2023.09.27

日本初「畑ガイド」でその季節ならではの農業の魅力を伝える 「いただきますカンパニー」の挑戦

ヤンマーは「A SUSTAINABLE FUTURE」の実現に向け、事業活動を軸に社会貢献などさまざまな取り組みを行っています。その基盤となるのが「HANASAKA(ハナサカ)」。これは、「人の可能性を信じ、挑戦を後押しする」という、創業時より受け継がれてきたヤンマーの価値観を指します。

Y mediaでは、このHANASAKAに通じて、何かに挑戦している人、誰かの挑戦を後押ししている人を「HANASAKAビト」と呼び、その取り組みをご紹介していきます。

今回は、北海道・十勝を拠点に活動するHANASAKAビト・いただきますカンパニー代表取締役の井田芙美子さん。

「子どもたちが安心して生きられる30年後を創ること」を目指したさまざまな事業の中でも注目を集めているのが、日本初「畑ガイド」による「農場ピクニック」です。
2023年7月28日に北海道芽室町で開催された農場ピクニックの様子をお届けするほか、農場ピクニック発案のきっかけや今後の展望などについて伺いました。

 

<プロフィール>

株式会社いただきますカンパニー代表取締役
井田 芙美子(いだ ふみこ)

1980年生まれ、北海道札幌市出身。帯広畜産大学卒業。大学時代、羊飼いを目指して牧場実習を行なう中で、グリーンツーリズムに関心を持つ。農場の景観や農家の暮らしの魅力を感じ、農業をガイドする仕事ができないかと考える。大学卒業後、足寄少年自然の家、然別湖ネイチャーセンター、十勝観光連盟、ノースプロダクションを経て、2012年3月独立。子どもたちが安心して生きられる30年後を創ることを使命と感じ、起業を決意する。

※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。

<農場ピクニックでの井田さんの様子>

仕事も育児も諦めたくなかった

──「いただきますカンパニー」設立の経緯を教えてください。

もともと羊飼いを目指していたので、農家になろうと思っていたのですが、牧場実習を重ねる中で、「農業を観光という手段で発信する仕事がしたい」と考えるようになりました。

そこで、10年ほど農業に携わった後、観光分野に関わろうと十勝観光連盟に就職しました。

このころ、プライベートでは結婚、出産を経験。育児とフルタイム勤務の両立で多くの困難に直面しました。今でこそ育児も仕事も諦めない働き方が理解されつつありますが、長女が生まれた16年前は、家事や育児をするのは女性という価値観が色濃く、子どもを授かったなら女性は仕事を諦める──が一般的な考え方だったのです。
しかし私は、農業の魅力を伝える仕事をしたかった。目の前の子どもたちとも向き合いたかった。

どちらも実現させるには起業しかないと思い、2012年3月に独立。2013年5月に「株式会社いただきますカンパニー」を設立しました。

──十勝を起業の地に選んだのはなぜですか?

大学時代から、負けず嫌いな私には、十勝の風土が合うと感じていました。

北海道の多くの地域は官主導の屯田兵によって開拓されましたが、十勝はあまりにも過酷な自然環境ゆえに逃げ帰る人も少なくなかったと言います。そんな悪条件の中で十勝を切り拓いたのは、フロンティア精神にあふれた民間の人々でした。

当然ながらたくさんの失敗がありました。民間の人々の悔し涙で今の十勝が築かれた歴史があるからなのか、十勝の方々はチャレンジする人に寛容です。それこそ、他所の土地から来た人であろうが、女性であろうが関係ありません。何度失敗してもそっと見守っていてくれるんです。

私の事業に対しても「うまくいくとは思っていなかった」と今になって皆さんおっしゃいますが、スタートした当時は表立って否定する人は誰もいませんでした。挑みたいならやってごらんと、ただただ挑戦させてくれる。求めれば協力もしてくれる。

そのような土地柄に居心地の良さを感じたのが、十勝を選んだ理由でした。

その季節にしか体験できない価値を伝えたくて

──人気ツアー「農場ピクニック」について教えてください。

「農場ピクニック」とは、普段は入ることができない農家さんの畑を、畑ガイドの説明を聞きながら散歩するツアーです。

農場ピクニックを思いついたきっかけは、中学生のときに読んだエッセイで、その中に「フットパス」が出てきました。フットパスとはイギリスを発祥とする「自然や風景を楽しみながら歩ける小道」のことで、イギリス人には農家さんの私有地である農場を自由に歩く権利が法的に与えられています。

このフットパスと、小麦畑の中を走る防除畝(ぼうじょうね)と呼ばれるトラクターの踏み跡が重なったとき、農業を観光という手段で発信するならこれだと思いました。

農場の道の様子

観光農場といえば収穫体験だけをピックアップするケースが多いですが、農場の魅力は収穫だけではありません。その時期にしか出来ないこと、その季節にしか見られない風景を、楽しむ。これも「価値」だと捉え、この価値を一般の方へ伝えるにはまさにフットパスが最適だと考えました。

しかし、日本では勝手に農場には入れません。そこで、講習や試験をクリアし、当社が認定したガイドが忙しい農家さんに代わって農場を案内し、農業への思いや作物のことを説明する、日本初の「畑ガイド」制度を考え出しました。

粘り強くSNSで発信しつづけたこと、さまざまなメディアで取り上げていただいたおかげで、初年度の来場者は100人、4年目の2015年度は2000人を超え、現在では国内だけでなく、海外からも参加者が訪れる、人気ツアーへと成長しました。

==========農場ピクニックの様子==========

35.6℃という気温を記録した2023年7月28日。

スイートコーン生産量日本一を誇る、北海道芽室町にある坂東農場さんにて農場ピクニックが開催されました。

畑ガイドを務めるのは、システムエンジニア、ネイチャーガイド、野鳥ガイドなど多彩な経歴をもつ香子さん。季節の機微をつぶさに見つめるような案内が評判のガイドさんです。

この日参加者は計10名。埼玉県から来られたファミリー、タイからの留学生など参加者も多種多様です。

それぞれ自己紹介をした後、坂東農場さんに向かいます。

坂東農場さんは、62.5haの畑でスイートコーン、小麦、ジャガイモ、豆、ビート(甜菜)などを家族4人で栽培する農家さん。ディズニーランドが約45haなので、いかに広いかがわかります。

「それでも十勝では一般的な規模の農家さんなんですよ」という香子さんの説明に驚きの声が聞こえてきました。

最初に向かったのは、小麦畑。

ちょうど収穫が終わった後なので、畑の中まで入ることができます。

しかも、この日は麦わらがしっかり乾燥していたので、麦わらのベッドを作りダイブ!

想像以上の柔らかさに感動している方々も。

<麦わらベッドへダイブしている様子>

さらに、スイートコーン畑で収穫を体験し、旬を迎えたものと過熟したものを生で食べ比べ。

旬のものは皮が薄く、ジューシーで、口の中にさわやかな甘さが広がりますが、過熟したものは皮が少々厚く、甘みが抜けていて、少し粉っぽい。

「旬のものは、普段スーパーで買うスイートコーンとまったく違いましたね。しかも生のままを食べるなんて初めての体験でした。甘いだけじゃなく、後味も良く、本当に美味しかった」と野沢ファミリー。この違いを味わえるのも、農場ピクニックならではです。

収穫のタイミングや天候によっては体験できないレクリエーションに、まさに「その時期にしか出来ないこと、その季節にしか見られない風景」を体験できます。

それは小麦畑やスイートコーン畑だけではありません。

翌年以降の収穫のために若茎が大きく伸びたアスパラガス。

熟す前のまだ緑色のハロウィンカボチャ。

花を付けたネギ。

どれも、今だけの風景です。

農場ピクニックの常連客となり、今ではアンバサダーに認定されている、こよみさん。この日はお友だちのともよさんを誘って、訪れたそう。

「中学生のとき、北海道に遊びに来る機会があり、目の前に広がる風景を見て『これが人の住むところだ』と思いました。それがきっかけで故郷を離れ、帯広畜産大学に進学し、そのまま北海道に住んでいます」

締めは、青空の下、白樺の並木道に立てたテントの中でランチ。

茹でたスイートコーンや地元のパンなどに舌鼓を打ちました。

収穫したとうもろこしの画像

==========農場ピクニック終わり==========

日本の農業に関心をもってもらうきっかけに

──農業の魅力を発信しつづける、井田さんの原動力は何ですか?

参加者さんが農場ピクニックを体験後、日常に戻ったとき、たまたま立ち寄ったコンビニエンスストアで「十勝産」と書かれたコーンスープやポテトチップスなどを見かけたら、畑の中を歩いたときの感動がよみがえって、思わず商品を購入する方がいると思います。間接的に十勝の農業に貢献できる。これも原動力の一つですが、それだけではありません。

農場ピクニックにご協力いただいている農家さんは規模が大きく、収入が安定しているため、農業ピクニックでのインセンティブに頼らなくても経営に支障がありません。それでも農場ピクニックのために畑を開放してくださいます。

その理由は、普段はなかなか接点を持つことができない消費者の方と関われる、自分たちの作った農作物を食べて「美味しい!」と笑顔になっている様子を直接見られるからなんです。それが協力農家さんの励みになっています。

農場ピクニックにはいろんな思いや感動がつまっています。そして、そこでの経験で関わった方々の行動、モチベーション、興味関心を変えることができるかもしれない。そんな幸せなことはありません。

だから毎日、休憩のためのテントを設置したり、撤去したりなど、重労働でも続けられています。

いただきますランドで田舎暮らしをしたい人を応援

──井田さんの夢を教えてください。

「いただきますランド」をつくって、そこのおばあちゃんになるのが夢です。

ここで小さな子どもたちを預かって、その子たちの成長を眺めて暮らしたいですね。そんな私に、国内外からいろいろな人が会いに来てくれたら、そんな幸せなことはないです。

田舎暮らしをしたいという気持ちがあっても、手間のかかることなのでなかなか実現できないのが現実です。特に個人で叶えるとなるとなおさら難しい。そのことを私は身をもって経験しました。だったら、田舎暮らしをシェアできるような環境や仕組みをつくりたいと思ったのです。

例えば、いただきますランドに企業の社宅をつくって、社員さんが十勝に赴任してきたら、そこで最高に北海道らしい生活を送れるとか。

それこそ、帯広畜産大学の学生寮もあって、学業の傍ら、いただきますランドでの作業を通じて、スキルや人脈を広げられるとか。作家さんが、そこに住みながら工房兼売店をはじめるとか。

そんな夢を持つ人をいただきますランドで応援できたらと考えています。