Vol.11 堆肥中のリン酸を上手に使う

日本ではリン酸肥料が過剰投与されており、特に畑地や樹園地ではリン酸肥沃度が上昇する傾向にあります。リン酸肥料の原料であるリン鉱石は日本ではほぼ輸入に頼っており、世界的にその枯渇が心配され、その結果、価格の高騰が著しい状況です。
2019年3月に設立された「土づくりコンソーシアム(※1)」でも、①土壌中にリン酸が過剰に蓄積されている、②リン酸過剰が原因で、土壌病害が助長されている、③水田では堆肥の施用が減少しているため、地力が低下している、などの問題点が指摘されています。
そこで今回は、効率的なリン酸施肥について考えていきます。

  • ※1:土づくりコンソーシアムとは、土づくりに関する関連団体の総力を結集し、土壌データの収集・蓄積・利用を通じて、生産現場における土づくりを実践する生産者を支え、スマート農業に対応した土づくりを再興し、持続的な農業生産の実現を目指す事業共同体。

リン酸が過剰に投与されている原因

リン酸の過剰投与については『Vol.9 植物の力を活かした適正な施肥』でも述べていますが、日本の畑土壌に代表されるような火山灰土壌において、リン酸は作物に吸収される前にアルミニウムや鉄と結合するため、少量のリン酸施用では欠乏を起こしやすいといわれています。さらにリン酸は過剰に施用しても窒素過剰のような障害を発生しないことからも、大量のリン酸を施用することが習慣になりました。しかし、これまでの研究成果を考察すると、堆肥などの有機物に含まれるリン酸は化学肥料よりも効率の良いリン酸資源であることがわかってきました。

家畜糞堆肥は過リン酸石灰よりも効果が高い

今回は、より効果的な「リン酸資材」として有機物(堆肥)があることを紹介しますが、化学肥料については、通常よく使われているリン酸である「過リン酸石灰」を対象に考えます。
これまで堆肥の効果としては、主に『窒素源』として検討されてきました。例えば、牛糞堆肥中の窒素成分は土壌に投入されて作物に利用される形態として無機化(アンモニア態や硝酸態窒素)しますが、高いC/N比(※2)を持つため、無機化される窒素は年間約30%といわれています(ちなみに豚糞は50〜60%、鶏糞は化学肥料とほぼ同等)。
堆肥中のリン酸の行動は堆肥中の窒素と様子が異なることがわかっていましたが、注目されていませんでした。例えば、牛糞堆肥の窒素は30%ですが、リン酸は90%以上という報告が多く見られます。すなわち、牛糞堆肥の窒素とリン酸では肥効が異なることが重要なのです。

  • ※2:C/N比(炭素率)とは、有機物に含まれる窒素に対する炭素の割合を示す数値。微生物は有機物に含まれる炭素(炭酸ガス)をエネルギー源として、また窒素をタンパク源として利用し、増殖する。詳しくは『Vol.3 堆肥ができるまで』参照。

(図1)は、家畜糞(牛・豚・鶏)堆肥をリン酸資材として施用した試験区と、化学肥料の過リン酸石灰を施用した試験区との比較です(窒素・カリは化学肥料で施用)。栽培作物はコマツナで、用いた土壌は可給態リン酸含量が極めて少ない(リン酸欠乏といっても過言でない)火山灰由来の下層土です。

(図1)コマツナ栽培における家畜糞堆肥中リン酸の肥効

【小柳ら 2005から作成】

(図1)の結果は、畜種(牛糞・豚糞・鶏糞)に関わらず、堆肥のリン酸の効果が化学肥料の過リン酸石灰よりも同等かそれ以上であることがわかります。堆肥中の窒素はアミノ酸やタンパク質など有機態として存在しますが、リン酸についても同様で、リン酸と糖などが結合した有機態の形で存在します。さらに重要なことは、窒素やリン酸と結合していないセルロース(※3)などの繊維成分等の有機物も大量に含まれていることです。

  • ※3:セルロースとは、グルコース(ブドウ糖)がいくつもつながってできている糖鎖で、植物細胞の細胞壁や植物繊維の主成分。

堆肥中のリン酸が肥料として高い効率を持っている事例を紹介します。兵庫県農業試験場では「稲→小麦」の輪作体系で50年間にわたり三要素(窒素・リン酸・カリの化学肥料)および稲わら堆肥の効果を確認する試験が50年以上も継続して行われています。1年当たり1.5トン施用された稲わら堆肥(稲わらに石灰窒素を加えて堆積発酵させたもの)の成分を(表2)に示します。

(表2)年間1.5トン投入された稲わら堆肥中の成分(稲わらに石灰窒素を加えて堆積発酵させたもの)

水分(%) C/N比 窒素(kg) リン酸(kg) カリ(kg) カルシウム(kg) マグネシウム(kg)
0.82 14 5.1 2.0 9.4 4.6 1.2

【小河ら 2004から作成】

次に、50年間にわたる小麦の稲わら堆肥の有り・無しの区について、その三要素試験区とリン酸を施用しない無リン酸区(窒素・カリは施用している。ここではN・K区)の平均収量を見てみましょう(表3)。

(表3)50年間にわたりリン酸肥料の有無および堆肥施用の有無で栽培された小麦の平均収量

区分 三要素(N・P・K) 無リン酸(N・K) 肥料無し
堆肥有り (a)
540kg/10a
〈179〉
(b)
416kg/10a
〈138〉
(c)
173kg/10a
〈57〉
堆肥無し(化学肥料のみ) (d)
302kg/10a
〈100〉
(e)
108kg/10a
〈36〉
(f)
97kg/10a
〈32〉
  • 〈 〉内の数字は堆肥無しの三要素(窒素N・リン酸P・カリK)を加えて栽培した区(表3-d)の収量を100として表したもの。
  • 堆肥有り区では年間、窒素N:5.1kg/10a、リン酸P:2.0kg/10a、カリK:9.4kg/10aを施用。堆肥無し(化学肥料のみ)区では、窒素10kg/10a、リン酸11.8kg/10a、カリ16kg/10aが施用された。

【小河ら 2004から作成】

この結果から、以下のことが考えられます。

  1. 「堆肥無し・無リン酸」区(表3-e)は、108kg/10aの収量しか得られていない。これは、基準としている「堆肥無し・三要素」区(表3-d)の収量(302kg/10a)の36%にしか満たない。
  2. 一方堆肥から年間2.0kg/10aのリン酸しか供給されていないにもかかわらず、「堆肥有り・無リン酸」区(表3-b)では、416kg/10a(表3-dの138%)の収量が得られている。
  3. 「堆肥無し・三要素」区(表3-d)を規準〈100〉として、それに上乗せするように稲わら堆肥を施用すると(「堆肥有り・三要素」区(表3-a)の収量は540kg/10aとなり、79%もの増収が得られた。稲わら堆肥の効果がすばらしいといえる。

稲わら堆肥の小麦への増収効果として、堆肥中に含まれる様々な微量要素の効果も考えられますが、化学肥料のリン酸と比べて堆肥中のリン酸の効果が非常に高いことを示しています。

堆肥のリン酸効果が高い理由

それではなぜ、堆肥中のリン酸は効果(あるいは利用率)が高いのでしょうか。その理由のひとつとして、「化学肥料のように水に溶ける形態ではない」ということが挙げられます。
化学肥料のリン酸は、水溶性なので溶けて土壌に入ると鉄やアルミニウムとすぐに結合し難溶性になってしまいます(図4)。

(図4)難溶性のイメージ

一方、堆肥中のリン酸は有機物とすでに結合しています(有機態リン酸)が、それでも土壌中の鉄やアルミニウムと結合し難溶性となる力はあります。しかし、堆肥中には繊維成分が多く含まれており、リン酸は繊維成分に覆われていて土壌の粘土粒子にリン酸が直接触れない状態になっています。そのため、難溶性(鉄やアルミニウムと結合する)になりにくいのです。
そして伸張した根が堆肥中の有機物に覆われたリン酸に到達したとき、この有機態リン酸を無機化する酵素(フォスファターゼ)が根や土壌微生物から分泌され、有機態リン酸は無機化し、根へと吸収されるのです(図5)。(フォスファターゼは植物根から分泌されますが、根面に生息する微生物からも分泌されます。)

(図5)フォスファターゼ イメージ

余談ですが、化学肥料のリン酸を土壌へ散布する際、局所施用するとリン酸の効率が良いことが実証されています。その理由は、全層施用よりもリン酸が根域内に数多く存在することになり、鉄やアルミニウムと結合するリン酸が少ないためです(図6)。

(図6)

〈全層施用のイメージ〉

全層施肥の場合、アルミニウムや鉄と結合し、難溶性となるリン酸(P)が多いため、多量のリン酸施用が必要になってしまう。

〈局所施用のイメージ〉

例えばたまねぎの場合、播種条下2~4cmの局所施用によって、生育が促進されることがわかっている。これにより、基肥リン酸の約30%が減肥できる。

リン酸をベースとした堆肥の施肥設計のススメ

これまでは、堆肥や有機物を施用するとき、特に窒素源としての効果に関心が寄せられ、それ以外の肥料成分についてはあまり評価されていませんでした。実際各地での研究成果において、堆肥中のリン酸の肥効率は化学肥料以上との報告があります(表7)。

(表7)岡山県内で流通する堆肥の成分含量と肥効率(化学肥料を100としたときの比較)

畜種 水分
(%)
C/N比 窒素 リン酸 カリ
成分含量
(%)
肥効 成分含量
(%)
肥効 成分含量
(%)
肥効
牛糞堆肥
(n=154~158)
51 19.3 1.1 肥効率30% 1.1 肥効率は化学肥料と同等および同等以上 2.1 肥効率は化学肥料と同等
豚糞堆肥
(n=19~23)
27 9.2 2.9 肥効率60% 4.2 2.3
鶏糞
(n=63~72)
19 8.1 3.0 肥効率80% 4.9 3.5

【岡山農林水産総合センターから作成】

つまり、過剰蓄積の観点からも有機物利用の際のリン酸の肥効を堆肥で置き換え、不足分の窒素を化学肥料で補う施肥設計が望ましいといえます。
また、堆肥中に含まれるカリについても言及しましょう。堆肥中のカリウム(K)は、イオンの形態(K+)で存在します。土壌粒子との反応も化学肥料と同じです。したがって、堆肥中のカリの肥効は化学肥料とは同等といえます。
以上のことからも、窒素よりはむしろ「リン酸やカリのための堆肥施用」として、発想を切り替えて、持続可能な農業の一歩を踏み出してはいかがでしょうか。

阿江 教治(あえ のりはる)

1975年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
1975年 農林省入省。土壌と作物・肥料を専門に国内、インド、ブラジルなど、各国にて研究を行う。その後、農業環境技術研究所を経て、2004年神戸大学大学院農学研究科教授(土壌学担当)。
2001年 文部科学大臣賞(「特異なリン酸獲得機構を有する植物の発見とこれら機構の解明・利用に関する研究」)
2010年退職。現在、龍谷大学農学部客員研究員、農林水産技術会議 イノベーション創出教科研究推進事業評議委員、ヤンマー営農技術アドバイザーをつとめる。

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