ヤンマーテクニカルレビュー

マリンギヤの紹介
~船舶の快適さを支えるマリンギヤの技術~

Abstract

Yanmar marine gears perform the essential role of transmitting power from the engine to the propeller. Basic functions include the transition between neutral and engaged and between forward and reverse propeller rotation. Keeping these transitions smooth is vital for comfortable vessel operation. This report describes the marine gear technologies that Yanmar has developed to satisfy these requirements.

1.はじめに

ヤンマーの舟艇は、高出力と低燃費を両立する信頼性の高いディーゼルエンジンを搭載しており、独創的なスタイリングとクルーザー並みの居住空間で快適性を高めたフィッシングボートなどが注目されている。また、漁船などの業務用途では高出力かつ耐久性に優れたディーゼルエンジンを採用している。(図1)

ヤンマーの舟艇やディーゼルエンジン(例)
図1 ヤンマーの舟艇やディーゼルエンジン(例)

これらの舟艇においてエンジンのパワーをプロペラへ伝えるために不可欠な装置としてマリンギヤ(減速逆転機)がある。(図2) マリンギヤはエンジンのパワーをプロペラへ伝えるだけでなく、プロペラへ動力を ”伝える(航走)/伝えない(中立)” のスムーズな切換えを可能にしたり、プロペラの回転方向を変える(前進・後進)、エンジンの回転速度が低い時のギヤ騒音や振動を抑制して静粛な航走を実現する、など舟艇として基本的な機能を担っている商品である。本稿では、これらの基本的な機能を実現しているマリンギヤの技術について紹介する。

エンジンパワーをプロペラまで伝えるマリンギヤ
図2 エンジンパワーをプロペラまで伝えるマリンギヤ

2.基本構成

マリンギヤの主な構成部品は、エンジンからの動力を伝える①入力部、プロペラへ動力を伝える②出力部、出力部への動力伝達の断続を行う③湿式油圧多板クラッチ、エンジン動力を所定の回転速度へ減速させる④歯車、クラッチへ供給される油の圧力(油圧)を設定する⑤油圧制御部、出力部の正転/逆転を選択する⑥前後進切換部、油の冷却を行う⑦クーラ、プロペラからの推進力を船体へ伝える⑧据付足、などがある。(図3)

マリンギヤの主要構造
図3 マリンギヤの主要構造

3.湿式油圧多板クラッチの構造と作動説明

3.1.中立の場合のクラッチ作動について

湿式油圧多板クラッチは、交互に組み付けられた円板形状を成す⑨摩擦板(FP)と⑩スチールプレート(SP)と、入力部と同軸上に配置した⑪ピストン(油圧によりスライドする)、ピストンに油圧が作用しない時に初期位置へ戻す⑫戻しバネなどで構成されている。(図4)図4は、FPが歯車を介し出力部へ動力を伝える構成部品と接続し、SPはエンジンからの動力が伝わる構成部品と同一回転するように接続されている場合を示す。

湿式油圧多板クラッチの主要構造
図4 湿式油圧多板クラッチの主要構造

ピストンに油圧が作用していない初期位置では、FPとSPとの間には隙間が生じる設計となっているので、SPはエンジンと同一回転でまわるが、FPに動力は伝わらない。そのため、この状態では出力部は回転しない。

3.2.前進(もしくは後進)の場合のクラッチ作動について

前後進切換部に設置されているレバーを前進側(もしくは後進側)に操作すると、前後進切換部の内部にある油圧回路が切り替わり、湿式油圧多板クラッチのピストンへ油圧が作用し始める。ピストンは徐々に油圧によって軸方向へスライドしていき、最終的にはFPとSPの隙間がなくなり密着する。(図5)そのためFPとSPは同一回転速度で回転し、入力部からのエンジン動力が歯車を介して出力部へ伝えられる。この状態を ”クラッチが入った/クラッチが嵌入”などと表現する。

前進の場合の湿式油圧多板クラッチの主要構造
図5 前進の場合の湿式油圧多板クラッチの主要構造

4.マリンギヤの油圧制御

4.1.クラッチが入るときの油圧制御

前章のように前後進切換部のレバー操作によりクラッチが嵌入するとエンジンの動力が出力部まで伝わり航走が可能となる。しかし、クラッチを嵌入する際、ピストンへの油圧が高すぎるとプロペラの回転速度が急激に上昇してしまい、”ガンッ”という衝撃音と共に舟艇にショックを与えてしまうことがある。

マリンギヤは、このような急激なプロペラの回転速度上昇を回避するために緩嵌入弁(カンカンニュウベン)と呼ぶ独自の圧力調整機構を⑤油圧制御部に有している。

緩嵌入弁は、荷重の異なる⑬2種類のバネを⑭嵌入弁の内側に配置し、バネ荷重を受ける⑮スプールにより圧力調整を行っている。(図6) 前後進切換部のレバーを操作すると、嵌入弁の左側から油が流入し始め、油の流入量が増すと共に嵌入弁がスライドする。特定の位置までスライドするとスプールへ作用するバネ荷重が切り換わり、バネ荷重の大きさに比例して油圧が上昇していく。

緩嵌入弁の主要構造と状態変化
図6 緩嵌入弁の主要構造と状態変化

図7は、前後進切換部のレバーを操作した場合に、ピストンへの油圧とプロペラ回転速度を計測したグラフ(波形)である。時間の経過と共に緩嵌入弁の状態が変わるため、状態Ⅰ~状態Ⅲに分けて解説する。(図6参照)

状態Ⅰ
前後進切換部のレバー操作直後であり、荷重の弱い内側のバネのみがスプールに作用しているので、ピストンを押す油圧は低い。
状態Ⅱ
嵌入弁が移動している間は油圧が低い状態が保たれており、この間にプロペラが回転し始めるためスムーズな動き始めが実現できている。
状態Ⅲ
嵌入弁が特定の位置まで移動し、強いバネ荷重がスプールに作用し始めるので、ピストンを押す油圧が上昇する。この高い油圧でFPとSPを密着させることで、高出力エンジンのパワーをプロペラまで確実に伝えることができる。

マリンギヤでは、この圧力調整機構を同一軸/同一箇所にまとめることで、油圧回路の小型化を実現している。

前後進切換部のレバー操作時のピストンへの油圧とプロペラ回転速度
図7 前後進切換部のレバー操作時のピストンへの油圧とプロペラ回転速度

4.2.エンジンの回転速度が低い時のギヤの騒音や振動を抑制する油圧制御

ディーゼルエンジンは回転速度が低い領域で回転変動が大きくなる傾向があり、状況によっては歯車の駆動側歯面と反対側の歯面とが交互に接触しギヤ騒音や振動が発生することがある。(図8)マリンギヤは、このようなギヤ騒音や振動を回避するために“消音バルブ”と呼ぶ圧力調整機構を用意している。(⑥前後進切換部に組付けられる)

消音バルブは、エンジンの回転速度が低い場合に、ピストンへの油圧を下げてFPとSPとの間に小さな滑りを発生させることで、回転変動がギヤの噛み合いへ与える影響を緩和させてギヤ騒音や振動の発生を抑制するものである。(図9)

エンジンの回転速度が低い時のギヤ騒音発生メカニズム
図8 エンジンの回転速度が低い時のギヤ騒音発生メカニズム
消音バルブの動作概要
図9 消音バルブの動作概要

4.3.微速航行を実現する油圧制御

各種舟艇で航行する際、クラッチが入っている時よりも低い回転速度でプロペラを回し、ゆっくりと進みたいことがある。(釣船での流し釣りや漁での船速調整など)このような場合、前進&中立&後進の切換えを行いながら船速を調整し、疑似的な低速状態を作り出すことがあるが、ヤンマーのマリンギヤはこのような低速航行を実現するために微速航行装置(トローリング装置)を用意している。(図10)

微速航行装置の機能概要
図10 微速航行装置の機能概要

微速航行装置は、消音バルブと同様にピストンへの油圧を敢えて低く調整することでFPとSPを滑らせ、通常よりも低い回転速度でプロペラを回転させるものであり、機械式と電子式の2種類がある。機械式の微速航行装置は、目標プロペラ回転速度の指示レバー操作角度に応じた圧力を機械的に設定するものであり、レバーの操作角度によって圧力が一義的に決まるため外乱(風や潮流の影響、各舟艇の違いなど)による影響を受け易い。

電子式の微速航行装置は図11に示すように、⑯目標回転速度の指示装置と、実際のプロペラ回転速度を検出する⑰プロペラ回転センサ、ピストンへの油圧を制御する⑱電磁比例弁とそれらをコントロールする⑲電子制御装置などで構成されている。

電子式の微速航行装置のフィードバック制御概要
図11 電子式の微速航行装置のフィードバック制御概要

本装置は、目標回転速度の指示装置からの目標プロペラ回転速度と、実際のプロペラ回転速度を比較して、両者の回転速度差がなくなるように電磁比例弁への圧力を指示するフィードバック制御を採用しているので、外乱の変化があっても、目標のプロペラ回転速度に追従することができる。

なお、電子式の微速航行装置では、4.1項の油圧制御を電気的に実行する機能も有しており、どの程度の圧力を何秒間出力するなどの詳細な設定をPCから行うことができる。そのため、緩嵌入弁では実現が難しい各種舟艇の違い(船体サイズ、重量など)に応じた最適設定が可能であり、お客さまの要望(ショックがあっても良いのでなるべく早く嵌入したい、嵌入ショックは極力なくしたい、など)に沿った調整を行うことが出来る。

5.おわりに

本稿に紹介したマリンギヤの基本的な機能は舟艇において ”当然”に備わっている機能であるが、従来からの改良を繰り返して性能を高め、信頼性の向上を追求してきたものである。マリンギヤへのニーズは本稿で述べた基本的な機能以外にも多数あるので、これからも技術の向上を図りながら、お客さまの課題を解決するソリューションの提供に尽力していきたい。

著者

神崎高級工機製作所 開発部

海老原 智幸