まりました(2016年5月現在)。

こうして、社員のみならず、海外からのお客様にも安心して食べていただけるムスリムフレンドリーメニューが実現したのです。

「おいしさ」から始まるダイバシティ

ムスリムフレンドリーメニューの開発にあたって、さまざまなハラールフードを試食したという吉岡さんと船越さん。食べてみてそのヘルシーなおいしさに驚き、「これは、いろんな社員に食べてほしい」という思いも芽生えたそうです。

 

船越多枝(以下、船越) 全社員が相互に、会社にはいろんな人がいることを理解するのが、ダイバシティの大切な観点。文化や歴史が違うもの同士が、「食べてみる」「話してみる」ことからお互いに興味を持ち、理解につながると思うのです。一般の社員にこそムスリムフレンドリーメニューを食べてもらって、相互の文化的理解が進むということも、このプロジェクトを通して目指したかったことのひとつでした。

ムスリムフレンドリーメニューの提供が始まった後も、毎日のように吉岡さんはチェックを行って食堂運営会社と打ち合わせ。船越さんの話にあったように、全社員への浸透をいかに進めるか、提供のスピードやメニュー開発についても改善を重ねました。

 

吉岡 ムスリムフレンドリーメニューは、他のメニューとオペレーションも提供場所も違い、どうしても時間がかかってしまうんです。時間がかかると社員は他のメニューに移ってしまいますから、どうすればアツアツで美味しいものをすばやく提供できるのかを何度も話し合って、細かなやり取りをしています。

 

船越 当初は「ムスリムフレンドリーメニューって、ムスリムの人の食事でしょ?」という反応が多かったんです。そこで、どうすれば「普通に食べて、おいしく楽しんで、自然な文化理解につながるのか」を話し合って、まずはムスリムの人が多い国の食べ物を増やしてメニューを差別化しました。入り口をわかりやすくした結果、味やヘルシーさを実感してもらえて、おかげさまですごく好評です。

今では、ムスリムフレンドリーメニューが売り切れてしまい、ショーンさんが食べ損ねることもあるそう。プロジェクトメンバーとして、ショーンさんは嬉しい悲鳴をあげています。

 

ショーン 企業として、これだけのムスリムフレンドリー対応を実現したという意味で、ヤンマーはある意味パイオニアになりました。また、ムスリムフレンドリーメニューがあることによって、社員はムスリムへのベーシックな対応を自然に身につけられると思うんです。海外のお客様が来られるときにも「食事はどうされますか?」と提案しなければいけないという気づきが生まれているのを感じます。

毎日プレミアム マルシェ カフェで提供されるムスリムフレンドリーメニューを目にし、ときには食することによって、ヤンマー社員のグローバル対応力も底上げされているというわけです。先日も、インドネシアからのお客様が昼・夜ともにムスリムフレンドリーメニューをご希望になり、味も含めて非常に喜ばれました。

ひとりひとりが自分ごと化する
ボトムアップのグローバル化/ダイバシティ実現

今回、ムスリムフレンドリーメニューと同時に実現したものがもうひとつあります。それは、ムスリムの人たちが安心して礼拝できる祈祷室の設置でした。

 

船越 ムスリムに関して知識を身に付ける中で、礼拝も食事同様、非常に重要であることを理解し、祈祷室設置対応も進めようということになりました。場所の確保など、課題は少なくありませんでしたが、常に前向きに我々の思いを理解してくれた上司の存在も大きかったと思います。

当初は6階の執務エリアに祈祷室を設置する案もありましたが、お客様が食後に礼拝されるケースを考えて、来訪者も自由に利用できるプレミアム マルシェ カフェと同じ12階の一角を改装することに。執務エリアや会議室エリアのように頻繁に人の出入りもないですし、祈祷室を区切る仕切りには「礼拝中」を伝えられる工夫も。日々の礼拝を安心して行うことができるようになりました。

今回の取り組みの中核を担った3人のお話をうかがってきましたが、社員から始まるボトムアップの取り組みがひとつのモデルになったことも特徴でした。また、この取り組みには有志で集まった10名以上もの社員や、食堂運営会社の関わりがありました。 船越さんはヤンマーの行動指針にある「あらゆる壁を壊せ」「異なる意見をぶつけ合え」という言葉を、みんなで体現して取り組めたと、大きな意義を感じています。

 

船越 みんなが自分ごととして、他の人のことも考える。そこからはじめて、グローバル化やダイバシティが進むと思います。今回の取り組みのように、そういった風土が自然に根付いてほしいですね。

ヤンマーの本社ビル「YAMMAR FLYING-Y BUILDING」は、ヤンマーの掲げるブランドステートメント「A SUSTAINABLE FUTURE」の発信拠点でもあります。ここから、ヤンマーの目指すダイバシティ、グローバル化を発信することにも大きな意義があります。

 

吉岡 食堂でのメニュー提供から、社員のムスリムへの理解が浸透して、国内外に発信される。それは、この本社ビルの社員食堂が「自然と共生し、生命の根幹を担う食料生産の分野で人々のより豊かな暮らしを実現する」というミッションステートメントを体現するひとつの形なのかな思います。

 


 

いち社員の発信から始まったプロジェクト。その思いはこのミッションステートメントに深くつながっていました。異なる背景を持つ多様な人々が、同じ組織のもと食や生活習慣を共有することで相互理解を深める。これも人と食を大事にすることから生まれる、「新しい豊かさ」のひとつではないでしょうか。