営農情報

2013年6月発行「FREY1号」より転載

生乳の価値を高めるため6次産業化に挑戦。手づくりアイスクリームを全国区のブランドに

今、農業の現場で6次産業化を目指して、工夫を凝らした様々な取り組みが行われている。その1つが京都府京丹後市の野村牧場が挑戦する、手づくりアイスクリームの製造販売だ。
自家製の高品質な生乳を加工・販売することで、生乳の価値を2倍にも6倍にもアップ。「平成24年度全国優良経営体表彰」(個人経営体部門)を受賞し、注目を集める同牧場をお訪ねした。

京都丹後 野村牧場

野村 拓也 様

京都府 京丹後市

Profile
昭和31年生まれ。57歳。昭和25年に両親が牛5頭から始めた野村牧場を継ぎ、牛18頭と土地4haで就農し、規模を拡大。現在175頭、牧草地38ha、年間搾乳量は960トン。4年前から加工・販売にも着手し、京都府下に3店舗出店。通信販売も手掛ける。社員は牧場3名、店舗14名。別法人で茶も生産。

酪農家だからつくれる、こだわりのアイスクリーム

都府の北端、日本海に面した京丹後市網野町は、琴引浜や夕日ケ浦など美しい名所や温泉が点在する自然豊かな町。夏は海水浴に、冬は温泉や山陰の味・松葉ガニを求め、春秋も行楽や足を延ばして天橋立へと、全国から観光客が詰めかける。観光スポットを結ぶ周遊道路を進んでいくと、人の出入りが多いおしゃれな店があった。看板には「Acacia Farm」の名。そして隣には、手入れの行き届いた敷地の中に牛舎や倉庫が整然と並んでいる。ここが目的地・野村牧場だった。

店内に入ると、次女の野村仁美さんら3人の女性スタッフが笑顔で接客していた。隣の牧場でその朝搾ったばかりの生乳を使い、栗や梨など厳選した地元産の果物も加えてアイスクリームやジェラートをつくっている。酪農家手づくりのおいしさを求め、平均1日100人が来店。夏は700人にもなり、店の前に長い行列ができるほど。この本店の他に京都市内の大丸や、亀岡市のJA京都農産物直売所にも出店し、3店舗の来店客数は1日平均約千人にのぼる。

「Acacia Farm」の店内。ウッディでナチュラルな中にも夢のある空間が好評。正面奥がガラス張りの加工室。

「店舗には店舗の世界があり、酪農業の常識とは全く違う感覚が必要です。『餌の牧草にもこだわった高品質でおいしい生乳づくり』などお客様へのメッセージをおしゃれなカードに書いて壁に飾ったり、遊び心のあるディスプレイで心地よい雰囲気を演出しています。また、加工室をガラス張りにしたのも、丁寧に手づくしている製造工程を見ていただくため。商品も通年ものだけでなく、季節限定ものを加え、アイスクリームだけでも常に14種類以上のバラエティに富んだ品揃えをしています。しかも、食べた1種類がたまたま口に合わなかっただけで全体の評価を下げてしまいかねないので、すべての商品を満足度80点以上にしなくてはなりません。そうした店づくりや商品開発を進めながら4年間運営し、軌道に乗せることができました」と同牧場の野村拓也代表は目を細める。

生乳を加工・販売することで、生乳の価値が大きくアップ

60余年続いた野村牧場の2代目・野村さんが、アイスクリームの製造販売に乗り出したのは4年前。それまでずっと搾乳した約千トンの生乳を全量JAに出荷してきたが、転機が訪れた。当時、6次産業化の先駆けとして10年前から4人の酪農家婦人がアイスクリームを製造販売していたが、辞める人が相次ぎ解散することになった。そこで、応援していたJA京都・営農部から野村さんに「事業を引き継いで、亀岡市の農産物直売所に出店して貰えないか」と要請があったのだ。

それ以前から野村さんは、「農業懇話会」や「京のほんまもん塾」などで経営感覚を磨き、情報交換を行っていた。そのなかで痛感したのが、「これからの時代はつくっているモノの良さをアピールし、手を加えて『商品』に変えていかなければならない。そしてつくった商品がどのような評価を受けているかを常に知っておくことが大切だ」ということ。考え抜いた野村さんが行き着いた答えが、6次産業化だった。生産(1次)だけでなく加工(2次)、さらに販売(3次)まで手掛けることで、1次産業だけの価値でなく、2倍、6倍と価値が上がっていく。成否の決め手になるのは、元の1次産品の価値が一流であるかどうかだ。

清潔感あふれる加工室で、アイスクリームを製造。
アイスクリームを中心に、ジェラートやプリンなどバラエティ豊かな商品の数々。

「私は酪農家として、搾る生乳が一流でなければだめだと思って、頑張ってきました。実際に私がつくる生乳はかなり高いレベルに達している、と密かに自負しています。しかし、知名度のない私の生乳を消費者はおいしいと思ってくれるだろうか知りたいと思いました。そこで、自慢の生乳をアイスクリームに加工し、販売して消費者に評価して貰おうと思ったのです」
6次産業化に舵を切った目的を野村さんはこう話す。

高品質の生乳をつくるため、牛の健康管理に注力

同牧場のアイスクリームがおいしいのは、何といっても原料の生乳が高品質だからこそ。(社)日本ホルスタイン協会では、会員の牛群について、乳量や乳成分、体脂肪などのデータを集計・分析し、「検定成績表」を会員に交付しているが、「24年度は年代別で全国のベストテンに計8頭が入りました」と野村さんは話す。1頭当たりの年間生乳生産量も1万1600kgで、一般的に優秀と言われる9000kgを大きく上回る。搾乳量が多いのは、牛が健康だという証し。乳質も、細菌感染の度合いを示す体細胞数は、1mlあたり年間15万以下。基準値の30万以下を大きく下回り、健康そのもの。これだけの搾乳量と品質を維持するために野村さんがこだわっているのが、牛の健康管理だ。

「牛にストレスを貯めさせず、快適に過ごせる環境を整えることが一番大切。『快適、乾燥、清潔』を重点に置き、飼養管理していくと、病気や事故の発生を予防でき、搾乳量の増加や品質向上に繋がります。欧米で見直されている『カウ・コンフォート』のノウハウを取り入れました」

8年前に建てた繋ぎ牛舎は、1頭ずつゆったりした居住スペースを確保した。寝床の敷材には乾きやすく滑りにくい杉のチップを使用。また、高温多湿な夏の暑熱対策として、牛舎の換気性能を高めた。水飲み場も、牛が飲みやすいよう最適な出水量に調整。また、餌にする牧草の収穫は、適期収穫、早期乾燥、早期梱包を遵守している。そのために100馬力クラスのトラクター5台、ロールベーラ、3mのモアコンディショナーなどを導入(全てジョンディア社製)。サイレージの品質にもこだわり、成分の検査を怠らない。

また、特に妊娠中の牛には出産2カ月前の乾乳期になると、搾乳をストップし、粗飼料をしっかり食べさせ休養させる。特に乾乳期後半は、乾物摂取量を減らさないよう注意し、飼料を十分に食べさせる。そうしないと分娩後に立てなくなったり、乳量や乳質、疾病などすべてに響いてくるからだ。

「どれも特別なものではなく、牛の生理にかなった基礎技術で、それを毎日励行しているだけです」と野村さん。

清潔に管理されたつなぎ牛舎。牛が快適に過ごせるようにと、1頭当たりのスペースをゆったりと確保。隣の牛との体の接触も少ないため、ストレスが最小限に抑えられている上に、餌も食べやすい。人にとっても清掃作業や牛の観察などが行いやすい。
牛の健康管理のために毛刈りも行う。牛体を清潔に保ち、汚れがつきにくく落ちやすい上、暑熱対策にもなる。

百貨店やネットでの販路拡大で、全国区のブランドを目指す

「数ある競合商品の中からこのアイスクリームを選んでいただくためには、生乳も食材も特別でないといけません。丹後ではおいしいメロンや桃、梨などがとれるので、その中から食材を厳選し、地産地消に努めています。生乳が自家製なので価格を抑えられるのが、牧場直営の強みですね」
このこだわりが消費者に支持され、ファンをつくり、京丹後地域のブランド商品に育ってきた。ブランド化に向けて大きく1歩を踏み出すエポックメーキングになったのは、京都市内で一番の繁華街に建つ大丸京都店への出店だった。
「3年目に入った時、大丸からオファーを受けました。大丸は、商品の品質は勿論、経営内容からコンプライアンスまであらゆることを調べたそうです。その上でのオファーだったので、私の牧場経営や生乳の品質が流通業界で認知され、評価をいただいた、と自信を持ちました」

これを契機に、商圏が都市部まで広がり、知名度も一気にアップ。品揃えを増やしギフト用セットを用意したことも、売り上げ増大に繋がった。さらに販路の拡大を目指して、インターネット販売を開始。全国から毎日、注文が相継いでいる。また、イベントにも積極的に参加。神戸で行われたイオングループの商談会では、出席した百数十社による人気投票で1位を獲得した。また、京都の新しい味を首都圏や全国に発信し、新しい市場開拓を目指す「クール京都」(会場は東京・赤坂サカス広場)でも、好評を得た。

「昨年、加工用に回した生乳は、年間搾乳量の0.5%程度に過ぎません。まだまだ余力があるので、抹茶とほうじ茶を使ったプリンを売り出したのに続いて、自慢の生乳を使った新たな商品開発をいろいろ考え、この事業を伸ばしていきたいですね」と意気込みを見せる野村さん。
どんな新しい取り組みを計画されているのか、今後の展開が楽しみだ。

見るだけでも楽しく、注文もできる野村牧場のホームページ。
牧場の入り口に建つ「Acacia Farm」本店。おしゃれで牧歌的な外観は印象的で、人目をひく。
本店で加工・販売を担当する、次女の野村仁美さん(右)と田茂井里奈さん(左)は、「ランドマークになるような店にしたい」と口を揃える。

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