営農情報

2014年6月発行「FREY3号」より転載

直播技術活用で飛躍的な規模拡大を実現。株式会社化への移行で事業の多角化にも成功

中甲は地元農家の要望に応える形で作業受託を主体とする組織として発足。直播技術を活用し、全国有数の大規模稲作経営農家として知られるまでになった。
「農地を荒らさない」という理念と経営を両立させるため、株式会社に移行、野菜生産や自主学ほ場など人を育てるための仕組みも導入。消費地の近くで営む農業の強みを活かし、直売や6次産業化にも挑む。

農業生産法人 (株)中甲

杉浦 俊雄 様

愛知県 豊田市

Profile
1966年愛知県生まれ。47歳。大学在学中からアルバイトを経て中甲に就職。
2009年より代表取締役。400haにて米(約230ha)、麦(約180ha)、大豆(80ha)を2年3作。
キャベツ、レンコン、タマネギなども生産。正社員20名。売上約3.2億円。

全国有数の大規模稲作経営体

400haという経営規模にまず圧倒される。愛知県では間違いなくナンバーワン。全国でもトップレベルに君臨するだろう。ここまでの道のりは決して平坦なものではなく、規模拡大を可能にするための技術導入、人を育てるプログラムなど足跡がしっかりと刻まれている。

中甲はトヨタ自動車のお膝元、豊田市にある。トヨタの事業拡大とともに関連産業も発展していった。一方で、農家の兼業化が早くから進み、やがて「田植えや稲刈りをやってほしい」と作業委託に対する要望が高まっていった。

それに応えたのが4Hクラブ員を中心とした若い農家だった。中甲の前身だ。最初は、農協(JAあいち豊田)から頼まれて作業受託をやっていた。やがて農協から「うちからの委託ではなく、独立してやったら」と提案され1974年、中甲が誕生。同社がある高岡地区には同じ経緯をたどる若竹という兄弟法人がある。2法人は現在も同地区の農業を担っている。「農協との関わりが深いから、僕らも水田で作業をしていると“農協さん”と声をかけられたもんです」と杉浦俊雄社長は言う。

杉浦社長が入社したのは1989年。父親はトヨタ関連の企業に勤務していたが、祖父が専業農家で、子供の頃から農業をする姿を見て「おもしろい」と思った。大学在学中に中甲でアルバイトを始め、「社員になったらどうか」と誘われた。「稲作は1年1作しかできない。1回でも多く経験を積みたい」と卒業を待たず、中甲に入社した。

その頃すでに100haを超えていた。数年たつと200haと拡大していった。「これだけの規模になると、作業が集中し移植栽培だけではこなせなくなった」(杉浦社長)

急速な規模拡大を支えた技術が直播栽培だ。杉浦社長が入社した89年から導入した。しかし当初の湛水直播では鳥害、発芽不良や発芽のムラ、育った後の稲の倒伏など問題に直面し、収量の確保に苦労した。

折しも、愛知県農業試験場が新たな直播技術を開発していた。それが不耕起V溝直播だ。12月から翌年1月頃に代かきを終え、十分に乾田化した田んぼにV字の溝をつくり、3月中下旬に種もみと肥料を同時に播くやり方だ。農業試験場と地元農機メーカーによる播種機も開発され、2001年から中甲も導入するようになった。中甲では品質を重視し、反収を7俵程度に抑える米づくりだが、直播田でも7俵の収量を確保できるようになった。「何より、春の作業のピークを分散できたことが大きかった。移植栽培よりも除草の回数は多いですが、育苗の労力が省けるので、移植栽培と比べ10%ほどコストは下がる」。230haある稲作面積のうち、90haを直播栽培でまかなうまでになった。

米の品種は「コシヒカリ」と「大地の風」の二種類。米、小麦、大豆のローテーションで2年3作を繰り返す。地球温暖化による高温障害への対策としてこれまで以上に土づくりに力を入れている。規模拡大と環境保全への取り組みが評価され、第一回全国環境保全型農業推進コンクールで農林水産大臣賞(95年)、第36回農林水産祭では天皇杯(97年)を授与されるなど様々な賞に輝いている。

規模拡大と人材育成を両立させる

設立当初は農業生産法人だったが、09年に株式会社へ移行。これが、事業領域を広げていくにあたって大きなターニングポイントとなった。中枢メンバーの判断を迅速に経営に活かすことができるだけでなく、「経営の幅を広げていくためにも必要だと判断した」と杉浦社長は語る。

主な作物である米、麦、大豆は農業政策や補助金の変更に左右されやすい。リスクを回避するため「野菜との複合経営、加工を始めとする6次産業化への取り組みは避けられない」という考えを杉浦社長は暖めていた。

ただ農業生産法人のままでは、加工やサービス業に従業員を配置できない懸念があった。農業生産法人には「農業関係者が総議決権の原則として4分の3以上を占めること」「役員の過半が農業の常時従事者であること」など農業生産重視の要件があるからだ。従業員を事業にあわせて配置できる株式会社にしたいというのは杉浦社長の念願だった。

新体制に移行してからも「地域の農地を荒らさない」という理念は変わらず貫いている。高岡地区の南西地域であればどんな農地も引き受ける。規模拡大とともに従業員も増やしてきた。若い社員も積極的に雇用し、平均年齢34歳のはつらつとしたプロ集団である。

だが、その過程で課題にぶつかった。人が育つ以上のスピードで農地が集まってくるようになったのだ。「平均すると1年で10haずつ増えています。社員1人が作業できる面積は20haほどですが、2年経つと1人分の水田が新たに増えていくようなもの。教育がおいつかなくなった」(杉浦社長)

その解決策が「自主学ほ場」。管理職を除く全社員に10~30aのほ場を提供し、田起しから収穫までを個人に任せる。機械などは中甲で借りることが可能だが、経営感覚を身につけるため、収穫した米から収支をはじく。「早く一人前の社員になってもらいたい」という思いから始めた。「規模が大きいので、代かきの担当は代かきだけするというように分業化される。トータルの作業をすることで米づくりの感覚を磨いてもらいたい」という理由なのだ。実際につくってみると「常に次にどんな作業があるのかを考えながら、丁寧に仕事をするようになった」と杉浦社長はまんざらでもない表情だ。

規模拡大と人材育成を車の両輪として走らせる中甲だが、すべて自社でカバーするのではなく、新たに誕生する担い手との連携も模索中だ。「定年を迎えた人たちに営農組織をつくってもらうのもひとつの方法」と杉浦社長。そういった組織とも生産・販売面で連携をとっていければとも考えている。

若い社員が多く、組織は活気にあふれている。現場で働く女性社員も1名いる。地元の農業高校や愛知県立農業大学校から採用することが多いが、塾の講師だった人、機械のメンテナンスをしていた人など中途採用にも積極的だ。幼稚園児に大豆づくりから豆腐加工までを体験してもらう食育プログラムも社員たちが自ら企画・実行している。

消費地に近いという強みを活かす

これだけの大規模経営にもかかわらず、米の乾燥、調製施設を保有していない点も特徴だ。その分、規模拡大に労力を集中し約2万俵の米、大豆や麦も全量JAに出荷する。

とはいえ、米は相対契約でAコープ、生協、量販店などエンドユーザーは決まっている。有機栽培米、EM菌を使ったEM米など顧客の要望に沿ったつくり方もしている。生協組合員には現場に来てもらって田植え、稲刈りを体験してもらうなどの交流も長年続けている。「消費地が近いことは私たちの大きな強み。お互いの顔がわかり、流通コストも少なくすみますから」

強みをさらに活かし、直売にも力を入れる。高速道路のサービスエリア「刈谷ハイウェイオアシス」には常時出荷し、毎週土曜日名古屋市で開催されるマルシェ「なごやファーマーズマーケット」、豊田市内の約30人の若手農家組織「夢農人(ゆめのうと)」の活動の一環として月2回、豊田市内でもマルシェを開催する。

3年前からキャベツ、レンコン、タマネギなどの野菜生産も本格的に始め、マルシェで売る。直売は社員の意欲向上にもつながっている。「前はつくれば売れるという思いもあったが、お客さんとの会話から、よいものをつくらなければ売れないことを実感できるようになった。おいしい作物をつくるための生産面での工夫も生まれてきた」(杉浦社長)

6次産業化にも取り組み始めた。社内で話し合いを重ね、肉まんの商品化を決めた。「肉まんの材料になる小麦、タマネギ、キャベツ、レンコンはうちでつくっている。豚肉は仲間の農家から調達できる」と杉浦社長は意欲満々だ。14年春からマルシェで販売し、購入者の反応を見ながら生産量を拡大していく。当面、加工は業者に委託するが、売れ行き次第で加工施設を自前で整えることも検討中だ。

いまや地区内の70%の農地を請け負う中心的な担い手になった。他に例のないスピードで大規模経営体になった分、参考にできるようなモデルもなく、技術も人の育成もすべて自らで切り拓いてきた。だが杉浦社長は「元気のいい若い社員が多いことがうちの自慢です」と目を細める。先人の精神は徐々に若い人たちに受け継がれようとしている。

中甲ではEM(有用微生物群)菌を使った米も栽培している。土壌改良のみならず、米の収量や品質の向上にもつながったという。「中甲はEM菌の所有量ではおそらく全国一」だという。
米や野菜はJAへの出荷が多いが、直売所でも販売している。また一部は学校給食用にも納めている。キャベツは直売所でも評判がよく、「スイカより甘い」と好評を得ている。レンコンは社内の加工施設で乾燥させて、現在商品開発中の肉まんの具材として使う予定。「豊田市の特産品にしたい」と杉浦社長は話している。
中甲本社ビル。周辺にはトヨタ関連の業者が軒を連ねている。
「土と人と夢と技で農を生き抜く」という理念を掲げている。ホームページでは草刈りボランティアとしての参加、小学生や幼稚園児の食育イベントを開催するなど地域活動に取り組む様子も紹介されている。

営農情報一覧ページに戻る