営農情報

2018年1月発行「トンボプラス11号」より転載

地域農業への思いを託す、無コーティング代かき同時湛水直播への挑戦

水稲の種子に何もコーティングせず、ほ場の浅層に播種する新しい直播技術、「無コーティング代かき同時湛水直播(以下、代かき同時直播)」栽培。2008年頃から農研機構東北農業研究センターを中心に、株式会社石井製作所(本社/山形県酒田市)や山形農業試験場、山形大学等により共同研究が進められていた。
そしていよいよ同技術の核ともいえる無コーティング代かき同時湛水直播機が完成。そんな情報を得、地域農業活性化の夢を託し、同技術の試験に挑戦した青森県の営農組合に、取組みの経緯や感想、期待を聞いてきた。

下佐 (たかし) 様(写真左)

青森県十和田市
農事組合法人赤沼営農組合 代表理事

杉山 久 様(写真右)

青森県十和田市
農事組合法人赤沼営農組合 事務局長

地域農家の課題克服のために組織化。6次産業化、稲作省力化と前向きに挑戦

兼業農家率が高く、高齢化も進む青森県十和田市赤沼地区では、農家が個々で農業を続けることに限界を感じておられた。そこで認定農業者の協力体制や担い手育成、機械共同利用などを通じて地域農業を守るべく、2004年、地区共同利用型組合を設立。2007年に農事組合法人赤沼営農組合へ改編した。

その後は大豆乾燥調製施設や加工所、直売所を整備し、無添加味噌をはじめ、さまざまな商品を創出、地域を活性化しつつ営農してこられた。「元々は、地域の転作目標を達成するために機械利用組合のようなかたちでスタートしました。麦・大豆栽培は大型機械の導入も含めて個人ではなかなかできないんで」。2017年に組合長に就任された下佐氏は語ってくれた。
現在は組合員70名。経営規模は水稲約100ha(食用米・飼料用の割合はほぼ同規模)で、その他(大豆、麦、ナタネ等)が約60haとなっている。このような地域活性活動を進める一方で、稲作に対しても省力化・コストダウンに常に前向きに取組み、これまでもさまざまな技術に挑戦してこられた。
まずは乾田直播に取組んだが、雑草に苦しめられて断念。その後、鉄コーティング直播(以下、鉄直)に方向転換し、2016年25ha、2017年28haと拡大。省力化・コストダウン効果はあった。しかしそれでも農家個々の目線でみると、一部で技術面での認識の違いやコーティングコストの負担等の課題も残り、鉄直以外の選択肢が求められ始めたのだという。そんなときに出会ったのが〈代かき同時直播〉栽培技術だ。

同組合の大豆乾燥調製施設。
同組合の大豆でつくられた無添加の〈赤沼みそ〉(写真左)と〈黒豆みそ〉(写真右)。

無コーティング代かき同時湛水直播なら、鉄直を導入しづらい人でも取組める

常に勉強を欠かさない同組合は、毎年行われる秋田県種苗交換会で本技術を知り、視察を行い「鉄直も良いけど、新しい技術なら、コーティング作業の手間とコストをかけたくない人でも導入できる」と、杉山氏も大注目。しかしコーティングしない籾を代かきしながら播種するなど、これまでの湛水直播の常識では考えられない。
そこで石井製作所に連絡して試験機借用の了承を得、さらに当時、〈密苗〉の提案で動いていたヤンマーアグリジャパン(株)東日本カンパニー十和田湖支店 佐々木祐支店長のサポートで試験を行う運びとなった。その成果について組合長は「播種しただけで、まだ結果が出てないんでねぇ…。でも上手くいけば地域の皆さんと相談をしながら導入したいとは思っています」。省力化・コストダウンには前向きだが、結論には至らない。
お2人にお願いして、ほ場に向かった。「結果はまだわかりませんが、直播にしては、現段階では予想以上に上手く生長していますよ」。順調に育つ稲を前に下佐氏も安堵の表情を見せてくれた。今回は試験的な栽培のため、代かき同時直播の栽培面積は81a。5月12日に粗代かきをしたのち、2日後の14日に仕上げの代かきをしながら播種した。作業の印象をうかがうと、トラクター(ヤンマーYTシリーズ)も直播機も初体験のため、多少の戸惑いはあったものの「作業スピードは速かったですね」。お2人の意見は一致した。また「いい塩梅にローラに泥がまとわりついて」籾が広がったり、浮いたりすることもなかったという。「播種機にGPSがついていますから、種の量を設定すると〈ここは5km/hで走ってください〉と教えてくれるんですよ。ウチはマニュアル通りにしてたら、播種後6日目に水がないところには、スズメが来ました。でも水を入れたらいなくなって、また水がなくなると来る。その繰り返しでしたね(笑)」と、杉山氏。

鉄直との比較はどうだろう?「厳密な調査をしていないので、数値的なことは申し上げられませんが、私のところで鉄直と代かき同時直播を隣同士で栽培しているところがあるんですが、初期生育は無コーティングの方が早かったですよ。ただ除草体系やそれぞれの管理の仕方が違うから単純には比べられません。この後どっちが早く出穂するか、倒伏はどうか…とか経緯もみていかないと」。杉山氏からも、無コーティングに対する好印象は伝わるのだが、結論はまだ出せない。しかし期待値は高く「でも生育はすごく良いですよ!」と、微笑んでくれる。「ヤンマーさんの協力もあって、今のところは鉄直と同じように生育しているので、良かったなと思っています(笑)」。

背景のほ場は、白旗のあぜを境に手前が代かき同時直播、奥が鉄直のほ場。代かき同時直播が奥の鉄直と遜色なく生育しているのがわかる(写真左手前は、佐々木祐支店長)。
8月3日現在、順調に生育している株の拡大。

良い結果が出れば地域の皆さんに紹介。将来的には食用米栽培も視野に

現在同組合では代かき同時直播で飼料用米をつくっているが、上手くいった場合、今後食用米生産という選択肢もあるかどうかをうかがうと「実は、組合長の直播ほ場でつくった〈まっしぐら〉が、県主催の〈あおもりの旨い米グランプリ〉まっしぐら部門で、準グランプリを受賞しているんです。どうも直播の方が良いようですね。なので、ある程度収量を確保しつつ食味が良く低コストなら、消費者に喜ばれる米がつくれると思います」と、まんざらでもないご様子。もちろん下佐氏の高い栽培管理技術などがあっての受賞だとは思うが、結果に期待が高まる。
「今回良い結果が出て、皆にも代かき同時直播を紹介して、地域の活性化につなげたいですね」。取材の最後に下佐氏と杉山氏は、ほ場を見つめながらそんなビジョンを語ってくれた。

■平成29年度 水稲無コーティング播種試験結果

筆面積 反当総収量 反当たり俵数
試験区A+B 5,373.0m2 502.3kg 8.4俵
試験区C 2,750.0m2 593.0kg 9.9俵

水稲を、種籾のまま代かきしながら直播する。無コーティング代かき同時湛水直播機の魅力

低コスト化

  • 独自の機構で鳥害防止
  • お手持ちのハローに装着可(2.0~2.6m1本ものハロー)
  • 収量600kg/10aの好実績

省力化

  • 同時作業で工程削減
  • 3km/1hの高速播種
  • 1haまで無補給播種
  • 雨天播種作業が可能
  • 1人播種作業が可能
籾を約5mm埋没させる、独自の鎮圧機構を採用。

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