営農情報

2016年7月発行「FREY7号」、2016年11月発行「FREY8号」より転載

過疎・高齢化は集落を変える絶好の機会。経営の合理化に向け集落営農法人を設立

日本の農業と農村には共通の課題がある。高齢化と過疎化だ。ただし世間で騒ぐようにそれらは悲観するしかない事態なのか。広島県東広島市で水田農業を経営する農事組合法人「ファーム・おだ」は、むしろそうした"ピンチ"を"チャンス"に転換するために誕生した。住民挙げて中山間地の可能性を切り開くその姿は、いまいちど先の常識を疑ってみることを問いかけている。

農事組合法人 ファーム・おだ

吉弘 昌昭 様

広島県 東広島市

Profile
1938年、広島県生まれ。広島大学大学院生物圏科学研究科博士課程前期修了。2005年11月、農事組合法人ファーム・おだを設立。コメ、大豆、小麦、そば、野菜(アスパラガス、広島菜、レタス、とうもろこし)などを生産。米粉パンの工房と直売所を兼ねた「パン&米夢(パントマイム)」も運営する。日本農業法人協会理事、広島県農業経営指導スペシャリスト。

攻めの経営

あたりを深い山に囲まれたJR山陽新幹線の東広島駅。そこから車で北西に向かって峠を越えていくと、やがて眼下に小さな田んぼが広がる集落が見えてきた。東西に流れる小田川流域に棚田状の農地が連なる小田地区だ。ここの田んぼを管理しているのはその名も農事組合法人ファーム・おだ。地区の住民の95%に当たる151人を組合員とし、約104haでコメを主体に大豆や小麦、ソバ、野菜などをつくっている。

2005年の法人設立前、一戸当たりの経営面積は70aしかなく、ほとんどは赤字経営だった。それを法人の一括経営にすることで農地を集約。さらに機械の投資額も全戸合わせ7億6000万円に上っていたのを、法人設立時には約82%減額した6200万円に抑えることができた。
同時に改善してきたのは土づくり。というのも化学肥料と化学農薬に頼ってきた結果、土壌中の腐植の割合は2%にまで下がっていた。これを5%に引き上げるべく、田畑にたい肥を毎年1500トン投入している。このたい肥の出どころは耕畜連携する県内の畜産農家。その甲斐あって3.5%まで回復。おまけに化学肥料と化学農薬を半分以下にできた。組合長理事の吉弘さんは「こだわったつくり方をしないと、いまの消費者は見向きもしない」と言い切る。

商品としてのコメには絶対の自信があるから販売は強気だ。直販のほかJAにも出荷するが、通常の委託販売ではない。売り渡し方式にして、事前に取り決めた値段で販売する。
コメビジネスでもうひとつ特徴的なのは、自社で運営する工房で米粉パンに加工し、地元で直売していること。いまや日本人はコメよりもパンを食べる。このまま放っておけば外国産麦の輸入をさらに許すだけ。「それを食い止めるにはコメをパンとして食べてもらえばいい」と吉弘さんは考えた。特に食べてもらいたいのは子どもたちだ。

「人間の食生活というのは3歳から10代のうちに決まると言われておるんですよ。米粉パンに慣れた子どもたちが将来親になったとき、自分の子どもにも地元でできた美味しくて安全な米粉パンを食べさすじゃない。こういう循環を20、30年かけてつくりたいと思ってるんじゃ」
このほか地区ではカフェも備えた農産物直売所「寄りん菜屋」もある。加工した味噌やダッタンソバなどを販売している。もちろん工房や直売所で働くのも地元の住民。法人設立によって新たな仕事と雇用が生まれ、同社の総収入額は1億7000万円と右肩上がりだ。

集落をまとめるチャンス

いまや全国を代表する集落営農法人だが、その誕生は三つの危機に端を発している。それは小学校の廃校と保育所の統合、診療所の撤退の話が浮上したこと。多くの過疎地は同じような問題を抱え、悲観している。ただ、小田地区は違った。吉弘さんをはじめとする有志の住民たちは行政の代行サービスを担える組織を創るべく立ち上がったのだ。
2003年に創ったのは「小さな役場」と呼ぶ自治組織「共和の郷・おだ」。総務企画部や農村振興部、文化教育部など8つの部署で構成する。
総務企画部の役割は小田地区の総合計画づくり。各部はこの計画に従って事業を展開する。たとえば体育健康部は住民の健康増進のためにパークゴルフ大会や駅伝競走大会、女性部は食育講座「米粉研究会」などを開催している。そうした活動の一環で行政と交渉して、撤退案が浮上していた診療所は廃校になる小学校で存続させることができた。
時を同じくして基幹産業である農業にも危機はやってきていた。2005年、吉弘さんたちは住民を対象に営農の継続意向についてアンケートを実施した。結果は「5年後に離農したい」は42%「10年後に離農したい」は64%。これでは地域の農業は近い将来成り立たなくなる。ただ、吉弘さんは同時にこうも思った。ピンチはチャンスじゃないか、と。
「当時の小田は危機だらけ。でも、これはチャンス。なぜかというと、みんなが同じ思いだから。こういうときに住民たちに問題解決の方法を提案してあげれば響く。とくにこの地区には前に向かって動く人がいたのが幸いだった」

そこで自治組織で重ねて会合を開き、小田地区の農業の行く先を協議した。その結果、たどり着いた答えは集落営農法人を結成すること。農地を法人にまとめて、経営の合理化を図る道を選んだのだ。設立に当たっては20人に発起人になってもらった。発起人選びのポイントは各集落の顔役にすること。各集落のキーマンを味方につければ事態は運びやすいという。

地区の合意形成を進めるなか、吉弘さんは「6:2:2の法則」が存在することに気づいた。つまり6割の賛成票があれば事態は動かせるという。小田地区の場合は6割以上が10年後に離農すると考えながら、どうにかしたいと願っていた。残りの4割は浮動票と反対票である。ただし、この4割は集落での活動を進めるたびに段々と賛成票へ回ってくる。だから吉弘さんは「30年もしたら地区の全体がまとまる」とみている。

30年というのは都会の人たちにとっては長い時間と思えるかもしれない。ただ、農村では「そのくらいのサイクルでものごとを考えないと地区はまとまらない」と吉弘さん。その口調は穏やかではあるが、そこには地区の未来を信じる強さを感じる。もちろんその根拠は、ともに困難を乗り越えてきた仲間との強い絆であり、地区の未来を担う若者の存在である。

向こう10年で実現する77の夢。経営の肝要は人材育成

かつて集落の機能と農業が存亡の危機に陥った広島県東広島市の小田地区。再起をかけて2005年に設立した集落営農法人ファーム・おだは、農業における最高の栄冠である天皇杯を受賞するなど、確かな実績を積み重ねてきた。それでも代表の吉弘昌昭さんは「10年かけてようやく土台ができたところ。これからの10年で中身を充実させていかなければいけない」と気を引き締める。

地区の10年後を描いた「未来創生図」

集落の機能を回復するため、小田地区で2003年に誕生した共和の郷・おだ。住民によるこの自治組織は2015年3月、地区の10年後を描いた「未来創生図」を策定した。ベースとしたのは、2010年に16歳以上の住民を対象に実施したアンケート。このアンケートでは、地域づくりのあり方について77項目にもなる未来への希望や願いが挙がった。

これら77項目をまとめ上げたのが次の七本柱である。①生活環境の保全づくり②雇用の場づくり③安心づくり(福祉・子ども・生活)④情報発信のシステムづくり⑤交流の場づくり⑥歴史文化の継承づくり⑦たのしく楽にできる農業づくり――。
住民に一目で分かるように伝えるため、「未来創生図」は一枚のイラストにして各戸に配った。そこには小田川の流域に広がる農村集落がかつての、いやそれ以上の活気を取り戻した様子が描かれている。

農業についていえば、除草ロボットや無人ヘリなどのテクノロジーを駆使しながら、米だけでなく、青ネギやトマト、栗やゆずなど多品目を栽培する。道路には、そうした農産物を扱うファーマーズ・マーケットやレストランが並び立つ。
社会福祉や歴史文化については、診療所や保育所、学童保育の充実、さらに民俗文化資料館や史跡めぐりのハイキングコースの整備なども挙がっている。
活気のある農村には人もやってくるから、観光にも力を入れていく。石窯でのピザづくりや木工体験、パークゴルフ、ホタルの鑑賞ができる場を用意する計画だ。

共和の郷・おだと集落営農法人ファーム・おだは両輪となって、77項目の実現に向けて着実に動き出している。「資金がつくところから手掛けていく」と吉弘さん。
今年着手したのは、市の予算を獲得した「ゆずの里づくり」。荒廃地や作業効率が悪い水田にゆずの樹を植える。青果で販売するのか加工するのか検討中。自社で生産している大豆を使って味噌も造る予定なので、「ゆず味噌がええなという話をしています」。

浮き楽栽培法でハウスの通年利用

このほか10aでリーフレタスもつくっている。場所は水稲用の育苗ハウス。狙いは雇用づくりとともに、育苗用ハウスを通年で利用することにある。6月上旬までは水稲の育苗で使い、7月からはリーフレタスの栽培に切り替える。これらを翌年3月まで収穫したら、再び水稲の育苗に使う。ただし周年出荷するため、ハウス二棟のうち一棟だけはリーフレタス専用にしている。

面白いのはその栽培法だ。広島県立総合技術研究所農業技術センターが開発した「浮き楽栽培法」を実践している。
この栽培法で用意するのはプール。ハウスの中に幅10cmのC型軽量鉄鋼と0.15mmのビニールフィルムで縦長のプールを造り、水深5~7cmを維持する。ここに浮かせるのは縦61cm、横92cm、厚さ2.5cmか3cmの発泡スチロール製のフロート。このフロートの上に、培地を充填した水稲の育苗箱を3枚敷設するとフロートが少し沈み、育苗箱の底面から5㎜程度浸水して浮かぶ。この状態で野菜を育てる。
メリットはハウスの有効利用だけではない。フロートが常に浮かびながら水平状態を保つので、プールの設置時に均平に整地する作業が不要。育苗箱の底面が浸水しているので、かん水をする必要もない。同センターによると、間口7.2m×奥行70mの育苗ハウス一棟で水稲苗720箱を管理する場合、浮き楽栽培法の設備経費は16万6000円かかる。一方、プールを設置せずに育苗する場合は2万円で済む。ただし、手かん水になるので人件費がワンシーズンで5万8000円かかる。この場合と比べて、ファーム・おだでは育苗にかかる作業時間を6割に減らせている。

経営に大事なのは人材育成

小田地区の再起に向けて組織を運営してきた経験から、吉弘さんは「経営で大事なのはね、人、モノ、金、情報なんです」と振り返る。広島県の農業改良普及員職員・農業会議時代に数々の集落営農や農業法人の設立に携わってきただけに、その言葉にはなおさら説得力がある。
この四つの中でも、とりわけ大事なのは人だという。「情報はあふれていますよね、まあ取捨選択は必要なんですが。それからモノも金も何とかなりますよ。なかなかどうにもならんのは人。だから人材の育成には長い目で見て、きちんとお金をかけるべきなんです」
では、小田地区ではどうやって人材を育成しているのか。一言でいえば、若いうちから仕事を任せることだ。もちろん必要に応じて研修はする。ただ、ある程度のレベルに達したら、とにかく任せる。「そうしたら最高の力を発揮しますよ。いつまでも指示しよったら、指示待ちで考えなくなってしまう。楽だからね。それでは後継者も経営者も育たない」と吉弘さん。
まさに組織の肝要は人。共和の郷・おだにしろ、ファーム・おだにしろ、その人を育ててきた。いずれの組織も吉弘さんのリーダーシップがあってこそ成り立っているようにみえるが、それは事実ではない。吉弘さんは主張する。「組織を維持するのに烏合の衆じゃ無理ですけど、うちは10年かけて人を育ててきましたから。僕がおらんでも前に進むんですわ」

周辺の農業法人との連携

組織が充実してきたいま、ファーム・おだは周辺の農業法人との連携も進めている。出荷に関してほかの集落営農法人と連携しているところだ。
たとえば大豆で10tの需要があった場合、自社だけでは対応できない。そこで断るのではなく、周辺の集落営農法人と一緒になって10tをまかなうようにしている。大きなロットにすることで、価格交渉を有利に運ぶこともできる。
2018年に予定されている減反政策の廃止に向けて飼料用米の増産でも連携する予定だ。吉弘さんは「地元の養鶏農家が年間1000tの飼料用米を求めているから、周辺の法人との連携を強めていきたい」と語っている。

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