ヤンマーテクニカルレビュー

世界初 スイスPN規制に適合した「新TNVエンジンシリーズ」

Abstract

The new TNV engine series was developed to satisfy customer demand while complying with strict emission regulations. Yanmar's advanced combustion technology using a common rail injection system and cooled exhaust gas recirculation, which is controlled by a unique correction method, are used to achieve better engine performance. An exhaust after-treatment system is adopted for cleaner emissions. A total engine management system using Yanmar's original software maintains optimal engine performance by itself, by adjusting the engine operating parameters automatically based on physical models. It also helps to achieve reliable DPF regeneration using a unique regeneration strategy without changing the feel of engine operation. It also has the advantage of enabling very flexible designs.

1.背景

ディーゼルエンジンは燃料経済性が高く、耐久性や信頼性に優れているため、産業用機械の動力源として広く使用されている。一方で、世界的な地球環境に対する意識の高まりの中で、産業用ディーゼルエンジンに対しても排出ガス規制が段階的に強化されてきた。各国の排出ガス規制を表1に示す。2013年からTier4規制(米国)、Stage3B規制(欧州)が施行され、2014年から特自3次規制(日本)が施行された。これらの規制ではPM(Particulate Matter、排気微粒子)の排出率が従来の規制値に対して十分の一以下に強化されている。またスイスにおいてはPN(Particulate Number、PMの粒子数)に対する規制が導入されるなど、PMに対する規制が特に強化されているのが特徴である。さらに、米国においてTier4規制より追加されるテストサイクルを図1に示す。従来の定常テストサイクルに加えて、実作業を模擬した過渡テストサイクル(NRTC)およびあらゆる作業・環境条件で排ガス排出率を制限するNTEの評価が必須となるなど、規制が複雑化している。こうした規制に対応するためには、従来より高度かつこれまでにない技術の開発が必要である。

当社では従来から築き上げてきたヤンマーのディーゼル燃焼技術と総合力を駆使して全社一丸となって取り組んだ結果、上記の厳しい排出ガス規制に適合し、かつ使用環境や使われ方によらず快適にお使いいただける産業用機械の動力源として最適な新TNVエンジンシリーズを2013年より市場投入した。本稿では、新TNVエンジンシリーズの排出ガス規制対応技術と商品力について紹介する。

表1 Emission Regulations (EU, USA, Japan)

Emission Regulations (EU, USA, Japan)
Additional new test procedure (USA Tier4)
図1 Additional New Test Procedure (USA Tier4)

2.商品概要

図2に新TNVエンジンの概観を示す。新TNVエンジンシリーズは、従来機種の特長である低燃費や高出力、信頼性、静粛性を損なうことなく、さらにクリーンに進化させた商品である。ハード面だけでなくソフト面も刷新を図っており、エンジンの運転状況や使用環境に対応して高いパフォーマンスを実現している。最適なデバイスの選定および従来機と同等のエンジンサイズを維持することにより、種々の作業機に搭載可能な汎用性を実現するとともに、従来機からの載せ換えも容易となっている。

New TNV Engine Features
図2 New TNV Engine Features

3.エンジンラインナップ

図3に新TNVエンジンのラインナップを示す。6kWから56kWまでの出力レンジで構成されており、お客様の幅広いニーズに対応している。

Product Lineup
図3 Product Lineup

4.適用技術

新TNVエンジンに採用したデバイス概要を図4に示す。厳しいTier4規制に適合するため、コモンレールシステムやクールドEGRといった新規デバイスを採用した。また、エンジン筒内からのPM排出が多くなる高負荷域においてクリーンかつ十分な作業性を確保するため、排気後処理装置としてDPF(Diesel Particulate Filter)を適用した。しかし、DPFは排ガス中のPMを捕集すると排気圧力が上昇し、EGRが過多となり、PM排出量が増加する。このためEGRガス流量を適切にコントロールし、DPFが目詰まりするリスクやDPFの再生頻度を低減することが求められる。また、産業用機械ではDPF再生運転のために作業を停止できる状況が限定的であるため、作業中に確実に再生することが必要となる。さらに産業用エンジンとして従来機と同様に、レイアウトの異なる種々の作業機に搭載できる汎用性が求められる。

当社では、上記の課題に対応するため、新規デバイスの採用と同時に制御ソフトの刷新を図った。当社独自のトータルエンジンマネジメントシステムはエンジン各部の状態量を物理モデルに基づき算出し、運転状態に応じた最適なエンジン制御を実現する。この制御システムをECU(Engine Control Unit)に搭載することで、低公害性に加えてDPF目詰まりリスクと再生頻度の低減を達成した。また、独自の再生制御を構築することで、さまざまな作業機や作業パターンで信頼性のあるDPF再生を実現した。さらに、エアフローセンサーを使用しない制御システムにすることで、レイアウト毎の調整工数をなくし、作業機への搭載を容易にした。

上記のようにハードとソフトの両面で新規技術を織り込むことで、課題を解決し、Tier4規制対応エンジンとしての高い商品性を実現した。

New Devices for Tier 4 Emission Regulations
図4 New Devices for Tier 4 Emission Regulations

5.環境性能

5.1.排気エミッション

図5に排気エミッションを評価した結果を示す。当社のTier3規制対応エンジン4TNV88-Bは、NOx+NMHCとPMがTier4規制値を超過するレベルにある。Tier4規制に適合した4TNV88CはコモンレールシステムとクールドEGRを採用し、PMを悪化させずにNOx+NMHCを低減した。またDPFを適用することでPMを十分の一以下のレベルに低減した。このように新TNVエンジンシリーズは厳しいTier4規制値を達成した。

Evaluation Results of Emissions
図5 Evaluation Results of Emissions

5.2.PN

図6にPNを計測した結果を示す。新TNVエンジンはDPFを適用することでPNを大幅に低減し、規制値を達成した。これにより19~37kWの出力範囲において、スイスで施行されたPN規制の認証を世界で初めて取得した。なお、PN規制は欧州で検討されているStageV規制(2019~?)での導入が議論されており、当社新TNVエンジンシリーズは2013年時点でStageV規制に適合するポテンシャルを有している。

Measured Results of Particulate Number
図6 Measured Results of Particulate Number

6.商品力

6.1.独自のEGR制御によるDPF目詰まりリスクの低減

DPF搭載のエンジンでは上述のとおりPM堆積により排気圧力が上昇した場合や大気条件が変化した場合においても、EGR量を適切にコントロールし、DPFの品質を確保しなければならない。図7に高排気圧力および低大気圧(高高度条件)において、EGR率やNOx、スモークを評価した結果を示す。排気圧力や大気圧の変化に対して、当社独自のエンジン制御によりEGRガス流量を適切にコントロールできており、スモークの悪化を抑制することでDPFの目詰まりリスクと再生頻度を低減した。

Effects of Emission Management System
図7 Effects of Emission Management System

6.2.独自DPF再生制御による作業効率の向上

DPFはフィルタに捕集したPMを定期的に除去する再生運転が必要となる。当社独自のDPF再生制御について概要を図8に示す。当社では、①コモンレールシステムによるポスト噴射を使用しない「アシスト再生」、②ポスト噴射を活用した「リセット再生」、③作業を停止して確実に再生する「ステーショナリー再生」から成る「3ステップ再生制御」を独自に開発した。この制御により、図9に示すようなDPF再生が難しい低速低負荷運転においても再生が可能となり、作業機や作業パターンによらない確実な再生を実現した。合わせて本制御では、ポスト噴射を使用しないアシスト再生を適用することで、省燃費な再生運転を実現した。

これらの制御により、「確実な再生」「省燃費」を両立させた信頼性の高いシステムを構築することができ、お客様の作業効率向上を実現した。

Three-step DPF Regeneration
図8 Three-step DPF Regeneration
Required Period for DPF Regeneration
図9 Required Period for DPF Regeneration

6.3.種々の作業機に搭載できる汎用性

上述の制御においてEGRを適切にコントロールし、また確実な再生を行うためには吸気流量の計測が重要となる。吸気流量計測に関して、車両用エンジンでは一般的にエアフローセンサーが用いられる。しかし、エアフローセンサーは吸気レイアウトの影響を受けやすく、レイアウト毎に調整が必要となる。種々の作業機搭載が必要となる産業用エンジンでは調整にかかる工数が膨大になり、搭載時の大きな障害となっていた。

新TNVエンジンについて搭載可能な作業機の一例を図10に示す。当社ではエアフローセンサーを使用しない制御システムを構築している。これにより搭載時の調整工数をなくし、多種多様な作業機に対して容易に搭載できる汎用性を実現した。

Small Diesel Engine for Off-road Machinery
図10 Small Diesel Engine for Off-road Machinery

7.おわりに

当社は厳しい排出ガス規制に適合しながら出力/燃費/作業効率などお客様のご要望にお応えできる新TNVエンジンシリーズを開発した。以下にまとめを示す。

  • 高度な燃焼技術と独自手法でコントロールされるコモンレールシステムおよびクールドEGRを組み合わせることで、さまざまな作業機と作業条件において高い性能を達成した。
  • 排気後処理装置DPFを採用することで厳しいPM規制をクリアし、またスイスで施行されたPN規制の認証を世界で初めて取得した。
  • 当社独自のDPF再生制御により、「確実な再生」「省燃費」を両立させた信頼性の高いシステムを構築し、お客様の作業効率向上を実現した。
  • エアフローセンサーを使用しない制御システムにすることにより、レイアウト毎の調整工数をなくし、作業機への搭載を容易にした。

当社の新TNVエンジンシリーズは2013年より市場投入して以来、多くのお客様にご愛好いただいております。産業用エンジンを取り巻く環境は排出ガス規制の強化や作業機の高機能化などにより日々変化しておりますが、今後もお客様にとっての価値を自問自答し、最適なソリューションを提供し続けるよう努めたいと思います。

最後に、新TNVエンジンシリーズ開発にあたり、多大なご支援とご協力をいただきました関係各位のみなさまに感謝申し上げます。

著者

小形エンジン事業本部 開発部

中野 聡 / 岩瀬 敦仁

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