営農情報

2017年7月発行「FREY10号」より転載

<アグリ・ブレイクスルー>どうなる?2018年以降のコメづくり

今年も半分が過ぎ、2018年に迫る生産調整(減反)廃止の足音がじわじわと聞こえるようになってきた。来年から、国による都道府県への生産目標数量の配分に加え、10a当たり7500円が支払われている「米の直接支払交付金」もなくなる。主要産地の動向を追いながら、これからのコメづくりのあり方を考えてみたい。

農業ジャーナリスト

窪田 新之助(取材・文)

Profile
大学卒業後、日本農業新聞入社。2012年よりフリーランスで食と農の取材を始める。Web媒体『Agrio』(時事通信社)や総合月刊誌『潮』(潮出版社)などに執筆中。経団連のシンクタンク「21世紀政策研究所」研究委員、ロボットビジネスを支援するNPO法人Robizyアドバイザー。著書に『GDP4%の日本農業は自動車産業を超える』『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』(いずれも講談社+α新書)など。

市町村別の参考値と新たな助成金

新潟県がJA関係者や稲作経営者会議、農業法人協会などの代表らを集め、2016年12月から開催してきた「30年以降の米政策検討会議」。5月下旬の最終会合では、県産米の方向を示す「新潟米基本戦略」が合意された。
その基本方向は「需要に応じた米生産を基本としつつ、主食用米・非主食用米を合わせた米全体の需要拡大と、生産者所得の最大化のための多様な米づくりを推進」。その中身は主に次の3つである。

  1. コシヒカリは家庭内消費が中心であり、その需要の減少に見合った生産を行う一方で、良食味・高品質米を確保するため、食味を重視したコメづくりを徹底する。なお、中山間地域等においては立地条件を活かし、付加価値の高い米づくりを進める。
  2. 業務用米や加工用米・輸出用米・米粉用米は、県内をはじめ国内外の外食・食品産業等との関係を構築し需要の拡大を図るとともに、生産者の所得確保に向け多収穫生産やコスト低減を推進する。
  3. 米価変動の影響を受けない飼料用米は、国の支援制度を踏まえ、水田フル活用や経営の安定化の観点から活用を図る。

(以上、「新潟米基本戦略」より抜粋)

新潟県はこれらを達成するため、市町村別に過去の実績を踏まえて、主食用米と非主食用米の生産目標を策定する際の参考値を公表する。さらに2017~2018年度の重点事業として「多様な米づくり推進総合支援事業」を用意。多収穫が見込める品種に限り、その拡大面積に応じて①5~10haは25万円 ②10~20haは50万円 ③20ha以上は100万円――の助成金を支払うことにしたのだ。

価格の低迷

以上のことから主要産地の中でも新潟県の危機感はとりわけ強いことがうかがい知れる。その理由は周知の通り、「コシヒカリ偏重」路線から抜け出せていないからだ。品種別に県内での作付面積の割合をみると、「コシヒカリ」は過去3年間は約70%で推移している。

結果的に苦しい状況になってきているのは言うまでもない。それは、たとえば主要銘柄の年産別相対取引価格(=図1参照)を見ればよくわかる。

図1)主要銘柄の年産別相対取引価格(24年産~28年産)

産地 品種銘柄 地域区分 24年産 25年産 26年産 27年産 28年産 差(28年産-27年産)
北海道 ゆめぴりか   17,512 15,870 16,210 15,996 -214
宮城 つや姫   13,393 14,368 975
福島 コシヒカリ 会津 16,526 14,792 12,612 13,426 14,127 701
茨城 コシヒカリ   16,693 13,631 11,667 12,644 13,486 842
栃木 コシヒカリ   16,659 13,792 11,583 12,907 13,799 892
千葉 コシヒカリ   16,901 13,480 11,523 12,530 13,630 1100
新潟 コシヒカリ 一般 18,302 16,697 15,451 16,186 16,553 367
魚沼 23,559 21,125 19,480 20,439 20,740 301
岩船 18,719 17,122 15,922 16,629 17,032 403
佐渡 18,757 17,145 15,817 16,599 17,029 430
こしいぶき   16,130 14,226 11,292 12,412 13,638 1226
富山 コシヒカリ   16,882 14,706 12,995 14,230 15,400 1170
石川 コシヒカリ   16,898 14,531 12,813 13,901 14,811 910
福井 コシヒカリ   17,121 14,720 12,951 14,204 15,127 923
全銘柄平均 16,501 14,341 11,967 13,175 14,296 1121

出典:農林水産省「米穀の取引に関する報告」

激しい高級米競争で需要を喪失

しかも近年は高級米市場が過当競争に陥っている。主要産地がその市場を狙った新品種を相次ぎ投入しているからだ。北海道の「ゆめぴりか」や山形県「つや姫」を先駆けに、青森県「晴天の霹靂」、岩手県「金色(こんじき)の風」、宮城県「だて正夢」、富山県「富富富(ふふふ)」石川県「ひゃくまん穀(ごく)」、福井県「いちほまれ」…。

新潟県産「コシヒカリ」がこうした新手の品種に高級米市場を奪われている、あるいは奪われていくのは、産地銘柄ごとの農産物検査数量を確認すれば一目瞭然だ。2009年から2015年の増減をみると、北海道産「ゆめぴりか」と青森県産「青天の霹靂」、山形県産「つや姫」は計14万トン増加。対して新潟県産「コシヒカリ」は3万トン減らしている。(=図2参照)高級米市場で激しい過当競争が行われていることが解る。

図2)農産物検査数量の推移

  21年産 22年産 23年産 24年産 25年産 26年産 27年産 増減
ゆめぴりか(北海道産) 11,854 25,522 51,022 61,299 69,094 92,456 105,707 計14万トン増
晴天の霹靂(青森県産) 2,724
つや姫(山形県産) 400 12,267 15,584 33,956 36,936 37,571 41,897
小計 12,254 37,789 66,606 95,255 106,031 130,027 150,328
コシヒカリ(新潟県産) 343,486 314,580 313,612 337,665 335,543 331,828 315,304 3万トン減

出典:農林水産省「米穀の取引に関する報告」

主食用米の需要は家庭用から業務用へ

主食用米の市場はすでに進出の高級米が主なターゲットとしている家庭用から中食・外食向けの業務用に移行している。主食用米の用途別の内訳の推移について1985年と2015年とで比較した場合、家庭用は845万トンから528万トンと317万トンも減っている。対して中食・外食用は151万トンから238万トンとなり、逆に87万トンも増えている。(=図3参照)この間、コメの総需要量は996万トンから766万トンに減っているのは確かだが、用途別にみれば別の様相が浮かんでくるのである。

図3)主食用米の用途別内訳の推移

  • 公益社団法人・米穀安定供給確保支援機構「米に関する調査レポートH28-1」から作成

需要はあるのに、なぜか不足する業務用

こうした実態を目の当たりにすれば、どうすればいいかは自明のはず。生産の主軸を家庭用から業務用にシフトすればいい。まさに新潟県が「新潟米基本戦略」に掲げる「需要に応じた米生産」である。だが、不思議なことに、新潟県だけではなく全国的にはそうなっていないから問題なのだ。

その証左は、農林水産省が2017年2月に公表した、2016年産における家庭用と業務用の需給の試算値。これによると、主食用米の生産量750万トンのうち、需要は家庭用が500万トン(70%)、業務用が250万トン。対して実際の生産量は家庭用が630万トンで、130万トンも過剰になっている。一方の業務用は120万トンで、逆に130万トンが不足している。(=図4参照)

この数字からも明らかなように、主食用から業務用に作付けを移していけば問題はおおむね解消される。それなのに生産者が動かない主因は収入である。販売単価は業務用のほうが家庭用より安いのだ。

新潟県が多収性の品種を推奨する理由はそこにある。要は「コシヒカリ」よりも収量を増やしてもらうことで、同一数量当たりの単価の格差を補てんしてもらおうというわけだ。

だが、果たしてそううまくいくのだろうか。それを確かめるため、魚沼産「コシヒカリ」で有名なJA十日町に向かった。

図4)2016年度における家庭用と業務用の需給の試算値(イメージ)

  • ※1一般家庭用需要及び業務用需要は推計値である。
  • ※2低価格帯は13,500円/60kg(税抜き12,500円)以下の主食用米である。

「コシヒカリ偏重路線」から脱却する魚沼のJA

JA十日町を訪れたのは、県内でもいち早く「コシヒカリ偏重」路線に見切りをつけ、「需要に応じた生産」に歩み出しているから。作付面積の90%以上が「コシヒカリ」という5市2町ある魚沼地方ではまだ珍しい。きっかけは、関東圏のコメ卸から、主に業務用で出回っている多収穫米「あきだわら」の作付けを依頼されたこと。この品種を育成した農水省系の研究機関である農研機構によると、収量は「コシヒカリ」と比べて、同じ施肥量なら1割、多肥にすれば3割増えるという。炊飯米の食味はほぼ同等、倒伏にはより強いという。

JA管内で最初に導入したのは110haを経営する(株)千手。85haでコメを栽培しているが、当時は品種が「コシヒカリ」と「こがねもち」しかなかった。「作期を分散したい」ため、「いただき」に加えて「あきだわら」をつくることにした。その結果、思わぬ副産物がついてきた。農業資材や人件費を削減できたことだ。

千手に連動するように、翌年には周辺の4戸も「あきだわら」の生産に着手。2015年には22戸にまで増えた。

(株)千手 丸山 氏
©(株)千手
©(株)千手

2500俵の生産実績に対し需要は1万俵

ここで一点断っておかねばならないのは、JA十日町管内で取れた「あきだわら」は業務用というよりは、むしろ家庭用。「JA十日町産魚沼あきだわら」として店頭販売されている。良食味で「コシヒカリ」よりも値ごろ感があるため、人気を得ている。

JA十日町の渡辺勲さんが「掘っても掘っても底に届かない」というだけに、需要はいくらでもあり、すべてJAが買い取っている。JAが取引先のコメ卸から聞いたところ、現状の生産量2500俵に対し、需要は1万俵あるという。主食用の生産量を減らすことに四苦八苦している産地からすれば、驚きである。

しかも取引先のコメ卸は2017年産で買い取り価格を大きく上げるという。現状の需給からすれば「コシヒカリ」は余り気味であることから、今後も値下がりすることが予想される。このため千手の丸山さんは「『あきだわら』は今の収量でも収入は『コシヒカリ』と同等、あるいはそれ以上になるかもしれない」とみている。

需要があるのに生産者が増えない不思議

では、JA十日町は「あきだわら」の勢いを伸ばしていけるのかといえば、話を聞く限り、どうもそう簡単にはいかなさそうである。
というのもJAがいくら他の生産者につくるよう呼びかけたところで、生産農家戸数はほぼ横ばいとなっている。まさに需要に合ったコメだというのに、なぜつくる農家が増えないのか。根本的な問題として、多くの農家にとってはメリットが感じられないからだろう。

千手のように大規模に水田を経営するのであれば、「あきだわら」をつくる意味は一つだけではないことはすでに述べた。第一のメリットは、契約栽培で価格が決まるので、経営の見通しが立てやすいことである。加えて、農業資材や雇用者数を減らせる、あるいは、さらなる規模拡大を目指すことができるという意味を持つ。
では、小規模農家が同じようなメリットを享受できるかといえば、もちろん答えは「否」である。国内の稲作農家の平均的な経営面積はわずか2ha。一般的に機械一式で15haをこなせるのであれば、作期を分散する意味も薄い。

産地関係者は以上の事実を踏まえて、どれだけ危機感とともに、需要に合ったコメづくりを農家に訴えかけられるか。2018年が近づく中、いままさにその手腕が問われている。

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