営農情報

2023年6月発行「トンボクロス6号」より転載

〈メーカー探訪〉「地球を耕す」を理念によりよい未来を切り拓く 小橋工業株式会社

代表取締役社長 小橋 正次郎様

岡山市南区
小橋工業株式会社

現場の隠れたニーズを拾い、革新的な製品開発を続ける

岡山県に本社を構える小橋工業株式会社は、1910年に鍛冶屋として創業し、鍬や鋤などの農業機具の製造・修理で地域の農業に貢献してきた。その後、時代の移り変わりとともに農業機具から農業機械へと開発製品を広げ、1964年には国内初の大型トラクター用ロータリーを開発。主要製品である耕うん爪を中心に、代かき機、あぜ塗り機の分野で国内トップクラスのシェアを誇る農機メーカーとなっている。
創業以来、顧客の要求や困りごとを解決することに使命感を抱き、ひたむきにものづくりを行ってきた同社。その想いは創業時から脈々と受け継がれ、100年以上が経つ今も変わらない。製品開発時には開発陣が作業現場まで赴き、ヒアリングだけでは表面化しない隠れたニーズを拾い上げる。

この貪欲なまでのものづくり精神から生み出された製品は、これまで数多くの農家の負担を軽減し、その功績によって数々の賞も受賞してきた。昨年は、土の量を自動感知して調整するあぜ塗り機を開発し、中国地方発明表彰において「発明奨励賞」を受賞。1978年から45年連続で受賞されているというから、アイデアや技術の底力は計り知れない。2019年には、従来品の約3倍の耐久性を持つ画期的な耕うん爪「極」を開発。交換回数を減らしコストを抑えられるという大きなメリットがあることはもちろん、長期的に使用できることから、生産時のCO2排出削減や環境負荷の軽減にも貢献している。

企業理念を再定義して多角的に事業を推進

製造業でのCO2排出削減への取り組みが活性化する中、同社が今最も注力するのもまさに地球環境に配慮したものづくりだ。その背景には、2016年に4代目社長に就任した小橋正次郎氏の揺るぎない想いがある。「当社は長年、農業の生産性を高めるものづくりを愚直に行ってきました。しかし、耕作放棄地やカーボンニュートラルの実現など、生産面以外でも農業を取り巻く課題はたくさんあります。農業機械の開発や製造だけが求められる時代ではないと考えるようになりました」。

この想いを原点に、2019年に企業理念は「地球を耕す」へと再定義された。「歴史が狩猟時代から農耕時代へと移り変わったのは、『耕す』ことを発明したから。これは、人類の課題を解決する最大の発明だと思っています。当社の歴史も『耕す』ことから始まっていますが、これからは農地を耕すだけでなく、地球にある課題の一つひとつに鍬を入れ、『地球を耕す』という概念を実現していきたいと考えています」と力強く語る小橋氏。社長に就任して以来、農業機械の開発という枠にとらわれず、「地球や人類にとって良いことはなんでもやる」というスタンスで、ベンチャー企業との協業やものづくり支援など多様な事業に次々と取り組んでおられる。

耐摩耗性に優れた「極」。同社のスタンダード爪と比較して約3倍もの耐久性を持つ。
企業理念には、地球の課題解決に向けて農業以外の分野にも挑戦する覚悟が表れている。

創業110年の技術を応用しベンチャー企業を支援

ベンチャー企業との協業を推進するきっかけとなったのが、ミドリムシを使ったバイオ燃料の製造を目指すユーグレナ社との共同研究である。当時ユーグレナ社は、ミドリムシの培養プールの建設にあたって、コスト面で課題を抱えていた。同じ頃小橋氏は、耕作放棄地の有効活用方法を模索していたことで同社に興味を持ち、協業がスタート。培養プールの建設に耕作放棄地を活用し、小橋工業のあぜ塗り技術を応用して、当初のコストを10分の1まで圧縮することに成功した。現在はミドリムシを活用した培養土や肥料の開発にも取り組んでいる。小橋氏はこの経験から、協業のノウハウを他のベンチャー企業へも活用できると考えた。「世界を変えるような優れた技術を持っている企業がたくさんありますが社会実装までのハードルが非常に高いんです。我々の110年の技術力を提供することで、社会にとって必要な技術の実用化を加速させたいと考えました」。

2020年には、試作から量産までものづくりを包括的に支援するKOBASHI ROBOTICSを設立し、「ものづくり支援事業」をスタート。これまでに、視覚障がい者向けの歩行ナビゲーションシステムの開発や電子機器の高性能化・省エネ化を実現する新素材開発など、様々なベンチャー企業の挑戦をサポートしてきた。こうした協業や支援は、ベンチャー企業だけでなく小橋工業にも良い影響を与えている。事業を担当する経営統括部の坂下氏は「ベンチャーならではのスピード感は私たちには大きな学びです。支援を行う中で、技術協力をいただいている取引先に技術革新が生まれることもあり、それがKOBASHIの製品の価値向上につながるという好循環も見え始めました」と話す。100年企業と若い企業とが志ひとつに交わり、学び合う対等な関係を築いているからこそ生まれる相乗効果があるのだろう。

クリエイティブな発想を生むビジョンオフィスの設置

前向きな変化は、社内にも現れている。例えば、2020年には大きな地球のオブジェが鎮座するユニークな「ビジョンオフィス」を社内に新設した。仕切りのないオープンなスペースで、社員やパートナー企業など誰でも気軽に立ち寄り、ミーティングや休憩に使うことができる。会議などで使用しているという坂下氏は「目の前に地球があるので、自然と視点が広がります」と話す。生まれる会話も、目先のことや自社のことだけでなく、非常にクリエイティブになり、自然発生的にアイデアが生まれるという。社外の企業研修のスペースとして貸し出すこともあり、活発な意見交換が生まれると評判が高い。

2019年に爪工場を建て替えたことも、同社に大きな変化をもたらしている。エネルギー効率の良い設備への入れ替えや分散していた工程の集約などにより、生産性も労働環境も向上した。小橋氏は「メンバーが働きやすい環境を用意するのは、経営者として当然のこと。社員ももろ手を上げて喜んでくれていますし、環境への負荷も軽減でき、何重ものメリットが生まれています」と確かな手応えを感じておられる。

培養プールはコンクリートによる造成ではなく、外周をあぜで塗り固めることでコストを削減できた。
開発棟にあるビジョンオフィス。部署も役職も超えたコミュニケーションが活発化している。

全社員と他企業を巻き込み地球の課題に向き合っていく

今後のビジョンについて、小橋氏はこう話す。「農業機械の事業においては、みどりの食料システム戦略やスマート農業などに対応しながら、作業機分野においてできることを一つひとつ愚直にやっていきます」。一方、ベンチャーとの協業では、ドローンの開発支援やロボットによる海底ゴミの回収プロジェクトにも取り組んでいる。

全ての事業の根幹にあるのは、「地球を耕す」という理念。「農地を物理的に耕すこともそうですが、耕す場所は陸地だけではなく空や海にもあります。私ひとりではなし得ないことなので、社員には全員に同じ価値観を理解してもらい、他企業とも連携し、一緒に地球をより良くするための行動ができる会社にしていきたい。本当に、地球環境を良くしたいという一心なんです」と熱く語る小橋氏。SDGsやサステナブルという言葉だけに留まらず、強い想いと行動力で未来を切り拓いていく。

再生エネ100%で加速するものづくり

主要製品である耕うん爪の製造工場では、2019年と2021年の二期にわたり建て替え・増床工事が行われた。鍛造や熱処理、塗装などの各工程の配置が集約されたことで生産性が飛躍的に向上し、輸出拡大にも対応できる生産能力を確保できた。

さらに、ベンチャー企業へのものづくり支援の専用スペースも拡張。世界的なイノベーションの創出にも期待が高まる。また、2021年9月から工場の使用電力を100%再生可能エネルギーに切り替え、電力由来のCO2排出量を約60%削減することが可能に。カーボンニュートラル実現に向け、ものづくり業界を牽引している。

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