ヤンマーテクニカルレビュー

芝刈機シェアNo.1トランスアクスル「IHT」

Abstract

An integrated hydrostatic transaxle (IHT) consists of a hydrostatic transmission (HST) and gear drive train in one housing. IHTs are mainly installed on the ride-on lawnmowers used in the US and European markets, where large decorative lawns are common. This article describes the Tuff Torq brand of IHTs, the top share in the US market.

1.はじめに

IHTとはIntegrated Hydrostatic Transaxleの略で、静油圧式無段変速機(HST)とギヤドライブトレインを1つのケースに収めたトランスアクスルを指し、神崎高級工機製作所とTuff Torq Corporation(以下TTC)が世界に先駆けて開発・製品化した。

IHTは主に乗用芝刈機に搭載され、一面を芝で覆われた広大で美しい庭を持つ北米、欧州で広く使われている。(図1)。

本稿では北米シェアNo1.を誇るTuff Torqブランドの“IHT”について紹介する。

IHTと乗用芝刈り機
図1 IHTと乗用芝刈り機

2.IHTの基本構成

IHTの内部構造
図2 IHTの内部構造

IHTはエンジンからの動力をHST伝達する為の①インプットシャフト、トラクタの進行方向と車速を制御する②コントロールレバー、HSTを構成する③センターケース、アキシャルピストン式の④ポンプと⑤モーター、⑥可変斜板並びに⑦固定斜板、中立位置を調整する⑧偏芯軸、油圧ブレーキを強制解除する⑨バイパスレバー、パーキング用の⑩ブレーキレバー、⑪減速歯車列と⑫差動歯車、⑬車軸によって構成されている。図2が示すようにTuff TorqブランドのIHTはコンパクトに設計されており、トラクタ本機への搭載性に優れ、主要部品にアルミニウムや焼結材を使用することで軽量・低価格化を実現している。

3.Tuff TorqブランドIHTのシリーズ構成

IHTは大きく分けて2つのカテゴリが存在する。1つは芝刈り作業や短時間のブレード作業などの軽負荷作業向けで、もう1つはプラウ作業にも対応した重負荷作業向けである。

TTCでは軽・重負荷作業向けにそれぞれ3モデルを用意している。

~軽負荷作業向け~
  1. K46:シンプルな基本モデル
  2. K57:K46にチャージポンプを搭載してHST高効率化と高寿命化を図ったモデル
  3. K58:K57から負荷容量を向上させたプレミアムモデル
~重負荷作業向け~
  1. K62:シンプルな基本モデル。デフロックのオプションあり
  2. K66:K62に油圧取出し機構を搭載したモデル
  3. K72:HST容量を向上させ、低騒音・高寿命化したフラッグシップモデル

このように幅広くお客様のニーズに対応できるシリーズ構成となっている(表1)

表1 仕様一覧

仕様一覧

4.Tuff TorqブランドIHTの特徴

4.1.適応性の高さ

IHTの搭載方向や、トラクターの前後進を制御するコントロールレバーの操作方向はお客様によって様々であり、搭載方向2通り、コントロールレバー操作方向2通りの計4通りのパターンが存在する。(図3)

IHT取り付け状態とコントロールレバー操作方向の関係
図3 IHT取り付け状態とコントロールレバー操作方向の関係

これを実現するにはモーターの固定斜板角度を反転させる必要がある。TTCのIHTはケース別体式モーター固定斜板を採用しており、斜板部品の組付方向を変えることで実現している。主要部品を何一つ変えることなく簡単に全てのパターンを網羅できるため、様々なお客様の要望にお応え出来る適応性の高い、且つ経済的な設計になっている。(図4)

固定斜版組付け方向と軸回転方向の関係
図4 固定斜版組付け方向と軸回転方向の関係

4.2.IDS(Internal Damping System)

HSTはポンプ側の可変斜板が中立位置にあるとき、作動油の綴じ込みによるブレーキ作用を発生させる。即ち、トラクタが走行中にコントロールレバー(可変斜板)を急速に中立位置に戻すとこのブレーキ作用による急制動が発生してしまう。これは乗り心地に悪影響を及ぼすので通常は、

①コントロールレバーにオイルダンパーを取り付けてゆっくりコントロールレバー(可変斜板)を中立位置に戻す。

②HSTの油圧回路にオリフィス穴を設け意図的に作動油を回路外に排出しブレーキ作用を弱める。

と言った方法が取られる。(図5)

制動時の衝撃とHSTブレーキ作用圧力波形のイメージ
図5 制動時の衝撃とHSTブレーキ作用圧力波形のイメージ

①の方法はフィーリングが大変良好で上位機種に採用されているが、ショックアブソーバーが高価な為、コストが高くなる。②の方法は低コストで実施可能であるが、HSTからの油漏れによる効率低下が避けられない。

低コストで急制動を回避し、効率低下を最小限に抑えることを目標に開発されたのがIDS(特許取得済み)である。

基本的には②と同様に油圧回路にオリフィス穴を設ける方式だが、走行領域ではオリフィス穴に蓋をすることで効率低下を防ぎ、中立位置付近でオリフィス穴が開いてブレーキ作用を弱めるという仕組みである。(図6)

IDSはコストと機能のバランスが良いため多くのお客様に支持されており、K46はIDSを搭載したモデルが大半を占めている。

IDSの構造と働き
図6 IDSの構造と働き

5.おわりに

冒頭でも述べたとおり、TTCは北米で乗用芝刈り機用トランスアクスルのシェアNo.1であるが、これはお客様にとっての価値、課題を常に考え、失敗を恐れずに新しい事にも積極的にチャレンジをし、ソリューションを提案し続けてきた成果であると考える。

現状に満足することなく、マーケットリーダーとしてお客様に喜ばれ信頼される商品をベストなタイミングでより多く提供するため、これからも精進していきたい。

著者

Tuff Torq Corporation R&D department

水川 勝元

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