2023.06.30

挑戦する世界中の社員を後押し。ヤンマーの「新規プロダクトアイデアコンテスト」とは?

ヤンマーは「A SUSTAINABLE FUTURE」の実現に向け、事業活動を軸に社会貢献などさまざまな取り組みを行っています。その基盤となるのが「HANASAKA(ハナサカ)」。「人の可能性を信じ、挑戦を後押しする」という、創業時より受け継がれてきたヤンマーの価値観を指します。

そんな「HANASAKA」の取り組みのひとつとして、2022年に「新規プロダクトアイデアコンテスト」(以下、「本コンテスト」)を実施しました。これは、国内外のヤンマーグループの社員から広く新規事業のアイデアを募り、自社の役員が事業化の可否を審査するコンテストです。当選したアイデアの提案者は、プロジェクト推進の主体となり、事業化を目指します。

アイデア公募は10年振りの開催とあって、本コンテストは社内で大いに注目を集めました。その狙いや成果について、事務局メンバー、応募者の発案や発表を支援するサポートメンバー、そして3名の応募者に伺います。

取材者プロフィール

<事務局メンバー>
高田直也
ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 イノベーションセンター ビジネス推進部 専任課長
中山亜委
ヤンマーホールディングス株式会社 経営戦略部 戦略グループ

――――――――――――――――――――

<サポートメンバー>
山本英一郎
ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 イノベーションセンター ビジネス推進部
竹永隆
ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 イノベーションセンター ビジネス推進部 部長

――――――――――――――――――――

<応募者①>
田中郁
ヤンマーアグリジャパン株式会社 中四国支社 但馬支店 支店長

<応募者②>
Tugce Uyanik
YANMAR TURKEY MAKINE A.S. Business Development
Arda Bayyurdoglu
YANMAR TURKEY MAKINE A.S. Marketing Development

※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。

「新規プロダクトアイデアコンテスト」の狙いは?

――「新規プロダクトアイデアコンテスト」の概要を教えてください。

事務局メンバー 中山亜委さん

事務局・中山:本コンテストは、ヤンマーグループ全体からお客様の課題を解決する新規事業のアイデアを募る大規模なイベントです。グループに所属する社員であれば誰でも応募が可能で、社外の協力者を巻き込んでも構いません。

募集するアイデアは「お客様の課題解決と顧客価値創造によってヤンマーの成長を実現するもの」です。審査はヤンマーホールディングスの役員が担当し、当選したアイデアはプロジェクト化されます。その後は提案者が主体となり、事業としての成長を目指します。

新規プロダクトアイディアコンテスト概要

事務局・中山:2022年9月からアイデアを募集し、2度の審査を経て2023年3月に受賞アイデアが決定しました。結果的に予想以上の反響があり、国内外120名の応募者から150件のアイデアが集まりました。そのうち6件が最終審査に合格し、現在は事業計画書を作成している段階です。1次審査と2次審査の間にはブラッシュアップ期間を設け、外部コンサルタントからのアドバイスも取り入れることで、より精度の高い計画書を策定することができました。

――社内でもたいへん注目を集めたコンテストだったそうですね。どんな狙いがありましたか?

事務局メンバー 高田直也さん

事務局・高田:本コンテストの目的は次の3つです。①プロダクトアイデアの発掘、②人材の発掘と育成、③次世代の成長事業の創出です。当グループでは、1990年代からアイデア公募を不定期で行ってきました。しかし、制度としてコンテストが確立していたのではなく、近年は開催の機会がありませんでした。つまり、社員がアイデアを公に伝える場がなかったんです。

従来、新規事業の育成はヤンマーホールディングスの専門の委員会がプロジェクト推進を担ってきました。しかし、中期計画で掲げた「顧客価値創造企業への変革」を達成するには、新規事業の種を見つけることが急務だと感じていました。そんな時に開催したオンライン社内イベント「YANMAR SUMMER FESTIVAL」で、ある社員から「社内ベンチャー制度を作ってほしい」という要望が役員に届けられたのです。我々と思いを同じくする社員がいることを知り、感激しました。

「社内から幅広くアイデアを募る」「やる気のある人材を発掘する」という2点をクリアするために、10年ぶりに本コンテストの実施が決まりました。このコンテストの肝は、アイデアを発掘するだけでなく、正式にプロジェクト化して、次代の成長事業に育成するためのステップが考慮されている点にあります。

――本コンテストでは、縁の下の力持ちとして「サポートメンバー」も存在感を発揮したとか。その役割を担った山本さんと竹永さんは、具体的にどのようなサポートをされたのでしょうか?

サポートメンバー 山本英一郎さん

サポートメンバー・山本:本コンテストには運営を主導する事務局の5名に加えて、私を含む7名がサポートメンバーとして加わりました。私たちの役割は、1次審査を通過した応募者に対して、2次審査の発表までに必要なサポートを実施することです。私はこのインタビューに参加している田中さんを含めて3名のサポートを担当しました。

具体的には、①審査員である役員と応募者との面談や外部コンサルタントとの打ち合わせ設定、②アイデアブラッシュアップのサポート(技術調査、海外の市場調査、デザイン画作成)③2次審査用の発表のサポート(プレゼン資料作成や発表の支援)を行いました。

サポートメンバー・竹永:1次審査の後、20ものアイデアが2次選考に通過したのですが、それはいい意味で驚きでした。私はそのうち、このインタビューに参加しているTugceさんとArdaさんのサポートを担当しました。

このチームも含めて、応募者が悩んでいるところに気づいて、必要に応じて自分以外にもサポートしてくれる人とつないで、彼らに足りないところをサポートしたり、背中を押してあげたりするのを心掛けましたが、このチームは私のサポートはほとんど不要なぐらい優秀でした。

サポートメンバー 竹永隆さん

【応募者の声①】ヤンマーアグリジャパン 田中郁

――本コンテストの応募者である田中さんにお聞きします。応募の動機はなんでしたか?

応募者 田中郁さん

応募者・田中:動機は主に3つありました。1つ目は、役員に直接声を届けられること。ヤンマーの現場最前線を担う社員の一人として、日々、顧客と向き合ってきました。販売・サービスを行うなかで培ったアイデアを、組織の枠を超え、多くの人に広く知ってもらいたい。ヤンマーグループの力を集めることができれば事業化の可能性が高まるのではないか。コンテストの開催を知ったとき、そのように考えました。

2つ目は、50代の私が挑戦することで同年代や若年層の社員にエールを送りたいと思ったこと。ミドルエイジパワーを見せたいなと(笑)。

そして3つ目は、何か大きなことを成し遂げたいということ。私が在籍する支店では、地方の支店であるがゆえにどうしても現場の要望を優先します。「社会課題の解決に貢献するような大きな仕事に挑戦したい」。そういった思いは以前からありました。

私の提案は、気候にまつわる地方の課題解決を目指すプロダクトアイデアでした。本コンテストでは受賞は逃してしまいましたが、役員から「来年もう一度チャレンジするなら、技術本部のメンバーがサポートするよ」と嬉しいコメントをいただきました。すでに来年に向けて、さらなるブラッシュアップに取り組んでいます。

――アイデア実現の可能性が認められたのですね。コンテストに応募して良かった点や苦労はありましたか?

応募者 田中さん:プレゼンの様子

応募者・田中:業務とコンテスト準備の両立が最大のチャレンジでした。支店長として、支店の売上・利益の確保は大前提です。そのうえで、限られた時間でアイデアをブラッシュアップするのは容易ではありませんでした。

それでも、外部コンサルタントからの支援を通じて新規事業の考え方、取り組み方を学べたのは、良い経験でした。特にデータと紐づけたステークホルダーへの交渉は、今後のキャリアに活かせそうです。

また、コンテストで得られた人脈は予想以上でした。機械の設計担当者をはじめ20名ほどの社員に協力を仰ぐことができたのです。これは、サポートメンバーの山本さんの尽力のおかげです。また、現場の事務社員に翻訳をお願いしたところ、ものの30分でクオリティの高い英文に仕上げてくれました。同僚の秘めた能力とそのレベルの高さを知り、大変驚かされました。非日常業務に取り組んだからこそ知ることができましたし、それが本人の自信に繋がったことも、本コンテストの良かった点だと思います。

【応募者の声②】YANMAR TURKEY MAKINE A.S. Tugce & Arda

トルコから参加したTugceさん、Ardaさん

――トルコから参加したTugceさん、Ardaさんにお聞きします。応募の動機はなんでしたか?

応募者・Tugce:私たちには1年以上前から温めていたアイデアがあり、それが本コンテストのテーマに沿っていると感じたためです。すでにリサーチ結果も出ていましたし、このアイデアを直接役員に提案できる、またとないチャンスだと思いました。

YANMAR TURKEY MAKINE A.S.(以下YTM)では、トラクタの作業機(インプルメント)を周辺国に販売するビジネスをスタートさせました。品質の高い当社の農業機械を世界中の企業と取り引きすることで、当社のブランドステートメントである「A SUSTAINABLE FUTURE」を実現できる。しかしそのためには各農作業にあったインプルメントが必要です。我々のアイデアは、その付加価値をより高めるサービスに関するものでした。

応募者・Arda:本コンテストへの応募は、日頃の成果を発表する場でもあり、起業家マインドを育てる機会でもありました。今回、私たちはチームで5つのアイデアを提案しました。結果的には落選したものの、このチャレンジは私たちを大きく成長させてくれたと思います。

――コンテストに応募して良かったことや苦労はありましたか?

応募者 Ardaさん:プレゼンの様子

応募者・Arda:特にチャレンジングだったのは、1次審査後のブラッシュアップでした。2次審査までの短い期間で、自己資本利益率などの情報を含む本格的なプレゼン資料を作成する必要があったからです。

慈善事業ではないので儲からなければ意味がありません。プレゼンにおいて、説得力のあるデータや言葉で、商売として成り立つことを示すのも難しく感じました。

しかし、YTMのマネジャー、日本のメンバー、外部コンサルタントなど、多くの方の協力を得ながらアイデアにおける弱点や不足を指摘してもらい、何度もプレゼン資料を練り直しました。そういった努力が実り、プレゼンは満足できる出来栄えとなりました。

応募者・Tugce:さらに、事業化にあたり、ターゲット顧客である農家さんについて深く理解する必要もありました。そのために農家の方々と丁寧に対話をして、彼らの要望を吸い上げました。

新規事業の開発は私たちのパッションであり、挑戦の中に楽しみを見いだして取り組めたと思います。

――応募によって、どんな学びを得られましたか?

応募者・Arda:アイデアを事業化させるために必要な一連のことを学びました。コンテストを終えてから、同僚が私に「アイデアの具現化」について相談してくれるようになりました。本コンテストは自分自身を成長させるすばらしい機会なので、次回もぜひ応募したいと考えています。

応募者・Tugceお金では得られない貴重な経験でした。結果としては落選であっても、アイデアを形にするための自信や勇気を持てるようになりました。今回、行動を起こしたからこそ得られたものだと思います。本コンテストは、自分のアイデアで世界を変えられるチャンスであり、私たちの挑戦はまだ続きます。

応募者 Tugceさん

コンテストを開催して得られた成果

――事務局の中山さん、高田さんにお聞きします。10年振りのコンテストを終えて、手応えを聞かせてください。

コンテストの様子

事務局・中山:10年前の開催時は海外拠点からの応募はわずか2件でした。しかし、今回は150件の応募中、半数の75件が海外拠点からのものです。コンテストで当選した6件も、図らずも半数が国内、半数が海外だったんです。海外拠点を巻き込むことを方針の一つに掲げていたので、達成できてほっとしました。それと同時に、新しいことに挑戦しようとするヤンマー社員が国内外に多くいるのだと知り、とても心強いと感じました。終了後のアンケートでは、「来年も継続してほしい」という嬉しい意見が寄せられ、社内からの期待値の高さも感じられました。

――本コンテストは、社員のキャリアにどんな影響をもたらすと考えますか?

事務局・高田:新たなチャレンジであり、困難の連続であるからこそ、得られた経験は応募者の血肉となったはず。今すぐに使えるスキルでなくても、長いキャリアの中で役立つ場面があると思います。

事務局・中山:一般的に、特に若手の間は、会社という大きな枠組みの中で自分の役割を与えられ、全体の1パーツを担うような仕事が多いと思います。しかし、コンテストを利用すれば、自らがアイデアを出し、仮説を立てて検証し、その成果を発表することができる。その上、役員からフィードバックが得られるのです。業務のデジタル化が進み、いつまでも通用するスキルを身につける機会などほとんどなくなった今、若い時から自分の頭でビジネスを考えるという経験は、個人のスキルアップにつながるのではないかと考えています。こうした経験を通じて、従来なら「自分の業務には関係がないから」といって見過ごしていたような小さな気づきをビジネスの種として捉え、現場で次々と新規事業が生まれていく。そういった文化が根付くことを期待しています。

サポートメンバー・山本アイデアを誰かに伝えることは勇気が要りますが、それによってフィードバックを得られたり、共感者が現れたり、それらを活かしてアイデアを発展させることもできます。この過程を実際に体験することは、確実にキャリアアップにつながるでしょう。

――最後に、新規プロダクトアイデアコンテストの今後の展望を聞かせてください。

事務局・中山:本コンテストを通じて、チャレンジする気持ちをグループ全体に伝播させていき、新たな取り組みを後押しする風土を作れたらと考えています。一度だけの打ち上げ花火で終わらないよう改善すべき点を改善し、開催実績を積み重ねたいです。

事務局・高田:最終的にはイベントとして開催せずとも、自然にプロダクトにつながるアイデアが生まれ、新規事業が育つようになるのが理想的ですね。それこそが、ヤンマーが目指す「顧客価値創造企業」の姿ではないかと。この状態を目指して、2023年度も本コンテストを盛り上げていきます。

集合写真

[取材・文] 小林香織、山本直子 [編集] 岡徳之 [撮影] 八月朔日仁美