営農情報

2023年12月発行「トンボクロス7号」より転載

〈メーカー探訪〉顧客に寄り添う技術で農業を未来へつなぐ 有光工業株式会社

代表取締役社長 有光 幸紀様

大阪市東成区
有光工業株式会社

「困りごと収集」をノルマ化し顧客と歩み続ける100年企業

有光工業株式会社は、大阪市東成区に本社を構える農業・産業用機器のメーカーだ。開発、製造から販売までを一貫して手掛け、様々な用途のポンプを軸に、農業分野では防除機、産業分野では洗浄機などを扱う。
創業は1923年。今年で100周年を迎える。創業から変わらぬ「開発から販売まで」の一貫体制について、トップの有光幸紀社長は、常に顧客に寄り添った製品を届けるためだと語る。

社員には顧客の要望や改善案を聞き取る「困りごと収集」をノルマとして課し、自らもナマの声を聞くために顧客のもとへ足を運ぶという有光氏に、有光工業の理念や取り組みを聞いた。
「創業以来、弊社は国内製造にもこだわってきました。これは、製造から販売までの一貫体制とともに、お客様のニーズをより良く製品に反映するための取り組みです。お客様の声を形にするには、綿密な品質管理とともに、柔軟な開発体制が必要です。それらをかなえられるのは、やはり目の届く国内。その思いから国内製造を続けています」
そう語る有光氏は、こんな社是を掲げる。
「夢、夢、夢を追う そして実現、そして楽しく」注目してほしいのは、「追う」の後の「空白」だという。
「明けても暮れても夢を追う。ひとつの夢を実現してもまた次の夢に向かう。達成感に浸るのは束の間、空白は正にその現れ、これで満足という域に達することはないかもしれません。それでも人は仲間と一丸となって夢を追い続けるべきです。そういう思いを込めています」

経営者として現実を見据えた上で、温かな目配りも欠かさない。顧客に対する姿勢からも、また社員に対するユーモアを込めた社是からも、有光氏の人柄と、そんなトップがもたらす社風をうかがうことができる。

開発会議の風景。顧客の声を直接聞き取る「困りごと収集」で要望や改善案を集め、会議で製品に反映する。

健康、コスト、環境負荷全てに配慮した防除技術

有光工業には、40年にわたって改良と最適化が続けられてきた製品がある。農業分野の主力製品であり、葉の裏側にも効率良く農薬を付着させることができる「静電ノズル」だ。
その原理は、農薬にマイナスの電荷を与えて噴霧し、作物内のプラスの電荷を葉に移動させ、それぞれを引き合わせて付着率を高めるというものだ。

執行役員営業本部長の大室卓司氏は、静電ノズルの長所をこう説明する。
「静電ノズルを使うと、防除作業の時間を短縮でき、作業者の健康への影響を抑えることができます。また、従来に比べて少量の農薬で防除ができますので、コスト面のメリットもあり、さらに環境負荷も抑えられます。農薬は、多量に使うほど、耐性を持つ病原菌や害虫が生まれるリスクも高まりますので、効率良く少量で防除作業を済ませることには、様々なメリットがあります」

この優れた技術は、有光工業が開発・生産を手掛け、ヤンマーが販売する「ワイナリー向け静電ブームWS300」にも搭載されている。

静電ノズルの動作原理。噴霧する農薬にノズルの電極でマイナスの電荷を与える。

「ガマンの農業」からの脱却が今と未来の農業を守る道

有光工業の防除製品には、ハウス内無人防除機「ハウススプレー」もある。タイマー式で監視も要さず、夜間に防除を済ませることもできるこの製品は、ノズルから超微粒子状の農薬を噴霧し、送風ファンによってハウス内の隅々にまで均一に送り届ける。農薬使用量は10a当たり5L程度で済み、運用コストにも優れる。さらにはハウス内の多湿化を抑え、病害虫を抑止するメリットも期待できる。
有光氏は、この製品の開発には強い思いがあったという。
「有人のハウス内防除は、やるべきではない。ハウススプレーは、私自身が現場視察で抱いた、この思いのもとに生まれました」
「やるべきではない」という強い言葉。その根底にある思いを聞いた。
「防除はただでさえ重労働で、それがハウス内ともなれば、作業者の疲労は大変なものです。健康への影響は何よりの問題ですが、そうした作業者の忍耐で成り立っているというべき、しんどくて危険な『ガマンの農業』は、ひいては農家の後継者問題や、日本の農業の衰退にもつながっていると考えています」

有光氏はさらに続ける。
「海外の農場視察では、労働者の権利意識が高いという文化もあって、有人防除を行っている農場には人が集まらない現実がありました。それを見たとき、高温多湿のハウス内で、高齢の農家がしんどい防除作業を行っている国内の状況がすぐに思い浮かびました。国内であれ海外であれ、働く人が第一であることに変わりはありません。有人のハウス内防除は、やるべきではない。心からそう思いました」

現在の日本において、あらゆる産業で進行している担い手不足、そして後継者不足の問題。総じて重労働で、ときに危険な作業も伴う農業であればこそ、より働きやすい、続けやすい環境をつくることが必須だと有光氏はいう。
「高齢のご夫婦がたった二人、早朝から夜まで、黙々ときつい作業をこなしている。そんな光景が日本の農家にはありふれています。例えば、農家に生まれ、きつい作業に明け暮れる父母の姿をつぶさに見て育った方が、家業を継ぎたいと思うでしょうか。日本の将来を考えるにあたって、食糧自給の問題は避けて通れませんが、国や自治体が新規就農を増やそうというとき、『ガマンの農業』を提示して、果たして訴求できるでしょうか」
有光氏は力を込めて続ける。
「機械化と自動化で、楽にできる作業は楽に。『ガマンの農業』のままでは、日本の農業の持続は難しい。弊社ができることはわずかですが、日本の農業、ひいては日本社会を守るためにも、これからも知恵を絞りたいと考えています」

ワイナリー向け静電ブームWS300を搭載したヤンマートラクター。キャビンの中でムダ・ムラのない散布が可能だ。
稼働するハウススプレー。優れた性能に有光氏の真摯な思いが込められている。

心からのひと言を聞くためにこれからも研鑽を続ける

自身で積極的に顧客を訪ね、現場の声を聞き取ってきた有光氏。数多くの顧客からの言葉の中に、とりわけ忘れがたいものがあるという。

「BS静電(ブームスプレーヤ用)を導入してくださった農家様に、使い勝手をうかがっていたときのことです。その方が仰ったのは、性能やコストについてではなく、『BS静電を使い始めてから、高校生の娘と一緒に夕食を取れるようになった』ということでした。それまで防除の作業で夜遅くまで時間を取られていたご家庭に、有光の製品で夕飯の団らんが戻った。どんなお褒めをいただくより、つくった甲斐を感じました」
そう語る有光氏の表情は、家族との思い出を振り返るようだ。

社員には「蜜だけを求めるな」と戒めるという有光氏。ただ利益のみを追うのではなく、「困りごと収集」のノルマを課して、口に苦い良薬をも求めてゆく。そんな姿勢こそが、顧客の心からのひと言につながるのだろう。
実直に誠実に、100年の歴史を刻んできた有光工業。次の100年も、その姿勢はきっと変わることがない。

有光工業の変遷 創業家三代にわたって

1923年、有光幸茂氏が現在の礎となる「有光製作所」を創業。第二次世界大戦中に「有光軍需株式会社」となり、軍需品及び消防ポンプの製造を手掛けた。1945年、終戦を迎えると共に「有光農機株式会社」に社名変更。戦時中は中止していた循環精米機、手廻散粉機、動力噴霧器の製造を再開した。1967年、有光聿郎氏が2代目社長に就任、1970年に現社名の「有光工業株式会社」となる。現社長の有光幸紀氏の社長就任は1987年だ。現在は農業・産業用途の様々な製品で堅実なシェアを有し、特に防除と洗浄の分野で確かな地位を築いている。

創業者である有光幸茂氏。激動の時代を越えて、社業の礎を固めた。

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