営農情報

2015年10月発行「FREY5号」、2016年3月発行「FREY6号」より転載

企業的発想を取り入れ経営を順調に拡大。6次産業化の先駆者として経営を多角化

創業メンバーが共同経営の頃に始めたもち加工を土台に加工品の幅を広げ、直売店を中心に売り上げを拡大。組織運営に企業的発想を取り入れ、外部コンサルタントも積極的に登用しながら、経営発展を成し遂げてきた。いまでは6次産業化に取り組む代表格として知られる。非農家の採用にも積極的で平均年齢34歳の若い力が組織に活気を与えている。

株式会社 六星

輕部 英俊 様

石川県 白山市

Profile
1967年東京都生まれ。建材メーカーに勤務の後、1997年に(有)六星生産組合に入社。生産・営業の両部門で経験を積み2007年の株式会社化と同時に社長に就任。先代社長の北村歩氏は義父。経営面積(148ha)は水稲では石川県最大。米の販売のみならず、もちや弁当、総菜、和菓子など加工販売も行う。売上は約9億8000万円。スタッフは115名。

企業的発想を導入

六星の原点は1977年に発足した中奥六星生産組合にさかのぼる。中奥地区でそれぞれ異なる集落の農家5名が「新しいことを始めよう」とレタス生産を共同で始めた。稲作はそれぞれ個別経営だったが、「野菜ならお互いにしがらみがなくゼロから始められる」と考えた。メンバーの3名が通っていた農業高校のOB会の名称「六星会」から組織名を決めた。

しばらくしてもち加工を始めた。農閑期である冬の収入源になるし、自ら生産していたもち米を原料に使える。杵と臼だけ持ち込んでついたもちはJA運営のスーパーなどで販売を開始。一方、近隣の稲作農家から「うちの田んぼを預かってくれ」と頼まれ、水田主体の経営体として面積を拡大、1989年には有限会社化した。

折しもこの頃、53年続いた食糧管理法が廃止され、米の販売が自由化されるなど環境が変化した。メンバーは「これからは米も直売し、もち加工品の販売も増やしていこう」ともち加工場を新設し、その隣に直売所を構えた。1996年のことだ。

輕部英俊さんが六星に入社したのはその翌年。東京で建材メーカーに勤めていたが「家族にとって農村のほうが暮らしやすいし、大手企業とは正反対なだけにやりがいがわいた」と言う。だが一歩足を踏み入れた瞬間、カルチャーショックを感じた。「企業なら当たり前のこと、たとえば予算を決め、計画を立てて実行した結果を検証・改善するという仕組みがなかった。報告書の提出義務など明文化されたルールもなかった。でも“あうん”の呼吸でうまく仕事をしていたんですよね」

輕部さんは計画、実行、検証、改善というPDCAのサイクルをつくって仕事をすべきであるなどを北村歩社長に進言。返ってきた答えは「やってみなさい」だった。「先代社長はもともと自分たちでできない部分は外の人間の知恵を借りようという考えだった」(輕部さん)。与えられた課題は組織改革、そして営業強化だった。もち加工場を新設したタイミングでもあり、大きな売り上げ目標をこなす必要があったのだ。

もち加工で築いた実績が経営の土台に

輕部さんは百貨店などに積極的に営業をしかけ、物産展が開催されれば頻繁に出展。「手づくり、なつかしい味が求められていた時代だったことが幸いした」(輕部さん)昔ながらのもちは好評で、物産展で買った人がこんどは直接注文してくれるなど徐々に通販客が増えた。物産展で好評を得ると同じ百貨店の常設売場でも販売されるようになり、それを知ったこだわりの地方スーパーから「取引したい」といわれ、徐々に販路を広げた。

もちだけでなく米も粘り強い営業で成果が実り、東京や大阪の飲食店に販路を広げた。六星が得意とする販売先は多くの人が知っている老舗の飲食店。まとまった量を安定供給できること、どこでどう生産されたのかなどトレーサビリティもしっかりしている点が取引につながった。苦い思いもした。せっかく始まった取引もバイヤーの交代で急に打ち切りになることもあった。そこでせっかくある直売店を活かし、直販客を増やす戦略に力を入れた。それが弁当、総菜、和菓子といった新たな品ぞろえの充実につながったのだ。

加工品の商品企画やデザインにはコンサルタントを積極的に活用している。「お金はかかるがプロの目で見てもらうだけのことはある」――。直売店に並ぶ弁当、総菜、もち加工品などのパッケージデザインはきわめて洗練され、女性の目にとまりそうな仕上げになっている。加工の品質管理のコンサルタントにも入ってもらった。明確な目標を立てた上で製造・販売、そして検証・改善というサイクルを回すことで成果となって表れ、売上アップに貢献。現在では、売上の半分以上を直売店で稼ぐまでになった。

2010年以降にはふたつの直売店をオープンさせた。まず、2015年の北陸新幹線開業を見すえて金沢駅の構内にテナントを出店。2014年夏には「金沢百番街すゞめ」としてリニューアルし、主に和菓子ともちの販売、カフェの運営を行っている。

さらに、金沢の住宅地によい物件があるとの情報をつかみ、レストラン併設の直売店「むっつぼし金沢長坂店」をオープンし、現在も売上を伸ばしている。順調な事業展開に輕部さんは「時代の波に乗ったことが大きい。6次産業化が注目され、追い風をもらった」と言う。一方で「先代たちが始めたもち加工がいまも経営の土台になっている。(競合が多い)いまから6次化を始めても、同じことはできなかっただろう」と先代の先見の明を讃える。

直売店「むっつぼし金沢長坂店」
金沢駅構内の直売店

6次産業化の次を見すえて

輕部さんは6次産業化が農業経営の完成形とは考えていない。「原料の行き先があらかじめ確保されている点は加工のメリット。だがなんでもやるのではなく、生産者は素材をつくり、専門技術を持つプロと連携する形がベストだ」ときっぱり話す。
輕部さんがいま、構想を膨らませているものは、日本の伝統食でもある、もちや米文化の輸出だ。すでに米国のニューヨークでもちをつくパフォーマンスを披露し、米国人相手にもちを試食してもらった。口の中でくっつく食感にさすがに怪訝そうな表情だったが、「日本食がブームだし、マラソンなど持久力を要する競技ですばやく糖質を吸収できるし、小麦アレルギーのある人にも食べられるなど機能性食品としても打ち出せる」ともちや玄米を使った商品開発に意欲をのぞかせる。「食べたことがない人に食べてもらうのは簡単ではない。だがこれが未来の日本人にも通用すると思う」と輕部さん。

同社のもちを年中購入して食べるのは圧倒的に高齢者が多いそうだ。一般には“正月の時食べるもの”になっている。この習慣すら薄れれば、過去の食べ物になってしまう可能性もある。直売店に訪れる若い世代は、紅白もちを見て「かわいいー」とつぶやくという。みたらし団子の形もまた「かわいい」のだそうだ。食品も雑貨のような「かわいらしさ」が求められる時代になった。「若い人に受け入れられる商品開発に力を入れることが、米やもちになじみのない海外の人に認められるきっかけになるかもしれない」(輕部さん)。現状に安住せず常に一歩先の時代を見つめ、新たな事業展開の道を探っていく。この貪欲さこそが成長を続ける同社の原動力となっている。

若手社員が戦力となり活気ある組織。会社の枠を超えた連携で農村活性化を目指す

非農家を含む若手社員を積極的に採用し、いまでは貴重な戦力として、会社を引っ張っていく幹部社員も育ってきた。直売店の主要顧客である女性の視点を活かした商品開発によって売上や集客数も順調に伸びている。一方で継続的な運営のために、一般企業とは異なる農業の特性を踏まえ、農業関連業者との連携強化を通じた地域全体の活性化を目指している。

農外から若手を積極的に採用

六星で働く正社員は34名。平均年齢も34歳ときわめて若い。同社が非農家を含め、若手を積極的に雇用し、育ててきた成果である。
1977年に発足した六星の前身、中奥六星生産組合は5名(後に4名)の創業メンバーで運営してきたが、有限会社にした1989年頃から事務社員を雇用し、1997年に現在の2代目社長の輕部英俊さんが入社してから、若手を積極的に採用するようになった。「農業に聖域をつくらず、外からやる気のある人間を入れたほうがいい」という輕部さんの進言に初代社長の北村歩さんも賛同。輕部さんは就農希望者に説明をする展示会「農業人フェア」などに参加し、意欲ある若者の研修なども受け入れた。農業人フェアをきっかけに就農した最初の社員(39)は、現在4名いる常勤取締役のうちの1人だ。

新卒者向けには学校へ求人を出し、中途採用者向けには同社のホームページや就職説明会に参加。そのうち「六星は非農家も含めて積極的に若手を採用している」という評判が立ち応募者も増え、毎年10~20名が応募してくるようになった。新卒採用には、一般教養テストや小論文、面接と一般企業と同じような試験がある。いい人材に入ってきてもらうため、農業法人としては給料水準も高く、ボーナスも支給する。
その分、ひとたび社員になれば計画や目標を設定・実行し、その成果を検証・改善する「PDCAサイクル※」の実践が求められ、業績に対する評価も行う。
同社には生産部門にあたる営農課を始め、加工や営業など8つの課がある。各課のリーダーには物量やコスト・人の管理、つまり具体的な数字のノルマが与えられる。「企業には常に数字が伴うことを意識してもらうため。数字がなければPDCAの検証もできない。『がんばります』という気合だけではいい結果は残せない」(輕部さん)。もっとも、数字だけで判断することはなく、過程も評価の対象となる。社長との定期面談などを行いながら、リーダーの能力を高める環境も整えている。

  • PDCAサイクル・・・Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)の4段階を繰り返すことにより業務を継続的に改善する手法。

六星を支えている若い戦力

営農課のリーダーは西濱誠さん(38)だ。社員10名、パート3名と8つある課のなかで最も大所帯だ。学生の頃、実家の農業を継ごうと決め、研修目的で六星で働いたことがきっかけで入社した。「若い仲間が多く、おもしろい会社だなと思いました。もち加工なども本格的にやっていて、6次産業化についても勉強できると思った」と語る。
六星の経営面積は145ha。このうち138haが水田で、石川県では最大の水田面積を誇る。それだけに西濱さんにかかる荷は重い。5割強を占めるコシヒカリは特別栽培。米70haというまとまった面積を特別栽培で生産するために「疎植にして苗を丈夫に育てるようにします。そして肥料、農薬とも適期に必要な量だけ投入し、稲本来の力が発揮できるように管理している」という。作期分散を考慮し、残りの水田では白山もち、華えちぜん、にこまるなどを作付する。

西濱さんは播種前に前年度の実績にもとづいて品種・地域ごとに反収の目標を決め、進捗状況や実績は定期的に開催するリーダーの会議で報告する。実績が目標に達しない年もあるが、「天候のせいにしないようにしている」と西濱さん。「どこが予測とはずれたのか、堆肥の入れるタイミングがよくなかったのかなど分析します。研究が得意な社員にはテーマを与えて調べてもらっています」。自身の目標は「質と量の安定」。「人間のコントロールだけでは思うようにいかないが、それが米づくりのおもしろさでもあります」。実家の農業は両親がやっており「自分は今後も会社に携わっていくつもり」と六星に骨を埋める覚悟を明かす。

若い社員でも積極的に企画・提案を次々に出す。これも同社の特徴だ。入社5年目の倉元菜三子さん(26)は直営の直売店「むっつぼし松任本店」で販売を担当している。「生産から加工、販売まで幅広くやっているところがかっこいい」と思い入社したそうだ。
直売店に訪れる顧客の大半が女性だ。加工品も女性のアイデアを生かして商品開発されており、集客を増やす強みになっている。「挑戦したいと思ったことをさせてくれるのでやりがいがあります」と倉元さん。実際に企画して直売店でイベントを開催したこともある。母の日や七夕などに合わせ、直売店でふだん販売しているだんごや大福を「つくってみたい」という人を募って体験してもらった。「同じ商品、同じ陳列ではお客さんに飽きられてしまう。新しいものを探していかなければ」と意気込みを語る。いまや、入社希望で応募してくる若者の多くが女性だという。

営農課 西濱 誠 様
店舗課 倉元 菜三子 様

将来を見すえ地域連携の強化を

人材育成や組織運営のスタイルから六星が企業的農業を追求する様子がうかがえるが、輕部さんは「企業の論理が必ずしも農業とマッチするわけではない」と打ち明ける。高齢になって離農する農家から「土地を預かって」と頼まれて規模を拡大してきた。だが稲作経営の場合、規模拡大に伴い機械や施設への投資も増え、“スケールメリットを生かしたコスト削減”という考え方があてはまらないことがある。
コスト削減に限界があるなら商品の付加価値を上げることに特化する方法もある。同社の洗練された加工品、弁当・総菜は、まさに付加価値の高いこだわった商品だ。しかし、毎日早朝から手づくりして、3店舗ある直売店に定時に届けるには大勢のスタッフを擁しての人海戦術になる。「コストは結構かかります。でも日常的な食品であることを考え、コストを販売価格にすべて乗せられるかというとそうでもない」(輕部さん)。

輕部さんはいま、法人が単独で経営を拡大させるだけでなく、地域との連携を強化する方策を探っている。たとえば、乾燥調製施設を法人がそれぞれ整備するのではなく、地元JAの施設を共有化すれば双方のコストダウンになる。販売面で法人とJAが連携をとる方法も考えられる。「(農家数がさらに減る)10年後の農村を考えると、農業者がJAや農業関連のメーカーといままで以上に連携し、知恵をしぼっていくべきだと思う」――。輕部さんは将来を見すえて一歩先のことを考えている。

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