ヤンマーテクニカルレビュー

人手/実機がかからないソフトウェア評価:仮想実機システム

Abstract

Nowadays, the role of electronic control in agricultural machinery is increasing. Accordingly, the software used for electronic control has become more complex. As a result, the testing scope has expanded and the amount of work required for testing has increased. Therefore, we are facing some challenges, such as the difficulty in setting the conditions for software testing, and the time needed to finish all tests.

However, we solved these challenges by introducing a Hardware-in-the-Loop Simulator.

This report provides an overview of the Hardware-in-the-Loop Simulator and examples of its application.

1.はじめに

「持続可能な農業」の実現を目指し、ヤンマーでは農業機械の高機能化・高性能化を進めている。高機能化・高性能化を実現するために、電子制御が担う役割は大きい。図1は大型コンバインに搭載される電子制御機能を示す。これらの機能は、農業機械に搭載する電子制御ユニット(以下、ECU)とそれに書込むソフトウェアによって実現している(図2)。電子制御が担う機能が拡大し、高機能化・高性能化が進むことでソフトウェアは複雑化しており、ソフトウェア評価範囲の拡大、評価工数の増大という課題がある。この課題を解決するため、自動車開発等で活用が進む、Hardware-in-the-Loop Simulator(以下、HILS)を農業機械の開発に導入した。本稿では、導入したHILSの原理と、その利点、適用事例を紹介する。

図1 コンバインにおける電子制御
図2 農業機械に搭載されるECU

2.導入したHILSの原理

導入したHILSは、実機にて発生する信号を実際にECUへ送信し、実機搭載と等しい状態で、ECUの動作を評価するシステムである。

図3にHILSの概要を示す。HILSは、ECU、ハードウェア、モデル、操作PCから構成される。

ECUは、ワイヤーハーネスを介してハードウェアと電気信号をやり取りし、実装するソフトウェアにて動作する。

ハードウェアは、電気信号とモデル値の変換を行う。ECUからの電気信号を計測し、モデルの演算で使用されるモデル値に換算する。逆にモデル値に基づいて、電気信号をECUへ向けて出力するといった役割を担っている。

モデルは、ハードウェアで計測されたモデル値や操作PCからの入力に従って、実機の挙動を演算する。演算結果は、ハードウェアを介してECUへ送信される。

操作PCにて、モデルへの入力や演算結果、ECUの入出力値の確認(モニタリング)を行う。実機に搭載するハンドルやレバーなどを操作したときの入力は、この操作PCにて入力し、ECUやモデルへ送信する。

ECUが出力するアクチュエータ信号や操作PCからの入力に従い、モデルが実機の挙動を演算する。結果はECUへのセンサ信号として送信する。ECUは得られたセンサ信号とソフトウェアにより、アクチュエータ信号を再び出力する。HILSでは、このループにより、ECUが実機に搭載されているのと同等の状態で、ECUの評価を行う。

図3 HILSの概要
図4 実際のHILS

3.HILSの利点

3.1.複雑なソフトウェア評価条件を容易に再現できる

車両の操作パターンや環境など、様々な条件でソフトウェアを評価する必要があるが、安全性の確保や評価時の周囲状況から、実機では再現が難しい評価条件が存在する。例えば、トラクタはレバーやペダルにて運転を行うが、各レバーの状態等を考慮すると、評価すべき組み合わせが膨大となる。また地面の状態は水分量や傾斜などが影響し、様々なパターンが存在する。さらに、断線などの故障が生じた場合を想定する動作評価も品質確保には必要である(図5)。実機を用いた評価では、坂道など特殊な環境の準備には限界があり、故障を故意に発生させる場合には評価者・周囲の安全確保が課題となる。

HILSは、シミュレーションのため様々な環境を安全に、任意に設定することが可能であり、様々なソフトウェア評価条件を容易に再現できる。

3.2.いつでもソフトウェアを評価できる

実機では、評価する時期が限定される場合がある。例えば、試作機の完成時期や、農作物の収穫時期などである。加えて、ソフトウェアの修正点を収穫時期終盤に見つけた場合には、修正前に収穫時期が終わってしまい、次の収穫時期まで評価ができないこともある。

一方、HILSでは、実機が無くともソフトウェア評価が可能であり、農作物の有無など、環境の模擬も可能なため、いつでもソフトウェアを評価できる。

3.3.人手がかからずソフトウェアを評価できる

ソフトウェアの複雑化により、評価項目数が増大し、実機での評価には、多くの人手と時間が必要になっている。

HILSは、PC上で操作や結果の確認が行え、自動処理による評価が可能である。図6に構築した自動評価環境の概要を示す。操作と期待動作を記載する評価方案を読み込ませる事で、操作PCが必要な入力を自動で行い、モニタリングする値から結果を判定、評価結果を出力する。このシステムにより、人手がかからずソフトウェアを評価できる。

図5 様々な条件での評価
図6 自動評価の概要

4.適用事例

実際の電子制御開発においてHILS利点を活用した評価を行った。その適用事例を以下に紹介する。

4.1.故障を模擬する安全性評価(ロボトラ)

ROBOT TRACTOR(以下、ロボトラ)はGNSS衛星や基地局の信号をアンテナで受信し、自己位置を測定、タブレットで作成した経路と比較しながら自動運転を行う。

HILSを適用し、自動運転中の断線・異常発生時のロボトラ挙動を評価し、問題発生時には、安全かつ確実に停止することを確認した(図7)。断線や異常な信号のパターンは多岐に渡るが、それらをHILSで容易に再現し、ソフトウェア評価の網羅性を確保した。

4.2.自動ロス制御の機能評価(コンバイン)

コンバインで穀物を収穫する際に、脱こく・選別の過程で発生してしまうロス(取りこぼし)量をセンサで検出し、このロスを最小化するために、車速や選別機能を自動制御する「自動ロス制御」機能を大型コンバインに搭載している(図8)。

HILSにて、収穫時期に限らず、自動ロス制御の機能評価を可能とした。コンバインが旋回するスペースを確保するため、圃場外周を一通り刈り取る「周り刈り」や、刈りぬけた際など、実際の圃場では評価環境が限られる項目でも、HILSにて容易に挙動確認・評価を実現した。即ち、実機評価では網羅が難しい作業パターンについても品質を確保できた。

図7 ロボトラにおけるソフトウェア評価
図8 自動ロス制御の流れ

4.3.評価工数の削減

ソフトウェア評価の自動化により、開発期間を短縮した。夜間に自動評価を開始し、翌日結果を確認することで、実機で全項目を評価する場合に比較し、大幅に新機種開発の効率が向上した。派生開発における機能アップデートや追加においては、ソフトウェアの変更が必要となり、既存機能への悪影響を再評価する必要がある。この場合にも、HILSでの自動評価にて、効率的な開発を実現した。

5.まとめと今後の展望

農業機械における電子制御の重要性が高まる中、電子制御を司るソフトウェアの評価には、実機では実施困難な試験や限定される試験時期、増大する試験項目数といった課題がある。我々は、他社に先駆けて農業機械の機能を丸々1台分模擬するHILSを導入し、この課題を解決し、品質確保と評価期間の短縮を実現した。これにより高品質な商品をお客様の要望に応えてリリースさせて頂ける体制を整えた。

お客様に、高い付加価値を持つ農業機械を継続して提供させて頂くため、電子制御の重要性はさらに高まり、これに伴うソフトウェアの複雑性は増していく。この中で、ソフトウェアの品質を確保するため、HILSの活用をさらに促進する予定である。更に、農業機械に限らず、当社の幅広い製品群(建機・舟艇など)にHILS技術を展開し、高品質な高機能をお客様へ迅速に提供していきたい。

著者

電子制御開発部 第二商品開発部

清澤 悠

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