2026.08.24

【特別対談】ヤンマー×セレッソ大阪 「HANASAKA」の精神で目指す新しい豊かさ

サッカー・Jリーグで熱い戦いを繰り広げているセレッソ大阪のホームスタジアムである長居球技場(大阪市東住吉区)の愛称が4月1日、「YANMAR HANASAKA STADIUM(ヤンマーハナサカスタジアム)」となりました。名称に込められた想いやスポーツが持つ力、スタジアムがある長居公園全体で目指したい未来などについて、ヤンマーホールディングスの白藤万理子取締役とセレッソ大阪の森島寛晃会長が意見を交わしました。

ヤンマー時代から受け継ぐ挑戦のDNA

白藤 セレッソ大阪の前身であるヤンマーディーゼルサッカー部は、社員の自主的な発案によって創部された歴史を持ちます。誕生の経緯からして、挑戦を感じさせるものです。

森島 私のプロサッカー選手としてのキャリアは、ヤンマーサッカー部からスタートしました。ヤンマーサッカー部は、釜本邦茂さんをはじめとして偉大な先輩方が活躍された伝統あるクラブです。そして白藤さんがおっしゃったように、挑戦する精神が受け継がれています。ブラジル出身の選手を招いてチームを強化したり、海外遠征を実施したりと、他のクラブに先駆けた取り組みを数多く行ってきました。まさに、セレッソ大阪の根幹にあるのが、ヤンマー時代から変わることのない挑戦のDNAです。

白藤 今から約70年前、ヤンマーはブラジルで事業を立ち上げました。言葉も文化も違う中で、当初は苦労も多かったようです。そんな中、当社社員と現地の方をつなげたのがサッカーでした。プレーを通して交流し、信頼関係を築いたことで事業も成長していったと聞いています。

森島 私は入団1年目に、チームからブラジル留学に送り出してもらいました。サンパウロという名門チームでブラジル人とプレーすることで、自分に足りないものを見つめ直し、彼らの勝利への貪欲な気持ちを学びました。ブラジル留学は、私のキャリアにおける大きな挑戦の一つです。

「HANASAKA」という言葉に込めた想い

森島 4月1日より、長居球技場は「YANMAR HANASAKA STADIUM(ヤンマーハナサカスタジアム)」という愛称になりました。ヤンマーグループは「HANASAKA(ハナサカ)」という価値観を大切にしていますよね。

白藤 HANASAKA(ハナサカ)とは、「人の可能性を信じ、挑戦を後押しする」という当社が創業時から受け継いできた価値観です。私たちは「A SUSTAINABLE FUTURE-テクノロジーで、新しい豊かさへ。-」というパーパスを掲げており、HANASAKAの精神は、パーパスの実現に向けた原動力です。自分が挑戦するだけでなく、挑戦する誰かの背中を押してあげることでもあります。サッカーで例えると、スタジアムに行って選手に声援を送ることです。サポーターの熱い想いを受けてチームが勝利し、選手が成長することは、言わば花が咲くこと。咲いた「花」を見ると、応援した人たちは感動し、「自分も頑張ろう」という勇気や活力をもらえます。そして、選手やチームから勇気や活力をもらった人が、それぞれの活動の場、仕事で挑戦する。HANASAKAは、このような循環を生み出します。「ヤンマーハナサカスタジアム」という愛称には、選手たちが挑戦し、その姿を多くの人たちがワクワクしながら後押しする場所となってほしいという願いも込められています。

森島 セレッソ大阪には「ハナサカクラブ」という育成サポートクラブがあります。これは、18歳以下の選手が所属するアカデミー(育成組織)をサポートすることを目的とした、個人協賛会のことです。会費はクラブ運営費とは完全に分け、アカデミーの活動をサポートするためのみに活用 されます。まさに「挑戦する誰かの背中を押してあげる」という、HANASAKAの精神が形になった組織です。アカデミーからは多くのプロ選手を輩出しており、南野拓実選手、北野颯太選手たちがここから海外へと羽ばたきました。彼らの先駆けであり子どもたちの憧れの的である香川真司選手も、セレッソから海外に挑戦し、「花を咲かせた」選手です。その香川選手は今、セレッソ大阪に戻って後輩たちの手本になってくれています。

スポーツとテクノロジーの力で、人も自然も豊かに

森島 夢や目標を持てることが、スポーツの大きな力だと私は思っています。関わる人たちに一体感が生まれるのも、スポーツならではの力です。白藤さんはスポーツの力をどのようにお考えですか。

白藤 当社のパーパスにある「新しい豊かさ」を実現する力を、スポーツは持っていると考えています。新しい豊かさとは、人も自然も豊かになることです。スポーツをしたり、観戦したりして活力を得ることは、まさに人の豊かさです。一方で、スポーツは時に自然に負荷をかけます。電力を大量に消費するスタジアムの照明はその一例です。そこでヤンマーはセレッソ大阪と協力し、ホームゲーム全試合のカーボンオフセットを実施する「CO2ゼロチャレンジ」を2012年から進めてきました。2025年にはセレッソ大阪の「サステナビリティパートナー」に就任しています。スタジアムで発生した食品廃棄物をヤンマーグループのバイオ式コンポスターで堆肥化して、長居公園内の体験型農園で利用する活動などを行っています。人の豊かさと自然の豊かさは相反すると思われがちですが、スポーツとテクノロジーの力があれば両立できると考えています。

森島 セレッソ大阪のアンバサダーが学校を訪問して環境に関する授業を行うなど、私たちも「新しい豊かさ」の実現に取り組んでいます。選手が持続可能性について学ぶ時間も設けており、クラブ全体で意識の向上に努めています。

白藤 長居公園内には3つの競技場があります。ヤンマースタジアム長居、ヤンマーフィールド長居、そしてヤンマーハナサカスタジアムと、今回のネーミングライツ取得で3つすべてがヤンマーの名前を冠することになりました。ヤンマーグループは長居公園の指定管理者でもあります。公園全体を一元的に運営できるという特徴を活かし、長居公園を当社のサステナブルな取り組みやソリューションを地域に、ひいては世界に発信する拠点にしていきたいと考えています。テクノロジーが実現するワクワクする未来を、サポーターや地域の皆さまをはじめ、公園を訪れる全ての方に体感してもらうことが今後の目標です。

森島 セレッソ大阪がこれから目指すのは、まずはリーグ優勝。そしてアジア、世界です。関わってくださるすべての方と一緒に、このスタジアムで一試合ずつ戦っていきます。ただ、単に勝利を追い求めるのではなく、地域になくてはならないクラブ、大阪のシンボルと言ってもらえるようなクラブになっていくことに挑戦していきます。

プロフィール

白藤 万理子 氏(しらふじ・まりこ)

ヤンマーホールディングス株式会社 取締役 サステナビリティ、CSR、総務担当

2000年、ヤンマーに入社。アグリ事業とエネルギーシステム事業において経理を19年間担当し、本社の人事部門へ。2020年4月、ヤンマーグループの特例子会社、ヤンマーシンビオシスの取締役企画管理部長として赴任、同年6月代表取締役社長に就任。2024年6月より現職。

 

森島 寛晃 氏(もりしま・ひろあき)

株式会社セレッソ大阪 代表取締役会長

1991年、ヤンマーディーゼルサッカー部にプロ契約で入団。同チームが母体となってJリーグに参入したセレッソ大阪でプレーし、日本代表として1998年、2002年のワールドカップに出場。現役引退後、2018年12月に株式会社セレッソ大阪代表取締役社長に就任。2025年4月より現職。

【対談の様子は動画でもご覧いただけます】

 

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WEBサイト「私たちの理念」

WEBサイト「HANASAKA(ハナサカ)」