営農情報

2013年6月発行「FREY1号」より転載

高品質なキャベツづくりの極意は「土づくりに尽きる」。阿蘇のエキスパートがつくるプレミアムキャベツ

野菜の中で生産量が3番目に多いキャベツ。西日本一の生産地は熊本県で、とりわけ阿蘇市波野地区は高原キャベツの特産地として知られている。
なかでも「おいしくて高品質」と市場で高い評価を得ているのが、岩下青果のキャベツだ。プレミアムキャベツづくりの極意を、岩下義文さんに伺った。

岩下青果

岩下 義文 様

熊本県 阿蘇市

Profile
53歳。熊本県阿蘇市波野でキャベツの専業農家を営む。両親が山を切り開いてキャベツづくりを始めた基盤を引き継ぎ、規模拡大を重ねて家業を発展。経営面積は山間地と平場合わせて計19ha。年間出荷量は10万ケースに及ぶ。

市場で好評価の、甘くておいしいプレミアムキャベツ

熊本市から車で約1時間、世界最大級のカルデラ阿蘇の外輪山を登っていくと、標高600~800mの山あいに、林を切り開いてつくられたキャベツ畑が点在していた。まっすぐ整然と植え付けられた緑の苗の上を涼やかな風が渡り、すがすがしい。
そんな一角に岩下さんのキャベツ畑はあった。面積は9ha。ここで冷涼な気候を生かした夏秋キャベツをつくっている。その他にも熊本市内の平場で6.5ha、秋冬キャベツを栽培。それぞれ年2作ずつつくり、高原と平場を2本柱に、年間平均で1日1000ケース前後(年間10万ケース)を周年出荷する。品質面でも、岩下さんがつくるキャベツは、野菜が苦手な子供も喜んで食べるほど甘くておいしいと定評があり、市場でも高値で取引されている。

「私が目指しているキャベツは、開拓農家だった父が一生懸命つくり、私も子供の頃から大好きだった昔ながらのキャベツです。甘い汁が口の中に溢れ、あまりのおいしさに主菜よりもキャベツを食べたくなるような、付け合せでなく主役になるキャベツです。新鮮で鮮度が落ちず、日持ちもします。その味、その品質を継続させるのが私の務めだと思って、キャベツづくりに励んでいます」とにこやかに語る岩下さん。

最盛期には早朝から夜中まで仕事に没頭するが、「キャベツが大好きだから、どんな仕事も楽しいんです。消費者の皆さんから『おいしい』と言っていただけるのが何より嬉しくて、最高のキャベツをつくろうという気持ちがわいてきます」と目を輝かす。

15歳で就農し、キャベツづくり一筋に38年、先代が築いた基盤を発展させてきた岩下さん。高品質なキャベツづくりへの熱い想いと、長年培ってきた優れた栽培技術が結実し、岩下さんがつくるキャベツは、消費者の間でプレミアムキャベツと呼ばれている。

植え付け作業を終えたキャベツ畑。高うねに苗が整然と並び、美しい縞模様を描く。
移植機で植えられたばかりのキャベツの苗。植え付け姿勢も良好。労働時間やコストを低減するために、岩下さんは今年からセルトレイをキャベツ用の128穴からレタス用の200穴に変えて播種・育苗してみた。1株当たりの育苗用土が少ない分、施肥や灌水に最大の注意を払って育苗管理した結果、慣行に引けを取らない健苗に育っている。

阿蘇ならではの厳しい気象条件を、栽培技術と努力で克服

ここ波野地区は平場より気温が5~6度低く、夏場も30度を超えることはほとんどない。そのため生育適温が15~25度というキャベツの生育に適しており、中山間地ならではの大きな寒暖差がキャベツをさらに甘くする。加えて、清涼な阿蘇の水と肥沃な土、澄んだ大気、豊富な陽光。それら阿蘇の自然の恵みがおいしいキャベツを育てるのだ。

「ただ、阿蘇の自然はそうした恵みをもたらしてくれると同時に、厳しい面も併せ持っています。梅雨時期には何日も大量の雨が降り続き、台風も毎年やってきます。長雨でキャベツが腐り、流されてしまうことも少なくありません。まさに阿蘇におけるキャベツ栽培の歴史は、雨との戦いでした。雨からいかにしてキャベツを守るかという課題に阿蘇の農家は真剣に取り組み、それぞれに栽培技術やノウハウを編み出してきました。厳しいハンディを人間の努力と技術で克服し、西日本一という産地を守ってきたことに誇りを持っています。全国の各産地それぞれに課題を抱えておられるでしょうが、雨対策や排水性向上に関して私たちは、どこにも負けない技術を身に付けており、キャベツへの愛情もどこよりも深いと自負しています」と熱く語る岩下さん。

その上で、キャベツがのびのび育つように力を貸し、子供を育てるように気配りをして観察することが大切。例えば、葉の色一つで肥料が足りないのか、何をして欲しいのかをキャベツが自ら教えてくれ、対処をしてやればキャベツはおいしく育つ、と岩下さんは言う。

土づくりで排水性を向上し、微生物資材で発酵促進

阿蘇ならではの長雨を克服し、最高のキャベツをつくるために、岩下さんが精魂を込めて取り組んできたのは、土づくりによる排水対策。「それにはサブソイラを活用するのが最も効果があります」と指摘する。サブソイラを地中深くまで入れると、硬く締まった下層の土が破砕されるとともに、水と空気の通り道もでき、排水性が大きく向上する。その後、プラウを丁寧にかけて土を耕し、さらにバーチカルハローを使うと、下層は粗く排水性に優れ、上層は苗の活着に適した土壌ができあがる。ただ、大型トラクタや堆肥を満載したマニアスプレッダの踏圧によってタイヤ跡の土が硬くなってしまう。そこで、再度サブソイラで土を柔らかくした後、タイヤ跡消し(オプション)を6本付けたバーチカルハローで最後の仕上げをする。このひと手間多い床づくりの工程が、生育ムラを防ぎ、一度に全部収穫できる一発切りを可能にしているそうだ。

この土づくりに不可欠なのが大型トラクタ。岩下さんはジョンディアトラクタを4台導入。負荷の大きい重作業のため、全て100馬力前後のハイパワー車だ。

さらに地力を高めるために、堆肥系の微生物資材を数種類ブレンドして畑にたっぷり投入する。それによって発酵が進み、土がフカフカになって根が栄養を吸収しやすくなるとともに、排水性も一層向上する。この微生物資材や微生物の増殖を促す肥料などの配合は、岩下さんオリジナルの技術だ。

「こうした作業を長年継続して良い土をつくっていくと、キャベツは丈夫に育ち、虫も寄ってこず、長雨が降っても腐りません。私がつくるキャベツの品質や収量がいいのは、この土づくりの成果だと思います」

さらに大事なポイントは、その土を高うねにすること。「旱魃の時は土が乾きにくくなり、大雨の時は早く水が捌けます」これらの技術が相乗効果を発揮したのが、記録的な雨が連日降り続き、鉄砲水や水害が発生した昨年7月の九州北部豪雨。キャベツが腐り損害を被った農家が続出した中、岩下さんのキャベツは長雨に耐え、腐らなかった。

経営面でも細部までこだわり、リスク回避をしながら高収益を確保

いいキャベツができたら、次はそれをどうやって高く売るかだ。まず1つは、周年出荷体制の確立。就農3年目(18歳)に阿蘇山が噴火し、火山灰でキャベツが大打撃を受けた。それを機に、リスク分散を目的として熊本市内の平場での秋冬キャベツの栽培を1haから始め、その面積を増やすことで次第に周年出荷が可能になった。

以前から岩下さんの高原キャベツの品質の良さは地方卸売青果市場でも高く評価され、数社と取引が始まっていた。その状況の中で取引条件をより有利にするために、規模を拡大してまとまった量を周年出荷できる体制づくりに力を入れたのである。現在、阿蘇市の高原(9ha)と熊本市の平場(6.5ha)でそれぞれ年2作ずつ栽培し、1日平均1000ケース前後、年間10万ケースを出荷するまでになった。それにより、相対販売などで取引きしてくれる2社に絞り込みができた。他に、こだわり食材を扱う高級スーパーにも卸している。出荷に当たっては、他産地の作況や市場の入荷状況、値動きを注視。より高く売れるタイミングを計り、出荷日や出荷量を柔軟に調整するのは言うまでもない。

また、安定出荷と収益確保のために、根こぶ病など病気予防も徹底する。例えば、よそから土を持ち込まないだけでなく、播種を行う作業場や育苗ハウスに入る時には必ず靴を履きかえる。さらに、商品価値を上げるための工夫も怠らない。例えば出荷用段ボール箱にもこだわり、清潔感のある白箱を採用。
「開けた途端、真っ白な箱の中で緑が映え、特別なキャベツと思わせるでしょう。一生懸命つくったキャベツですから、嫁に出すような気持ちできれいな姿にして送り出したいのです。耐水紙で、サイズも1cm深くし強度を上げたので、高く積んで輸送してもキャベツに荷重がかからず傷みません。経費は増えますが、それ以上の経済効果があります」

以上のように、細部にまでこだわりを持ち、叶えるための努力を惜しまない。しかもそれを楽しんで行い、なおかつ高収益を上げ健全経営を実現している。それも家族経営で。両親から妻、子供たちまで三世代の家族全員がやりがいを持ってキャベツづくりに励んでいるのだ。
「試行錯誤しながら家族皆でつくったキャベツが恩返しをして、我が家の生活を支え、私の夢を叶えてくれています。これからもどこまでできるか限界に挑戦し、未来を見据えてより一層おいしいキャベツづくりに邁進していきます」と力強く語る岩下さんだ。

日に日に葉の枚数が増え、緑が濃くなるキャベツ。
家族総出で播種作業。
白い出荷用段ボール箱。「阿蘇から届いたキャベツ」と市場や消費者に好印象。

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