2022.05.31

地域の生産者から学んだ、持続可能な食の未来のためにできることとは?(後編)

ヤンマーのコミュニケーション部と食事業推進室が取り組みはじめた、持続可能な食の未来を考えるプロジェクト。

前編では、フィールドワークで訪ねた、生産者を支援する食品加工事業者、農業者、そして移住・Uターン就農者との対話とプロジェクトメンバーの気付きを紹介しました。本記事では、漁業者への訪問と対話の様子、そしてフィールドワークを経たメンバーたちの気付きとアクションアイデアをレポートします。

豊かな幸を育む海と漁師の職を、次世代につなげていくために

宮津市の北方に面する宮津湾は、その北部を日本海の若狭湾に開いた内湾で、湾内には日本三景のひとつ・天橋立があります。長さ3km以上の砂嘴(さし)を隔てた内海は阿蘇海。周囲の山から川が流れこむため栄養が豊富で、多様な生物が生息する穏やかな海です。今回は、トリガイの種苗生産に取り組む本藤水産の本藤靖さんと息子の脩太郎さんに養殖の様子を案内いただいたのち、阿蘇海の若手漁師・村上純矢さんも交えて、漁業や海の現状についてお話を聞きました。

<生産者紹介>

宮津湾でトリガイの養殖を行う漁師・本藤水産

本藤水産の本藤靖さん(左)、息子の脩太郎さん(右)

本藤さんは、宮津湾で代々漁師を営む家の生まれ。国の水産総合研究所の研究者として、全国各地の栽培漁業センターで25年にわたり魚の養殖などの研究をしたのち、宮津市にUターンして漁師になりました。全国のさまざまな海で培った経験を生かして、研究者目線で宮津湾の生態や海洋環境を調べ、漁師の仕事にも役立てています。本藤さんは「宮津湾は奇跡の海底をもっている」と言います。山林に降り積もった雪や雨が、時間をかけて地下水となって海底から湧き上がり、海水と混じり合いミネラル豊富な泥をつくっているのだそう。この豊かな環境を守りながら、宮津湾を「獲るのではなく、育てる海」にしたいと本藤さんは考えています。そのために、漁師仲間の理解を得ながら、環境保全活動や水産資源管理を推進してきました。

今、本藤さんが最も力を入れているのは、日本一のトリガイ養殖。誰にも真似できない、大きく美味しいトリガイを育てるために、生育環境を最良に保つ工夫を重ねています。

●阿蘇海で「1人漁」を行う最年少漁師・村上純矢さん

村上純矢さん

村上さんが祖父の跡を継いで、天橋立の内海・阿蘇海で漁師になったのは19歳のとき。以来、阿蘇海の最年少漁師として、旬を迎えた魚を狙う漁業をひとりで営んでいます。鮮度と味を保つために「神経締め」の技術を日々磨くなど、魚の扱いにもこだわっているため、「村上さんの魚のファン」も少なくないそうです。同世代の脩太郎さんとともに、宮津湾の最若手漁師として期待されています。

対話の時間では、内海という阿蘇海の特殊な環境をはじめ、漁の現状や海洋環境の変化を教えてもらいました。

気付き①「こだわりが届けられず、食べた人からの評価が得られない流通の仕組み」

本藤水産では、ひとつ200gを超える高品質なトリガイを育てるノウハウを独自に開発。養殖トリガイのトップブランドにして顧客や飲食店に届けたいと考えています。また、宮津湾全体のトリガイの品質を高めることを目指して、品質の良いトリガイの種苗を自ら生産する「種苗生産プロジェクト」もスタートしました。

本藤水産の高品質なトリガイ養殖の秘訣は、養殖密度を下げ丁寧にコンテナを清掃することをはじめとした日々の細やかな工夫。十分に栄養が行き渡るため、旬よりも早く出荷時期を迎えます。しかし、決まった時期に既存のルートでしか流通させることができないため、かけた手間暇を価格に上乗せすることができず、モチベーション向上につながりづらいのが現状です。「宮津湾を守る人になりたい」と漁師の道を選んだ息子の脩太郎さんをはじめ、若い就漁希望者に魅力を語れないと本藤さんは感じています。

ひとりで漁業を営む村上さんも「ひとりでは漁獲量に限界があるからこそ、高品質にこだわりたい」と、鮮度保持をしたおいしい魚を届けることを追求してきました。やはり、市場に卸すと大規模漁で獲られた魚と並べて販売されるため、村上さんが獲る魚の価値を理解する飲食店や個人への直販を行っているそうです。

自分が育てたものを食べた人からの「美味しい」という一言が、日々の仕事の励みになるというのは農業・漁業者共通の思いです。

気付き②「漁獲量が徐々に減っており、海の資源保護や環境保全の必要性を肌で感じている」

本藤さんは、漁師になった頃から宮津湾の環境や魚介を根こそぎ獲る漁のあり方に疑問を持ち、長年にわたりナマコの資源管理や海底の耕うん、海洋ゴミの収集活動への取り組みをけん引してきました。養殖業を持続可能なものにするためにも、資源管理と環境保全の実践を通して、宮津湾を美しく豊かな海として守り続けたいと考えているからです。さらには、宮津湾周辺の山を整備することで、農家や地域の住民、子どもたち、そして企業とともに「自然を学べ、体験できる山・地域・湾づくり」へと展開していく未来を見据えています。

阿蘇海で漁を営む村上さんも、「祖父の時代に比べると魚が獲れなくなっている」と言います。田畑での化成肥料の使用や森の手入れ不足、人々の生活様式の変化などにより、川から流れ込む水が富栄養化した結果、閉鎖的な環境もあって阿蘇海の海底にはヘドロが堆積するようになってしまったのです。周辺の住民や大学、行政が連携する環境保全活動がはじまり、現在はナマコやハマグリなどの水産資源管理も開始していますが、今後も「水産資源を守る方向に進んでいくのは間違いない」と村上さんは話します。村上さんのような小規模事業者が環境保全に取り組むには限界があり、企業も含めたさらなる連携が求められています。

【プロジェクトメンバーの振り返り】

本藤靖さん・脩太郎さん、村上さんとの対話を経て、プロジェクトメンバーは漁業の現在の課題、持続可能性を高めるために何が必要かを考え、話し合いました。

岡本:漁業者からも話を伺え、生産者の取り組みや生産物の価値が生活者に届けられていないことは、一次産業の共通課題だと知ることができました。生産者と生活者の接点をつくり、途切れている情報をつなぐことが、漁師という職のやりがいを感じられる人を増やし、漁業の持続可能性を高めていくことにもなるかもしれません。

野田:次世代が希望を描ける職には、一次産業全体の収入の底上げも欠かせないと考えます。生産者の収益に反映される流通の仕組みを、改めて考える必要があるのではないでしょうか。

加藤:これまで山・森・田畑・海などのフィールドをばらばらに考えていましたが、本藤さんや村上さんのお話を聞いて、チャントセヤファームで伺った「山の価値を高める活動」やビオ・ラビッツの「環境負荷が低い、自然に寄り添った農業」など、全ての食料生産と環境が海までつながっていることを実感しました。

岸田:山・森・田畑・海の環境を守ることが、おいしく豊かな食の生産と持続可能性につながっていく。一次産業全体や生産者を支えることはもちろん、産地の自然・環境保全に力を入れる必要があると改めて認識することができました。

農業・漁業の現場を訪れたからこそ体感できた、産業の仕組みや自然環境と重ねてみることへの気付き

京都府北部エリアで、農業・漁業や食品加工事業などに携わる方たちから話を聞いて、プロジェクトメンバーは事前のリサーチでは得られなかった視点や意識の変化を実感しました。一次産業が直面する課題を発見するとともに、その背景には自然環境の変化や人口減少、流通の仕組みなど、相互に絡み合った問題があり、一次産業の担い手だけでは解決できない問題も多いことがわかってきました。

生産者と生活者の関係についても、多くの気付きがありました。食の持続可能な未来をつくるには、生産者とその次世代を担う若者だけではなく、彼ら彼女たちを取り巻く地域社会、フードバリューチェーンに携わる人々、そして生産物を購入する私たち生活者もまた「当事者」。それぞれが食料生産に対する認識や関わり方を、自分ごととして考え、変えていく必要があります。

もうひとつ、現地に足を運んだからこそリアルに感じられたのは、食料生産の持続可能性にとって、自然環境や気候の変化がきわめて重要であることでした。環境保全の取り組みが一次産業を守り、食の持続可能な未来につながっていく。企業としてはもちろんのこと、一社員、また個人として考え、行動していくことが重要だと気付きました。

気付いた課題から個々人がやりたいことを考え、まずはアイデアにしてみる

フィールドワークから戻ったメンバーは、事前に立てたテーマへの仮説に対して「今後、ヤンマーとして行うべきことのアイデア」を出しあうワークショップを実施。以下のようなアイデアが出されました。アイデアの具体的な検討はこれから行う予定です。

生産者と生活者、地域と都市の間に「ストーリーや体験の循環」を

さまざまなアイデアが出たなかで、コミュニケーション部と食事業推進室が考えていくべきことの共通点は、山・森・田畑・海の循環が豊かな食の生産を支えているように、生産者と生活者の間、また地域と都市の間で途絶えてしまっている生産物のストーリーや体験をつなげ、循環させること。生産者と生活者の両方にタッチポイントを持ち、情報を扱うコミュニケーション部と食を扱う食事業推進室が、その循環を生み出す。それが、持続可能な食の未来に向けて「今からはじめられること」ではないかと考えます。

まずはこのY mediaをはじめとするヤンマーのコミュニケーションを、顧客から生産者全体へ、またフードバリューチェーンに携わる人々から生活者へと広げていきたいと思います。今回のプロジェクトで得られた気付きや課題、フィールドワークで訪れた京都府北部エリアの生産者の皆さんのこと、そして自分たちがこれから取り組むべきことについて、ともに働くヤンマー社員にも共有しながら、ひとつひとつのアイデアを形にしていきます。

 

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