営農情報

2013年10月発行「FREY2号」より転載

抜群の経営センスで1万頭の大規模農場に拡大。地域貢献目指し、6次産業化にも取り組む

飼育頭数1万頭を超え、国内で20位に入るほどの大規模な肉牛経営者にのし上がった金子春雄さん。順調な規模拡大を支えるものは、「おいしさと安全性」にこだわる肉牛生産。
そして時代を流れを先取りする経営センス。6次産業化にも積極的に取り組み、乳製品の加工販売、レストランなど観光への領域を広げている。

(有)金子ファーム

金子 春雄 様

青森県 上北郡七戸町

Profile
1951年生まれ。現在預託を含め、乳用牛雄(9200頭)、F1(2500頭)、黒毛和牛(1500頭)、乳用牛雌(50頭)を飼育、食肉加工業者、生協等に販売する。2010年よりジェラートの製造・販売を始め、2012年からレストランもオープン。売上約45億円、従業員約50人。

慎重かつ大胆な経営センス

高校を出て農協に入った金子春雄さんは「自分の力で事業をやりたい」と1970年、両親が営む畑作とは違う肉牛経営を3頭のホルスタイン雄を元手に始めた。順調に頭数を増やし200頭になった1973年、オイルショックに見舞われた。物価は高騰し、あらゆる消費が低迷。30万円ほどしていた肉牛価格が10万円まで暴落。このまま続けられないと判断し、牛をすべて処分、畜産経営からいったん足を洗った。運送会社に勤務したものの、サラリーマン生活には満足できなかった。「不完全燃焼でしたから。もう一度肉牛にチャレンジし、成功させたいという野心があった」

経営を再開するための資金を父親に頼んだが「むしろ大潟村に入植し、稲作をやってみろ」と反対された。それでもあきらめられず、地元の知人を保証人に立てて借りた3000万円を元手に心機一転、七戸町に移転して再スタートを切った。24才の時だった。

金子ファームが力をいれるのは肉のおいしさと安全性。おいしい肉をつくる決め手はなんと言ってもエサだという。メインのトウモロコシにふすま、大麦、小麦、大豆かす、米ぬかなどが原料だ。飼料メーカーに頼み、金子ファーム専用にオーダーメイドで配合してもらう。牛の品種によっても配合を変える。エサは研究機関と常に連携をとりながら、定期的に栄養分析をしてもらう。「おいしい肉のためには金は惜しまない」と金子さんは絶対の自信を持つ。同ファームで飼育される牛には抗生物質を使用しない。取引先から最優先で要求されるのは、肉のおいしさだが、安全性こそ金子のこだわりである。「人の口に入るもの。食べものを提供する生産者の義務」と言い切る。

そこまで徹底的に追求する理由はひとつ。売り込まなくてもいい経営を実現するためだ。「自分から売り込めば足元を見られる。事業規模が大きい畜産農家ほどその傾向がある」。相手先から「金子ファームの肉をぜひ売らせてほしい」と相手から言ってもらうためにはきわだった特徴が必要だ。金子さんはそれを味と安全性に据えた。業者が「新規で取引をしたい」と言ってきても、パートナーになれるかどうかを見極めるまで最低2年はかける。作り出す肉への自信と裏付けがあるからこそなしえる技だ。

自分から売り込まないという慎重さを持つ一方で、大胆で豪快なセンスも兼ね備えている。たとえば牛の相場が下がると、農家は意気消沈する。「でもこういう時は子牛の価格も連動して下がるので、少ない元手で多くの子牛を買えるチャンスなんです」と金子さん。周囲の雰囲気に飲まれることなく、ここぞというチャンスを見落とさず、増頭してきた。時代の流れを冷静に読み取る経営センスを真似できる人は少ないだろう。

農場は青森県、岩手県に21カ所ある。飼料は、トウモロコシや大豆かすなどを原料とする配合飼料、稲わらやデントコーン、牧草などからなる粗飼料をバランス良く与える。青森県内でとれる稲わらは食べたいだけ与える。稲わらは、牛の胃を丈夫にし、健康でおいしい牛肉づくりにつながるという。

自社のノウハウを共有化し規模拡大

おいしさと安全性という経営の柱を早期に確立できたことが、後の経営拡大につながっていく。当初、同ファームは一貫経営を行っていたが、1000頭を超えた頃から肥育に専念し、繁殖は北海道の提携農場に任せるようになった。肥育と繁殖を別にすることで、同ファームは常にそろいの良い牛を安定的に調達できるからだ。取引先に安定供給するという点においてもメリットが大きい。

ただ、提携農場に繁殖を任せるといっても、同ファームの方針や飼育方法に共感してくれるところでなければ、肉のおいしさと安全性を担保することはできない。そこであらゆる人脈をたどり、共通の考え方で経営をしている素牛農家を探した。現在、契約している素牛農家は10カ所ほど。そのうちの一軒の素牛農家とは、子牛の段階から抗生物質をまったく使わないホルスタインを育てあげ、「健育牛」というブランドとなって生協ルートで販売されている。素牛農場には、健康な子牛づくりをしてもらうための助言を惜しまない。一貫経営をしていた頃から、金子さんは丈夫な子牛づくりを心がけてきた。「小さいうちからデントコーンや牧草をうんと与えてやると、胃が丈夫になり、胃袋の壁が厚くなって消化が良くなる。すると病気にもかかりにくくなる」。こうした自分の経験を惜しみなく伝えた。

さらに素牛を引き取って、同ファームから出荷するまでの肥育成績(増体、肥育日数など)は逐一素牛農家に伝える。情報を共有化することでより良い素牛づくりの参考にしてもらうためだ。こうした関係構築によって、「金子ファームの牛はおいしい上に安全性も高い」という評判を維持しながら規模拡大を図ることができた。「こうした経営は決して一夜にして築かれたわけではない。10年、いや15年ぐらいかかったかな」と金子さんは振り返る。仕組みが確立してからは、飛ぶ鳥を落とす勢いで規模拡大をしていく。金子さん自身の経営拡大への意思によるものだが、実はそれだけではない。
大手食肉加工メーカーと肉牛農家との間で、乳用種雄牛の預託肥育が普及してきたが、90年以降、食肉加工メーカーの経営方針の転換などで預託をやめる動きが出てきた。打ち切られた牧場から依頼を受け、同ファームが新たな預託元となってこれらの農場と契約を結んでいった。いずれの農場にも同社が確立した飼養管理マニュアルを渡し、稲わらやエサも供給するなどして均質な牛づくりをしてもらっているそうだ。

満州から引き上げた後、青森県に入植した両親の元で育った金子さん。両親は原野を開拓する過酷な毎日を送りながら金子さんらを育てた。父からは「人様の役に立つ人間になれ」と言われ、母は、貧しいながらもいつも周囲の人の相談にのり、面倒をみてきた。そうした環境が多分に影響を及ぼしているのだろう。「まずは人の役に立つこと。そろばんをはじいてうまくいくことはない。結果は後からついてくる」と金子さんは話す。

多角化しても基本姿勢は変わらず

飼育頭数はおよそ1万頭。国内で15、16番目に入るほどの大規模経営者になった。将来について楽観視しておらず、むしろ子牛の減少に危機感を抱いている。宮崎県での口蹄疫の発生(H22年)、東日本大震災、昨今の飼料原料高騰などもあって、肉牛、酪農とも農家数が減っており、肥育農家の間では子牛の奪い合いが続いているという。肥育に専念する同ファームであるが、時代の流れに柔軟に対応するため、乳牛50頭を飼育する牧場を確保し、雌牛に和牛やF1の種付けをして子牛を産ませることを始めた。生まれた子牛は素牛農場で育ってもらう。「畜産を取り巻く環境は安泰ではない。だからといってあまり悲観的になっては経営はよくない。やるべきことは一頭でも病気で死ぬことがないように確実に管理する、いままでよりもおいしい牛肉をつくる。この二つに限るよ」
2001年から長男の吉行さん(37)が後継者として就農してからは、吉行さんが中心となって加工品販売にも取り組むようになった。自社生産の牛肉を使ったカレー、ビーフジャーキー、2008年から生産を始めた菜種を使った菜種油やハチミツなどだ。

2010年にはジャージー牛から絞った牛乳でつくるジェラートショップ「NAMIKI」の運営を始めた。ショップがある場所は以前、種馬を飼育していた75haある広大な牧場。2006年に同社が買収し、来場客が楽しめるように整備し、ひまわりや芝を植えた。緑に囲まれた「NAMIKI」は農作業小屋をおしゃれに改修したものだ。

ジェラートの原料には乳脂肪の高いジャージー牛が使われる。牛舎では搾ったミルクが空気に触れることなく、パイプを通って保冷用のクーラーに送られる。「空気に触れてわずかな雑菌が入らないようにするため」と金子さんは言うが、通常大規模農家が導入する装置を「7頭のジャージーのために導入する」と発注した際、業者からたいそう驚かれたという。

農作業小屋を改装して開店したジェラートショップNAMIKI。平日でも大勢の客でにぎわう。

すぐ隣に同ファームで育った黒毛和牛を食べられる「NARABI」というレストランも開いた。ファームでなければ出せないお得な値段設定になっている。

「ここだけで儲けようとは思ってない」と金子さんは言う。「消費者が抱く畜産のイメージは依然として臭くて、汚いというもの。これを変えたいというのがいちばん。それから地域の人にいかに楽しんでもらうか。ここに来て楽しんでくれたお客さんがスーパーでうちの肉を見て『あ、金子ファームの肉だ』と思ってくれれば御の字」。こうした消費者重視の経営方針は訪れる人にもしっかりと伝わっているのだろう。当初の予想を超え、年間約20万人が訪れ、ジェラートを食べたり散策をしながら楽しんでいる。

肉牛経営を再開した当時、現在の規模まで拡大できるとは思っていなかったそうだ。予想を超えた事業規模になったが、「よりおいしく、より安全な牛肉づくり」という基本姿勢は創業当初から何ら変わらない。揺るがない信念があるからこそ、いまの金子ファームが存在するのだろう。

NAMIKIの横のレストランNARABI。金子ファームで飼育した和牛のサーロインステーキ200g(サラダ、スープ付きで3,600円)は「ここだから提供できる価格」と金子さん。「一度食べたら忘れられない」というリピーターもいる。
金子ファームのこだわりの飼育方法やネットショッピングを楽しめるWEBサイト。おいしさや高品質の秘密がたっぷり掲載されています。

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