ヤンマーテクニカルレビュー

セールボート市場に新風を吹き込む正統派4JHシリーズ(未体験の驚きをフル電子制御エンジンで)

Abstract

The new 4JH series of marine diesel engines from Yanmar were released in 2014. Developed based on 30 years of experiences with the previous JH series of marine engines, the new engines are based on Yanmar's new TNV series of industrial diesel engines and incorporate proprietary control logic for marine propulsion engines. The adoption of optimized combustion technologies and a common rail fuel injection system have enabled the engines to comply with stringent exhaust emission regulations while also satisfying customer requirements for good fuel economy, clean exhaust, and low noise and vibration. The electronic control system allows easy engine installation, communication with onboard navigation equipment, and connection to a joystick maneuvering system. Yanmar believes the new engines will delight customers and set a new standard in the pleasure boat market. This article describes the new technologies used in the 4JH series engines.

1.はじめに

皆さんはヤンマーの小形ディーゼルエンジンが、農業機械や建設機械だけでなく、セールボートなどのプレジャーボート用推進装置としても使用されていることをご存知だろうか。ディーゼルエンジンは燃料経済性が高く、耐久性や信頼性も優れているため、プレジャーボートなどの動力源として国内外問わず広く使用されている。本稿をお読み頂いている読者の皆様の中には、セールボートなどのプレジャーボートに馴染みのない方もおられるだろう。そこで、図1にヤンマーのディーゼルエンジンが搭載されたセールボートの一例を示す。「セールボート」とはその名の通り、風を帆(セール)で受けボートを走らせる「セーリング」を楽しむ帆船のことである。一見エンジンなどの動力源とは無縁のように思えるが、入出港の際の補助動力として、またボート内の生活電源の供給源としてディーゼルエンジンが採用されているのである。 実は、ヤンマーはこのセールボート向けディーゼルエンジンで世界No.1シェアを誇り、さらに本稿で取り上げる「JH機関」は、長年に渡りセールボート市場をリードしてきたヤンマー主力機関の一つである。

セールボートとエンジン搭載イメージ
図1 セールボートとエンジン搭載イメージ

さて、セールボートを含めたプレジャーボート市場においても、ディーゼルエンジンに求められる性能の要求は年々高まっている。その要求は高出力、静粛性などに加え、近年では燃費や排気エミッションなどの環境性能にも注目が集まっている。またプレジャーボート市場では、一昔前はエンジンを自身の手でメンテナンスを施すユーザーが多かったが、近年では使い勝手や快適性を求めるライトユーザーが増加傾向にある。この様に市場におけるニーズは時代と共に変化し、その折々で、ユーザーや、ヤンマーのエンジンが搭載されたボートを建造するボートビルダーから、数多くの声が寄せられてきた。こうした声を元にエンジンは改良を重ねて来たが、一方で市場の声に十分に応えることができていなかった部分もあった。そこで2014年、市場からのニーズに十分応えるだけでなく、新たな驚きもユーザーに届けるため、JH機関にとっては新技術である電子制御を採用して大きく進化した「新4JH機関」を市場投入した。本稿では新4JH機関に採用された新技術と、その技術によってユーザーに提供できた新しい価値について紹介する。

2.商品の概要(ヤンマー舶用エンジン・JH機関について)

ヤンマーの小型船舶向けディーゼルエンジン「JH機関」が誕生したのが、今から遡ること約30年前の1985年。以来、時代と共に絶え間ない進化を続けてきた。そして2014年、ディーゼルエンジン主要技術の一つである燃料噴射系統に、自動車や産業エンジンでは先行導入されていたコモンレールシステムを採用し、環境に優しいフル電子制御エンジンとして生まれ変わった。舶用エンジンは常に海水と隣り合わせであり、自動車用エンジンや産業用エンジンとは異なる専門的技術が必要である。新4JH機関には、過去のJH機関が約30年に渡り、ユーザーと共に培ってきた豊富な経験と専門的技術が織り込まれており、高品質かつ信頼性の高いエンジンに仕上がっている。

JH機関の特徴として、ベースエンジンにヤンマーの産業用ディーゼルエンジン(TNV機関)を使用している点が挙げられる。2014年に登場した新4JH機関のベースエンジンには、ヤンマーテクニカルレビュー・2015年秋号で紹介した、最新のTNV機関を使用している。そのため、新4JH機関は約30年にわたるJH機関の豊富な経験だけでなく、産業用ディーゼルエンジンも含めた「ヤンマー小形ディーゼルエンジン」の専門的技術が数多く採用されている。また、新4JH機関はヤンマーが長年培ってきた舶用電子制御技術の全てを継承しているエンジンでもある(図2)。

2016年春現在、新4JH機関の商品ラインナップは、無過給機関の4JH45(33.1kW)・4JH57(41.9kW)、過給機関の4JH80(58.8kW)、4JH110(80.9kW)の計4種類を揃えた。全機種において、アメリカのEPA(Environmental Protection Agency/環境保護庁)Tier3規制を始めとする世界各国の排気ガス規制に対応済みである(3.6章で詳しく述べる)。また、従来機と同等のエンジンサイズに収めることに成功しており、従来機からの換装を希望するユーザーに対しても、新4JH機関を提供可能となっている。

新4JH機関のコンセプト
図2 新4JH機関のコンセプト

3.適用技術と新たな付加価値

3.1.ディーゼル燃焼の最適化と、排気ガス中の黒煙・未燃ガスの低減

長年、セールボートのユーザーは、「エンジンから排出される黒煙により、船体が黒く汚れる」という潜在的な悩みを抱えていた(図3・左)。背景には、多くのセールボートの船体色が白いため黒色の汚れが特に目立ってしまうこと、そして排気ガスに含まれる黒煙由来の汚れは落ちにくいことが挙げられる。これはJH機関を搭載するボートもその例外ではなかった。排気ガス中の黒煙は、一般的にコモンレールシステムを搭載することで、機械式燃料噴射システムに比べ、大幅に削減可能である。コモンレールシステムとは、燃料をシリンダ内に直接投入して燃焼させるDI(Direct Injection/直接噴射式)燃焼を実現する技術の一つであり、電子制御を用いてきめ細かな燃焼制御を可能にする燃料噴射装置である。そのため、より環境性能の高い燃焼を実現できる。

一方、JH機関がターゲットとする小形プレジャーボート市場では、IDI(In Direct Injection/副室式)燃焼方式の採用が主流である。このIDI燃焼方式は一般的に燃費性能が悪く、市場には燃費性能に対する要求が潜在していた。そこで、より高い燃費性能をユーザーに届けるため、JH機関は長年に渡り燃費性能が良いDI燃焼方式を採用してきた(過去のJH機関は機械式燃料噴射装置を用いてDI燃焼方式を実現していた)。その結果、JH機関は小形プレジャーボート市場で唯一、DI燃焼方式による高燃費性能を提供できるエンジンとして、その地位を確かなものにしてきた。

この様な背景の中、JH機関が長年培ってきたDI燃焼技術を最大限活用し、さらにはユーザーの抱える悩みに解決策を提示できる、コモンレールシステムの採用は必然の選択だった。また、ベースエンジンのTNV機関もコモンレールシステムが採用されており、産業用エンジンにおける燃焼技術、例えば最適な燃料噴射時期や噴射回数などを、新4JH機関は数多く取り入れた。こうしてヤンマー全体の燃焼技術を吸収した新4JH機関は、ディーゼル燃焼を大幅に改善でき、ボートの定常使用領域において、排気ガス中の黒煙濃度を約80%低減した(図3・右)。つまり新4JH機関は、船体の汚れと言うユーザーの悩みに対し、JH機関が以前から持ち合わせた高い燃費性能を維持しつつ、コモンレールシステムと電子制御により黒煙の大幅低減を達成する形で、ソリューションを提供できた。

船体の汚れの例と黒煙の低減(ポート定常使用域、4JH110)
図3 船体の汚れの例と黒煙の低減(ポート定常使用域、4JH110)

ディーゼル燃焼の改善は、さらにディーゼルエンジン特有の「排気ガスの臭い」の改善にも一役買うことになった。ここで言う「排気ガスの臭い」とは、ディーゼルエンジンを低出力で運転した場合に発生する「ツンと鼻を突く」独特の臭いのことである。この臭いの原因は、排気ガス中に含まれる燃料の未燃ガスである。セールボートでは、弱風の中のセーリング時に、更なる船速を得る目的でエンジンを使用したり、停泊中にボート内の生活電源を得るために、発電機としてエンジンを使用する場合がある。この様な状況では、風向き次第で排気ガスが居住空間に流れ込み、ユーザーが排気ガスの臭いで気分を害する状況がしばしば発生していた。新4JH機関では、ディーゼル燃焼に大きな影響を及ぼす燃料噴射時期や噴射回数、ピストン諸元などの最適化により、低出力運転時の燃焼を改善した。その結果、排気ガス中の未燃ガスを大幅に低減することに成功し、ユーザーに不快な思いをさせていた排気ガスの臭いを改善した。

3.2.振動・騒音の低減

セールボートを始めとするプレジャーボートにおいて、エンジンの振動・騒音とユーザーの船上生活は密接に関わっている。セールボートを例に挙げると、エンジンルームはリビングや寝室と板一枚隔てた場所にレイアウトされている。そのため、エンジンの振動・騒音の低減は、快適なボートライフに直結する。さて3.1章で、セールボート市場ではIDI燃焼方式の採用が主流だと述べた。この背景には、IDI燃焼方式が低振動・低騒音という面で、DI燃焼方式よりも有利だと言う理由がある。そこで、DI燃焼方式を採用した新4JH機関では、低振動・低騒音化を達成するために、燃料噴射回数・噴射時期の最適化によりマイルドな燃焼を実現し、さらにはエンジンを構成する個々の部品にも振動・騒音対策を盛り込んだ。新4JH機関に適用されたこれらの技術の実現は、産業用エンジンも含め、ヤンマーが長年培ってきた技術の蓄積によるところが大きい。これらの効果により、新4JH機関ではエンジンの振動と騒音を改善し、ユーザーにワンランク上の快適な船上生活を提供することができた。ラボテストでの振動・騒音の改善結果を図4に示す。

エンジンの振動と騒音の改善(4JH110)
図4 エンジンの振動と騒音の改善(4JH110)

3.3.容易なエンジン据付

プレジャーボートを含めた舶用市場ではボートの寿命が数十年に及び、エンジンなどを新調する(換装する)機会がしばしば発生する。換装の機会に、先代の機械式JH機関や他社の機械式エンジンの後継エンジンとして新4JH機関を選んで頂くには、容易に換装できることが重要であった。一例を挙げれば、換装時にエンジンルームのサイズ変更が不要であったり、エンジンやトランスミッションを操作する「コントロールレバー」などの操作システムを、元々搭載されていた機械式のものを継続使用できるか、などがポイントになっている。

そのため、新4JH機関はエンジン寸法が先代JH機関とほぼ同一になる様に設計した。特に、新4JH機関で追加した、エンジン制御に必要なエンジンコントロールユニット(ECU)などの制御機器をエンジンに搭載しながら、先代JH機関と同レベルの寸法に収めるためのレイアウト設計には腐心した。

エンジン操作システムについては、従来の機械式システムを使用するか、またはCAN(コントローラエリアネットワーク)信号を用いた電気通信システムを使用するかを、ユーザーが選択できるようにした。一般的に電子制御エンジンは、エンジン操作システムにCAN信号などの電気通信を用いることが多く、これは新4JH機関にも当てはまる。加えて、新4JH機関は従来の機械式エンジンからの換装にも配慮する必要があるため、機械式操作システムにも対応できるように開発された。具体的には、機械式コントロールレバーの動きを電気信号に変換する「ポテンショメータ」をエンジンに搭載することで、従来の機械式システムに使用されていたケーブルを、そのまま新4JH機関に接続可能にした(図5)。この様に、新4JH機関がエンジン寸法や操作系統について先代JH機関との互換性を有した結果、エンジンルームのサイズや、コントロールレバー等のエンジン周辺機器を大きく変更することなく、新エンジンの搭載が可能になった。

新4JH機関と機械式操船システム・舶用機器接続のイメージ
図5 新4JH機関と機械式操船システム・舶用機器接続のイメージ

3.4.舶用機器とのワンタッチ接続

プレジャーボートには、ユーザーが各々の趣向に応じて、地図上にボートの軌跡を記録する「チャートプロッタ」などの様々な舶用機器が搭載されている。これら舶用機器の中には、燃料消費量やエンジン回転数などの情報が必要なものも存在しているが、従来の機械式エンジンからは、舶用機器が必要な情報を容易に取り出すことができず、ユーザーが不便な思いをしていた。そこで、新4JH機関では舶用機器との親和性を高めるため、舶用機器が必要とするデジタル情報を、エンジンから直に取り出せる様に工夫した(図5)。その結果、エンジンと各舶用機器との接続は、ワイヤーハーネスに付いているコネクタを接続するだけになり、エンジンと舶用機器を接続する際の手間と、エンジンと舶用機器間における情報のやり取りを大幅に簡略化できた。

3.5.電子制御システムのメリット

図1に示すカタマラン(双胴船)などの大形艇には、複数のエンジンが搭載され、複数の操船席が設けられている。従来の機械式エンジンでは、複数のエンジン回転数の同期が難しく、搭載された複数のエンジン同士の回転数に差が生じていた。その結果、各プロペラで得られる推進力に差が生じるため、エンジン回転数が同期していないことが原因で、ボートが真っ直ぐ進まないケースが散見されていた。

新4JH機関では、エンジン制御とヤンマーオリジナルの電子制御エンジンコントロールシステム「VC10」を組み合わせることで、複数のエンジン回転数を容易に同期させることができる。そのため、各プロペラで得られる推進力が同じにできるため、エンジン回転数のばらつきが原因でボートが真っ直ぐ進まないという問題を、電子制御で解決した。

また操船席が複数ある場合、従来のエンジンでは複雑な機械式操作システムを組まなければならず、操船席の設置場所とその数に制限があった。特にエンジンと操船者を繋ぐ「スロットルケーブル」と呼ばれる細い金属の棒は、ほぼ直線的に設置しなければならず、設置が難しいことは元より、設置のためにボートの一部を変更する場合があった。一方、新4JH機関は電気通信(CAN信号)でコントロールできるため、この不便なスロットルケーブルの代わりに、容易に設置できる通信用のワイヤーハーネスを使用する。また、エンジン1台あたり1本のワイヤーハーネスで各操船席とエンジンを繋ぐことができ、操船席の拡張も、追加のワイヤーハーネスを1本接続するだけで可能である(図6)。その結果、ユーザーは操作システム側からの制約を受けることなく、好みの場所に操船席を設置できる様になった。

ヤンマー電子制御エンジンコントロールシステム「VC10」
図6 ヤンマー電子制御エンジンコントロールシステム「VC10」

プレジャーボート市場の一部では、ジョイスティックを使用した、電子制御による操船システム(マニューバリング、図7)の普及が進んでおり、今後はセールボートにも普及が進むと見込まれている。マニューバリングシステムはCAN信号を用いてエンジンなど各推進装置を制御しているため、電子制御エンジンであれば容易にマニューバリングシステムに接続できる。新4JH機関が電子制御を搭載したことで、こうした今後市場での普及が予想されるシステムへの対応も可能にしている。

ジョイスティックを使ったマニューバリング
図7 ジョイスティックを使ったマニューバリング

3.6.ディーゼル燃焼の最適化と排気ガス規制

地球環境に対する世界的な意識の高まりの中で、舶用エンジンに対しても排気ガスの規制が段階的に強化されている。小形舶用ディーゼルエンジンについての排気ガス規制には、代表的なものとして、アメリカのEPA規制とヨーロッパのRCD(Recreational Craft Directive/レクリエーション用船舶指令)規制が挙げられる。それぞれの規制では、2014年(EPA 舶用Tier3)と2016年(RCD Stage2)から1段階厳しい規制レベルが施行されている。これらの排気ガス規制では、2013年以前の水準に比べ、PM(Particulate Matter/排気微粒子)排出量を60%以上、NOx(Nitrogen Oxides/窒素酸化物)とTHC(Total Hydro Carbon/炭化水素)の合算排出量を20%以上の削減が求められている(図8)。

排気ガス規制値(EPA舶用規制・アメリカ)
図8 排気ガス規制値(EPA舶用規制・アメリカ)

新4JH機関がEPA 舶用Tier3規制やRCD Stage2規制に対応するには、先代JH機関からPM、NOx、THCの各排出量を削減しなければならず、特にPM排出量については、半分以上削減する必要があった。一般に、3.1章で触れた黒煙とPM値には大まかな相関関係があるため、新4JH機関はコモンレールシステムを採用することで、PM値低減を図った。実際、コモンレールシステムの効果だけで、PM値を43%削減した試験結果を得た(先代JH機関比)。ここから新4JH機関は更なるPM値の削減を目指し、ヤンマー中央研究所と共同で、ディーゼル燃焼の最適化に取り組んだ。その過程では、ピストンなど、ディーゼル燃焼に深く関わる諸元について最適化を図った。結果、コモンレールシステムのみの場合に比べ、さらに15%のPM値削減を達成し、最終的には先代の機械式燃料噴射装置を搭載したJH機関比で、58%のPM値削減を達成した(図9)。

PM値改善に対するコモンレールシステムと燃焼最適化の効果(4JH110)
図9 PM値改善に対するコモンレールシステムと燃焼最適化の効果(4JH110)

4.おわりに

これまで述べてきたように、新4JH機関はヤンマーの燃焼技術と電子制御により、大きく進化を遂げ、世の中に発信された商品である。そして適用された各技術により、プレジャーボート市場で半ば諦められていたネガティブな「当たり前」に対し、解決策とワンランク上の快適性を提供することができた。結果、新4JH機関はセールボートなどの小形プレジャーボート市場に、それまで存在しなかった全く新しい価値やスタンダードを提案した商品になっている。

最後に、新4JH機関の開発においては、ヤンマー小形舶用エンジンの技術だけでなく、ヤンマー中央研究所や産業用エンジンの技術も結集され、オールヤンマーの技術が凝縮されている。我々開発チームも胸を張れる商品に仕上がっており、ぜひ多くのお客様にその良さを体感して頂きたい。今後は少し先の未来に向け、さらに環境に優しい商品を開発していくだけでなく、お客様に再び驚いて頂ける商品を提供できる様、不断の努力を積み重ねていく所存である。

著者

エンジン事業本部 特機エンジン統括部 開発部

怒田 成勲