営農情報

2016年7月発行「FREY7号」より転載

<アグリ・ブレイクスルー>農業法人が中心となって、新たな野菜産地づくりに挑む。耕作放棄地解消、地域活性化への期待高まる

長野県の農業生産法人(有)トップリバーがJA信州諏訪、富士見町とタッグを組み、新たな高原野菜の産地づくりに挑んでいる。担い手がいなくなった水田や畑など約50haでレタス類を生産し、同JAにも出荷する。2010年から始まった当初は農地再生に苦労が伴ったが、農林中央金庫が拠出する基金「農林水産業みらいプロジェクト」を活用し、100ha規模の産地づくりが進行中だ。

農業ジャーナリスト

青山 浩子(取材・文)

Profile
1963年愛知県生まれ。1986年京都外国語大学英米語学科卒業。日本交通公社(JTB)勤務を経て、1990年から1年間、韓国延世大学に留学。帰国後、韓国系商社であるハンファジャパン、船井総合研究所に勤務。1999年より、農業関係のジャーナリストとして活動中。1年の半分を農村での取材にあて、奮闘する農家の姿を紹介している。農業関連の月刊誌、新聞などに連載。著書に「強い農業をつくる」「『農』が変える食ビジネス」(日本経済新聞出版社)「農産物のダイレクト販売」(共著、ベネット)などがある。

米価下落対応として野菜生産

長野県中部にあり、山梨県の県境に接する富士見町。八ヶ岳の南側に広がる斜面に沿って基盤整備されたほ場が続く。ここでトップリバーの若いスタッフたちが汗を流している。

トップリバーは同町から車で1時間以上離れた御代田町を拠点にレタス、キャベツなど高原野菜をつくる農業生産法人だ。自社の野菜以外に、地元JAや契約農家、同社で研修を受けて独立した若者たちの野菜の販売を手掛ける流通業者でもある。加工業者や外食業者、生協、スーパーとの契約取引がメインで、年間約100万ケースを出荷する。
「富士見町に新しい高原野菜の産地をつくれないか」と動き出したのは嶋崎秀樹社長だった。御代田町を含む北佐久地域は標高約600~800m。高原野菜づくりに適しているが、同社で経験を積んだ若者がすでに御代田町周辺で6人独立している。現在研修中の若者を巣立たせるための新たな農地を探していた。

知り合いを通じ、富士見での生産を決心した嶋崎社長が訪れたのはJA信州諏訪の雨宮勇組合長だった。富士見町を含む6市町村を管内とするJAで、野菜と花がさかんだ。特にセロリは有名で、7~10月には全国の生産量の9割を占めるほど。約90億円の販売事業高のうち42億円が野菜で、そのうち半分以上はセロリだ。主な出荷先である東京の卸売市場に持っていくと担当者から「レタスはないのか」と聞かれることがあるという。「長野といえばレタス」と誰もがイメージするのだろう。かつては管内でもレタスの生産が盛んだったが、高齢化によって徐々に減っていた。離農による耕作放棄地も増加傾向にあった。

嶋崎社長の考えに耳を傾けた雨宮組合長は、連携に理解を示しつつ「最初に枠組みをつくりませんか」と提案した。管内の外から、しかも大型の農業法人が入ってくることで組合員が不安を抱くことを斟酌してのことだった。富士見町も加わり話し合った末、トップリバーが組合員になってJAの事業を活用すること、営農以外の面での地域住民との協力、JAが窓口になっている農地利用集積円滑化事業を活用して農地を利用することなどを決めた。

2010年、同JAの組合員となったトップリバーは富士見町で耕作放棄地を一部含む農地を確保し、御代田で経験を積んだ4、5人のスタッフで生産が始まった。

左からJA信州諏訪 雨宮組合長、トップリバー 嶋崎社長、富士見町 小林一彦町長

人海戦術で畑の石を除去

まもなく大きな壁が立ちはだかった。ほ場にもぐっていた大きな石が次から次へと出てきたのだ。

同社が農地を借りている八ヶ岳南麓は昭和40年代に主に水田として基盤整備された。斜面を削って平らにしたほ場に石を敷き詰め、その上に客土をするというものだった。作土の下にある硬盤層を破砕する作業に使うサブソイラーを使い始めた途端、サブソイラーの刃が石にぶつかった。

レタスをはじめとする洋菜は、硬盤層を壊して水はけをよくしないと根がしっかり張らない。サブソイラーの作業は必須だが、石が出てくるたびに機械を止めなければならなかった。石を除去するといっても、専用の機械があるわけでもない。頼るは人。畑のあちこちに置いたコンテナに石を溜めては畑の外に運び出すという人海戦術しかなかった。スタッフだけでは足らず、地元のシルバーセンターの高齢者にも加わってもらった。ある高齢者から「(基盤整備の時は)わざわざ石をいれたのに、それを取り出すとは」と苦笑いされた。

不思議なことに、一度除去したはずのほ場にしばらくするとまた石が顔を出すそうだ。嶋崎社長は「まるで地面から石が湧いてくるのではないかと思うほど」と振り返る。それでも弱音を吐くことなくスタッフは石を除去しては畑を起こし、野菜を植えていった。懸命に作業する様子を見ていた周辺の農家から「あそこの農地も空いているよ」と声がかかるようになり、徐々に面積が増えていった。

スタッフの大半が御代田町で野菜づくりを経験してきた。御代田町は富士見町より若干標高が低く、真夏にレタス栽培をすると生理障害や虫の被害を受けやすいため、真夏だけキャベツをつくっている。富士見町でも当初は同じ作型だったが、同社の技術担当顧問から「ここならレタス一本でいけそうだ」と言われ、現在はレタス一本に絞り、5月中旬から10月中旬まで長期間出荷できるようになった。富士見町ならではの魅力だという。

視野に入ってきた目標達成

転機が訪れたのは、農林中央金庫が総額200億円を供出する基金「農林水産業みらいプロジェクト」に選ばれてからだ。創意工夫をこらし、他の地域への波及が望める取り組みに挑む事業者が事業計画書を提出し、「農林中金の後押しが必要と判断された部分」に対し、事業費の9割を上限に助成されるというもの。初年度の2014年度に選定された6事業者のひとつに、トップリバーとJA信州諏訪、富士見町からなる「富士見みらいプロジェクト」が選ばれ、運営費のほか農地取得や整備費用など3年間で1億円を超える助成金が充てられることになった。

基金を利用し、導入したものが石を除去する機械「ストーンピッカー」だ。プロジェクトの担当者でもある松木裕第一農場長は「人海戦術を散々経験してきたので、機械のありがたみを実感しました」と語る。現在、2台のストーンピッカーがあちこちの畑で活躍している。

もうひとつの前進は、トップリバーが生産したレタスをJA信州諏訪のルートに乗せるようになった点。生産が始まった当初、野菜の全量をトップリバーの既存ルートで販売してきた。同社はJAを通さず、実需者のニーズに沿ったサイズ、規格で生産し、コンテナに入れて出荷する。一方、JA信州諏訪が集荷するレタスは卸売市場向けが中心で段ボールに入れて出荷する。相違点が多く、販売面の連携は後に持ち越された。

しかし、富士見みらいプロジェクトが選ばれたことをきっかけに「連携をもっと深めよう」と両者が歩み寄り、市場出荷向けに段ボールに入れた同社のレタスがJAに出荷されるようになった。2015年、同社が富士見町で生産した16万ケースのレタスのうち、2万ケースは同JAへの出荷。これはJAが集荷するレタス類(約10万ケース)の約2割にあたる。JAにすれば、取扱量や手数料が増えるというメリットがあるが、トップリバーにも大きな魅力だという。実需者との取引がメインの同社は卸売市場での認知度がまだ低い。同JAを通じて市場出荷を増やすことで、市場での存在感を高めるきっかけになるからだ。2016年には3万ケースに増やす計画だ。

トップリバーのほ場の面積(2016)は約23ha。二毛作をするので延べ面積は46ha。周辺の生産者から「預かってほしい」という要望は次々に舞い込んでおり、農地中間管理機構の事業を利用し、規模を増やす計画だ。プロジェクトの「2020年までに100haの高原レタス・キャベツの新しい産地をつくる」という目標も視野に入ってきた。

松木農場長らスタッフがめざすのは単収のさらなるアップだ。新規で借りたほ場の前作が畑作物であれば、10a当たりの平均単収(470~490ケース)を確保できるが、前作が水稲だと単収が半分近くまで落ちることが過去のデータからわかった。雨による湿害、硬盤を破壊できず、植えた苗の根が十分に張らないことなどが原因とみている。そこで、前作の作物と改良方法、投入した肥料、防除履歴などを記録し、収穫量のバラつきやその原因を探るというデータ管理をプロジェクトの一環として実施していくつもりだという。

ブランド確立は地域一体で

2016年1月末、富士見みらいプロジェクトの2年間の進捗状況の報告会が開かれた。富士見第二農場の農場長で、松木さんと一緒に富士見みらいプロジェクトを担当する伊藤佑貴さんらが地元の生産者、JA・行政関係者を前にして2020年までに100haにしていくための計画について説明した。

ただ、トップリバー一社で富士見をレタス・キャベツの新しい産地にしていくつもりはないという。長野県でのレタスの産地といえば北佐久と川上がよく知られている。生産量も多く、ブランド力もある2産地に比べ、富士見は生産量も少なく、認知度も低い。「仮にトップリバーが富士見町で生産量を増やしたとしても、ブランドが確立されるわけではない」とトップリバーの営業担当の鎌田亮仁さんは言う。特定の法人が面積を増やすだけでなく、地域全体でその作物の生産に関わり、生産者同士が切磋琢磨して技術力を磨き、それが市場や実需者の手に渡り、食べる人に喜ばれるところまでいってブランドというものが確立されるということだ。経営能力の高い個人農家や法人が規模拡大していけば、地域の農地・農業がある程度維持されると考えがちだが、それとブランド確立は別の問題であること、ブランドづくりには地域の農業者や関係者が一体となって取り組む必要があることを実感した。

JA信州諏訪の雨宮組合長も連携が深まったことを好意的に受け止めている。「(契約取引が主流の)トップリバーと私たちでは売り方が違う。異なるつくり方、売り方をする法人が近くにいれば、管内の担い手や職員は相手がどんなやり方をしているのか関心を持つし、互いに切磋琢磨できる。法人とJAも以前は距離をおくことが多いといわれていたが、地域のためになるのなら組めるところは組みたい」と話す。

富士見町にはトップリバー出身で、独立経営をしている若者がすでに一人いる。松木農場長もまもなくトップリバーから独立し、富士見町内で経営を始める予定だ。嶋崎田鶴子専務は「経営が軌道に乗れば、彼らが前例となって『自分も富士見で農業をやろう』という若者が新たに入ってくる。そうやって雇用が生まれ、産地が元気になっていけばいい」と大いに期待している。

<コラム>法人とJAの新た関係構築に大きな期待

私が農業現場の取材を始めた17年前、農業法人の多くはJAに出荷せず独自の販路を持っており、JAと法人は接点がなく、むしろ対立関係にあった。その後、少しずつ両者の距離が近づいてきた。法人の規模拡大が進むとともに、販売業務が煩雑になり、農産物の一部をJAに新たに出荷し始めたという法人を取材したことがある。逆に、法人との関係強化を図ろうとするJA全農茨城が法人に出資したり、農産物の売り先をみつけたりするなど連携する場面が出てきた。互いに得意分野を活かせば両者にメリットありと合理的に考えるようになったのだろう。

トップリバーとJA信州諏訪、富士見町のプロジェクトは生産段階から連携する新しいタイプだ。最初に枠組みを決め、地域住民の不安を払しょくするなどトップ同士の判断によって、地域を超えた連携にも関わらずスムーズに運んだ。

ブランドの考え方が印象に残った。一社の法人の規模拡大のみではなく、地域全体が生産を活性化させてこそ商品のブランドが確立できるというのは、他の商品にはない農産物ならではのブランド確立の条件といえる。高齢化にともなう空き農地の拡大、生産量の減少はどの農村も抱えている問題だけにこのプロジェクトの成果は、他の地域農業にとって大きなヒントになるだろう。

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