営農情報

2016年3月発行「FREY6号」より転載

粗飼料自給で築いた強い肉牛経営。地域一体となった資源循環型農業に挑む

米国で学んだ粗飼料の自家生産と資源循環型農業を帰国後すぐに実践。よい牛をつくるための地道な研究と飼育管理が実を結び、順調に経営を拡大。肉牛のみならず、粗飼料、米や野菜との複合経営により、安定的な経営を実現させてきた。自身が確立してきた資源循環型農業を地域全体に広げ、地域活性化や雇用創出を視野に入れた取り組みにも力を入れる。

小澤 康弘 様

群馬県 邑楽町

Profile
1962年群馬県邑楽郡邑楽町生まれ。1985年、大学卒業後に就農。翌年、国際農業者交流協会の派米研修制度に参加。研修先で学んだ資源循環による肉牛経営により経営を拡大させてきた。現在は和牛約210頭を飼育するほか、デントコーン、主食用米、麦、白菜を延べ38haで作付。労働力は4人、売上(2014年度)は約1億6000万円。第64回全国農業コンクール ヤンマー賞受賞。

米国での経験が経営方向を定める

父のあとを継いで小澤康弘さん(53)が就農すると、小澤家はそれまでのホルスタイン70頭から120頭に増やした。翌年、米国に渡り、肉牛と酪農を営む巨大な牧場で1年間研修を受けた。1600頭規模の大牧場にもかかわらず、デントコーンやえん麦などの粗飼料を自給し、堆肥も畑に還元していた。「大規模経営でもしっかりと資源循環型農業を実践しているとは」――。この経験が、後の小澤さんの肉牛経営を方向づけた。

コーンサイレージを子牛に与えると胃袋が丈夫になり、濃厚飼料に移行しても食欲が衰えず、肉質もよくなることを学んだ小澤さんは、帰国後すぐにデントコーンをつくり始めた。畜産農家にしては広い5haの水田があったことも幸いし、デントコーンや米麦の副産物であるワラは必要量をまかなうことができた。コーンの収穫では近隣の肥育農家とハーベスタを協同利用する事業にも取り組んだ。

それまで小澤家では配合飼料を使ってきたが、ある日の新聞で「単味飼料を自家配合し、牛の成績がよくなった」という記事を読み、当時近隣ではほとんど普及していなかったミキシングフィーダーを導入、単味飼料を混ぜてオリジナル飼料をつくって与え始めた。

牛農家にとって最大の腕のみせどころである脂肪(サシ)の入れ方にも挑戦した。いまでこそ肥育期間の中盤に、エサに含まれるビタミンAの量を加減することで、サシが入りやすくなることが理論的に証明されているが、当時はまだ篤農家の経験値でしかなかった。それでも小澤さんは研究を重ね、よりよいサシが入るような牛をつくり続けた。
当時、すでに牛肉は輸入自由化されており、安い米国産牛肉と差別化を図るために、小澤家もホルスタインから肉質のよい交雑種(F1)に切り替えている時期だった。サシの入れ方にはより力が入った。配合飼料にはビタミンAが最初から添加されており、個人が配分を変えることはできない。自家配合する小澤さんは、ビタミンAの微妙なさじ加減にも挑むことができた。「私たちは牛を“育てる”のではなく、いい牛を“つくる”という。それほど育てる側の腕によって左右されるということです」
果敢な挑戦は成果となって現れた。枝肉品質の優劣を競う群馬県肉用牛枝肉共励会で連続して賞をとった。勢いにのってF1を250頭まで増やした。「頭数が増えた分、水田も12haまで増やし、粗飼料をまかなうことができた」(小澤さん)。

複合経営がBSEの危機を救う

2001年、国内初のBSE(牛海面状脳症)の発生は肉牛農家にとって衝撃だった。牛肉の消費が一気に冷え込み、牛肉の市場価格も暴落し、経営の継続をあきらめる農家も現れた。小澤さんはこの間も着実に経営を続けた。もともと無借金経営であったことに加え、米や野菜の複合経営が経営を支えてくれたのだ。水田でつくったもち米や邑楽町特産の白菜の収入からエサ代を払うことができた。自給飼料にこだわり、確保してきた水田がリスクヘッジの役目を果たしたのだ。

この頃から和牛を導入し始めた。当時はF1と和牛の子牛の価格差が今より小さく、F1以上に輸入牛肉との差別化が可能な和牛への転換を決めた。
2008年から、飼料用米の活用の先駆けとして、作付したもち米の一部も粉砕し、牛に与えるようになった。現在、濃厚飼料の5%をもち米でまかなう。
一時中断していたデントコーン生産も2011年から再開した。地元の畜産農家と収穫機を共同利用しながら生産を続けたが、サイレージを保管するバンカーサイロの問題から中断していたのだ。収穫からサイロへの積み込み、密封する作業が重労働の上、天候や他の作物の作業と重なって使用が滞ると、サイレージが二次発酵を起こすなどして機械の共同利用も途絶えていた。

だが、コーンサイレージの重要性を痛感していた小澤さんは4年前から個人的に復活させた。バンカーサイロの問題は、トラクターでけん引する細断型ロールベーラーの導入で解決できると知ったからだ。バンカーサイロに比べ省力的で、サイレージをラッピングして保管でき、牛に与えたい時期に好きなだけ与えられる。「機械化体系が確立でき、安心して粗飼料が確保できるようになった。いい粗飼料を与えることで枝肉重量も増えた」と小澤さん。東京の芝浦食肉卸売市場の出荷体重平均が490kgであるのに対し、小澤さんの牛は平均530kgにもなる。

もとからつくっている白菜と小麦の間にデントコーンを入れることで農地の有効活用にもつながった。白菜生産には窒素肥料を多めに入れるが、収穫後も窒素が畑に残っていると、後作の小麦が倒伏してしまう。だが間につくるデントコーンが窒素を吸収し、その後の小麦の倒伏というリスクも避けられる。窒素肥料の地下水への流亡も抑えられる。「日本で最も暑い」とわれる館林市と並んで夏が暑い邑楽町だが「気温や湿度が高く、肥沃な地域は作物生産には絶好の立地」と小澤さん。デントコーンの全国的な平均収量は5トンほどだが、小澤さんは7、8トン獲る。

地域全体で資源循環型農業を

現在飼っているのはすべて和牛で、「五穀和牛」「上州和牛」というブランドで販売している。五穀和牛はもち米と、腸内環境を良くする炭の粉を飼料に混ぜて食べさせることが特徴で、仲間の農家3人とブランド化した。長男の康太さん(24)はすでに父を手伝っている。現在、大学生の次男優介さん(21)も卒業後は「農業をやる」と言っており、小澤さんはすでに近隣の用地を入手、180頭ほど増頭する計画だ。栄養管理士を目指す高校生の長女美穂さん(17)には6次産業化に取り組んでもらえればと期待している。家族が育てた牛ともち米を使った「五穀牛バーガー」の商品化をすでに小澤さんは構想中だ。

地域の農地のさらなる有効活用にも一歩踏み出した。耕作放棄地の解消を視野に、地域の農家と「邑楽肉牛地域資源活用研究会」を立ち上げ、畜産クラスター事業に名乗りを上げた。白菜、コーン、小麦の2年3作を地域にも広げるほか、加工用キャベツの生産も始める予定だ。デントコーンの生産が増えれば販売も検討していく。「地元で粗飼料が手に入れば安心して経営が持続できるし、雇用も創出できる。100年、200年続く足腰の強い農業を実践していきたい」と小澤さんは前を向く。

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