知夫村役場 様
住所:島根県隠岐郡知夫村
医療救急艇「ちぶ」 電子制御エンジン6GY135W
全長・幅・深さ(m):17.05×3.98×1.57
総トン数:19G/T
主機関:6GY135W
補機関:YMGN25B1
出典:YANMAR mare vol.47(2026年発行)

住所:島根県隠岐郡知夫村
全長・幅・深さ(m):17.05×3.98×1.57
総トン数:19G/T
主機関:6GY135W
補機関:YMGN25B1
出典:YANMAR mare vol.47(2026年発行)

日本海に浮かぶ隠岐諸島・島前地域。その西端に位置する知夫村は、切り立った断崖と緑豊かな牧野、そして青く広がる海に囲まれた人口約600人の小さな村である。国立公園にも指定された自然景観は四季ごとに異なる表情を見せ、近年はその暮らしの豊かさに魅力を感じて移り住む人も増えている。子育て支援や地域活動も活発になり、地域おこしや新たな挑戦に取り組む人々の姿も少しずつ増え始めた。
一方で、離島である以上、本土と同じ条件で暮らせるわけではない。移動も物流も海とともにあり、天候の変化は日常生活に直結する。穏やかに見える海も、冬になれば牙を剥き、時には定期船の運航を止めるほど厳しい波を見せることがある。とりわけ医療は、島で暮らす人々にとって大きな課題の一つである。村内の医療機関は診療所のみであり、入院や専門的な治療が必要になった場合は、医師の判断によって島外の病院へ搬送しなければならない。
そんな島の暮らしを長年支えてきたのが、村営高速艇「ちぶ」である。その役割は、一般的な救急搬送艇という言葉だけでは説明しきれない。急患搬送はもちろんのこと、火葬場のない知夫村では故人と親族を他島へ運び、時化によってフェリーが入港できない際には住民や来島者の移動、生活物資の輸送までも担ってきた。人口約600人の村にとって、それは単なる交通手段ではなく、生活を維持するための生命線であり、なくてはならない存在だったのである。
27年以上にわたり運用されてきた先代艇は、その長い年月の中で何度も島民の暮らしを支え続けてきた。2016年にはエンジンの更新も行われたが、電装系統の老朽化や雨漏りなどが進行し、修繕による延命には限界が見え始めていた。そこで約3年前から動き出したのが、3代目となる高速艇の建造プロジェクトである。
「後継船建造がもたらす村民の安堵感は、計り知れないほど大きいと思っています」
平木伴佳村長の言葉には、単に一隻の船を新調するという以上の思いが込められている。島に住む人が安心して暮らし、子育てをし、年を重ねていくための土台を守る。新しい高速艇は、そのために不可欠な船なのである。
新たに建造された3代目「高速艇ちぶ」は、有限会社吉川造船所が手掛けた19G/TのFRP高速船である。全長約18メートル、定員30人。心臓部にはヤンマー製「6GY135W」新型電子制御エンジンを搭載し、最高船速30ノットを実現している。知夫村「来居港」と西ノ島「別府港」を結ぶ所要時間は約15分。その性能だけを見れば高速性に優れた船という印象を受けるかもしれないが、この船が目指したものは単なる速さではなかった。
設計段階で最優先されたのは、「患者をいかに安全かつ負担なく搬送できるか」という一点である。船内は救急車からストレッチャーをそのまま搬入できる動線が確保され、段差にも配慮したバリアフリー設計を採用。心電図モニターやAEDなどの医療設備も完備し、搬送中医療行為にも対応できる環境が整えられた。
そして最大の特徴が、ヤンマーのアンチローリングジャイロ「GU175」の搭載である。海から波をなくすことはできないが、波による横揺れを抑えることで患者の身体的負担を減らし、医療スタッフも落ち着いて処置に集中できる。これは搬送される患者だけでなく、傍らに寄り添う家族や看護師の安心感にも直結する装備である。さらに、夜間航行を支える暗視カメラやレーダー、GPSなども搭載され、安全性は飛躍的に向上した。
「患者さんにも医療班にも、安心して使っていただける船にしたかったんです」と話す平木村長。現場からの要望を数多く反映したと振り返る。





この3代目「高速艇ちぶ」を動かしているのが、船長の下廣凌雅氏である。知夫村で医療救急艇の舵を握るのは計5人。下廣氏はそのリーダーを担う。出動時にはまず村の診療所から下廣氏へ緊急連絡が入り、多くの場合自身が現場へ向かうが、状況に応じて残る4人へ指示を出し、運航体制を組み立てる役割も担う。
下廣船長は18歳から船長として海に立ち、現在は救急医療艇の3代目船長を務める。家業で民宿や磯渡しの仕事を営んでおり、幼い頃から船が身近にある環境で育った。一度は島を離れた時期もあったが、自然と島へ戻り、海に関わる仕事を継いだという。現在は乗合遊漁船と畜産業を営みながら、救急医療艇の操船に携わっている。普段は釣り客を磯へ送り届け、牛の世話をしながら日々を過ごしているが、緊急時は昼夜を問わず呼び出しが入る。
夜中でも早朝でも電話は鳴る。骨折、急病、体調急変など患者の症状はさまざまであり、時には悪天候の中で出航することもある。
「簡単な仕事ではないですね。どんなコンディションでも、事故だけは絶対に起こせないので」と下廣氏。搬送時は下廣氏をはじめとする船長、患者、看護師の3人体制で動くことが多く、操船しながら患者の様子にも気を配らなければならない。視界の利かない夜間は、とりわけ緊張感が増すという。一方で、新しい船には確かな手応えも感じている。
「まず静かですね。前の船より会話がしやすいです。看護師さんとも状況確認がしやすくなりましたし、患者さんも楽だと思います」
エンジン音が抑えられたことで船内のコミュニケーションが円滑になり、揺れが減ったことで着岸時の待機時間も短縮された。カタログの数字には表れない小さな改善が、過酷な現場では大きな違いを生むのである。

命を運ぶ船は、完成した瞬間が終わりではない。むしろ本当の役割は、海へ出てから始まる。その過酷な運航を陰から支えているのが、隣島の西ノ島にある有限会社近藤鉄工である。命を運ぶ船だからこそ、故障してから直すという考え方では遅い。消耗部品は早めに交換し、小さな異常も見逃さず対応する予防整備の体制を徹底している。また、ヤンマーマリン電子制御整備士3級の資格を取得し、新型電子制御エンジンにも万全の対応ができる体制を整えている。
日々、船を走らせる人がいて、それを支える整備士がいる。その絶え間ない積み重ねが、一隻の船に対する揺るぎない信頼をつくっている。15分という航海時間は、決して長くはない。しかし、その15分の中には、患者の不安、家族の願い、医療スタッフの責任、船長の緊張感、整備士の矜持、そして村民の日常が詰まっている。
3代目「高速艇ちぶ」は、今日も海を走る。ただ速く走るためではない。島で暮らす人たちが、明日も安心して当たり前の日常を送るために。