営農情報

2016年11月発行「FREY8号」より転載

<アグリ・ブレイクスルー>女性の視点を農業経営にいかす

農業界ではかつてないほど女性の活躍が注目されている。意欲を持って農業界に入ってくる女性も増えている。経営者はこの女性の力をどういかしていけばいいか。生産現場では、女性ならではの視点を経営に取り入れたり、作業工程を見直し、生産性向上を図ったりするなどさまざまな取り組みが進んでいる。単に女性スタッフを増やすだけでなく、女性の視点を柔軟に受け入れる経営者の手腕が求められている。

農業ジャーナリスト

青山 浩子(取材・文)

Profile
1963年愛知県生まれ。1986年京都外国語大学英米語学科卒業。日本交通公社(JTB)勤務を経て、1990年から1年間、韓国延世大学に留学。帰国後、韓国系商社であるハンファジャパン、船井総合研究所に勤務。1999年より、農業関係のジャーナリストとして活動中。1年の半分を農村での取材にあて、奮闘する農家の姿を紹介している。農業関連の月刊誌、新聞などに連載。著書に「強い農業をつくる」「『農』が変える食ビジネス」(日本経済新聞出版社)「農産物のダイレクト販売」(共著、ベネット)などがある。

女性の目線を経営に取り入れる ―(株)みやもと農園

「うちの女性スタッフは男性より優秀ですよ」――。こう話す農業法人の経営者は実に多い。どこが優秀なのかと聞くと、「仕事が丁寧」「そもそも育てる仕事は女性に向いている」「責任ある仕事を任せようとすると女性は目を輝かせるが、男性からは『やりたくない』といわれてしまう」など話は尽きない。やる気満々の男性スタッフも数多くいるはずだが、株を上げているのは間違いなく女性のようだ。

女性が経営に参画することで経営体の収益性が高まるというデータもある。日本政策金融公庫が2012年に調査を行い、融資前と融資して3年後の経営体の売上を比較し、「女性が役員、幹部として関わる農業法人はそうでない法人より売上の伸び率が高い」という結果を出した。公庫にその理由を聞いたところ「考えられる点は2つ」という。一つは、女性の持つ消費者目線、生活者目線が経営にうまく生かされるということだ。女性スタッフが関わって農産加工品をつくる場合、「自分が買いたいかどうか」「いくらなら買ってもいいか」という視点に常に立って商品開発をする。結果的に消費者に喜ばれる商品が生まれ、売り上げ増加につながるということだ。もう一つはマネジメント面。女性スタッフを多く抱える経営体では、同性の役員がいるほうがスタッフへの目配りができ、適材適所を踏まえた人材配置ができるため生産性が上がる、とのことだ。

だが、単に女性を幹部にするだけで収益性が高まるわけではない。求められていることは、幹部、従業員やパートを含め女性スタッフが能力を十分発揮できるように、経営者が目を配ることだ。

宮本圭一郎社長が率いる(株)みやもと農園(滋賀県)は実にうまく女性の視点をいかしている。トマト、ブロッコリーなど年間に50品目以上の野菜を生産し、スーパーへの販売、消費者への直販を中心に行っている。スーパーには同農園の野菜を独占的に販売する「みやもと農園コーナー」が設置されている。
コーナーではかつてパプリカを1個売りしていたがその後、色とりどりの4色袋入りのミニカラーピーマンに変えた。女性客から「パプリカは大きすぎて一回の料理で使い切れない」といわれたことがきっかけだ。いまではコンスタントに売れるアイテムのひとつになっている。

水菜、レタス、ハーブなどを少量ずつ入れた「サラダセット」は女性スタッフの提案で生まれたアイテムだ。野菜を袋詰めする作業中に、重量の関係ではじかれる野菜が生じる。これらを「何かいかせないか」と考えたスタッフが開発したそうだ。生産面でも工夫が凝らされており、女性の背丈に合わせてハウストマトの棚をつくるなど、作業しやすい環境づくりを行っている。女性客やスタッフの意見を柔軟に受け止め、経営に反映してきたことが総勢4人という少数精鋭のスタッフで約3200万円の売上を確保している要因ではないかと思う。

(株)みやもと農園の皆様

コミュニケーション能力を現場にいかす ―(有)池田牧場

女性はコミュニケーション能力に長けている。この力をいかんなく発揮し、6次産業化を成功させた経営体のひとつに(有)池田牧場(滋賀県)がある。

経産牛約50頭を飼育する一方で、イタリアンジェラートの製造・販売、農家レストラン・キャンプ場の運営と多角的な事業を展開している。26人の従事者のうち女性が18人を占め、酪農部門以外のスタッフは全員女性だ。

牛舎の横に構えたジェラートショップは1997年の開設当初から好評を博している。お客さんの「おいしい」のひと言に、専務の池田喜久子さんが「(お客さんの言葉を)牛に伝えておきますね」という会話からも、顧客とのコミュニーションを大切にする様子が伝わってくる。口コミで顧客が増え、農道に車の行列ができるほどになったため、2003年に広い駐車スペースを持つ現店舗に移転。夏期シーズンともなると2000人ものお客さんであふれる。

取材した日には、池田さんの親戚のおばあちゃんが昔ながらのやり方であられを炒っていた。自然と集まってきた人とおばあちゃんの会話が生まれる。「うちのおばあちゃんも昔、こうやってあられを炒っていたんです」。ジェラート目的で来たのに長い時間待つことになるお客さんのためのサービスでもあり、田舎の親戚を訪れたような気分を味わってもらうための粋な演出だ。

(有)池田牧場のジェラートショップ

一方、牧場のスタッフには二度、三度と尋ねてくれるリピータの顔を覚え、初めて来た人とは別の対応をするようにときめ細かい指示を出している。「人の往来が少ない場所で事業を続けるには味もそうだけど、スタッフによるお客さんへの対応がものをいう」と池田さんは顧客とのコミュニケーションの重要性について語る。

ジェラートショップを移転させた年、「田舎の親戚香想庵」という古民家を改造した農家レストランを開いた。鈴鹿山脈を眺めながらジビエ(鹿肉)をメインとした地産地消にこだわる料理を提供する。
いまでこそジビエは一般的に認知されるようになったが、当時は抵抗感を抱く人もいて、開店から5年ほど集客に苦労した。そこで、なぜ鹿肉を提供するのか、レストランを通じて何を伝えたいかなど思いの丈をテーブルに置かれたメニューブックを通じて伝えることにした。鹿が農産物に被害を与えるため近隣の山で捕獲されているものの、そのまま放置されていた現状にふれ、「人間が食べてこそ鹿は命を全うできるのではないか」と料理として提供するに至った経緯が書かれている。

鹿肉がメインの料理(大皿料理鹿コース)は一人前2,160円。ランチとして安い金額ではない。それでもレストランはすっかり軌道に乗り、常に大勢の予約客で賑わう。メニューブックや真心こもったコミュニケーションを通じ、経営者の思いが訪れる人の胸に届き、集客につながっているのだろう。

原料を加工し、付加価値をつけて販売する6次産業化に取り組むということは、消費者を相手にビジネスを展開することでもある。消費者はたくさんの選択肢から自分の都合のよいものをつまみ食いする。その消費者の心をつかみ、ファンにするためにコミュニケーション能力は不可欠だ。男性以上に長けている女性のコミュニケーション能力の活用は6次産業化に取り組むあらゆる経営体にとってヒントになる。

古民家を改造した農家レストラン「田舎の親戚香想庵」(左)と、レストランが提供する鹿肉がメインの料理(右)。

女性の視点取り入れ生産性を向上 ―京丸園(株)

女性目線を活用できるのは6次産業化の分野だけではない。水耕栽培で芽ネギ、チンゲンサイ、ミツバを生産する京丸園(株)(静岡県)は、生産現場に女性の視点を取り入れている。商品の調製および出荷作業には手先が器用な女性が適していることもあり、全73名の従事者のうち、女性が38名。また障がい者が24名働いている点も同社の特徴だ(いずれも2014年時点)。女性や障害者の雇用について、鈴木厚志社長は「すしのネタに使われる芽ネギの生産拡大にともなって人材が必要になり、募集を行ったところ、応募してくれたのが女性、高齢者、障がい者だった」と話す。

鈴木社長は「ひと言で農業といっても、生産、出荷調製、加工、営業、経理といろんな仕事がある。それだけさまざまな人が関わることができる。それが農業の特性ではないか」と言う。「こうした特性をもっといかすには、仕事に人が合わせるのではなく、人に合わせて仕事を創っていくことができるはず」。そこで女性や障がい者が少しでも働きやすいように現場の改善をひとつずつ行っていった。女性専用のトイレの設置、冷房のきいた調製場などハード面の整備のみならず、作業現場にも女性の視点を取り入れて、柔軟に対応していった。収穫後の野菜を入れるコンテナの小型化はその一つだ。

小型化されたコンテナが並ぶ作業場。

ハウスで収穫した野菜をコンテナに入れ、それを調製場まで運ぶのは主に男性スタッフだ。「一度に多くの野菜を収穫して運ぶほうが効率的」と当初は大きめのコンテナを使っていた。だが調製場に運び込まれたコンテナは女性スタッフも運ぶ。その女性スタッフからの「重い」との意見を反映させ、小型化した。軽量化されたことで女性でも容易に持ち上げられるようになり、作業性が向上しただけではなく、商品ロスも減った。というのも、これまでコンテナ下部の野菜が上部の野菜の重みに押されてしまい、商品として出荷できないことがあった。コンテナ自体を小型化したことで問題が解決し、商品化率が上がるなど想定以上の効果があった。いまでは営業にも女性スタッフが同行し、商品開発やパッケージのデザインにも女性スタッフに意見を出してもらうなど多方面にわたり女性の視点をいかしている。

経営者は常にどうすれば作業を効率化でき、省力化できるかを考える。だが体力面で男性に劣る女性の視点から見れば、別の方法のほうがかえって効率化できることがある。京丸園(株)では、女性が意見を出したり、提案をしやすい環境があり、出された意見を経営者が柔軟に受け止め、積極的に生産活動に反映させるという両方の歯車がうまく回っているからこそ生産性の向上につながったのだろう。

農業をやりがいある職業と考える女性は確実に増えている。生産現場でも機械化が進み、女性であっても立派にこなせる仕事が増えてきた。だが単に労働力とみなしたり、女性を雇うだけで経営が好転するわけではない。男性とは異なる意見や提案を柔軟に受け止め、女性が能力を発揮できるように支援していくことで、貴重な戦力となり、結果的に経営向上につながっていくのだと思う。

京丸園(株)は女性が働きやすい環境整備をすすめている。

<コラム>農業関連業界の女子力にも注目

農業用ハウスの温風機のトップメーカー、ネポン(株)は2014年「ネポン女子プロジェクト」という社内プロジェクトを立ち上げた。事業所勤務の約10名の女性社員が活動に参加。事業所内のデモンストレーション用ハウスで商品説明をしたり、野菜をつくって社員に収穫してもらったり、花壇に植栽をするなど多様な活動をしている。

近年、企業の農業参入、規模拡大志向の強い若手経営者の台頭など農業界の構造改革が進んでいる。こうした変化に対応する第一歩として、同社の製品を農家がどう活用し、経営に役立てているのかを知るため、メンバーは現場を訪ね、社内向けのレポートやフェイスブックで紹介している。内勤が多く、顧客のもとに出向く機会が少なかったメンバーにとって大きな刺激になっており、「温風機を農家がどうやって活用しているのかがよくわかった」、「温風機が止まるとどれほど農産物にダメージを与えるのか具体的な話を聞くことができた」などの意見が出た。共通していたのは「農業界にこれほど多くのパワフルな農家が多く存在していることを実感した」という意見だった。

取材を受ける側の農家も、新たな取材先を紹介してくれたり、若手農家グループがネポン社を訪問するなど動きが出てきた。交流を機に新規顧客の獲得につながれば、業績にも貢献する。農家数の減少は農業関連業界に不安材料を与えているが、女性の視点が入り込むことで新たなビジネス創造の機会となるだろう。

営農情報一覧ページに戻る