営農情報

2014年6月発行「FREY3号」より転載

米専作地帯にあって複合農業、多角経営を実現。資源循環型農業で活路を拓く

先人が耕した農地を守りながら、農業経営で生き残っていくため、法人化の道を選択。春から秋は米麦に豆類、野菜類を組み合わせた経営、冬季には乾燥野菜の加工など多角的な経営を行っている。
担い手がいなくなった農地を積極的に引き受け、地域農業の維持には欠かせない存在としても認められ、JAからの表彰も度重なる。

農事組合法人 新興エコファーム

細川 良喜 様

秋田県 大仙市

Profile
個別経営だった9戸のプロ農家が設立した法人。稲作と野菜の複合経営。作物は米(30ha)と麦(8ha)、枝豆(5ha)、空豆(80ha)、野菜(50ha)、しいたけ(20ha)を生産。乾燥野菜の商品化にも成功。従業員は約20人。細川良喜氏(64)と泉芳博氏(65)が共同代表をつとめる。

資源循環型農業へのこだわり

米どころの秋田県では、個人も法人も米主体の経営体が多い。そのなかで新興エコファームは異彩を放っている。売上の過半が枝豆、しいたけ、野菜といった園芸作物によるものなのだ。事務所には立派なトロフィーが置かれている。JAおばこへの園芸作物の出荷量が管内でトップであったため、同JAから何度にもわたって表彰されたのだ。

複合経営の実現は同ファームの成り立ちとも関係が深い。2007年、それまで個別経営をしてきた9戸の農家が結集し、法人を設立。構成員は稲作専業、しいたけ専業、米と野菜の複合農家とさまざまだが、「それぞれ培ってきた技術を活かそう」と従来の作物をそっくりそのまま法人に移行させた。田植えや刈取り、枝豆や空豆の収穫、しいたけの収穫など労力が必要な作業は共同で行い、生産物の販売は法人が一手に担うスタイルをとることにした。

野菜部門の責任者である細川良喜理事長は「土地が園芸作物の生産に適していることも複合経営につながった」と言う。同ファームが管理する畑は排水がよく、野菜づくりに向いている。その土地を最大限に活かそうと、堆肥などを適量投入し、十分に土づくりをした上で、農薬や化学肥料の使用をできるだけ抑えた農産物づくりをしている。社名も「これまで個々が実践してきた資源循環型農業をより前面に出そう」と新興“エコ”ファームと命名し、大半の作物でエコファーマーの認証も取得した。

主力品目のひとつである枝豆の茎や葉もカットして堆肥の原料にする。「これが案外すぐれた堆肥原料になる。土が丈夫になり病気にも強くなるので、肥料代も3分の1ほどで済むなどコスト面でのメリットもあります」と細川さん。

こうした取り組みは販売面でも強みを発揮する。「環境、安全に配慮していることで、販路拡大もできたし、有利に販売もできる」と言う。秋田県内で展開するスーパーからの呼びかけで、資源循環農業にも参画している。スーパーの食品残渣からつくった肥料で枝豆や野菜などを生産し、これらが「えこ浪漫」というPB商品として売られている。「エコファーマーをさらにレベルアップさせ、特別栽培までもっていきたい」と細川さんは意欲を見せる。

先人が切り開いた農地を守り抜く

兼業農家同士で集落営農組織をつくったり、プロ農家と兼業農家が組んで組織をつくるケースは数多いが、同じ地区のプロ農家が一緒に法人をつくるのは珍しい。こうしたスタイルをとるようになったのは、「農業で生き残っていくには、個々の農家が団結し組織的な運営をしていくべき」という判断、そして「地域の農地を守り抜いていく必要がある」という強い意志によるものだ。

同ファーム設立に先だって、政府は規模に関係なく農家を一律に支援する政策から、担い手重視の政策への転換を打ち出した。こうした動きに対応するため新興地区の農家で何度か話し合いの場がもたれた。

細川さんも「この先、農業で食っていくにはやはり法人化が必須ではないか」と考えを固めた。そして同じ考えをもつ9組の夫婦が集まり、法人化を決意した。野菜部門担当の細川さんと米麦部門担当の泉芳博さんが共同で代表理事をつとめることになった。米はJAへの出荷が主だが、枝豆、空豆、しいたけは地元スーパーや加工業者などに販売する。
事務所入り口には看板が掲げてある。『こまっている農家の皆さんをお助けします。お気軽にお立ち寄りください』

実際にこの看板を見て作業を頼みに来る人もいる。なかには、遠く離れた農地、小規模な田んぼなど同ファームにとって採算に合わないところもあるが、「看板にお助けしますと書いてある以上、背くようなことはできませんから」と作業を引き受けている。

新興地区は第二次世界大戦前後にかけての開拓地である。秋田県内外から新天地を求めて大勢が入植してきた。どの家も2代目が担い手となっている。

細川さんの父親は、1947年に秋田県内から入植。松や雑木が生い茂る鬱蒼とした雑木林を切り開いて水田をつくったが、開拓当初は満足に収穫ができない日々が続いた。細川さんは父親から「松林に半日座って、このまま農業を続けるかあきらめるか考えたことがある」という話を聞いて育った。「親たちが苦労して田畑にした。自分たちの世代で荒らすなんてできない。うまくいかないことがあっても『親たちの苦労は忘れないでおこう』といまも確認しあいます。それが私たちの原点ですから」

『お助けします』の看板は、まさに先人が苦労して切り開いてきた農地を守り抜くという構成員の強い思いを反映したものだ。他の地域同様に、高齢化が進み、後継者がいない田畑も増えてきたが、同ファームは積極的に地域の受け皿となり、現在では地区全体の50~60%の農地をカバー。加工施設と直売所の建設にあたっても県から助成対象として認められた。

豪雪地帯の弱みを強みに変える経営

同ファームがある大仙市太田町は秋田県南部の内陸、奥羽山脈のふもとにある。冬には日本海側から吹く湿った風が秋田平野を超えて奥羽山脈に至る。降雪量は多く、市全域が豪雪地帯である。短い春と夏に限られた地域の農業で、採算を上げていくことは容易ではない。だが細川さんたちは地理的な弱みを強みに変える農業に挑んでいる。自社生産の野菜を“乾燥野菜”として加工する取り組みだ。

乾燥野菜のメインは大根。夏に植えた大根を雪が降り始める前に収穫し、畑の片隅に寄せておく。すると大根に雪が降り積もり“雪の下大根”になる。「60日ほど雪にあてると、大根自らでんぷんを糖に変えて寒さから身を守ろうとするので、糖度が一度ほど上がる。気温が寒いほうがより甘みが乗る」(細川さん)

この大根を衛生的な加工施設で乾燥させると、雪のように真っ白な干し大根になる。20時間かけて温風をじっくりあてながら乾燥させることで変色を避けられる。薄切りなので短時間で調理ができ、煮物、炒め物、サラダなど応用範囲が広い。大根やしいたけのほか、自社で栽培したにんじん、ごぼう、ねぎ、かぼちゃの乾燥商品も開発し、複数の野菜をセットにした「干し野菜豚汁セット」は特に人気だ。

乾燥野菜は冬の間に女性ができる仕事を確保しようと始めた。男性陣がしいたけの仕事をしている時、「しいたけを乾燥させて売ってはどうか」「それなら野菜も乾燥しよう」と前向きに話が進んだ結果である。周年を通じて仕事があるため、キャッシュフローの向上という点でも経営にプラスに働いている。

野菜は収穫後、1カ所に寄せておく。そこに雪が積もって「雪の下野菜」となる。掘り出し作業はたいへんだが、食べた人から「甘い」と評判。女性メンバーが冬の間につくる干し野菜の原料にもなる。

乾燥野菜は2011年に敷地内にオープンした自社の直売所でも販売される他、地元スーパー、食材加工業者にも出回る。タレントの永島敏行氏が東京都内で運営する産直「青空市場808(やおや)」でも売られている。永島氏が同ファームを訪れた際に試食し、気に入ったことがきっかけで取引が始まった。「おかげさまで商品が一人歩きしてくれている」と細川さんは目を細める。

数々の取り組みによって売上は約9000万円まで伸びてきた。ホームページ上にブログ(日記)を開設し、2、3日おきに更新し、農作業の様子や作物の生育状況を写真とともに伝える。「食べる人に関心をもってもらえれば」と細川さん自ら始めたが、いまではスタッフが受け継いでくれるようになった。「米を中心とした農業政策は刻々と変わっている。昔どおりの農業では生き残っていけない。資源循環、安全性を切り札に経営をしてきたが、今後はさらに新たな視点が必要になってくる。常に一歩先を考えた取り組みが結局、地域農業の維持につながる」と細川さんは前を向く。

加工施設兼直売所には地元内外からお客さんが訪れる。

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