営農情報

2017年3月発行「FREY9号」、2017年7月発行「FREY10号」より転載

地域の企業や人と「大阪ワイン」の価値を創造する

現存するなかでは西日本最古とされるワイナリーが大阪府柏原市にある。創業103年になるカタシモワイナリーだ。同社は、市街化や農家の高齢化による耕作放棄の増加に押されながらも、地域の企業や人の協力を得て周囲の園地を管理。ブドウの栽培から醸造までの一貫生産体制を築きながら、「大阪ワイン」の価値を創造している。

カタシモワイナリー

髙井 利洋 様

大阪府 柏原市

Profile
1951年生まれ。近畿大学理工学部卒業後、兵庫県神戸市の製造業の会社を経て25歳でカタシモワイナリーに就職。1996年に社長就任。大阪ワイナリー協会会長、関西ワイナリー協会会長。ブドウ畑の経営面積は3.5ha、委託面積は20ha。平成28年度6次産業化優良事例表彰 農林水産大臣賞受賞。

知らない人に、大阪でワインというと意外に思うかもしれない。ただその歴史は古く、1914年にまでさかのぼる。そもそも柏原市でブドウが植えられたのは300年前。当初は家屋の日陰樹として使われていた。この風習はいまだに残っており、カタシモワイナリーがある柏原市太平寺を歩くと、古い町並みにある家々の垣根や壁の向こうで日陰樹をつくるための棚を見かける。夏であれば葉が生い茂り、家内に差し込もうとする日差しを遮ることだろう。

このように古いブドウ産地であるものの、残念ながら現在は衰退する一方。市街化に加えて、農家の高齢化による耕作放棄地の増加で栽培面積は減り続けている。
カタシモワイナリーの事務所から歩き始めた社長の髙井さんは、近くの宅地をみて、「最近まで畑だった場所や」とつぶやいた。こうした逆境といえる環境にあって、高井さんはブドウやワインづくりにどんな可能性をみているのだろうか。

「エコ」な農業を見せる

カタシモワイナリーの園地は、市内を流れる大和川から急な勢いで立ち上がってくる山の傾斜地にある。他産地と比べると、園地の管理には手間がかかるそうだ。傾斜がきつい上、一枚当たりの畑の面積が小さいからである。
それなのにカタシモワイナリーは、雑草対策ではなるべく刈り払い機を使うことで、除草剤は使用していない。また剪定した枝はわざわざ粉砕して畑にまき、腐植させている。畑を案内してくれた高井さんは、やわらかい土を取って見せながらこう語った。

「ここの畑はエコや。誰もが納得できるのは安心・安全。肝心なのは消費者が畑に来たら、一目見てエコだということを分かるようにせな」
後ほど述べるように、カタシモワイナリーの園地には日ごろから大勢の人が訪れる。彼らはこの畑やワイナリーを応援する人たちである。だから「エコ」に取り組んでいる姿勢を見せることは大事なのだ。

自然と集まってくるボランティア

急傾斜なブドウ畑を登り切って、髙井さんが問いかけてきた。「どや、すごいやろ。こんなスキー場みたいなところでブドウつくってんの。こんなところで採算合うと思うか?」。「いや、難しいですよね」と返事すると、「無理や、無理」とのこと。ではどうやっているのか。
実はカタシモワイナリーは、一部をボランティアに任せている。しかも農作業をしたいという企業や個人が後を絶たないというからすごい。

企業では大阪ガスや大阪モノレール、飲食チェーン「がんこ」を経営するがんこフードサービス、航空会社のピーチアビエーション、毎日放送(MBS)など、50社を超える。大学では近畿大学や立命館大学。また関西エリアの酒販店13社が耕作放棄地を解消するプロジェクトとして「宝吉(ほうきち)プロジェクト」を展開。荒れていたブドウ園を「宝吉畑」としてよみがえらせている。このほか460人が個人ボランティアとなっている。
その仕組みに触れると、カタシモワイナリーは剪定鋏や草刈機、コンテナなどを無償で貸し出す。ボランティアはそれらを使って草刈りや剪定、摘花や摘果に精を出す。収穫物の権利はすべてカタシモワイナリーにある。ボランティアは無料で参加できる。
なぜ多くのボランティアが集まるのか。それは参加するメリットがあるからだ。

たとえば飲食店であれば地元産のワインを使えることにある。そうした飲食店のほとんどは従来は輸入ワインを扱っていた。ただ、近年は訪日外客数が増え、店を訪れる外国人から日本ワインを求められている。その時に日本ワイン、さらには自分たちが栽培に携わったブドウを原料にしたワインを提供できる意味は大きい。
髙井さんは「企業にとって大義名分がたつようにしてあげないといけない。最近は企業にとってCSRが重要になっているからなおさらや」と言い切る。
ちなみに継続的にボランティアに参加する企業や個人は10~20%だという。そうした熱心なボランティアは地域での仲間づくりを求めている。一度できたそのつながりは強固である。そのことは園地を歩けばよくわかる。

たとえば石垣が崩れて、植えていたブドウの樹も枯れてしまった園地。修復するなら、その費用はかなり高額と判った。すると熱心なボランティアたちから提案があった。自分たちがワイン1本を購入したら、100円をカンパするというのだ。
結果集まったのは350万円。しかもボランティアは修復した園地でブドウを植樹することにも手伝ってくれた。この話について髙井さんが「すごいやろ」と感動して語るように、カタシモワイナリーではボランティアが物心両面で応援してくれているのだ。

ブドウ園をレストランとして開放する

カタシモワイナリーの園地でもうひとつ特筆すべきは、レストランとしても開放している点だ。近所のレストランのシェフに園地を無償で貸し出し、そこでコース料理をふるまうイベントを頻繁に開催している。調理器具はすべてカタシモワイナリーが用意し、ガスや電気もすべて無償で提供する。

コース料理の売り上げはシェフのもの。カタシモワイナリーにとっては、料理とともに自社のワインを使ってもらえるので、その売り上げが入ってくるのが嬉しい。ここに来ないと飲めないようなワインがふるまわれることはざら。しかも食事を終えた客は帰り際にワイナリーに寄り、商品を購入してくれる。これだけで年間数千本を販売する。

高井さんは「大切なのは仕組みづくり」と語る。そうした仕組みが軌道に乗り、カタシモワイナリーは多くのファンをつくってきた。大量生産・大量消費とは違う、新たな価値が生まれた。だからカタシモワイナリーのワインは価格競争に巻き込まれることはない。オリジナルだからだ。こうした認識を踏まえて、高井さんは大阪のワインの未来について次のように見据えている。

「大阪もワインでボルドーとかブルゴーニュにならなあかんねん。それも変わったブルゴーニュにな。変わってないと大阪らしない。おもろいブルゴーニュにならんといかん。そしたら、大勢の人たちがここに来たくなるやん、どんなことやっとんのかなと。そこが一番大事やないかな」

他社のワイナリーや府民と連携して、目指すは関西ワインの地位向上

奈良県を除く近畿各府県のワイナリー13社は2016年6月、近畿圏で醸造したワインの認知度の向上や需要の喚起を図るため、「関西ワイナリー協会」を設立した。同様の趣旨の活動をする組織としては「大阪ワイナリー協会」がすでに存在しているが、両協会の代表である髙井さんは、なぜ今になって近畿圏にまでその活動領域を広げようとするのか。

髙井さんに関西ワイナリー協会を設立した理由についてたずねると、いささか腹を立てたように話し始めた。「平成30年にワイン法が施行され、表示の仕方が変わる。何が問題かというと、事によったら『河内ワイン』とうたえなくなるかもしれないんや。そんな大事なことが、関西のワイナリーには知らされぬまま、できてしもた。大手五社と北海道、山形、新潟、山梨、それから長野の酒造組合だけが集まった会合で決めてしもたんや」

髙井さんらにとっては寝耳に水のまま制定された「ワイン法」は、正式には国税庁が2015年に制定した「果実酒等の製法品質表示基準」を指す。国産ブドウだけを原料にした「日本ワイン」が国内外で評価を得てきていることから、日本ワインをその他のワインと明確に区別するため、2018年10月末に新たな基準を適用するというもの。

具体的には日本ワインの商品の表ラベルにワインやブドウの産地、さらには品種、年号なども記載できるようにする。一方で原料の一部に少しでも外国産が混じっている場合は、これができなくなる。
加えてワインの産地名を表示する場合には、その地名で収穫したブドウを全体量の85%以上使わなければならないという。近年は天候不順で不作となりやすく大阪ワインのメーカーにとって85%というラインは厳しい基準だ。

関西のワイナリーが品質向上や品種開発で連携

髙井さんによると、この基準づくりについてもそうだが、概して国税庁が主導するワイン関連の勉強会やPRイベントは開催地や招待企業をみても、東日本が中心となっている。「これではあかんやろ、もっと平等にしてもらわな。そのためには関西のワイナリーが一体となって、もっと声をあげないと」。これが関西ワイナリー協会を設立した一つ目の理由だが、ほかにも二つある。

二つ目は、近畿圏の関係者が協力して国産ワインの品質と生産の向上に努めていくこと。ブドウの栽培や醸造の仕方についての勉強会を共同で開催する場にしたいと考えたからだ。
三つ目は、関西から世界に通用するブドウのハイブリッド品種を育成すること。そのために産学官連携で補助金を獲得し、ワイン専門の研究機関である「関西ワインセンター」(仮)の創設に尽力している。狙うのは、味が濃くて香りが高いワインに仕上がる品種の開発だ。

「カベルネソーヴィニョンやメルロー、シャルドネのような香りを求めても面白くない。なぜかというと外国の品種を持ってきても、気候風土が違うわけやから、日本でつくればどうしても薄くなるんや。ハイブリッドとハイブリッドを掛け合わせることで日本独自の品種ができるはずや。というてもワイナリー一社ではできひん。我々ワインメーカーが協力してやらな」

耕作放棄地を解消してブドウの生産振興へ

認知度の向上とともにテコ入れしなければいけないのはブドウの生産振興。残念ながら、柏原市では市街化や農家の高齢化による耕作放棄地の増加で、ブドウの栽培面積はじわじわと減ってきている。大阪ワインという以上、なるべく地場産のブドウを使いたい。もちろんワインの需要を喚起するのであればブドウの栽培面積も広げていかなければならない。

そこでカタシモワイナリーの園地がある山の上のほうで、荒れ放題になっている耕作放棄地を開墾し、ブドウ園に戻すことを続けている。その山頂付近から北西を向けば、地上300mと商業ビルでは日本一の高さを誇る「あべのハルカス」の高層部が同じ目線の高さに見える。途中に遮るものは一切ない。髙井さんは、この山頂付近にLEDでワインボトルの形状をした巨大なイルミネーションをつくり、あべのハルカスにいる人たちを驚かすのが夢だ。

多様な人の参加と共感の輪

山頂付近を開墾していくとなると新たな労働力が必要になる。今後は農園で働く人材として、前編で紹介したボランティアだけではなく、障がい者も入れていくつもりだ。「大都市とその近郊には障がい者も暮らしている。彼ら彼女らが働きやすいシステムをつくっていきたい」同時に髙井さんは大阪ワインに対する共感や理解の輪を広める取り組みも行っていく。そのために対象とするのは子どもたち。高齢を理由に農家が手放した園地を引き受け、地元の小学校と提携して体験学習のための農園に生まれ変わらせる。整枝や剪定などの農作業とともに、大阪ワインの歴史も教える。

髙井さんがブドウやワイナリーの振興と合わせて力を入れているのは観光。カタシモワイナリーがある柏原市太平寺は、丘陵地でも標高の低いところは住宅地があり、そこから登っていくとやがてワイン畑が広がる。住宅地には有形無形の歴史が点在している。たとえば遺跡となっている7世紀に建立された智識寺は、かつてその廬舎那仏を拝した聖武天皇が、真似て東大寺に大仏を造ったとされる。また平安時代の歌人である在原業平が河内国の高安に向かう際に通ったとされる道も存在する。

面白いことに、こうした太平寺の歴史については地区の住民の多くが自然と語れる。ふらっと訪れた観光客に、それらの歴史的遺跡を案内してくれる。これは髙井さんが勉強会を開き、住民を教育してきた賜物。住民が語る話には、もちろん地区でブドウが江戸時代から栽培されている経緯も含まれている。髙井さんは、そうしたストーリーとともに大阪ワインに思いをはせて欲しいと願っている。

柏原市太平寺にある安明寺(別名ぶどう寺)。
1300年前に弘法大師により掘られた井戸。
太平寺地区の街並。

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