営農情報

2014年10月発行「FREY4号」より転載

新技術導入の先にあるものは地域農業の活性化。組織の結束で皆に利益が行き渡る経営を目指す

若手農家でつくった集落営農組織が出発点。90ha近い経営規模を有し、水稲を中心に麦・大豆による転作、地元でブランドにもなっている長ネギを組み合わせた複合経営を行う。基盤整備をきっかけに導入されたFOEASという地下水位制御システムをフル活用し、直播栽培にも挑戦。集落営農組織として構成員の和を重視しつつ、稲作経営体として生き残っていくために、攻めの経営を展開している。

農事組合法人 アグリささもと

土屋 昇 様

千葉県 横芝光町

Profile
1949年生まれ。昭和46年、篠本三区集落営農組合を若手農家とともに結成。基盤整備事業をきっかけに平成22年アグリささもととして法人化。設立とともに初代組合長に就任。
主な作物は水稲(約58ha)、麦・大豆(約22ha)、ネギ等の野菜(約2.5ha)。売上約1億円。構成員60人。

若手農家で設立した組織が前身

横芝光町は千葉県の北東部、太平洋側の九十九里平野の中央に位置する。起伏が少なく、平らな水田が一面に広がる。作業効率の面では恵まれているが、ひとたび大雨や台風がくれば水田一帯が水浸しになるなどリスクをはらむ地帯でもある。

アグリささもとは意気盛んな9名の若者がつくった「篠本三区集落営農組合」が前身だ。現在、組合長を務める土屋昇さんも営農組合設立当初からのメンバーだ。「みんなお金がなくてバインダー1台も買えなかった。何か方法はないかって役場に相談に行ったこともあった」。運よく補助事業を活用できることになり、バインダーのみならずライスセンターが整備された。1971年のことだ。それをきっかけに千葉県では当時珍しい集落営農組織を結成し、機械の共同利用に取り組んだ。

補助事業の関係でトラクターも輸入の大型タイプの導入が計画されていた。しかし必要以上に大きいトラクターが粘土質のほ場に入れば沈むことは明らか。だめなことはだめだとはっきり言う性格の土屋さんは「この地域は輸入でなく国産のトラクターが必要」と役場と談判。結局、農家らの意見が通り国産のトラクターを導入した。もっとも輸入ものに比べて馬力が小さく、作業時間は気が遠くなるほど長くかかった。「マフラーが赤くなるまでフル稼働したもんだ」と苦笑いする。

組合が大きく変わったのは2010年。大がかりな基盤整備事業が行われることになり、営農組合を含む約240haの地域で区画整理工事がすすめられた。1枚10aほどだった狭小のほ場が50a~1haの大区画に。この事業をきっかけに、篠本三区集落営農組合はアグリささもととして法人化し、他にも地区内で2つの法人が立ち上がった。法人同士の話し合いで、集落をまたいで耕作していた農地も集落ごとに集積され、作業効率は大幅にアップすることになった。

アグリささもとは組合員以外の従業員をおいていない。組合員が作業量に応じて交替で出役する。長ネギなど年中休まず生産する作物もあり、10名前後はほぼ毎日出役する。土屋さんもその一人。初代組合長に選ばれて以来、毎日欠かさず事務所に出て、全体の仕事量や流れを確認し、必要な人の配置をする。それでいて労賃は他の組合員とほぼ同じで、役員には年度ごとの決算で剰余金が生じた場合にわずかな配当があるのみ。実際の労力に見合うものではないが、土屋さんはまったく意に介さない。ひたすら「集落組織としていかに生き残るか」という大きなテーマと真っ正面から向き合っている様子が表情から伝わる。

土屋さんと長いつきあいの中屋商会大木茂喜社長(右)。「建前でなく本音の話をしてくれる。うちの社員も教わることが多い」と大木社長。

1俵1万円でも採算とれる経営目指し

「米でしっかり利益を出さないとうちの組織はパンクしてしまう。1俵1万円になってもやっていけるよう経費を下げ、収量を上げるしかない」と意気込む。

2011年から始めたのは鉄コーティング種子の湛水直播栽培。作期が移植栽培と同じなので、分散にはならないが、水田に種もみを直接播けるため育苗のコスト削減になった。

2014年から3.2haで乾田直播(以下、乾直)を始めた。乾直を始める前は、「収量が落ちる」「無代かきで播種するため水田の保水性が低下する。

「収量が落ちる」「無代かきで播種するため水田の保水性が低下する。一定の水位を保つために移植よりも多くの水を使う」などマイナス要素も聞いていた。だが確実にコスト削減につながる直播技術を避けて通るわけにいかないと土屋さんは考えていた。また、基盤整備されたほ場の一部にFOEAS(地下水位制御システム)が整備され、ほ場の水分を調節できるようになったことも乾直への挑戦を後押しした。

FOEASとは田面下約60センチに幹線と支線からなる有孔管を縦横に埋め、設定水位より実際の水位が低い時は給水を行い、逆に高い時は排水を行う地下水位制御システム。水位調整を手動で操作するタイプなら、暗渠設備とほぼ同じ費用でできるそうだ。水害に泣かされた同地域では頼みの綱だ。

FOEASの効果で初年度の乾直はきわめて順調だという。乾直の決め手は、播いた種もみがちゃんと発芽するかどうか。その発芽を促すのは土壌の適度な“おしめり”だ。といって湿りすぎていてもよくない。自然の条件下ではこの頃合いを把握するのが難しいが、「FOEASで水分を調整できたことで発芽がうまくいったのではないか」と土屋さんは推測する。

品種は早生の「ふさこがね」と晩生の「あきだわら」。転作の麦と大豆を各2作した後のほ場を使った。「これもよかった。畑作をしたことで土がこまかくなり、土塊がなくなった。それによって播いた種もみと土がうまく密着してくれた」(土屋さん)。

乾直の導入でトラクターを水田に入れる回数が最大6回から3回に減り、コストの面で確実に成果を得た。この地域の移植栽培での反収は約10俵だが、乾直田を眺めながら「収量は移植栽培と比べても遜色ないんじゃないか」とにんまり。「水を多く使うといわれているが、そうでもなさそう。うまくいけば今後、10ha程度の水田を直播に切り替えていくつもり」だという。

FOEASの導入以来、排水性に難点があって取り組めなかった麦・大豆の転作も始め、2014年産の麦は反当たり7、8俵という堂々たる成績を出した。

FOEASの水位制御器。排水が良くなり13年産大豆の収量は10a当たりの平均で473kg。県平均の約2倍となった。農研機構・中央農業総合研究センター、関東農政局も注目しており、企業も研究に協力している。

組合の和が何より大切

主たる作物はいうまでもなく米だが、需要減少による米価下落傾向に対する策として露地野菜に着目し、地元で「ひかりねぎ」というブランドにもなっている長ネギを転作田、畑の両方で生産している。女性メンバーが中心となって生産している作物でもある。

設立以来、米、転作作物、野菜の各責任者を決め、毎日記録する作業日報から栽培作物ごとの生産費を計算し、収支をはじいているが、ネギの場合過去3年は赤字に終わった。そこで土屋さんは野菜の責任者、出荷先のJAちばみどりの担当者と協議し、ネギの出荷調製を担う女性たちに先進地に視察にいってもらった。すると百聞は一見にしかずで、女性たちの意識が変わり、「これまで三人の作業を二人でやるなどコスト意識をもつようになった」(土屋さん)。4年目の今年は、去年までと比べ赤字幅が大幅に減る見込みだ。

土屋さんは今、青果用より規格がゆるい加工用ネギを商品化できないかとJAの担当者と話し合っている。現在は出荷調製作業にあわせて作付面積を決めているが、規格を簡素化できれば、栽培面積を現在の5倍の10haに拡大できる。そうなれば米に次ぐ経営の柱になる。現在は交代制で出役する女性メンバーにより多くの仕事を提供できる。「女性陣には親の介護等でフルタイムの仕事ができない人もいる。そういう人でもここなら働ける。仕事をつくっていくのが自分たち(役員)の役割。大事なのは皆に少しずつでも利益が行き渡り、組合の和が長続きすること」と土屋さんは話す。

組合員には、定年退職者もいれば、勤めに出ていて農業が多忙な時期だけ出役する人もいる。事務所にある会議室では出役した人が集まって必ず昼ご飯を一緒に食べる。食べ物を共有することで情報交換ができ、親密感が増す。「皆の協力で100haまでなら増やせるだろう」(土屋さん)。農産物価格が厳しい今、無理して外部のスタッフを雇う考えはいまのところない。「この体制で15~20年はいける。その後はより大型の機械を導入し、少人数で効率的にやっていってもいい」と次世代自らが着地点を見いだすことを望んでいる。

FOEASの費用は、10ha分のみ実験ほ場として国が負担したが、その後全面積を自己負担で導入していくことに決めた。FOEASという環境下でどこまで生産性を上げられるか今まさに技術の蓄積の真っ最中だ。国や県の試験機関から直播や、稲作のコスト削減のための実証実験などに関し、「協力してほしい」とラブコールが絶えず寄せられ、土屋さんは可能な限り引き受けている。「(実証ほ場として選ばれても)別にいいことなんかない」と苦笑いするが、その裏には、現役世代としてできる限りの取り組みに挑み、試行錯誤を経験したいという思いがあるように感じられる。経験が多ければ多いほど蓄積する技術も増える。そのなかから次世代が自分たちの進む道を見つけていけばいい。土屋さんたちの取り組みは、農村の“今”を守りながら、“次”を担う世代に極力多くの選択肢を与えるべく活動をしているように映った。

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