2017.12.11

新食材「ライスジュレ」で期待される安全な食のイノベーション

パン、ケーキ、うどん。通常は小麦で作られる食品を、小麦を一切使わずに作ることができる、お米から生まれた食材があります。その名も「ライスジュレ」(※「米ゲル」のブランド名。国立研究開発法人 農研機構が特許5840904号実施許諾済)。原材料は米と水だけ、安心の新素材です。

保水性が高く離水しにくい性質のため、パンやケーキがもちもちで、しっとりと焼き上がり、納入いただいているパン屋さんにも好評です。小麦の代わりに用いればグルテンフリー(麦類に含まれているタンパク質の一種であるグルテンが含まれない食品や食習慣)を実現できる上、「増粘」「ゲル化」「安定化」の機能を持つ添加物にも替わりうることから、食の安全という観点でも注目を集めています。

Y MEDIAでは、茨城県・河内町に世界で初めて「ライスジュレ」の量産化に成功した、ライステクノロジーかわち株式会社を取材。ヤンマーアグリイノベーション株式会社の代表として以前もY MEDIAに登場いただいた同社代表取締役の橋本康治氏、同社技術顧問であり、「ライスジュレ」の元になる「米ゲル」の発明に関わってきた杉山純一氏にインタビューを行い、「ライスジュレ」が秘めている可能性についてお話を伺ってきました。

まずはインタビューの前に、「ライスジュレ」がどういった食材なのかを理解していただくべく、2つの動画と比較写真を作成しましたのでご覧ください。

※「ライスジュレ」はヤンマー株式会社が商標出願中です。

※インタビュイーの所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。

 


材料は「水」と「お米」だけ!
安心・安全食材のライスジュレの作り方

ライスジュレが出来上がるまでのプロセスを動画にまとめました。

使うお米は高アミロース米。粘りが少なく、炊飯後の食感もボソボソとしているため、食用米には向きません。主に飼料として利用されていた品種に新たな価値を見出しました。材料がそろったら、お米と水の量で、硬軟自在の物性(後述)を用途に合わせて調整するだけ。いたってシンプルなプロセスですが、お米と水だけでつくられているゆえに、食生活に変革をもたらす可能性も秘めています。

小麦ナシ!
皮もクリームもライスジュレで作るシュークリーム

作り方の次は使い方。ライスジュレでシュークリームをつくりました。

ジュレの状態では想像もつきませんが、小麦を使った際と同様に必要な素材と混ぜ合わせ、オーブンで焼き上げると、きちんとシュークリームに仕上がります。見た目だけではなく、パリッとした皮の食感と、もっちり濃厚なクリームの味わいに取材陣もビックリ。今後、各地でライスジュレを試食する機会も増える予定なので、見かけられた際は是非試していただきたいです。

成形しやすく劣化しにくい。
食品の可能性を広げるライスジュレの特性

ライスジュレの作り方と使い方をご紹介した後は、食材としての特長についても触れておきます。

作り方の動画で、用途に合わせて水分量を調整する例としてハードタイプ/ソフトタイプをお見せしました。上のGIF画像は、お米:水を1:1.5でジュレ化したものです。硬い面に落とすと、ゴムボールのように跳ねます。

こちらはお米:水の比率を1:3で成形したもの。指で押すと沈み、押し返してくる弾力があります。ここでは硬軟の差を分かりやすく見せるためにジュレの状態でお見せしてますが、実際の用途で思い浮かぶのは麺類でしょうか? うどんやパスタのコシも、ライスジュレで作れば変幻自在? そんな未来も期待できます。

もうひとつの大きな特性が、保水性の高さです。いわゆる“もっちり感”を生み出す性質です。上の画像は、通常の小麦パンと小麦の20%をライスジュレの米で置換したパン。小麦とライスジュレの割合以外は比較できるように同条件で焼き上げて並べています。作って冷蔵保存した1日目、5日目の画像を上下に組み合わせました。

ご家庭で、日が経った食パンが硬くなってしまった経験、ありませんか? 今回もまさにその状態だったのですが、ライスジュレでつくったパンはご覧の通り、保存をはじめた当初と変わらぬ柔らかさを5日目でもキープしました。

使い方の動画で作ったシュークリームでもこの特性がてきめんに。少し時間をおいても、皮のぱりぱり感を保ちながら、クリームはタンパク質と水分が分離することなく、出来上がった直後の美味しさのまま食べられました。応用として、溶けにくいアイスクリームも開発されています。

偶然の産物だった! ライスジュレ誕生秘話

ライスジュレの基本的な情報をご理解いただけましたでしょうか。続いては、ライスジュレの量産化を実現したライステクノロジーかわち株式会社のお二人のインタビューをお届けします。

橋本 康治

ライステクノロジーかわち株式会社 代表取締役社長/ヤンマーアグリイノベーション株式会社 代表取締役社長

杉山 純一

ライステクノロジーかわち株式会社 技術顧問

古来、日本人の主食であり、日本の食料自給率を支えてきたお米。しかし、2011年に総務省が行った家計調査では、1世帯あたりの年間支出額において初めてパンが米を上回り、“米離れ”をデータで裏付ける結果に。農林水産省では、お米利用の新たな可能性として米粉の増産支援にも取り組んできましたが、小麦よりも硬い米の“製粉にかかるコスト”がネックになっています。

そこで、「米粉に替わる素材にする方法はないのか」と研究開発を行っていたのが、当時農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)で研究を行っていた杉山先生のグループでした。

――ライスジュレの発見は、まったくの偶然だったと伺っています。どのように発見されたのでしょうか?

米粉よりも低コストで、お米を使ったパンを作れないだろうかと考え、お米をおかゆにして焼いてみたんです。安価で収量の多い高アミロース米を原料として試しました。

よく膨れることはわかったのですが「おかゆパン」に、時々、米粒が残るのが気になり、おかゆの段階で粒を無くすためにフードプロセッサーにかけてみたら、ゲル化してしまったのです。「このゲルをパン生地に混ぜるのは大変だ」とあきらめ、放置してたんですね。ところが、3〜4日後に放置されたゲルを発見したポストドクターの女性が、「(米の団子は砂糖を加えていないと硬くなって食べられないのに)砂糖を入れていないのに硬くならないのはスゴい!」と騒ぎはじめました。

彼女は、ゲルを使ってお菓子やパンを作ってみせて、その実用性を次々に明らかにしました。それを見て、やっと私もゲルの特長のユニークさを理解し、農林水産省の競争的資金を獲得して研究チームを組みました。2012年から3年間のプロジェクトを立ち上げたのです。

――ということは、プロジェクトが始まった段階で、すでに今のライスジュレに近いものが?

そうなんです。言わば、最初に結果ありきでした。ケーキやシュークリームなどの用途も、私へのプレゼンテーションの段階でできていて、ある程度成果品が見えていたからこそ予算化もできた。あとはお米の品種の見極めを行ったり、論文のためのバックデータをとっていくような形で進めていきました。

目指せ量産化! ライスジュレが見据える世界のグルテンフリー市場

研究チームは、3年間のプロジェクトを通して、お米を粒のまま水を加えて加熱し、高速ミキサーで切り刻みながら混ぜてゲル転換する「ダイレクトGel転換技術」(特許第5840904号)を実用レベルまで開発を進めました。やわらかいゼリー状から弾性のあるゴムボール状まで、さまざまな物性を作れることも実証されました。2013年10月、農研機構から「驚きの食感!米原料の新規ゲル状食品素材の製造法を開発」というプレスリリースが配信されると、ライスジュレはテレビや新聞にも取り上げられるようになりました。

――橋本さんがライスジュレに着目したのはいつ頃だったのですか?

2015年の11月に、杉山先生がテレビ番組に出演されているのを見た時です。茨城県稲敷市にある有限会社アグリクリエイトの齊藤公雄会長を訪問したら、「いいところに来た。このVTRを見てくれ」と番組の録画を見せられたんです。

ヤンマーの農機を買ってくださるお客さまの多くは米農家の方たちです。お米の付加価値を上げて地域に還元する仕組みを作りたいと常々考えていたので、ライスジュレにはピンときました。これは、世界も攻められる米の加工品になり得るだろうと、一ヶ月以内に杉山先生を訪ねていきましたね。

――この技術に賭けようと思い至った一番の理由はなんだったのでしょう。

特許を申請してから4年間、杉山先生のところには多くの食品メーカーから問い合わせがありました。「ライスジュレを仕入れられるなら、グルテンフリーのパンをつくりたい」という声もあるなかで、当時はまだ1回で2キロ程度のライスジュレを作るモデルしかない。先生は「作り方を教えますので、ブリクサ―(業務用フードプロセッサー)を購入して作ってください」と提案していたんですね。

ヤンマーの技術を導入して安定的に量産できれば、ライスジュレは新しい食品素材、食品添加物に替わりうるものになるはずだと考えました。

――つまり、研究段階で完成していたライスジュレをベースに、量産してビジネス化する部分をヤンマーが担うかたちで、ライステクノロジーかわちが動き始めたんですね。

そうです。世界初のライスジュレ量産工場をつくり、その基幹技術についてはヤンマーとしても特許を申請しています。国内でも小麦アレルギーに悩む人が増えていますが、パンやパスタなどをより多く食す欧米では、グルテンによって消化器や皮膚に異常を起こすグルテン過敏症が深刻な問題になっており、グルテンフリー食品の市場が広がりつつあります。

国内においても、海外からの旅行者が増える2020年の東京オリンピックには、グルテンフリー対応の食事へのニーズも高まることが予想されます。また、長い目で見れば日本でもパン食を好む若い世代を中心に、グルテン過敏症の発症率は明らかに高くなっています。そういった意味でも、早いうちからグルテンフリーの食生活を築いていく必要があると思います。

それもこれも量産化が鍵を握る。使命感を持って臨んでます。

安心、安全から食の新たな可能性創出へ
ライスジュレが起こすイノベーション

ライスジュレの可能性は、グルテンフリーに留まりません。やわらかいゼリー状から弾性の高いゴム状まで、水の量によって物性をコントロールでき、保水性が高く、離水しにくく、(物性が)日持ちするという特性を持っています。ライスジュレの特性を活かせば、とろみやねばり、安定化のために使われる添加物を代替することも可能。つまり、食の安全にも一役買うことも期待されているのです。

――ライスジュレを食品加工に利用するメリットについて、グルテンフリーの他にはどのような価値があると考えておられますか。

離水しにくい性質は、これまでの食品素材にないものです。日持ちが良くなる、硬くならずに物性を保持するなど、やはり新しい可能性を生むものだと思います。

たとえば、ライスジュレにごく少量の油を抱かせたものを炊飯時に添加し、お米でお米をコーティングすると、冷凍のおにぎりやチャーハンの “冷凍やけ”を防げます。また、白みそにライスジュレを混ぜ込んで西京漬けにすると、浸透圧によってライスジュレに包み込まれたサワラがみずみずしくなるという結果も得られました。

インパクトのある新製品をつくれたら、必ずブレイクすると思いますね。

――ライスジュレの最大の訴求ポイントは何になるのでしょう。

第一に、食の安全だと思います。小麦アレルギーは、小さいお子さんに多いんです。誕生日会で、誰か1人小麦アレルギーのお子さんがいたら、その子はケーキを食べられません。グルテンフリーのケーキが身近にあれば、みんなでケーキを食べて誕生日を祝うことができますよね。このようなシーンを将来的に実現する可能性を持つライスジュレという安全な添加物を世の中に提案できることも大きな可能性の一つです。多彩な機能を持つにも関わらず、ライスジュレを構成するものは米と水だけですから、食品添加物表示は「米」でいいわけです。

もう一つは、お米の消費拡大と雇用の創出ですね。ライスジュレに加工することで付加価値を高め、海外で価値を認められれば、米農家の皆さんのモチベーションも非常に上がると思います。新たなビジネスチャンスに、参入障壁も下がるでしょう。

生産者と工場が一体になり、地元の米を使い、地元で加工・販売・消費できれば、流通コストも削減でき、一番良い生産から消費の循環サイクルだと思います。河内町で実験を重ねて地産地消のモデルを作りたいですね。

地元で高アミロース米を生産し、遊休施設を有効活用したライスジュレ生産工場を設置して雇用を生み出し、地域のお菓子屋さんやパン屋さんにグルテンフリーのパンや添加物フリーの食品をつくっていただく。エッジのきいた製品が生まれれば、地域はもちろん国内外のお客さまを呼び込むこともできます。

――となると今後は、米づくりが盛んな地域で「ライステクノロジー」を展開することも視野に入れておられるのでしょうか。

そうですね。そのためにも、コストダウンと安定生産に取り組み、また高品質なお米を作る栽培に関するノウハウも蓄積していきたいですね。農業と食をつなぐ食農産業のモデルが完成したら、各地に「ライステクノロジー」を展開していきたいと思います。

いろんな地方の方たちから、地元で採れたお米で世界に打って出るものを作りたいという声をかけていただいています。ライスジュレの認知を広めて「これを使うとこんなことが起きますよ」と提示できるような会社にしたいと思います。

 


どんな食べ物よりも身近なお米から生まれたライスジュレの可能性は、杉山先生のような研究者の方や、食品メーカーなどを通じてさらに追求され、ますます大きく育っていくことが期待されます。

取材後には、橋本さんにお手製の“ライスジュレたこ焼き”を振る舞っていただきました。ライスジュレ入りのたこ焼き、外はかりっと中はもっちり、たこ焼きの理想をみごとに実現していました。少し時間を置いても、保水性の高さゆえに“かりっ”とした食感を維持。「たこ焼きがイケるのなら、お好み焼き生地にも使えるかも?」と、一度ライスジュレを使った食品に出会うと、思わずいろんな使い方を試してみたくなるのも特長といえます。

ライステクノロジーかわちのWebサイトでは、ライスジュレの製品カタログ・サンプルの請求、見学の申込みを受け付けています。Y MEDIAでは、今後もライスジュレが創り出していく安全でおいしい未来に注目していきたいと思います。