ヤンマーテクニカルレビュー

快適な操船を支える電子制御技術
~電子制御操船システム「VC20」の紹介~

Abstract

Launched in 2011, the VC10 was the first electronic vessel control system to be developed by Yanmar. The system has since been used to control various different types of marine engines, transmissions, and boats all over the world, with ongoing functional enhancements that have included a joystick control system and GPS-based position keeping system.
The new VC20 maintains the same high level of reliability and functionality as its predecessor, also featuring enhanced ease-of-use and visual design with the control head and switch panel having been upgraded in response to customer demand. The system specifications have been further enhanced by the adoption of a new electronic control unit (ECU) with enhanced memory and the use of Controller Area Network (CAN) communications to simplify the electrical architecture and make installation easier.
This article describes the new VC20 electronic vessel control system.

1.はじめに

ヤンマーは、マリントータルソリューションプロバイダーとして、お客様へ快適・便利・安心・安全を提供するため、舶用エンジンや推進機に加え、2011年から電子制御操船システム「VC10」を販売しています。VC10は、40馬力から1000馬力までの電子制御エンジンに適用でき、また、プレジャー用途から業務用途まで、国内外の多種多様な船舶の操船システムにも柔軟に対応できます。VC10の販売開始後も、市場の要望に応えるため、ジョイスティック操船や定点保持といった新機能の開発を続け、商品力の強化に努めてきました。
2019年には、お客様へ更に多くの価値を提供できるよう、操船機器やシステム構成を刷新した第2世代電子制御操船システム「VC20」を発売しました。本稿では、ヤンマーが開発した電子制御操船システムの概要を説明するとともに、新システムVC20の技術的な特長を紹介します。

2.ヤンマー電子制御操船システムの商品概要

ヤンマーの電子制御操船システムは、コントロールヘッドやスイッチパネル、ディスプレイなどの操船機器と、複数のECU(Electronic Control Unit)で構成されています(図1)。ユーザーが、操船機器のスロットルやシフトレバー、スイッチを操作すると、操船機器からECUへエンジン始動・停止や加減速、シフト操作の指示信号が送られ、その信号に従ってECUがエンジンおよび推進機を制御する仕組みです。
それぞれのECUは、SAE J1939規格をベースとしたCAN通信(Controller Area Network)で接続されており、互いに多くの複雑な情報を連携することで、操船の基本機能以外にも、様々な機能を実現しています。例えば、これまで、複数エンジンの回転数同期や、スロットルレバーのフィーリング調整、トローリング時の低速航行、スタンドライブのトリム角度調整など、操船に便利で快適な機能をユーザーへ提供してきました。また、ディスプレイもECUとCAN通信で連携させることで、エンジンや推進機などの状態を一括で表示するだけでなく、異常検知時のポップアップ警報や、盗難防止のためのパスワードロックなど、安心・安全のための機能も充実しています。

図1. VC20の操船機器と据付された操船席周り
図1. VC20の操船機器と据付された操船席周り

また、オプション機能として、ジョイスティック操船システムも提供しています。ジョイスティックを倒す/捻るという操作に従って、ECUが複数 のエンジンおよび推進機の回転数や、舵の切れ角を緻密に制御することで、船体の回頭と全方位への並進を実現します。このジョイスティックでの直観的な操作により、初心者には難しい離着岸時の操船でも、熟練者並みの操船が簡単にできるようになりました。(図2)。

図2. ジョイスティック操船システムの機能(左) ジョイスティックレバー操作イメージ(右)
図2. ジョイスティック操船システムの機能(左) ジョイスティックレバー操作イメージ(右)

このジョイスティック操船システムは、スタンドライブ船(JC10A)と、インボードシャフト船(JC20A)のそれぞれに提供されています。(図3)。

図3. スタンドライブ船(JC10A)とインボードシャフト船(JC20A)
図3. スタンドライブ船(JC10A)とインボードシャフト船(JC20A)

さらに追加のオプション機能として、スタンドライブ船向けのジョイスティック操船システム(JC10A)には、定点保持機能も提供しています。これは、船体に搭載したアンテナで、GNSS(Global Navigation Satellite System)の衛星から位置情報を受信することで、船体の位置・方位を一定に保持するよう、ECUが船体の回頭・並進を自動で行う機能です。これにより、錨を下ろさずとも、潮流や風に船が流されることはありません(図4)。

図4. 定点保持システムの機能(左) 定点保持ディスプレイ(右)
図4. 定点保持システムの機能(左) 定点保持ディスプレイ(右)

3.新操船システムVC20

3.1.搭載性および拡張性に優れたシステム構成

これまでVC10で実現した数々の機能に加え、更なる商品力向上と高付加価値化を実現するため、VC20では、システムのスペックの見直しを行いました。本節は、その内容を説明します。
① 操船機器のCAN化による搭載性の向上と機能拡張
VC20では、操船機器とECUをCAN通信で接続し、システム全体を“CAN化”しました。これにより、各機器とECUをつなぐ信号線の数が削減でき、特に、配線数の多かった操船席周りの搭載性が向上しました(図5)。また、これまでは、ECUが操船機器の信号を直接計測するため、ECUを操船席ごとに設置する必要がありましたが、CAN化したことでその必要がなくなり、ECUの数も削減できました。
さらに、操船機器のCAN化に伴い、接続した機器をディスプレイで自動検知できるようにしました。船体へのシステム据付け時は、ディスプレイ画面から各機器を設定できるため、据付けミスを減らし、作業時間も短縮できます。

図5. VC20でCAN化されたシステム
図5. VC20でCAN化されたシステム

操船機器のLED輝度も、CAN通信によるオートディマー機能(図6)が追加されたことで、ユーザーが手動で調整する必要がなくなりました。スイッチパネルに内蔵された照度センサが、操船席周りの明るさを計測し、CAN通信を介して、同じ操船席のディスプレイやコントロールヘッドと連動することで、操船席ごとのLED輝度が自動で調整されます。このオートディマー機能により、操船席の設置場所(船内/船外)の違いや、その時々の天候の違いなど、周りの明るさが変化した場合でも、操船機器の視認性が維持できるようになりました。

図6. オートディマーによる視認性の向上
図6. オートディマーによる視認性の向上

② ECUスペック向上による機能拡張
VC20では、ECUのメモリ容量を増やし、スペックを向上したことで、新たな機能追加が容易になりました。例えば、前述のジョイスティック操船システムJC10Aを、エンジンと推進機を3台ずつ搭載した3基3軸船に拡張しようとすると、制御ソフトウェアが大規模かつ複雑となります。それでも、ECUスペックが向上したことで、制御動作を精緻に作り込むことができ、3基3軸船で最適なジョイスティック操船を実現することができました。
また、他社製機器とのCAN通信を中継するため、新たにゲートウェイコントローラも開発しました。かねてより、市場から「VC20のディスプレイの代わりに、他社製の大型マルチファンクションディスプレイの画面から、船体を操作したい」との要望を受けていましたが、ゲートウェイコントローラにより、この要望を実現することができました(図7)。

図7. ゲートウェイコントローラでの接続
図7. ゲートウェイコントローラでの接続

これら2つは、自社のフラッグシップ艇X47にも適用しており(図8)、その操作性と快適性において高い評価を頂いています。

図7. (左)フラッグシップ艇 X47 (右)X47のエンジンルーム
図8. (左)フラッグシップ艇 X47 (右)X47のエンジンルーム

③ 最小構成モデルの展開
セイルボートは、エンジンおよび推進機を無風時や離着岸時にしか使わないことから、操船システムにそれほど多くの機能を必要としません。そのため、コスト面のメリットから、これまで主に機械式の操船装置が使われてきました。しかし、機械式には、船体へのケーブル取付けが煩雑であるという、搭載面のデメリットがありました。
そこで、VC20では、構成機器と機能を最小限に絞り、セイルボート向けに特化したシステムとして、エントリーモデルを新たに追加しました。これにより、優れた搭載性というVC20のメリットを、セイルボートにも提供できるようになりました(図9)。

図9. エントリーモデルのシステム構成
図9. エントリーモデルのシステム構成

3.2.操船機器刷新によるデザイン性、ブランドイメージの向上

プレジャーボートは、操船席周りのデザイン性が重要視されます。一方、VC10の各操船機器は、そのデザインの高級感や統一感において、ヤンマーのブランドイメージをアピールしにくい、との声がありました。そのため、VC20では、CAN化のメリットを活かし、操船機器内部のハードウェアを小型化することで、適用できるデザインの幅を広げました。その結果、使いやすさと高級感を兼ね備え、ヤンマーのブランドイメージを体現した、統一感のあるデザインの操船機器が開発できました(図10)。
VC20の操船機器を搭載した船舶は、その高いデザイン性によって、ヤンマーのブランドイメージをユーザーに強くアピールしています。

図10. VC20でデザインを刷新した新しい操船機器
図10. VC20でデザインを刷新した新しい操船機器

3.3.信頼性・安全性の確保

一般的に、電子制御システムは、機械式のものと比べると機能面で大きな優位性がありますが、精密な電子機器で構成されているため、信頼性・安全性の確保が課題となります。VC20では、VC10で培ったシステムの信頼性や安全性を継承しながらも、更なる改良を加えました。
VC20の操船機器は、防水性を向上し(IPレートX7相当)、耐候性の高い素材を採用することで、信頼性がより一層向上しました。また、万が一、CAN通信が途絶えるなどのシステム故障が発生した場合においても、ユーザーは、バックアップパネルを介して、CAN通信とは別系統のシステムで操船を継続できるため、エンジンを停止することなく、安全に帰港することができます。

4.おわりに

本稿は、世 界中の様々な船でお客様の快適な操船を支えるため、これまで培った信頼性・安全性を継承しながら搭載性・拡張性・デザイン性を改善した第2世代電子制御操船システムとして、VC20を紹介しました。
今後も、マリントータルソリューションプロバイダとして、お客様へさらなる快適・便利・安心・安全を提供するため、VC20を土台として、新たな価値創造を加速してまいります。

著者

ヤンマーマリンインターナショナルアジア株式会社 開発部 パワートレイン開発部

苗加 俊明

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