営農情報

2015年7月発行「FREY特別号」より転載

集落の農業、農地を守るために収益性ある農業を目指す。食品企業との業務・資本連携通じ、事業領域を拡大

「みんな仲良く、地域と共にたちゆく組織」をスローガンに、任意の集落営農組織を株式会社に発展させた。地域の農業、農地を守るため、生産のみならず加工、流通と多角的経営を進め、企業と連携しながら6次産業化にも取り組む。食品加工メーカーと業務・資本提携を締結し、農村に食品加工工場を建設するなど、全国に先駆けた取り組みは注目を集める。

集落営農型農業生産法人(株)ささ営農

八木 正邦 様

兵庫県 たつの市

Profile
1950年兵庫県生まれ。土木、機械関係の会社に勤めながら、2002年に発足した任意組織ささ営農の代表者となる。2006年の株式会社設立後に代表取締役に就任。ささ営農が管理する面積は36ha。集落以外の作業受託を含めると50ha。米、小麦、大豆、野菜、バジルなどを生産。社員は14人。2013年の売上は約1億円(バジル事業が加わる2014年は倍増する予定)。

将来を見据え、株式会社を選択

兵庫県の南西部にあるたつの市。そうめんのブランドとしても知られる揖保川沿いに広がる集落で、米中心の農業を営むのがささ営農である。
水は豊富だが一枚ごとの水田は小さく、すべてが兼業農家で担い手不足が課題だった。ほ場整備計画がもちあがった際、集落の人々は「営農組織をつくり、互いに協力しながら農地を守っていこう」と青写真を描いた。2002年に上笹、下笹という2集落からなる任意組織ささ営農が発足し、八木正邦さんが代表になった。組合員は82名、面積は32haだ。

ほ場整備が始まったのは翌年だが、正邦さんたちは未整備田でクローバーなど地力増進作物をつくりながら、本格的な活動に備えた。ほ場整備が完成し、50a区画に整備されたほ場から米づくりを始め、売り先も自分たちで探した。「主力はやはり米。米で収益を出すには自分たちで売らないと。まず、集落の組合員から自家消費米の注文を取り、各役員が声をかけて給食センター、福祉施設など販路を広げていった」(正邦さん)。
いまでは、無農薬栽培のはざかけ米や、めだかを放流した水田で農薬使用を減らしてつくった特別栽培米「めだか米」などアイテムもそろえている。

ほ場整備が終わった2004年頃から法人化の検討を始めた。「当時、頻繁に出役できたのは高齢者。勤めがある若手は土日だけ。10~20年後にはリタイアする高齢者に替わって、仕事のある若手が毎日出られるかというとそうはいかない。いまのうちに法人化してオペレータ中心に作業を組み立てる以外ないと思った」(正邦さん)。
法人化の形態には農事組合法人、株式会社などさまざまあるが、関係機関から「これからは株式会社が農業をやる時代」との助言もあり、株式会社に移行する方向で話は進んだ。正邦さん自身も、所有と経営が分離できる株式会社のメリットを感じた。
米の需要が減っているなか地域の農業を守るには、生産のみならず加工、流通と多角的な経営を進めていくのは必然だ。新たな展開に乗り出す際、地域全員の同意が必要な組織形態にするより、役員で迅速に意思決定を下したほうが地域にもたらすメリットは大きいと考えた。

株式会社を選択することに決め、組合員に提案したところ反対は一切なかった。それまで一枚の田んぼも遊ばせずに管理してきたこと、米の直販で利益を出し2005年に早くも黒字転換をした実績などが評価された。2006年、集落営農組織を母体とする県内初の株式会社が誕生し、正邦さんが社長に就任した。この時、正邦さんは会社に勤めており、二足のわらじでの代表就任となった。「おかげで会社を退職する3年前まで、朝出社前にここに寄り、退社後にまたここに来る生活。盆と正月以外は休みなしだった」と苦笑いする。

米は収穫前にまず集落の構成員から予約を募る。これも確実に売り切るための大切な販路。八木さんをしっかり支える竹北専務は「社長はひたすら前を向いて動き続けるタイプ。僕はどちらかというと慎重派。対照的です」と話す。

覚悟の上での企業との連携

法人設立後、さまざまな活動に乗り出す。ひとつは女性メンバー中心での農産加工事業の立ち上げだ。2009年にはガソリンスタンドの一角を利用して直売所を開設し、自慢の米や女性メンバーがつくる総菜やすし類、菓子類を販売するようになった。こうした発展形態は他の集落営農組織にも見られるが、さらに食品加工企業と業務・資本提携を結び、加工工場を建てるという他には見られない大胆な事業にも乗り出していく。

兵庫県内で調理缶詰やレトルト・冷凍食品などを扱うエムシーシー食品(以下、MCC)が製造しているバジルソースの原料を輸入から兵庫県産に切り替えたいという意向を、同県庁に相談していた。この情報を、県主催の会合に参加したささ営農の役員の一人が入手、正邦さんたちはただちに名乗りを上げ、2004年からバジルの契約栽培を始めた。「なじみのある野菜ではなかった。ハーブの一種かなという程度。でも女性組合員の仕事づくりにもなる」と正邦さんに迷いはなかった。

わずか10aの畑から始まったバジルの面積は年とともに広がった。すると、2011年頃にMCCから大きな提案を受けた。「新鮮な状態ですぐにペーストしたい。こちらに工場を建てて加工してくれませんか」―。
ささ営農の竹北貢専務によると、正邦さんは「ひたすら前を向いて動き続ける行動力の持ち主」だが、「この提案にはさすがに迷った。工場を建てれば億を超える事業規模になる。いままでとはスケールが違う」(正邦さん)。

給油所を活用した直売所では、組合員がつくる米や野菜を始め、女性部員による手づくりのすしやおこわ、エムシーシー食品とのコラボレーションで生まれた「ジェノベーゼソース」を始めとするバジル加工品が並ぶ。

逡巡した末、正邦さんたち役員の背中を押したものが、2011年から6次産業化に取り組んできた経験だった。ささ営農が育てた桑の実を提供し、姫路市内の蔵元に「くわほんのり」というお酒にしてもらったり、地元の食品会社と組み、ささ営農がつくる野菜で総菜をつくり地元スーパーで販売するなど、さまざまな実績を蓄積してきた。その延長線として「新たな展開もありえる」と判断した。工場建設には土地が不可欠だが、偶然にも集落内にあった元そうめん工場が競売にかけられ、ささ営農が落札したことで正邦さんもいよいよ覚悟を決めた。

ささ営農の出資金は、1組合員が1万円を出して任意組織を設立した時の82万円のままだったが、大きな事業を興すには増資が必要と判断し、ささ営農も出資金を上乗せし、MCCからも資本参加(全体の15%)を得て3000万円に増資。金融機関の融資と6次産業化の助成金を活用し、2014年3月、事業規模約2億円の工場が完成。設備選定や製造技術ではMCCから助言を仰いだ。

「ささ営農バジル工場」と大きく看板を掲げた工場は、集落内を走る道路沿いからも目立つ。2014年には6月~10月に摘んだ40トンのバジルにオリーブオイルをあわせ、80トンのペーストを製造。MCCが1年間に使うバジルペーストの全量にあたる。MCCはこのペーストをもとにパスタソースなどをつくる。

すべては地域の農業を守るため

バジル栽培面積は3haで、大分県に次ぐ全国第2位のバジル産地になった。農薬を減らした栽培で兵庫県の「ひょうご安心ブランド農産物」に認定されている。 正邦さんにとってうれしかったのは、工場ができたことで若手の雇用も増やすことができたことだ。積極的な事業展開はマスメディアでも多く紹介され、新たな取引の依頼も数多く寄せられるようにもなった。2014年には農地中間管理機構を活用し農地を集積。兵庫県としては第一号だ。それでも正邦さんは「まだ途上段階」と気を緩めていない。

食品工場の衛生管理基準は年々厳しくなっている。バジル工場もエアーカーテンを追加で設置したり、細菌の検査を頻繁に行うなど計画当初以上のコストがかかる。バジルと混ぜるオリーブオイルの、原産国の不作や円安による高騰も気になる。MCCとの取引はペーストが基準で、副原料のオリーブオイルの価格変動もささ営農が吸収しなければならない。2014年製造分はMCCを通じて従来の価格で調達できたが、「農家が為替のことまで考えて事業をしなければならないとは思わなかった」と正邦さんも打ち明ける。リスクを分散するため、バジルペーストを製造しない秋~春も工場を動かし稼働率を上げる予定だ。すでにささ営農が生産する各種野菜をペーストにした試作品づくりや営業も行っている。

集落営農組織を母体とする法人が食品加工メーカーと業務のみならず、資本を含めた連携を結ぶのは全国的にも珍しい。正邦さんは「皆が兼業農家だからこそできたかもしれない」という。「もし自分が専業農家だったら、作物や技術に思い入れがあったはず。米の産地だから稲作にこだわってやっていきたいと思っただろう。兼業農家ばかりでそういうこだわりがなかったから、逆に新たにチャレンジできたのかもしれない」。

将来に向けて、収益性の高い施設野菜生産も構想中だ。「土地利用型の農業だけでは収益性が限られる。反収の高い野菜生産を組み合わせて複合的な農業を形にしたい。品目が増えれば、新たな企業との連携も生まれるだろう」と意気込む。

ここまで情熱を傾ける理由について正邦さんは「地域の農業を守るため」ときっぱりいう。収益の上がる事業を取り入れることにより、集落の農業が維持でき、農地を保全していくことができる。“収益追求型の農業”と“地域農業の維持〟という、一見対極にある2つの農業をひとつのものとしてとらえる感覚。これこそが農村を率いる経営者としての正邦さんの才覚だろう。

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