2022.05.31
地域の生産者から学んだ、持続可能な食の未来のためにできることとは?(前編)

ヤンマーのコミュニケーション部と食事業推進室が取り組みはじめた、持続可能な食の未来を考えるプロジェクト。リサーチとディスカッションを経て仮説を作成したのち、日本海に面した京都府北部エリアでフィールドワークを行いました(これまでのプロジェクトの流れはこちらの記事をご覧ください)。
このエリアでは、寒暖差の激しい気候・風土に根ざした農業や、水産資源管理に基づく漁業が行われており、食品加工事業などによる一次産業支援に取り組む若い世代の活躍も見られます。また、移住者が増えて地域コミュニティが活性化していることも、本プロジェクトのフィールドワーク先として注目した理由のひとつです。
フィールドワークでは7事業者を訪問。本記事では、農業・漁業者や食品加工事業者への訪問と対話の様子を前・後編に分けてレポートします。
地域の一次産業を支える若い世代から、次世代育成のヒントを探る
食品加工事業によって生産者支援を行っている若者たちがいると聞き、まずお会いしたのが京丹後市に拠点をおくtangobar(丹後バル)と与謝野町のビールブランド「かけはしブルーイング」に携わる方々です。生産者と加工事業者がどのように関わり合い、どのような思いで事業を行っているのかを伺いました。
<事業者紹介>
●生産者から適正価格で仕入れ、缶詰加工事業を行う合同会社tangobar

tangobarは、「地域資源と食の知識や技術を活かし、つくる人と食べる人の距離を近づける」をミッションに、地域の生産者・加工場と連携して、小ロットでオリジナルの缶詰の商品開発と販売に取り組んでいます。関奈央弥さんが立ち上げ、伊根町にて「もんどりや」という水産加工事業を営んでいる杉本健治さんが合流し、現在2人で事業を行っています。
また、生産現場と消費者をつなぐことや食育を目的に、京都府北部エリアの生産現場のツアーなども行なっているため、今回のフィールドワークもお二人に案内役として同行していただきました。
●与謝野町産ホップを使ったビールブランド「かけはしブルーイング」

与謝野町は、2015年に日本ビアジャーナリスト協会代表の藤原ヒロユキさんが、ホップの栽培が可能であることを実証したことから、ホップ産地として歩みはじめました。かけはしブルーイングは、手摘みされた与謝野産ホップでクラフトビール「ASOBI」をつくるビールブランド。地域資源を活用すると同時に、天橋立の内海・阿蘇海で大量繁殖して景観を損ね、悪臭の原因にもなっている牡蠣の殻を、ビール醸造の工程で活用する取り組みも行っています。
与謝野ホップ生産者組合と株式会社ローカルフラッグが連携し、与謝野町行政が支援するかたちで進めているというビールづくり。今回は、与謝野ホップ生産者組合の副会長・藤原さんとローカルフラッグの代表・濱田さんに同席いただきました。
気付き①「実体験に基づいた気付きが、事業に取り組むきっかけや原動力になっている」
tangobarとローカルフラッグの共通点のひとつは、担い手がまだ20~30代と若い世代であること。本プロジェクトのテーマ「持続可能な食の未来をつくるため、生産者とともに何ができるか」「また、その価値を次世代を担う若者にどのように伝えていくべきか」を考えるためにも、まずは彼らが現在の取り組みを行う背景を聞きました。

tangobarの関さんは、東京の小学校で管理栄養士として働いていた経験の持ち主。子どもたちに、給食を通して食育をしていました。しかし、「知識として地産地消の大切さを知っていても、心の底からいいと思えないと大人になって自ら行動するようにはならない」と感じていたそう。そこで、生産者を学校に招き、「誰がどこでどんなふうに野菜や果物をつくっているか」を伝え、生産現場や生産者を身近に感じてもらう工夫を重ねるようになりました。京丹後にUターンしてからは、地域の豊かな食環境を生かした食育や食品加工事業に取り組んでいます。

ローカルフラッグの濱田さんは与謝野町出身。「生まれ育った地元が消滅可能性都市になってほしくない」という思いから、大学在学中の2019年7月に「地域の旗振り役になろう」とローカルフラッグを設立しました。現在は与謝野町を拠点に、若者の起業や事業承継を応援することで地域の雇用や課題解決につなげるまちづくり事業をメインで行うほか、地域資源を使った実業としてビール事業をはじめました。
気付き②「地域の一次産業を守る取り組みと思いが、生産者を元気づけている」
tangobarとかけはしブルーイングのもう一つの共通点は、生産者との共創で地域の可能性を広げていること。

tangobarは、実際に生産現場を回って、現状流通にのせることのできない規格外品や未利用資源に着目し、生産者の販路拡大の支援になる商品開発を行っています。生産者とは、事前に仕入れ量と価格を決めておき、生産者とtangobar両者にとってバランスの良い取引になるよう心がけているそう。小ロット生産のため価格が安くなりすぎないようお土産物として、または「ASOBI」などのお酒とのペアリングなど、付加価値のある販売方法の模索も行っています。

ローカルフラッグはビールづくりと販売だけでなく、地域内外のビールファンがホップ栽培に参加できる「YOSANO ホップレンジャー」という活動をはじめ、栽培農家の人手不足の解決をはかっています。今後は、その体験料が農家の収入になる仕組みづくりを目指しています。
こうした取り組みの背景には、地域の一次産業を守ろうとする思いがあります。農業や漁業の経営を支援し、販路を増やすことは、生産者を元気づけることにもつながっています。
【プロジェクトメンバーの振り返り】
一次産業の高齢化が叫ばれるなか、若い世代の活躍を目の当たりにしたプロジェクトメンバー。食の持続可能性に大きく関わる「次世代の育成」を中心に、得られた気付きを話し合いました。
加藤:都市部で育つと一次産業に触れる機会がないので、生産現場が身近にあり、自分なりに感じたり考えるきっかけを若いうちに得ることが重要なのかなと思いました。また、そこで得た気付きが事業に打ち込む熱源になっていると感じました。
岡本:生産者と出会うきっかけづくりが、長期的には次世代の農業・漁業への就労支援につながるかもしれないですね。
野田:私は、彼らの事業が販路拡大や収益向上といった直接的な効果を生んでいるだけでなく、生産者に力を与えていることが印象的でした。藤原さんからホップ生産への強いこだわりや農業として成立させていく難しさを伺いましたが、生産者の努力と自治体による事業の補助、加工事業者の関わりがかみ合うことによって、事業がうまく回っていくのだと気付かされました。一次産業の持続可能性を高めるには、やはり周辺の事業者や地域社会の活性化も同時に考えるべきなのだと思います。
こだわりを届けるオーガニック農家の話から浮かび上がった、農業や流通の課題
次に伺ったのは、オーガニック野菜の生産・加工販売を営むビオ・ラビッツ株式会社。京丹後エリアでは、米を中心に、いも、野菜、果物などさまざまな農産物がつくられており、ビオ・ラビッツでも多くの作物を栽培されています。農園「てんとうむしばたけ」でにんじんの収穫を体験したのち、安心で安全な野菜づくりと、自社のECサイトで販売する取り組みについて、代表の梅本修さんと農業研修生の清水紗穂里さんからお話を伺いました。
<生産者紹介>
●オーガニック野菜の生産・加工販売を営むビオ・ラビッツ株式会社

梅本さんは、代々農家を営む家に生まれましたが、自身は両親とともに東京で育ち、食品メーカーに就職して営業などの仕事をしていたそうです。ところが、長男が生まれたときに「自分の子どもに食べてほしいものをつくっているだろうか?」と疑問を感じたことから、京丹後市に移住して農業をはじめました。当初は化成肥料や農薬をつかっていましたが、子どもたちの未来を考えてオーガニック農業に切り替えていきました。
完全にオーガニック農業に移行したのは15年前。落ち葉などを発酵させて土をつくり、季節の野菜を栽培しています。農産物は学校給食や業務用として卸すほか、自社のECサイトでも販売しており、熱心なファンが多くリピート率が非常に高いのが特徴です。
気付き①「オーガニック野菜で人の健康をつくり、独自に切り開いた販路で顧客に届けている」
梅本さんは「人は食べた物からできている。いい物を食べれば健康になるし、悪い物を食べれば不健康になる」と考えており、食の生産に関わる仕事は「人の健康と命を預かっているのだから妥協はできない」と言います。
ECサイトで販売する野菜の定期便には、梅本さんの健康への考えや旬の野菜や果物にまつわるストーリーを綴る手書きのおたよりが同梱されています。大切に育てられた野菜を購入するうちに、梅本さんの考えや取り組み方に共感する人も多いそうです。

しかし野菜づくりのかたわら、1日200件から多い時期には500件もの野菜セットを梱包し、出荷する作業にはとても手間がかかっているとのこと。ビオ・ラビッツでは朝のうちに収穫を終え、昼過ぎまでを出荷作業、午後の時間を農作業に充てています。梅本さんは、「日々の農作業や事業の継続だけで精一杯で、独自の直販体制をつくるのは難しい農家も多い」と話してくれました。
気付き②「オーガニックは大規模化に向かない農業。まだまだ機械化されていない作業がある」

誰でも当たり前に安全な野菜を選ぶことができる「オーガニック・スタンダード」を掲げている梅本さん。一方で、オーガニック農業は野菜への目配り・気配りが特に必要なため、大規模化には不向きな農法です。しかし、オーガニック野菜を「特別な人のための高い食べ物」ではなくスタンダードにしていくには、たくさん生産して安く提供する必要があります。農業研修生を受け入れ、より多くの農家にその技術を広めることに取り組んでいますが、オーガニック農業に特化した農機具や流通のあり方も求められていました。
【プロジェクトメンバーの振り返り】
ビオ・ラビッツのように野菜づくりから、ストーリーとともに野菜を届けるところまで自社で行える農家もある一方で、食の持続可能性のためには生活者も変わる必要があるという視点が生まれました。
加藤:刈り草や落ち葉を発酵させ「山や森のような土」をつくると聞き、単に無農薬がオーガニックということではなく、オーガニックにも様々なタイプがあることを知りました。
岸田:世の中が持続可能性や環境保全に注目するよりずっと以前から、当たり前に自然を重視し、環境負荷の少ない農業を実践されていることに気付かされました。
大久保:ビオ・ラビッツにファンが多いのは、そういった梅本さんの農業への向き合い方が「どこにでもあるもの」ではないことが伝えられているからこそですよね。同じようにこだわりを持って生産していても、そのストーリーを届けるのが難しい農家の現状にも目を向ける必要があると思いました。
岡本:自分自身もそうですが、スーパーで野菜を買う多くの生活者には、生産者や野菜ストーリーに触れる機会がないですよね。
加藤:背景がわからないから価格だけで選んでいる側面があると思います。生活者も食べている野菜のつくられ方と価値を知り、選ぶ目を養う必要があるのかもしれません。
岸田:現在の流通・販売の仕組みにも課題があるのではないでしょうか。「直販」が最良の解決策なのかという疑問もありますが、生産者だけでなく社会全体で考えていかなければならないと思います。
野田:価格に関しては、生産の手間と量が直結します。与謝野ホップ生産者組合の藤原さんも、「与謝野町のホップ生産はほぼ手作業。手摘みのこだわりを残しつつ、効率化する必要がある」と話されていました。オーガニック農業も同様で、ニッチな農業や小規模生産者に対して、機械化・効率化の面でヤンマーができることもまだまだあるのではないかとも感じました。
移住、Uターン就農から考える、地域活性と食の持続可能性のつながり
一次産業の持続可能性を高めるには、生産者の支援だけでなく「地域の活性化」も欠かせません。とくに中山間地をはじめ多くの地域で進んでいる人口減少と少子高齢化に歯止めをかけるために、移住やUターンによる就業者を増やすことは喫緊の課題です。京都府北部エリアは近年移住が増えていることから、すでに地域に魅力を感じて移住・Uターンをし、農業をはじめた方々との対話の時間ももちました。
<生産者紹介>
●昔ながらの暮らしが残る上世屋集落で米づくりを営むチャントセヤファーム

宮津市の中山間地域にある上世屋は、棚田が美しい小さな集落。今回お話を伺った小山愛生さんは、新聞記者をしていた頃に上世屋を知り、集落の暮らしに魅力を感じて移住。春から秋は米づくりを行い、冬の間は狩猟を行い「上世屋獣肉店」としてジビエの加工・販売をしています。
現在、上世屋には10世帯ほどが暮らしており、その半数が30代の移住世帯です。それぞれが自然に寄り添った生業をもっているそう。「小さく生きる」風土にあった暮らしを協力し合いながら営んでいます。小山さんから、上世屋集落の1年の暮らしぶりを通して移住者たちの暮らし方・生き方への価値観をお話いただきました。
●宮津市のレモン産地化に取り組みはじめた株式会社百章

株式会社百章の矢野大地さんは、宮津市出身。学生時代から、宮城・気仙沼で「気仙沼みらい創造カレッジ」を主宰したり、高知・本山町に移住して罠猟師をしたり、若者支援の活動を行う「NPO法人ひとまき」を設立したりと、若者と地域の関わりをつくる取り組みをしてきました。また、2019年には国産鹿革ブランド「物語」を設立。今後、上世屋で狩猟を行う小山さんとも事業連携をしていきたいと考えられているそうです。
そんな矢野さんが、生まれ故郷の宮津市日置に戻り、レモン栽培をはじめたのは2020年のこと。翌2021年には百章を設立し、宮津を日本最北端の露地栽培「雪国レモン」の産地にすべく活動を開始しました。今回は、矢野さんと関野祐さんからお話を伺いました。
気付き①「移住や就農にも、働き方・暮らし方のさまざまな選択肢がある」
同じ就農者であっても、小山さんと矢野さんでは、農業をはじめとする働き方や暮らし方に対する考え方がまったく異なっています。

小山さんは「昔ながらの暮らしや風習を受け継ぐ上世屋に惹かれ、村人に憧れを感じて移住した」と言います。都会の生活に比べて「不便」に思われることも、小山さんは「むしろスイッチひとつで風呂を沸かす暮らしのほうが不自然ではないか」と感じているそう。他の移住者も上世屋の暮らしに共感してきた人ばかり。移住就農者は小山さんだけですが、村人から上世屋の土のことを教わりながら風土にあった農法を実践しています。
また、冬に行う狩猟は田畑の鳥獣被害を防ぐとともに、鹿が増えすぎると貧困になってしまう山の植生を守る役割があるのだそう。「米づくりでもジビエでも、山に生かされていることを日々実感する。一方、山の価値を高めるには人の力が不可欠」と語る小山さん。食べて山の大切さを感じて欲しいという思いでジビエを販売しています。

一方で、Uターン就農した矢野さんは、これまでの経験からブランディングやマーケティング戦略をしっかり立てて宮津初のレモン栽培に臨んでいます。レモンの植え付けから収穫までにかかる3年の間、取り組みの認知度を上げ、将来の顧客を開拓するために「まだ、名もなきレモネード」を販売。そのほか、若手人材の採用や地域を巻き込むイベントなどの情報発信をSNSを使い分けて戦略的に実施するなど、起業家的なやり方で事業を進めています。
気付き②「農業や田畑は、地域において食の生産以外の役割も担っている」

小山さん、矢野さんとの対話のなかで、農業には生産以外の役割があることにも気付きがありました。小山さんは、「田んぼがあるとコミュニティや暮らしを守るのが簡単になる」と言います。春は田植えをはじめる前に柵を立て、稲を育てる間は水路の掃除、稲刈りを済ませるとハザ掛けなどの共同作業があります。こうした「村仕事」があるからこそ、集落のコミュニティが自然に維持されていくのです。

矢野さんは、宮津をレモンの産地にすることを「地域づくり」と捉えています。冬に雪が降り積もるなか、灯りがともるように鮮やかな黄色のレモンが実る風景をつくり、10年、20年後には「レモン街道」として観光地にしたいと考えています。
【プロジェクトメンバーの振り返り】
小山さんと矢野さんとの対話を経て、一次産業の持続可能性を支える地域社会の持続と活性化に重要なキーワードとして、移住について議論を行いました。
野田:「ローカルへの移住=のんびり田舎暮らし」という画一的なイメージでは、移住と地域活性化の関係を捉えきれないと思いました。
岡本:ローカルフラッグの濱田さんが「自分の仕事の手触り感や影響を感じたくて、地方移住を選ぶ若い層も増えている」と言われていましたが、働き方への価値観も移住の動機のひとつになり得ているのではないかと思います。
大久保:百章の巻き込みや採用を目的にした情報発信は、まさにそういった価値観を持つ若い世代に「仕事の新しさ、面白さ」を伝えることを意識されていると感じました。一方で上世屋集落は、昔ながらの暮らしや里山を守り継いでいくことを移住者にも求めていました。こうした多様な移住の魅力を伝えることも地域活性化支援のひとつになりそうです。
加藤:ヤンマーも生産者とつながる企業として、移住の多様な魅力を発信する取り組みができないかと思いました。
岸田:就農者を増やすだけでなく、tangobarやローカルフラッグのように周辺事業で一次産業に貢献することもできる。そのほかの仕事であっても、地域を盛り上げていくこと自体が間接的に地域の1次産業を支え、食の持続可能性を高めていくのではないかと思いました。そう考えると、さまざま選択肢があることを知らせていくことにも意味があると思います。
フィールドワークの前半を終えて、一次産業の持続可能性は生産者だけではなく、周辺の事業者や地域社会にも支えられて実現するものだという気づきが得られました。また、農業は食料生産だけでなく、人の健康、地域コミュニティの維持や活性化、そして生産物を介して人と人をつなぐという多面的な価値をもつことが見えてきました。
後編では、漁業就業者への訪問・対話の様子をレポート。フィールドワークを経たメンバーたちの気づきと、今後のアクションアイデアをまとめました。
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