ヤンマーテクニカルレビュー

【Topic3】産業用火花点火機関TNGシリーズの開発
(~脱炭素化を見据えた多種燃料対応技術の確立~)

Abstract

Given the need to reduce greenhouse gases around the world, continued growth is expected in the use of alternative fuels such as hydrogen and bio-fuels in industrial machinery.
Gaseous fuels such as LPG have lower carbon emissions than diesel, and gas engines have a higher technical compatibility with carbon-neutral fuels like hydrogen and e-methane.
Yanmar has developed the new 4TN88G gas-powered industrial spark-ignition engine together with the 4TN88B bi-fuel model that can run on both LPG and gasoline.
These engines use a proprietary gas combustion system to achieve high output, fuel efficiency, and compact size while also delivering the durability and reliability required of industrial applications.

1. はじめに

本稿では将来的な低炭素化・脱炭素化社会に向け、水素などのCO2を増加させないカーボンニュートラル燃料やメタノール燃料などの合成燃料にも対応可能な、当社ディーゼル機関同等以上の高出力・低燃費・コンパクト性、及び産業用機械に求められる耐久性・信頼性を実現した火花点火機関TNGシリーズについて紹介致します。

2. 小形陸用作業機の脱炭素化想定シナリオ

脱炭素化が進む中で利用作業機の特性に従い、パワーソースのベストミックスが進むことが想定されます。図1に小形陸用で想定されるパワーソースの脱炭素化の切替えシナリオを示します。低負荷領域ではバッテリのコンパクト化が可能、且つ充電しやすい環境にある作業機が多いため、電動化の拡大が予測されます。一方で、長時間高負荷で使用される作業機では大容量のバッテリが必要なことからバッテリの搭載性・コストが課題となり、さらに充電インフラも大きな障害となるため、カーボンニュートラル燃料の活用が見込まれます。その中でも注目度の高い水素やメタン、アルコール系燃料は燃料性質上、自着火温度の観点から強制点火を伴う火花点火機関と高い親和性があります。
ヤンマーでは将来的な多種燃料化の可能性を見据えて、過酷な使われ方となる産業用用途に適した火花点火機関TNGシリーズを開発しました。

図1 エネルギ転換過渡期において小形陸用で想定されるパワーソース
図1 エネルギ転換過渡期において小形陸用で想定されるパワーソース

3. 製品概要

TNGシリーズの機関 主要目を表1に示します。後述するマルチポイントインジェクションシステムの採用や長年の定置用ガス機関の開発経験で培った燃焼最適化技術により、当社同排気量クラスのディーゼル機関と同等以上の出力・トルクを達成し、さらに産業用機関に要求される高い信頼性・耐久性を実現しました。また、同一機関諸元でLPG(液化石油ガス)/ガソリンの燃料切替が可能なBi-fuel仕様を取り揃えています。

表1 TNGシリーズ機関 主要目

項目 4TN88G 4TN88B (参考)4TNV86CT
気筒数 4
ボア径 x ストローク[mm] 88 x 90 86 x 90
排気量[L] 2.2 2.1
定格出力[kW/min-1] 45.0 / 2,600 39.9 / 2,600 37.9 / 2,600
最大トルク[Nm/min-1] 175 / 1,800 157 / 1,800 168 / 1,690
給気方式 自然吸気 排気ガスタービン過給
燃焼方式 火花点火/予混合/理論空燃比燃焼 直接噴射/圧縮着火
燃料 LPG LPG, ガソリン 軽油
排出ガス後処理装置 三元触媒 DOC+DPF
全長 x 全幅 x 全高[mm] 659 x 535 x 701 894 x 549 x 757

4. 産業用機関の多種燃料対応に向けた適用技術

4-1. 燃料性状の異なる多種燃料への対応技術

多種燃料対応のコンセプトを図2に示します。現状、TNGシリーズはディーゼル燃料よりCO2排出量の少ないガス燃料に対応可能な諸元になっています。また、従来燃料とは燃料性状が大きく異なるカーボンニュートラル燃料の導入進展が今後考えられますので、それらに対応する開発を想定しています。
多種燃料対応を容易化する差異化技術として、TNGシリーズは各気筒吸気ポートに対して燃料を噴射するマルチポイントインジェクションシステム(以降、MPI方式)を採用しています。図3にガス機関の燃料供給システムを示します。調量機構の存在しないミキサー方式では、燃料性状(主に比重や発熱量)の影響を受けやすく、調量可能な燃料性状範囲に限界があります。これに対して、MPI方式ではセンサにより計測された空燃比に合わせて、燃料噴射期間を自動調整することができ、よりワイドレンジに多種燃料対応することが可能となります。さらに、Bi-fuel仕様では、LPG、ガソリン各々の燃料系統を確保する事で、同一機関でLPGとガソリンの2種類の燃料切替を実現し、お客様の利便性も確保しました。
図4にMPI方式外観と対応可能な燃料群を示します。上述のMPI方式と30年以上の定置用ガス機関開発で培った信頼性確保技術を適用したシリンダヘッドなどの専用部品による最適化により、TNGシリーズは水素に対しても軽微な機関諸元変更で対応が可能です。

図2 産業用機械の脱炭素化ロードマップ
図2 産業用機械の脱炭素化ロードマップ
図3 ガス機関の燃料供給システム
図3 ガス機関の燃料供給システム
MPI方式外観

○:同一諸元で対応可能
△:微変更、検証が必要

燃料種 対応可否
水素
LPG
CNG
ガソリン
(E10/バイオエタノール10%)
e-メタン
e-ガソリン
e-メタノール

図4 MPI方式外観と対応燃料

4-2. 産業用機械に要求される高い耐久性と信頼性を達成

過酷な環境で使用される産業用内燃機関では、高い耐久性と信頼性が要求されます。TNGシリーズでは産業用機械市場で長年の実績がある当社の産業用ディーゼル機関を母体とし、理論空燃比燃焼ガス機関特有の高温燃焼が引き起こす高熱負荷・高排気温度を考慮した最適化設計により、産業用機械に要求される高い耐久性と信頼性を達成しました。
図5に燃焼室部品の最適化例を示します。高温燃焼に起因するリスクの未然防止のために、シリンダヘッドの冷却や動弁系挙動の最適化、シリンダ内部流れの最適化を織り込んでいます。シリンダヘッドの冷却改善結果を図6に示します。熱負荷を軽減することで耐久性を確保しつつ機関出力を向上しました。この冷却改善シリンダヘッド採用により、燃焼室構成部位の表面温度低減を実現することができるため、水素燃料供試下におけるプレイグニッションなどの異常燃焼抑制にも寄与すると見込んでいます。

図5 高温燃焼を考慮した最適化例
図5 高温燃焼を考慮した最適化例
図6 シリンダヘッド弁間温度の改善結果
図6 シリンダヘッド弁間温度の改善結果

5. おわりに

本稿では脱炭素化に向けた技術資源の一つとなる産業用火花点火機関について、主要な適用技術の紹介をしました。カーボンニュートラル燃料を産業用機械で使用する為には、過酷な使用環境に耐えうる耐久性・信頼性とワイドレンジな多種燃料への対応技術が必要不可欠です。これまで培った実績と技術を基に、脱炭素化を見据えた多種燃料技術開発を引き続き行っていきます。

著者

ヤンマーパワーテクノロジー株式会社
小形事業部 開発部 陸用第二技術部

大藤 翔輝

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