営農情報

2016年7月発行「FREY7号」、2016年11月発行「FREY8号」より転載

育種から販売まで手掛ける「トマト専門店」、唯一無二の商品づくりで顧客つかむ

愛知県碧南市の(株)にいみ農園はトマトの育種から生産、加工、販売までを一括で展開し、「トマト専門店」ならではのバリューチェーンを構築している。経営の根幹にあるのは顧客第一主義。「毎日食べても飽きのこない商品づくり」をモットーに、ほかにはないオリジナルのトマトづくりを追求する。

株式会社 にいみ農園

新美 康弘 様・みどり 様

愛知県 碧南市

Profile
1967年、愛知県碧南市生まれ。1989年3月千葉大学園芸学部卒業、4月に実家で就農。年商1億5000万円。社員はパート含めて60人。愛知県碧南市の農業奨励賞と農業功労賞、第64回中日農業賞で農林水産大臣賞、日本農業賞、第54回農林水産祭で内閣総理大臣賞などを受賞。

JR東海道新幹線の三河安城駅から車で20分ほど南に向かうと、水田地帯の一角にかなり大きなハウス群が見えてくる。トマトの産出額全国三位の愛知県にあって、先駆的にトマトの水耕栽培に取り組んできたにいみ農園だ。出迎えてくれたのは、代表の新美康弘さん。外見そのままに爽やかな口調で、2.1haもあるというハウスの中を案内してくれた。

目指すは周年での安定供給

このハウスではミニトマトを主体に大玉トマトとキュウリもつくっている。印象的なのは入口から奥行84mの向こうまで一直線に伸びた道。道幅を3mと広くしているのは、軽トラックで入ってきて、そのままコンテナを積み込むためだそうだ。
その中央道の左右に並列する水耕栽培のベッドには見慣れない鉢がある。培地はトマトの栽培では珍しいロックウール粒状綿。育苗の培地として使っていたのをそのまま転用した。

愛知県でのトマトづくりは年一作の長段取りが一般的。一方、にいみ農園は年三回苗を入れ替えている。その理由のひとつは誘引作業をなるべく減らすため。年一作の長段取りの場合、夏場に植え付けてから翌年の6月まで収穫を続けるため、それだけ誘引する作業に時間も手間もかかる。もうひとつの理由は夏場でも樹勢を安定させるため。苗の更新の頻度が高ければ、株の老化を防いで収量や品質のアップにつながる。
とはいえ年三作となると育苗の手間と費用が大変になる。それを極力省くため苗は再利用する。わき芽を挿し木して苗として育てるのだ。種子から育てるよりも育苗にかかる時間を短縮でき、育苗ハウスも大規模にする必要がない。おまけに種子の購入代もかからないので一挙両得だ。

さらにハウスは13区画に分け、生育ステージをずらしている。以上のようなきめ細かな管理を積み重ねることで周年での安定供給を図っている。周年での安定出荷にこだわるのは、自社で運営する農産物直売所を訪れるお客さんのためだ。新美さんには「トマトを毎日食べてもらいたい」という思いがある。だから品切れだけは避けたい。

直売所は3店舗を運営している。そのひとつ、ハウス群の横にある約20坪の店舗にはお客さんが途切れることはない。一番の目当てはもちろん取れたてのトマトだ。
商品のふだには「プリンセス希(のぞみ)」「プリンセスまお」「プリンセスあかねちゃん」といった聞きなれない名前が並んでいる。それもそのはず。いずれもにいみ農園のオリジナル品種。新美さんが追求するのは「何度食べても飽きのこないトマト」である。このため新美さんは大学と連携して自ら育種を手掛けてきた。その味については、西三河農林水産事務所の鈴木暁生専門員が「甘味がすっきりとしていてくどくない。それに肉質は食感がいい。だからたくさん食べられるんです」と評価する通りである。

店舗で扱っているのは生鮮品だけではない。トマトのジュースやケチャップ、ソース、ジャムなども置いている。大手メーカーの商品と比べると決して安くはないが、それでもお客さんは手に取っていく。たとえばジュースの販売本数は3店舗の直売所であわせて年間1万本にもなる。
といっても新美さんは加工品で大きく儲けるつもりはない。狙いは別にある。トマトはとりわけ夏になると、生育不良のため品不足に陥りやすい。ただしそれはつくり手の言い訳であって、お客さんにしてみれば単に「品揃えの悪い店」となってしまう。

そこで生鮮品の代わりに買ってもらえるものとして加工品を扱うことにした。委託先は長野県の業者。新美さんは「加工品は運賃や加工賃がかかるから、大して儲からないですよ。でも、トマトがたくさん取れたときにその一部を加工に回すわけだから、売れ残りが防げる。むしろ加工品を扱うのは、トマトがなくても買ってもらえる商品づくりのため。なので経営的にはマイナスにならないんです」と語る。
トマトといえば国内で最もつくられている野菜である。それでもマーケットインの観点で育種から生産、加工、販売までを一気通貫で手掛けている農業法人は極めて少ない。まさしく「トマトの専門店」としての活動が評価され、2015年に日本農業賞の個別経営部門で大賞を受賞した。

転換点は韓国産の輸入増

いまではトマトの専門店として全国的に名が知られるようになったにいみ農園だが、ミニトマトを取り入れたのは新美さんが就農してからである。千葉大学園芸学部時代にミニトマトを試験栽培したところ、「思いのほかうまくできた」からだ。

といってもこれまで順調だったわけではない。経営にとって大きな転換点だったのは、2000年に農協出荷から直売に切り替えたこと。きっかけは韓国産を中心に輸入が急増し、相場が低迷したことだ。にいみ農園はそれまで市場出荷一本だったため、外国産の流入で打撃を受けた。奥さまのみどりさんは当時をこう振り返る。
「通帳を記帳するたびにATMが壊れているんじゃないかと疑ったくらい、お金が入ってなかった。それでも給料は支払わなければいけないから、たんすの引き出しなどそこら中から小銭をかき集めてました」

ただし、新美さんもみどりさんも「ピンチはチャンス」と言い切る。そんな苦しい毎日のなかでふと気づいたのは、農場に直接買いに来る近所の人たちの存在。彼ら彼女らは相場に関係なく言い値で買ってくれる。それに「おいしい」と言ってくれるから、つくる側は張り合いが出てくる。直売所担当のみどりさんはこう語る。
「もちろん市場出荷のメリットはわかるんです。でも、みんなでせっかくおいしいトマトをつくっても、お客さんからなんにも反応がないというのは寂しかった」
そこで思い切って市場出荷から直売に切り替えた。いまでは市場出荷は5%程度で、残りはすべて自分たちで売り切っている。こうした思い切った判断ができたのは、父親が20代で経営移譲してくれたことも大きい。新美さんはこう振り返る。

「早い段階で世の中の厳しさを思い知ったのは今になってみると本当に良かったと思います。それに若いうちに経営移譲してもらったのも良かった。なんとか自分が尻ぬぐいできるレベルの危機において、自分で方向転換できたことは自信につながりましたね」
環境の変化に対応できる経営者はどんな業界でも生き残れる。もちろんその環境は常に揺れ動くから、安住はできない。過去の経験でそのことを熟知している新美さんは次なる仕掛けに打って出ている。

経営拡大へ直売所を増加。露地野菜の栽培や県外展開でリスク分散も

トマトの育種から生産、加工、販売までを一括で展開し、「トマト専門店」として売り上げを伸ばすようになった(株)にいみ農園。それとともに従業員が増える中、経営を拡大しながらも安定を保つにはどうすればいいのか。直売所の多店舗展開や県外への農場展開など、いくつかの変革に挑んでいる。

直売所の多店舗展開

増収とともに従業員が増える中、にいみ農園代表の新美康弘さんはこう考えるようになった。「従業員の給与や福利厚生を世間並みにしてあげたい。それを実現するには、製品の質を上げたり販売数量や客数を増やしたりするしかない。どんな商売でも客数と客単価で売上が決まっているから」
そこで見本市に出店したり商談会に参加したりと試行錯誤してきた。カタログ通販に商品を掲載することを検討したこともある。だが、いずれも長く続けることはなかった。オリジナルの品種でバリューチェーンを構築しているにいみ農園にとって、量販店に価格決定権を握られることに違和感を覚えたのは当然である。

代わりに始めたのが、自社直営の農産物直売所を増やすこと。すでに開店していた農場そばの碧南本店に加え、それ以外の場所でも直売所を開き、その周辺の住民をメインに生鮮トマトやその加工品を売ることにしたのだ。もし客数が減って採算が取れなくなったら、それに合わせて直売所を閉店して農場も小さくするという、臨機応変な姿勢で臨むことにした。

2011年の岡崎店を皮切りに、2014年には名古屋店もオープンする。いずれの店舗も住宅街にしたのは、消費者に毎日の食卓においてもらいたいという思いから。2015年時点での売り上げは碧南本店が7000万円、岡崎店は4000万円、名古屋店が2000万円。各店舗とも損益分岐点を超え、黒字が続いている。碧南本店と岡崎店は客数は変わらない。それなのに碧南本店のほうが売上げているのは、まとめ買いが多くて客単価が高いから。
直売所の売り上げのうち7割は農場の収入となり、残り3割は店の経費となっている。たとえば岡崎店の場合、テナント料と人件費などを合わせた経費は毎月60万。となると、売り上げは毎月180万円、年間で2200万円もあれば損益分岐点を超えることになる。すでに述べたように、実際には2015年時点で4000万円なので、優に黒字化できている。

記帳による作業の効率改善

こうして経営を拡大してきた結果、社員は4人、パートは計55人にまで増えていく。これだけの人数を統率するために導入したのが作業の記帳だ。
まずは社員をリーダーとするチーム体制を設置。各チームの従業員には、どのほ場のどのうねで、どんな作業を、どれだけの時間でこなしたかを記帳させ、毎月提出してもらう。これをエクセルにデータ入力して、個々の能力の差を明確化。能率が悪いメンバーにはリーダーが改善のポイントを教える。

これを何年も繰り返すうちに、定植や収穫などそれぞれの作業時間についての目安が分かってくる。これを「標準時間」として設定。もし標準時間をクリアできないメンバーがいても、会社を辞めさせるのではなく、リーダーがメンバーとともにその原因を検証しながら改善に励み、作業効率を上げてきた。
従業員ごとの実績が見えるようになったことで、労務評価も客観的にできるようになった。作業の達成度に応じて昇給するようにしたのだ。昇給が数字に裏打ちされるようになったことで、従業員のやる気が高まったことは言うまでもない。

経営のリスク分散

会社としては2005年に販売部門だけで設立した株式会社のにいみ農園に、2015年には生産部門も取り込んだ。会社としての責任が高まる中、にいみ農園がいま注力しているのは経営におけるリスク分散である。
これまでほとんどトマトだけをつくってきたが、このままうまくいくとは思っていない。康弘さんは「なぜなら全国でトマトの生産量が増えているから。いずれ供給過剰になって、うちも打撃を受けないとも限らない」と危機感を抱く。

そこで2012年になって本格的に着手したのが野菜の露地栽培だ。現在、社員1人とパート4人の専属チームが1haで根深ネギやレタス、ハクサイ、ブロッコリーなどをつくっている。ナスづくりにも取り組んだものの、支柱を建てて、ひもで誘引するのは手間がかかるので止めた。「定植したら草取りだけで済むものに特化することにしました」と康弘さん。
収穫物はJAの産直市場や卸売市場に出荷している。当面の売り上げ目標は1000万円、専属チームの給与分を賄える水準にまで持っていく。

トマトづくりで県外に進出

リスク分散としてもうひとつ取り組んでいるのが、県外への農場展開。台風や地震などで碧南の農場が万一の被害に遭った場合を想定してのことだ。
第一弾として今年から長野県喬木村にある20aの農場で大玉トマトの施設栽培を開始。愛知県内にある自社の直売所で売っている。康弘さんは「今年初めてだったけど、とにかくよく取れた。いいできだったよ」と手ごたえを感じている。

県外での農場展開には夏秋トマトを確保する意味もある。碧南では7月下旬から10月中下旬にかけて大玉トマトが取れないので、これまで店頭に並べることができなかった。一方、夏場も冷涼な喬木村であればこの時期も収穫できるので、周年販売が可能になる。「これは非常に大きい。とはいえ、今年は冬場の作業がないので、周年で仕事をつくれるかどうかが今後の課題。物流費もかさむので、なんとかしたい」
村外の農家が受け入れてもらうには黒字化に加え、もうひとつ大事なことがあると、康弘さんは考えている。「農場経営はにいみ農園単独でやるつもりはない。喬木村の出身者を雇い入れたり、地元の農業者と協力したり。そうやって喬木村を盛り上げるようなトマト栽培ができたら、5年先、10年先も村で農業が続けられるだろう。そうなれば僕は100点かなと思っている」

康弘さんによると、喬木村では村が事務局を務めるイチゴ狩りのツアーが軌道に乗っている。観光コースにも組み込まれていることから、来園者は年間5万人に及ぶそうだ。これと相乗効果をなすため、検討しているのは高糖度トマトづくり。甘くておいしいトマトであれば、村の観光にも貢献できると考えている。

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