ヤンマーテクニカルレビュー

牡蠣の養殖生産量を安定化するソリューション
~バイオテクノロジー分野からのアプローチ~

Abstract

Japan’s oyster farming industry has been suffering from poor harvests of wild seed and high levels of mortality due to the recent rises in seawater temperature. This has created a need for the reliable artificial production of seed to facilitate forward planning as well as the development of varieties with superior traits, including the ability to avoid weight loss at higher water temperatures and the mortality associated with spawning. To meet these needs, Yanmar has developed technology for the high-density production of artificial oyster seed and infertile triploid oysters with superior growth characteristics.
The high-density larvae cultivation system requires less labor to manage and can produce oyster seed using smaller production equipment. Meanwhile, expertise built up over time has enabled the successful production of triploid oysters. Because they do not undergo spawning and the associated stresses, triploid oysters have greater tolerance for rises in seawater temperature and other changes in their environment. Using these core technologies, Yanmar supplies its triploid oyster seed either attached to scallop shells or as single-seed oysters.

1. はじめに

牡蠣は、世界的に盛んに養殖されている重要な水産物の一つです。無給餌で養殖でき、また、周辺の海洋環境や生態系への影響が少ないことから、低コストかつ持続可能な漁業として注目されています。
その中でも、日本は世界3位の養殖生産量を誇り、200年以上前から養殖している地域があるほどの伝統国です。近年は各地で新しい養殖技法が研究され、ご当地ブランド牡蠣が次々と登場しており、生食から加工品まで、国内各地の豊かな味わいが人気を博しています。ヤンマーも、牡蠣養殖業をサポートするため、これまで研究開発を続けてきました。本稿では、その取り組みの一例として、美味しい牡蠣を安定して食卓に届けるための、ヤンマーのソリューションを紹介します。

2. 牡蠣養殖の現状

2-1. 牡蠣養殖の流れ

一般的に、国内の牡蠣養殖は、天然種苗の採捕から始まります。天然種苗とは、沿岸域に生息する天然牡蠣の産卵によって発生した稚貝のことです。この種苗の採捕は、牡蠣が産卵する初夏から晩夏の時期に行います。
採捕した種苗は、その成長段階に応じて、干潟域の育成棚から沿岸域のイカダへ海域を変えて育成します。1~3年程度かけて食用サイズまで成長した後、秋から冬の低水温期に入ると、殻の中の身入りが増し、旬を迎える10月から翌年5月頃までにかけて水揚げされます。

2-2. 近年抱えている問題

近年、牡蠣養殖の生産量が不安定になる、という問題が発生しています。天然種苗の採捕が不調となる年が増え、養殖用の牡蠣種苗が不足しがちなこと。また、これまで生産量が安定していた海域で、養殖中の牡蠣の大量斃死※1が発生しているためです。これらの原因を一概に特定することは困難ですが、海水温の上昇など、海洋環境の変動が大きな原因の一つと考えられています。
日本近海の平均海水温は、100年に1.16℃の割合で上昇※2しています。海洋動植物全体の生息分布も、以前は低水温だった海域へと移動し、特に、生態系の基礎を担う植物プランクトンの移動が顕著であるとの報告があります※3。牡蠣は主に植物プランクトンを餌とすることから、牡蠣養殖においても、この環境変動の影響は大きいと考えられます。
現時点においては、種苗採捕の不調や、牡蠣の大量斃死は、局所的かつ短期的な発生にとどまっています。しかし、今後の海洋環境の変化を考えると、将来も牡蠣養殖を安定して継続するための対策が必要であり、そのためには「種苗の安定確保」と「牡蠣の斃死抑制」が課題になります。

3. ヤンマーの提供する牡蠣養殖ソリューション

3-1. ヤンマーマリンファームでの種苗生産研究

ヤンマーは、1988年から、大分県国東市に設立した水産研究施設、ヤンマーマリンファーム(図1)で水産養殖に関する研究開発を実施しています。牡蠣養殖の課題である「種苗の安定確保」と「斃死の抑制」についても、2008年から、そのソリューションとなる技術開発に取り組んできました。次節では、その成果の一部を紹介します。

図1. ヤンマーマリンファームの外観
図1. ヤンマーマリンファームの外観

3-2. 養殖用種苗の大量安定生産技術

3-2-1. 人工種苗と一般的な生産方法

養殖用の種苗を安定確保するためには、天然種苗だけに頼るのではなく、人為的に採卵・飼育した“人工種苗”によって、不足分を補う必要があります。実際、養殖牡蠣の生産量が世界第4位のアメリカでは、主要産地のワシントン州において、海洋環境の変化で天然種苗の採捕が困難になったことから、民間会社を中心に、人工種苗の生産が盛んに行われています。将来は、人工種苗に完全に依存する時代が訪れるかも知れません。人工種苗は、陸上に設けた水槽で生産します。成熟した牡蠣から卵・精子を取り出して受精させ、受精卵からふ化した牡蠣の幼生を水槽に入れて、2~3週間ほど飼育すると、稚貝へと成長します。この稚貝が、種苗として、海域での牡蠣養殖に用いられます(表1)。

表1 牡蠣の生育ステップ

生育ステップ 種苗生産 養殖
受精卵 幼生
(初期)
幼生
(後期)
稚貝 成貝
外観
(拡大写真)
(各々拡大倍率が異なる)
サイズ 20~40μm 50~70μm 300~350μm 0.5~20mm 5~20cm
飼育場所 水槽内 海域
3-2-2 人工種苗生産における問題

人工種苗の生産方法は世界で50年以上も研究されており、生産技術そのものはすでに確立しています。しかし、従来の方法で、種苗を大量に安定して生産しようとした場合、次の2つの問題がありました。

問題点①:設備が大規模になる
従来の方法では、単位体積あたりの海水で飼育できる幼生の個体数が少ない、すなわち飼育できる幼生の個体密度が低いため、大量の種苗を生産するには、多くの海水が必要となります。そのため、水槽が巨大になってしまいます。また、水槽に付属する海水処理装置なども大型になり、それらを設置するのに広い敷地が必要となるなど、設備建設の制約条件が厳しくなる傾向がありました。

問題点②:管理にかかる労力が大きい
牡蠣の幼生は脆弱なため、種苗を安定して生産するには、幼生が死滅しないよう、綿密な飼育管理が必要となります。例えば、水槽に入れる海水は、異物や病原体を十分に除去するなど、水質を適切に保たなければならず、水槽の洗浄と海水の交換も頻繁に行う必要があります。また、水槽を洗浄する際には、飼育中の幼生を、一旦、慎重に捕集する必要があるなど、幼生飼育には大変な労力がかかります。さらに、この労力は、設備が大規模になるほど大きくなります。

3-2-3. 高密度幼生飼育装置による設備の小規模化

そこでヤンマーは、人工種苗の大量かつ安定な生産における問題を解決するため、“高密度幼生飼育装置(図2)”を開発しました。

図2 高密度幼生飼育装置(左図:3Dモデル、右図:実際の水槽)
図2 高密度幼生飼育装置(左図:3Dモデル、右図:実際の水槽)

表2に、ヤンマー技術と従来技術の比較を示します。本装置の特徴は、水槽サイズを1/10にしながらも、飼育できる幼生の収容密度が従来手法の約10倍にできたことです。さらに、従来の1/3程度の海水量で幼生飼育ができます。そのため、種苗を大量生産する場合でも、飼育のための設備は小規模で済むようになりました。

3-2-4. 高密度幼生飼育装置による飼育管理労力削減

また、本装置は、幼生の飼育を簡単にするための機能も備えており、従来手法と比べて、飼育時の管理にかかる労力が60%削減されました(表2)。
本装置は、2つの水槽で構成されています。飼育する幼生の個体密度が高いと、水槽の洗浄を毎日行う必要があるため、幼生の飼育は、2つの水槽を片方ずつ交互に使用して行います。2つの水槽は移槽管で連結されており、水槽を洗浄するときは、この移槽管を通して、飼育中の幼生をもう一方の水槽へと移動させます。この移動時に、網などを使うと幼生を傷つけてしまいますが、本装置では、バルブ操作で水流を制御するだけで移動させることができ、幼生を傷つけることなく簡単に行えます。幼生の排泄物はテーパー状の水槽底面に堆積しますが、移槽の流速を適度に設定すれば、幼生だけを移動させることができます。
さらに、本装置では、高精度なフィルタでろ過し、異物や病原体が除去された海水を、水槽へ常時供給します。あふれた海水は、水槽の上部に取り付けられたフィルタを通り、排出口から流出します。水槽内の海水が常時入れ替わり、十分な酸素を含んだ清潔な海水で満たされることで、古い海水が水槽内に滞留せず、幼生の生育に適切な水質を維持できます。

表2 牡蠣幼生飼育システム性能比較

単位 当社技術 従来技術
水槽サイズ kL 1 10
飼育密度(飼育開始時) 個体/ml 100 10
海水要求量** kL/day 25.9 75.0
管理必要工数*** 人/day 0.5 1.25

当社調べ(海外標準技術)
**1kLのシステム1基における日間海水使用量
***1kLのシステム1基の飼育管理に必要な工数

3-3. 優れた牡蠣品種の開発

3-3-1. 牡蠣の3倍体化による環境耐性の強化

牡蠣の大量斃死を抑制するには、品種改良によって、厳しい環境に耐えうる品種を開発していくことが、有効な手段の一つとなります。そのための手法として、世界の牡蠣養殖業界においては、“3倍体化”という技術が注目を集めています※4
通常の生物は“2倍体”であり、その細胞内には2セットの染色体がありますが、この染色体を人為的に3セットに変える技術が“3倍体化”です。一般に、3倍体化した生物は、体内で卵を作りにくい性質に変化します。摂取した栄養素を産卵で消費しないため、その生物個体の成長は早くなり、体も大きくなります。この特長から、サーモンやアユの一部の養殖魚には、すでに3倍体化の技術が応用されています。
牡蠣の場合も3倍体化すると、卵・精子を作りにくくなります。生殖によるストレスを受けず、産卵期に弱ることもないため、通常の牡蠣に多く見られる“産卵後の斃死”が抑制できます※4。また同時に、牡蠣の成長が早くなり(図3)、産卵期の身痩せも防げるため、養殖生産者にとっては、牡蠣の水揚量が最大50%程度増えるなど、経営上のメリットが期待できます※5

図3 通常の牡蠣と3倍体牡蠣の成長速度の比較
図3 通常の牡蠣と3倍体牡蠣の成長速度の比較
3-3-2. 一般的な牡蠣の3倍体化技術の課題

牡蠣の3倍体化は、すでに世界中で取り組まれている技術です。日本国内でも、20年以上前から取り組まれていますが、その多くは、通常の2倍体の受精卵に、特殊な倍加処理を行う方法でした。この方法では、作出した3倍体の種苗の中に、2倍体の種苗が含まれてしまうことが多く、また、大量生産にも不向きです。

3-3-3. ヤンマーにおける牡蠣3倍体化技術

そこでヤンマーは、染色体が4セットの“4倍体”の牡蠣を人為的に作り、4倍体と2倍体の牡蠣を自然交配させて、3倍体の種苗を作出する方法を採用しました(図4)。この方法なら、理論上は、3倍体の作出率が100%になります。また、自然交配で得た受精卵をそのままふ化させて飼育するだけでよいため、大量の種苗を生産することも容易となります。
本技術は、理論的確立が成されていた方法ではありますが、実際の生産には作出時のコンディションや親貝の個体差に左右される要素が非常に多く存在し、トライアンドエラーを多く重ねてノウハウを習得しながら進める必要がありました。また、技術的な難しさだけではなく、牡蠣の3世代以上の再生産サイクルを管理するためには、3年以上の飼育管理を全うする粘り強さが求められ、開発は難航しましたが、開発に成功することができました。現在は、日々ノウハウを蓄積しながら、より良い品種を提供できるよう、改善を続けています。

図4 通常の交配と3倍体種苗生産の方法
図4 通常の交配と3倍体種苗生産の方法
  • ※4赤繁悟,伏見徹,日本水産学会誌58(6),1063-1071(1992)広島県海域における三倍体マガキの成長、生残とグリコーゲン含量
  • ※5ヤンマー独自の養殖試験に基づく結果です。養殖結果は生産条件などにより変動するため、種苗の養殖生産性や水揚げ高を保証するものではありません。

4. 商品「3倍体牡蠣種苗」の紹介

ヤンマーは、本稿で紹介した生産技術を用いて、2つの養殖方法に合わせた仕様で牡蠣養殖用種苗を生産し、販売しています。

4-1. カルチ付着種苗

1つ目は、カルチ付着種苗(図5)です。これは、ホタテの貝殻を数珠状に連ねて製作した養殖基盤(図6)に対し、牡蠣稚貝を付着させたものです。牡蠣の稚貝は幼生後期(表1参照)まで水中を遊泳して生活しますが、その後、岩場など、生活に適した場所を見つけて付着する習性があり、この“付着する能力”を利用して製作した商品です。この養殖基盤を餌の豊富な海中に吊るすと、牡蠣稚貝は養殖基盤上に付着したまま育ち(図7)、成貝に育った牡蠣は養殖基盤から外して収穫されます。この養殖方法は、前述(2.1牡蠣養殖の流れ)の天然種苗を採捕して行う伝統的な養殖方法に準拠したもので、国内牡蠣養殖の90%以上で用いられています。本方式で生産された牡蠣は、剥き牡蠣や焼き牡蠣、加工品に至るまで幅広い消費方法に適用されています。

図5 ホタテ殻表面に付着した3倍体牡蠣種苗
図5 ホタテ殻表面に付着した3倍体牡蠣種苗
図7 海域で育成中のカルチ付着種苗
図7 海域で育成中のカルチ付着種苗
図6 ホタテ殻を連ねて製作した養殖基盤
図6 ホタテ殻を連ねて製作した養殖基盤

4-2. シングルシード種苗

2つ目は、シングルシード種苗(図8)です。これは、牡蠣の種苗を1粒1粒、バラバラの状態で育成する養殖方法に適合した商品です。養殖海域では、この種苗を網カゴ(図9)などに一定数量を収容し、海中に吊るして育成します。本方式は手間が掛かる養殖方法ですが、綺麗な形状(図10)で、身質の良い牡蠣が生産し易いことから、オイスターバーなどの生食に向けた牡蠣の生産方法として用いられています※6

  • ※6牡蠣の生食出荷には一定の海域衛生基準と処理技術の習得が必要です。養殖後の衛生状態を保証するものではありません。
4-2-1.
図8 シングルシード種苗
図8 シングルシード種苗
図9 養殖用の網カゴ
図9 養殖用の網カゴ
図10 成貝に育った牡蠣(殻を剥いたところ)
図10 成貝に育った牡蠣(殻を剥いたところ)

5. おわりに

本稿では、牡蠣の養殖生産量を安定化するソリューションとして、養殖用種苗を大量に安定して生産するための“高密度幼生飼育装置”と、優れた品種を作出するための“3倍体化”の技術を紹介しました。
ヤンマーマリンファームは、「獲る漁業」から「育てる漁業」へ、次世代の水産養殖業の実現に向けたソリューションの研究開発に取り組んでいます。今後も、将来の貴重な水産資源を守ることで、皆様の豊かな食卓の実現に貢献していきます。

著者

ヤンマーマリンインターナショナルアジア株式会社 開発部 ソリューション開発部 海洋グループ

内木 敏人

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