ヤンマーテクニカルレビュー

電動化に向けたモータの熱解析技術への取り組み
(~有限要素解析と熱等価回路解析を組み合わせたモータの熱解析技術~)

Abstract

Recently, the demand for environmental performance has been increasing in the automobile industries and other industries. Therefore, our company is also developing an electric transmission. In the development of electric products such as motors, the problem of heat is very important, because the temperature rise of parts may cause decrease of performance and safety, and decrease efficiency. It is important to make predictions in advance using analysis technology so that such situations do not occur. Therefore, thermal analysis was performed using a method that combines finite element analysis and thermal equivalent circuit analysis, and a tendency was obtained that the test results and the analysis results were in good agreement. We will apply the constructed method to motors under development and contribute to timely product development.

1. はじめに

近年、自動車業界だけでなく産業機械業界においても環境性能(低炭素化)への要求の高まりがあり、電動化によるゼロエミッション化への取り組みが進んでいます。エンジンで駆動している機械を電動化することで、静音性能向上やメンテナンスフリーといった付加価値も期待できます。当社においても、電動トランスミッション(T/M)、特に乗用芝刈り機(図1)を対象として、その要求を満たすべく、電動化への取り組みを進めております。本稿では、電動化の推進に向けた課題を解説し、電動化における重要部品であるモータを対象とした熱解析技術の取り組みについて報告します。

図1:乗用芝刈り機の電動化
図1:乗用芝刈り機の電動化

2. 電動化の課題

2-1. 産業機械の電動化に向けた課題

電動化の課題として、バッテリのエネルギー密度が低いため運転時間がエンジン機と比較して短くなる問題がよく知られています。加えてT/Mやモータなどの電動デバイス類自身からの発熱による出力低下が問題となり、ヒートバランスを達成するための熱設計も非常に重要になります。
産業機械の電動化は、要求性能・作業環境(外部環境)および取付けスペースがアプリケーションごとに異なるため、自動車のように一様なシステムを構成することが難しく、作業機ごとのシステム設計、熱設計が必要となります。表1に各産業機械の電動化時の要求の一例を示します。表1に記載した要求以外にも必要な出力や搭載スペースも機械毎に異なります。現行のエンジン仕様の機械を電動化した場合、水冷ディーゼルエンジンで駆動する農業機械や建設機械については同じ冷却機構を使った水冷モータを使用できます。一方、当社で電動化の検討を進めている空冷のガソリンエンジンで駆動する芝刈り機では、搭載スペースとコストの制約により、容易にファンや水冷用のポンプといった外部装置の取付けが困難であり、自動車のように車速も早くない(10.8km/h程度)ため、走行風による冷却効果も大きく期待できず、モータ冷却を自然空冷に頼らざるを得ません。このように作業機毎に搭載方法、冷却方法等の要求が異なっており、これらを考慮に入れた最適な熱設計が産業機械の電動化につながります。

表1 各産業機械に対する電動化時の要求の一例

走行駆動 作業系
(油圧ポンプの駆動、芝刈りブレード)
冷却対応への難易度
自然
空冷
強制
空冷
水冷 油冷
芝刈り機 低速作業 ブレードを一定回転 × × ×
農業機械 低速作業~高速作業 油圧ポンプを高効率で動かしたい
建設機械 低速作業

(○:容易に対応可能、△:搭載条件の最適化により対応可能、×:対応困難)

2-2. T/Mの電動化における課題

一般的なT/Mは運転中に歯車のかみあい部や軸受転動面において転がり滑り運動を伴うため、摩擦による損失が生じます。これらの損失は熱エネルギーとなってT/M内に拡散され、各部の温度を上昇させます。
一方、電動T/Mではエンジンの代わりにモータやインバータが接続され、機械的な損失に加え、モータやインバータから生じる電気的損失も加わり各部の温度を上昇させます。周囲の部品温度が上昇することで、モータ・インバータ内部の熱に弱いコイルや電子部品から周囲の部品に熱が伝わりにくくなり、それらの部品の温度がさらに上昇し、効率や性能・安全性の低下につながってしまいます。また、エンジンからモータへの置き換えを検討する場合では、エンジン機と同等の出力を実現しつつ、既存の限られたスペースにバッテリも含めて搭載する必要があり、小型・軽量化が求められます。しかしながら、小型化するということは発熱密度を高めることにつながり、より温度上昇しやすくなります。従って、小型軽量な電動T/Mを実現するためには、この温度上昇を事前に評価できる熱解析技術が重要となります。しかし、現在適用している簡易的な手法では試験結果との温度の乖離が大きく、使いづらいものでした。今回、技術構築の第一歩としてモータ単体を対象に、設計の初期段階で使い易く、解析精度±5℃以下を達成する熱解析技術の検討に取り組みました。

3. 熱解析技術

3-1. 伝熱形態と解析手法

熱設計を行うためには、伝熱形態を把握する必要があります。伝熱とは温度が高い箇所から低い箇所に熱が移動する現象です。伝熱形態としては熱伝導、熱伝達、熱放射があり、それぞれメカニズムが異なります。表2に各形態の特徴を示します。

表2 伝熱形態(1)

伝熱形態 メカニズム
熱伝導 物体内の伝熱。一般的には固体内の温度勾配による熱移動。
熱伝達(対流伝熱) 熱交換による伝熱。一般的には固体と流体の間の伝熱。
熱放射(輻射) 個体表面から電磁波エネルギーが放出される現象。
  • 常温付近での熱放射はそれほどおおきくないと考えてよい。

表2の伝熱形態を解析する手法として、熱等価回路解析、熱伝導解析、熱流体解析の3つが挙げられます。これらの解析手法を精度と解析時間の観点で整理したのが表3となります。解析精度と解析時間はトレードオフの関係となっており、図2に示す通り、設計初期段階では様々な設計案を短期間で評価できる熱等価回路解析を用いてヒートバランスに必要な冷却手法や面積を決定します。設計が進むにつれて、形状を考慮した熱伝導解析や、周囲の流体まで考慮した熱流体解析を用いて、より精度の高い評価を実施することが一般的です。このように各設計段階で適した解析手法を用いることで設計の適正化を図り、試行錯誤を低減したフロントローディングが実現できます。

表3 熱解析手法の特徴(2)

解析手法 特徴 解析
精度
解析
時間
熱等価回路解析(1D解析)
  • 熱の流路から構成される回路網(熱等価回路)をモデル化し、電気回路と同じ考え方で熱量を推定する。
  • 熱伝達パス、熱抵抗の見積が必要。
短い
熱伝導解析
(有限要素解析)
  • 固体内部の熱伝導を扱う。
  • 有限要素法が良く用いられる。
  • 流体はモデル化せずに熱伝達境界にて表現する。
  • 熱伝達係数の見積が必要。
熱流体解析
  • 固体内部の熱伝導や、流体への熱伝達、流体中の対流を扱う。
  • 流体部分のメッシュも作成する。
  • モデル化のノウハウが必要。
長い
図2. 設計プロセスと熱解析
図2. 設計プロセスと熱解析

4. 解析事例

4-1. 熱等価回路解析と有限要素解析の組合せ

今回の検討では、使用した電磁界解析ソフト(株式会社JSOL製:JMAG(3))の一機能である“熱等価回路解析と有限要素解析を組み合わせた熱解析手法”を用いて解析を実施しました。本手法は、解析時間と精度を両立させ、設計初期段階で用いることを対象としています。具体的には、図3に示すようにモータを構成する重要な部品(コイル、ステータ、ロータ)については精度の高い有限要素解析を用い、その他の伝熱経路については熱等価回路として扱い、数多くの設計案を短時間で精度良く解析することができます。

図3. 熱等価回路解析と有限要素解析の組合せ
図3. 熱等価回路解析と有限要素解析の組合せ

4-2. 実現象に則した熱等価回路解析と有限要素解析の組合せ

本稿においては、図4に示す乗用芝刈り機に搭載されるモータの台上試験(自然空冷)を対象としました。

図4. 台上試験装置とモータ
図4. 台上試験装置とモータ

図5に低負荷時を対象にJMAGのデフォルトの熱等価回路を適用した解析結果と試験結果のコイル温度の比較を示します。解析の結果、温度が上昇し続けており、試験とは異なる結果が得られました。この解析結果は発熱と放熱が平衡状態になっておらず、放熱要素が不足している状態であり、モータ発熱がモータマウントへ伝熱し、そこから大気へ放熱する伝熱経路が不足しているところに原因があると推測しました。

図5. デフォルトの熱等価回路の比較結果
図5. デフォルトの熱等価回路の比較結果

この仮説を確認するために、モータマウント部の温度測定を実施しました(図6)。コイル温度の上昇とともにモータマウントも温度が上昇していることから、モータの発熱がモータマウントへ伝わっていることが確認できました。

図6. モータコイルとモータマウント部の温度測定結果
図6. モータコイルとモータマウント部の温度測定結果

この結果より、モータマウントを含む伝熱経路も無視できないため、実現象に則した伝熱経路を熱等価回路に追加し(図7 赤点線部)、検証を行いました。

図7. 修正後の熱等価回路
図7. 修正後の熱等価回路

この回路を用いて、低負荷時と連続定格負荷時に対し、コイル温度の比較を実施した結果を図8,図9に示します。実現象に則した回路にすることにより、両条件とも試験結果と解析結果が良く一致する傾向が得られ、定常状態での温度差は低負荷時で0.4℃程度であり、連続定格負荷時で2.2℃程度と負荷が大きくなるにつれて誤差も大きくなってはいますが、目標とした解析精度±5℃以下であることから、設計初期段階で活用するツールとしては問題が無い精度であると言えます。

図8. 低負荷時の比較結果
図8. 低負荷時の比較結果
図9. 連続定格負荷時の比較結果
図9. 連続定格負荷時の比較結果

4-3. 産業機械の電動化に向けて

今回検討した手法は、モータの自然空冷に対し、解析精度±5℃以下で実施可能であることを確認できました。これにより限られた条件のみではありますが、設計初期段階で使いやすく、モータの温度予測ができるようになり、熱解析技術構築の第一歩を踏み出すことが出来ました。
今後の課題として、3つ挙げられます。1つ目に、短時間定格時の評価をするために、運転直後の試験結果と解析結果に温度の乖離を無くすことです。2つ目に今後モータが高出力になるにつれて損失も増加することになり、ヒートバランスが非常に厳しくなるため、水冷・油冷などの冷却手法に対応した熱解析技術を検討することです。3つ目にモータ単体だけでなく、電動T/M、本機車両も考慮に入れたシステム全体としての熱解析技術を検討することです。これらの課題を解決することで、作業機毎に高精度な温度予測が可能となり、最適な熱設計が可能となっていきます。

5. おわりに

小型軽量な電動T/Mの開発に向けて重要な課題である熱設計について、設計初期段階において解析精度±5℃以下で温度予測できる手法の検討を実施しました。今後、本機車両の仕様の検討段階で最適な冷却手法の提案をするために、水冷・油冷などの冷却手法の対応や、システム全体としての熱解析技術の構築に取り組んでいきます。こうした技術の構築を進め、乗用芝刈り機だけでなく、様々な作業機についても電動化を推進し、すぐれた品質のソリューションを提供していきます。

参考文献

  • (1)森本雅之.モータの熱対策 ~解析・評価、耐熱材料、放熱・冷却設計~.株式会社エネ・ティー・エス,2022
  • (2)JSOL講習資料.「モータ設計のための熱解析セミナー」2022/07/13
  • (3)JSOL.電磁界解析ソフト:JMAG
    https://www.jmag-international.com/jp/
  • (4)ISO/TR 14179 Gears-Thermal capacity-

著者

神崎高級工機製作所 開発部
技術開発部 先行開発G

中村 祐輔

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