2016.10.05

福利厚生どころじゃない! 組織のアイデンティティにも通ずる、ヤンマーにとってのサッカー

ヤンマーとサッカーの関わりを深掘りするシリーズ連載。初回の前編はセレッソ大阪を運営する大阪サッカークラブ株式会社代表取締役・玉田稔さんに、ヤンマーディーゼルサッカー部時代からプロ化にいたるまで、貴重なお話をうかがいました。

後編は視点を変え、ヤンマーの一般社員にとってのサッカーの存在とは、どのようなものなのかを探ります。前編に引き続き、サッカーライターの川端暁彦さんにご寄稿いただきました。

 


「なぜヤンマーは、サッカーに情熱を捧げるのか?」

このテーマを追ううえで、サッカー関係者の声や経営目線からの見解だけでは物足りないものがある。ヤンマーディーゼルサッカー部からセレッソ大阪へ、ヤンマーとサッカーの関わりは「一般社員」の目にはどう映っているのか。

後編ではヤンマー株式会社の人事部部長の神原清孝さんと、総務部部長の山田耕一郎さんにお話をうかがった。社内では比較的、サッカー愛の強い社員ということで今回、白羽の矢が立ったお二人。昔話から始まった対談は、サッカーと企業コラボレーションがもたらす意外な効果についてまで広がっていった。

前編とあわせて、お読みいただきたい。

 

ヤンマー株式会社 人事総務法務ユニット 人事部長 神原清孝

 

ヤンマー株式会社 人事総務法務ユニット 総務部部長 山田耕一郎

世界中の社員がヤンマー人としての誇りを持つきっかけに
破格の企業イベント・ヤンマーグローバルカップ

――まずはお二人とヤンマーサッカー部の関わりについて教えてください

僕自身、高校・大学とサッカーに取り組んできました。息子二人もサッカーをやっています。ある意味、サッカー家族ですね。入社したのはバブル経済の終わりくらいの時期でしたが、ヤンマーを選んだ理由として、サッカー部の存在はありました。大阪のサッカーマンにとって、ヤンマーはやっぱり特別な存在でしたから。

私はサッカーには興味がなかったですね。ヤンマーに釜本邦茂さんという凄いサッカー選手がいるのだという認識はありましたけれど、本当にそれだけ。節目節目でセレッソの試合を観る機会があったんですが、J2に落ちている2008年ですね。香川真司選手と乾貴士選手のコンビを観ていたら、本当に楽しくて楽しくて(笑)。本当に強かったですから。サッカーにハマってしまったのは、その時でした。

――お二人はよくスタジアム観戦されているそうですが、ヤンマーの社員はみなさん、サッカー好きなのでしょうか。

みんながそうということはないですよ。でも、割合としては多いかもしれません。サッカー好きどころか、大好きだという社員は結構多いですけれどね(笑)。実際にスタジアムに観に行ってみると、サッカーの楽しさに気づいてくれる社員も多いはずと思っています。

――実際に観に行けば、というのはよくわかります。その一歩を踏み出すような、社員向けの取り組みはありますか?

きっかけ作りということではいろいろとやっています。チケットや割引券を配ることもあれば、今年は柿谷曜一朗選手が(欧州への挑戦から)帰ってきたので、彼の激励会として試合観戦のあと社員のみんなと写真撮影会を実施しました。これはヤンマーならではの特典です。さすがにそこには300人くらい集まりましたね。試合でも彼がゴールを決めて勝って、すごく良かったですね。ただ、こういったきっかけ作りの取り組みにも参加する社員が固定してしまっているとも感じています。そこは課題ですね。

――社員一人ひとりにとっては福利厚生的な側面もあると思うのですが、国内外の拠点数も多い大きな会社ですから、組織としての一体感を持つためにも「サッカー」という触媒は大きいのではないでしょうか?

セレッソが2015年シーズンにJ2に落ちて一つだけいいことがありました。近年J1では対戦のなかった熊本、大分、長崎、福岡、栃木、群馬、水戸といったところには弊社のディーラー網があるんです。農業機械、舶用と拠点はいろいろなのですが、各地のグループ社員にとっても、セレッソは「おらがチーム」なんですよね。我々としてはチケット代金の補助をさせていただきつつ、100人、200人と応援に来てもらっています。

組織の一体感というところでは、「ヤンマーグローバルカップ」という、社員によるサッカーの大会は欠かせません。全世界のヤンマーの拠点で地域別に予選大会が行われて、勝ち抜いたチームが日本に集まり、決勝戦はキンチョウスタジアム(セレッソ大阪の本拠地)で行われているという、本格的なサッカーの大会です。

――え、ヤンマーの社員だけのサッカー大会なんですか?

そうなんですよ(笑)。世界各地の拠点のマネージャークラスが本社に訪れることはありますが、一般社員はなかなかそういう機会に恵まれません。それもあり予選からモチベーション高く、楽しみながら臨んでもらえますし、勝ち抜いて日本に来てくれた社員にとっては、ヤンマーへのロイヤリティも高まるのではないかと思っています。一般的に海外拠点の社員は離職率が高い傾向にあります。きっかけはサッカーでも、「おらが会社」になれば、変わるものもあるのではないかということです。

試合自体も白熱しました。関東チームにはヴァンフォーレ甲府のアカデミー(ユースチーム)でプレーしていた、やけにレベルの高い選手もいたり(笑)。日本国内ではエントリーした地域選抜8チームを2チームに絞る最終予選を行い、一方、海外は11カ国から8チームの選抜チームで参加してくれました。フランス、オランダ、イタリアの3カ国で構成されるヤンマー欧州選抜には、セリエBでプレーしていたという選手もいて(笑)。

――いち企業の催しのレベルを超えてますね(笑)

試合や大会自体のスケールもそうなんですが、今回のテーマでいくと、“フェス”仕立てにした決勝こそ、ヤンマーならではのイベントでした。家族で参加する社員も楽しめるように屋台を出して、トラクターや建設機械を並べてヤンマー製品に乗って、触れてもらったり。セレッソにもご協力いただき、子ども向けのサッカー教室も開催しました。今年の大会ではサプライズで柿谷選手と杉本健勇選手にも来ていただきました。

試合の演出ではスタジアムDJをセレッソの試合を担当している西川大介さんにお願いしました。大会決勝戦の前座ではヤンマーサッカー部のOB選抜チームと、現ヤンマーの社内選抜が試合。ちなみに山岡健人社長も左サイドハーフで出場しています。

また、大会出場者には、セレッソ対ファジアーノ岡山のJ2リーグ戦をヤンマースタジアム長居で観戦してもらいました。海外からの参加者も、立派なプロチームを持っている企業に勤めているのだということを実感いただけたのではないでしょうか。あらためて、企業がサッカーチームを持つ意味や価値を感じる機会でした。

豊かな暮らしの実現に貢献する
企業理念にも通ずる、ヤンマーにとってのサッカーの存在

多国籍企業かつ国内拠点も多く持つ企業ならではの試みであり、広い事業展開ゆえに抱えてしまう“一体感の喪失”を補う施策でもある「ヤンマーグローバルカップ」。まさにサッカーをアイデンティティとする企業ならではのアプローチだろう。ヤンマーにとってのサッカーは物理的なつながりを生むだけでなく、社員の働き方にまで影響を与えている。

――もう一つ、お聞きしたいと思っていたのは「ヤンマーイレブン」のお話です。サッカーにインスパイアされた行動指針だとうかがいました。

業務をはじめ、日々の活動における社員の判断基準として「ヤンマーイレブン」を定めています。社内の若手が集まり、ヤンマーらしさを考えながら作ったのですが、最初は70項目くらいの候補があったようです。それを10個くらいに絞ろうとなった段階で、「俺たちはヤンマーなんだから、イレブンだろう」と(笑)。社員には何か迷うことがあれば、ヤンマーイレブンに基づいて判断してほしいと伝えています。

――「世界に勝てるスピードで動け!」あたりはサッカーを想起させます。

当然、イレブンというのはサッカーにかけていますしね。これに限らず、人員配置をサッカーのフォーメーションに例えるなど、普段の業務でもサッカーがキーワードになることは少なくありません。それこそヤンマーディーゼルサッカー部の頃から、山岡浩二郎(神崎高級工機製作所元社長、ヤンマーディーゼル株式会社元取締役)さんは組織の運営を活性化するための手段としてサッカーを考えられていたそうですし。

本社ビルには柿谷選手や香川選手が来社してくれた際にガラス面にサインしたフロアもあれば、試合のポスターなども掲示してます。社員も自然とヤンマーとサッカーとの関わりを意識する環境にあるのかもしれません。

――それこそ社長も大のサッカー好きと聞きました。

セレッソ大阪のホームゲームはほぼ毎試合来ていますからね。

――社長から一般社員まで。ヤンマーとサッカー、あらためて深いですね。

サッカーに関する話なら、いくらでも出てきますよ。たとえば、タイではバンコクグラスFCというアジアチャンピオンズリーグにも出場するようなプロチームとセレッソが提携して、サッカーをやりたいけれど、家庭事情などでサッカーができない子どもたちをサポートしています。バンコクの学校にも通わせつつ、サッカーの練習も行う活動を「山岡育英会」の奨学生制度を活用して行っています。そこではセレッソからコーチを派遣してもらって質の高いトレーニングを行い、プロ選手を育成しています。残念ながらプロになれなかった選手もバンコクグラスFCの母体のビール瓶の製造会社への就職につなげるようなことも検討しています。サッカーだけではできないことですが、サッカーとヤンマーの縁から始まっていることだと思います。

ヤンマーはブランドステートメントで掲げる資源循環型社会を目指そうという中で、地球を守るために人が犠牲になるというのではなく、人も自然もともに豊かになる社会を目指しています。人の豊かさを考えた時に、精神面と肉体面の健康を保っていくために、スポーツの果たす役割は大きいと思います。ヤンマーにはすでにサッカーが企業文化としてありますから、そこは大事にしようとみんなで考えています。

 


グローバルカップの話に顕著だが、ボーダーレス化する世界の中でサッカーが果たす役割の大きさを感じさせる内容だった。しかし根底にあるのはヤンマーという企業が持つ「サッカー愛」なのかもしれない。単純に利益だけを追う企業にはできないようなアプローチがしばしば出てくるからだ。

「ヤンマーはなぜ、サッカーに情熱を捧げるのか」

1957年に始まったヤンマーとサッカーの関係は、半世紀上の時を経て形を変えてなお健在だ。それは企業理念に息づき、社員の行動指針に反映され、福利厚生としての要素を持ち、ヤンマーという多国籍に展開する大企業が一体感を得るための触媒にもなっている。もはやアイデンティティと言えるヤンマーとサッカーの関係性が生み出す温度感のあるエピソードの数々は、企業がスポーツに情熱を注ぐ意味や価値の大きさを、熱く力強く、そして優しく物語るものだった。

川端暁彦(かわばたあきひこ)

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。現在はフリーランスとして『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカーダイジェスト』『ゲキサカ』などのサッカー専門誌、ウェブサイトほか各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『Jの新人』(東邦出版)ほか。

次回以降のシリーズ連載では、欧州やアジアのクラブ/ナショナルチームへのスポンサード、スタジアムのネーミングライツなど、サッカーをメディアとした広報戦略についても掘り下げる予定です。乞うご期待!

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