2026.03.26

南極の今と未来を見つめる。ヤンマーの発電技術が支える「持続可能な観測」の現場から

内陸では年間平均気温がマイナス40℃から50℃以下にもなるという、過酷な世界・南極。観測拠点となる昭和基地は、国立極地研究所の附属施設で、同研究所が管理を担っています。そしてこの観測活動や生活に必要な電力の部分を支えているのが、実はヤンマーの発電機だということをご存じでしょうか。

1957年から約70年の歴史を持つ南極観測の拠点・昭和基地は現在第67次隊が越冬しています。その昭和基地にヤンマーの6RL-Tエンジンが採用されたのが1983年のこと。その翌年から、発電機の運用・保守を担う発電機担当隊員として、ヤンマー社員を国立極地研究所に派遣しています。以来、40年以上にわたり、南極での観測活動や生活に電気を安定して供給し、昭和基地の灯火を絶やさぬように守ってきました。

今回は、国立極地研究所に出向し、南極地域観測隊として南極に赴いたヤンマー社員3名と、幾度も南極に赴き、観測活動を主導してきた国立極地研究所 南極観測センター長の伊村智さんにインタビューを実施。南極から見た今の地球環境の実態や、観測活動が何を目指してきたのか、そして今後のビジョンについて語っていただきました。

WEBサイト「ヤンマーと南極」

100万年前の空気を採取…!?南極観測の今

——日常を日本で過ごしている私たちからすると、“南極”と聞くだけで、想像を絶する過酷な環境を想像してしまいます。まずは、現在の南極での観測活動について、どんな目的をもって取り組んでいるのか、教えてください。

伊村:国立極地研究所にとって、昭和基地の観測活動を維持管理すること、またその場に研究者を送り込むことが大きな役割の一つとなっています。では、なぜそこまでして南極にこだわるのか。その最大の目的は「気候変動」の解明にあります。

地球温暖化という言葉が登場してずいぶん経ちますが、実は短期間で気温が上がったからといって、それが即座に温暖化の証拠になるとは限りません。地球規模の長い歴史の中では、単に変動の「山と谷」を見ているだけの可能性もあるからです。私たちが観測し始めて70年ですが、それだけのデータでは到底判断できないのです。

だから南極をさまざまな観点で調査し、南極の“今”をモニタリングしながら、同時に過去の地球の環境を探るアプローチも必要になります。

南極・昭和基地。南極地域観測隊が通年観測活動を行う日本の主要基地として、半世紀を超えて維持・管理・運用を続けている

——具体的に、観測隊ではどんな観測をしているのでしょうか。

伊村:大きく分けると、氷床の掘削調査、氷床と接する海洋の調査、大気の調査、という3つの観測を柱として行っています。

まずは氷床の掘削調査ですが、昭和基地から1,000km内陸部に行ったところに、一つの氷床のピークがあります。調査の際は、映画「南極料理人」の舞台にもなった、ドームふじ基地を前線基地としてきました。現在では、そこから約5km離れた場所にドームふじ観測拠点Ⅱを設置し、そちらで掘削を行っています。

伊村 智(いむら さとし)氏
国立極地研究所 総括副所長 南極観測センター長

南極の氷は、降り積もった雪が空気を抱え込んだまま固まったものなので、この氷床を掘ることで、まるでタイムカプセルを開けるように過去の地球の空気を採取できます。今私たちが狙っているのは、100万年前までの氷です。それを分析すれば、この100万年間での地球の気候サイクルが見えてくるかもしれない。途方もない過去の自然現象が、これからの地球の環境を予測するための“物差し”にもなっているのです。

氷床コアの掘削作業の様子

——100万年前の氷と空気…!想像を超えたスケールの話でした。

伊村:それだけではありません。近年、南極の氷が「水面下から」融けていることがわかってきました。暖かい海水が氷の下に流れ込むようになって、海に接している南極の氷の底が融けてしまっている。これは、海面上昇にも直結する重大な現象です。

また、地球の大気は赤道で温められた空気と、極地で冷やされた空気が、循環するように常にかき回されており、また、地球の「極」に世界中の空気が集まる仕組みになっています。よって、今、南極では昭和基地の近くに1,000本ものアンテナを立てて大気の流れを観測していますが、これは地球全体の「健康診断」のようなものですね。

——「地球の健康診断」は南極だからこそできることなのですね。その「診断結果」は、どのような形で「健康状態の改善」につなげていくのでしょうか。

伊村:もし仮に、地球温暖化が本当に起きていたとすれば、海面上昇はかなり深刻な状況を引き起こすことがわかってきているので、地球環境の危機的な状況を南極から発信していくことが、非常に重要になってくると思います。

例えば、オゾンホールの存在を観測して、いち早く世界に警報を発したのは昭和基地だったんですよ。その報告からわずか5年後には、原因となるフロンガスの排出を規制する国際的な条約が結ばれました。かつて放出された成分がまだ空に残っているため、完全に消滅するには時間がかかりますが、今、オゾンホールは確実に縮小に向かっていますよね。

——やはり温暖化も、そのくらい差し迫ったものなのでしょうか。

伊村:いえ、実は、昭和基地の周辺に限っていえば、気温の上昇を劇的に実感するシーンはそれほど多くありません。南極の中でも、気温の上昇が見られる場所とそうでない場所があって、昭和基地の周りはあまり温度上昇が見られないんです。

一方で、南極の一部地域では、氷がどんどん溶けていって、地面があらわになり、草が生えて「緑の南極」になっている場所もある。昭和基地でも温度上昇を感じ始めたということは、それ相応の変化が地球規模で起きているということかもしれません。だからこそ、日々のモニタリングがとても重要なんです。
気温上昇、そして海水温の上昇による氷の融解についても、引き続き注視すべきだと感じています。

南極地域観測隊は「停電の恐怖」との戦い

——さきほど伊村さんから『南極は、地球の健康診断ができる場所』というお話がありましたが、その観測活動と昭和基地での生活を支えているのが、ヤンマーの発電機です。

石川:ヤンマーは、40年以上にわたって南極地域観測隊として現場に赴き、観測活動と現地での生活を支えてきました。現在、昭和基地で稼働しているメインの発電機は2代目です。

昭和基地にはじめて納入されたヤンマーのエンジン「6RL-T」

単に自社の発電機のメンテナンスだけでなく、基地にある30台以上の小型発電機、他社製のエンジンも含めて、すべての動力の維持・管理を担当しています。昭和基地では、約30名の越冬隊が1年間、夏場には100名近い人間が活動するのですが、もしも、昭和基地で電気が止まったら「4時間ですべてが凍る」とも言われ、すなわち観測活動や生活のための動力源がなくなってしまいます。

石川 貴章(いしかわ たかあき)
ヤンマーパワーソリューション株式会社 
2015年に国立極地研究所に出向し第57次南極地域観測隊に越冬隊員として参加

——たった4時間、ですか…?

高木:もちろん実際にそれだけの時間、止まったことはないですけどね。でも、万が一エンジンが不具合で止まり、停電してしまうと、隊員全員の命に関わります。そのため、定期メンテナンスを行い、フィルター類の交換や内部の状態確認を徹底することはもちろん、2台のエンジンのうち片方を予備電源として備え、500時間毎に交互に稼働するようになっています。でも、これだけ備えていてもやむを得ない理由で停電が起きてしまうことも稀にあります。

現在、昭和基地に導入されている2台のエンジン

長谷川:我々の居室には警報装置が付いていて、発電機に異常が生じた場合は駆けつけられるようになっています。もちろん停電を起こさないようにするのがベストですが、何かトラブルが起きてしまった場合にいかに早くエンジンを正常稼働させられるか、というのも重要な仕事。

おそらく、これまでの発電担当隊員全員が「停電の恐怖」と戦ってきたんじゃないかと思います。

長谷川 司(はせがわ つかさ)
ヤンマーパワーソリューション株式会社 生産本部
2023年に国立極地研究所に出向し第67次南極地域観測隊に越冬隊員として参加

——停電が起きたときに備えているということは、気持ちとしては24時間臨戦体制ですよね。

石川:たしかに、24時間本当の意味で気が休まる時間はあまりなかったかもしれません。でも、日常の基地内での環境はおそらくみなさんが想像するよりも過酷ではないんですよ。基地の中は非常に快適で20度くらいはあるんです。半袖短パンで歩いている隊員もいるくらいですから(笑)。

——えっ、南極で半袖短パン!?それは意外でした。

高木:驚きますよね(笑)。昭和基地では、エンジンが稼働する際に排出する「排熱」で、雪を溶かして水を作ったり、基地内の暖房に役立てているんですよ。補助的な加熱も行いますが、基本的にはエンジンの熱を無駄なく循環させるようにして、基地内の快適な環境を作っています。

高木 佑輔(たかぎ ゆうすけ)
ヤンマーパワーソリューション株式会社 生産本部
2014年・2021年に国立極地研究所に出向し第56次・第63次南極地域観測隊に越冬隊員として参加

伊村:エネルギーの効率化という点では、昭和基地での生活は、「究極のエコライフ」と呼べるかもしれません。

南極に持ち込める物資には限りがあり、その大部分を占めるのが燃料です。その燃料をいかに効率よく電力に変換し、発生する熱も無駄なく使い切るかが南極観測を継続するために重要なことでもあるんですよ。

南極観測船「しらせ」。観測隊を乗せ、物資を積み込んで、日本から昭和基地へ約1.5カ月かけて航行する

受け継いできた灯火を自分の代では消せない

——先ほど停電のお話がありましたが、実際に現地で緊張が走る瞬間もありましたか。

長谷川:私たちは一度も電気を止めずに越冬を終えることを目標にしていますが、どうしても予期せぬトラブルが起こることもあります。

私が経験したのは、大規模な「A級ブリザード」の日に、突然起きた停電でした。原因はおそらく雪の吹き込みだろうと考えたのですが、明確に判断することができませんでした。理由が不明のときは、予備のエンジンを立ち上げなければいけないのですが、急いで用意した予備電源が1回目では起動しませんでした。

「あれっ」と思いながらもう一度やってみると、幸いそのタイミングで起動できた。でも、そのときに「このまま2回目、3回目も立ち上がらなければ命に関わるな」という不安が、頭をよぎったことはやっぱり今でも鮮明に覚えています。

メンテナンス作業中の長谷川さん

石川:私の場合、停電こそ免れましたが、明け方の4時に「膨張タンク渇水警報」が鳴り響いたときは本当に焦りました。エンジン冷却用の水が少なくなったときになる警報なのですが、状況から考えて、水が漏れている可能性が高く、放っておくと停電に繋がってしまう状態でした。屋内には異常がなかったため、外の配管を調べてみると、屋外のラジエーター付近で冷却水が漏れていました。しかも、原因はバルブのハンドルに横殴りのブリザードでできた“つらら”でした。横に伸びた氷の塊によって、重さでハンドルが回り、バルブが開いてしまっていたんです。すぐにハンドルを締め直して、事なきを得ましたが「南極の自然環境では、想像を超えることが起こる」ということを痛感する出来事でした。

——電気が命に直結する環境で、エンジンを稼働させ続けるそのプレッシャーたるや、私たちが想像する以上に緊張感のあるものだと思います。その中でも、みなさんはどんな瞬間にやりがいを感じるのでしょうか。

長谷川:たとえ停電が起きたとしても「1時間以内に復旧させる」ということは、常に自分の中で意識としてもっていました。これは南極だけでなく、日本でもそうなのですが電気って当たり前ではないんですよ。だから、だれもが不自由なく生活できるようにエンジンを整備すること。それがうまくいってるときには、やっぱりやりがいを感じていました。

高木:私は、何事もなく1年間、観測データを絶やさずに電気を供給し続けられたときに、一番やりがいを感じましたね。電気が止まれば、観測データは“ロスト”になり穴が空いてしまう。でも、その間にとても重要なデータが採れる可能性があります。できる限りデータの欠損を起こさず、次代の隊員へ引き継ぐことが、観測活動における最大の貢献だと思っています。

メンテナンス作業中の高木さん

——次の代へと引き継ぐ瞬間の気持ちは、きっとそれを経験した人にしかわからないのだと思います。

石川:私は、昭和基地のエンジンは「基地の心臓部」だと思っています。これは20年以上、先輩たちがトラブルを乗り越えて積み上げてきた知見があるからこそ、次の隊員が守っていけるものでもある。

そして代々先輩から受け継いできたもののなかに、技術力はもちろん、何か特別な思いもあるような気がしています。「歴代受け継いできた灯火を、自分の代で消してはいけない」。プレッシャーも大きいですが、発電機担当隊員はみんなそんな想いをもっていると思います。

——技術とともに、発電機担当隊員としての想いや覚悟も含めて、先輩から受け継がれていくんですね…!

伊村:今、石川さんが言ったように、まさにエンジンは昭和基地の心臓部なんですよ。発電機が止まったらその瞬間にすべてが止まる。その中で彼らが背負っているプレッシャーは並大抵のものではないはずです。「何かあれば自分の責任だ」という強い覚悟を持って、日々エンジンと向き合ってくれる姿には感謝しかありません。だから私たちは全幅の信頼を置いて、基地のすべてをヤンマーの技術に託しているんです。

彼らがいなければ、日本の南極観測は成立しない。そのくらい観測隊を支えていただいていると思います。

メンテナンス作業中の石川さん

一人一人がスペシャリスト。支え合って乗り切る南極生活

——南極地域観測隊での活動の中で、環境に対する意識にはどんな変化がありましたか

高木:実際、南極に行くとエネルギーやゴミに対する意識は相当に変わります。分別は13種類あって、プラスチック、電池、鉄もの、割れ物、陶器など細分化されていますし、電池は安全性の問題から「テープを巻いてから捨てなければいけない」などのルールも細かく決められていました。

石川:ゴミもそうですけど、南極で過ごしていると必要なものが常に揃っているわけではないので、「その場にあるもので、どうやったら解決できるか」を考えるようになるんですよね。壊れたものは直して使うし。その精神は日本に帰ってきてからも生きています。

長谷川:私は、電気、ガス、水道に対する意識は南極での生活を経験したことでかなり変わりました。南極では自分が発電機を運用・整備する側としてみなさんに節電を呼びかけていく立場でもありましたから、その感覚が染み付いて日本に帰ってきてからも、もはや無意識のうちに節電するようになってしまいました(笑)。

——先ほど伊村さんから「南極は究極のエコライフ」というお話がありましたが、みなさんそれが染み付いてくるのですね。

伊村:南極地域観測隊の越冬隊が30名とすると、その中に水を作る人、料理を作る人、電気を作る人、汚水処理をする人など、社会生活に必要な役割を一人一人が担っているんですよ。だから、水や電気のありがたみやその仕事の重さを感じるようになりますよね。

石川:小さいコミュニティだけど、さまざまな専門家がいるし、みんなを寄せ集めるとできることがたくさんある。一般的な組織だと、どうしても縦割りで部署ごとにやるべきことが分けられてしまいますが、南極での生活は助け合わないと乗り切れない。そこに共同体の強みみたいなものをすごく感じたんですよね。

南極地域観測隊同士の結束は固く、強い信頼関係で結ばれている。メンバー同士で誕生会を開いたり、日本に帰国した後も集まって近況を報告し合っているという

——その意識って、実は未来の地球に向けてとても重要なんじゃないかと思います。他人任せではなく、自分が率先して社会に参加していくというか…。

伊村:スイッチを入れれば電気が付く、蛇口をひねれば水が出る、というのはそれこそが文明生活ではあります。だけど、実は身の回りの環境を見渡すと、一つひとつすべてのものの奥に人がいることに気付くでしょう。これは、私が子どもに話をするときにもよく伝えています。そう考えると視野が広がるし、考え方も変わる。私自身、南極での生活を通して学んだことでもありますが、この感覚があると少し地球や社会に対して、取るべき行動や選択が良い方向に変わってくるんじゃないかと思います。

未来に向けて持続可能な観測を

——南極観測においても、より環境負荷を軽減しようというような取り組みをしていたりするのでしょうか。

伊村:近年の南極観測では、南極条約等によって現地でゴミを捨てることは禁止されています。だから、私たちもゴミを南極に置いてくることはないんです。可燃物は基地の焼却炉で焼きますが、その灰は持ち帰っています。最近では、まだ条約ができる前に過去の観測隊が埋めてしまったゴミなどを、探し出して回収するような取り組みもしています。

世界的な潮流として『脱炭素』が進むなか、南極の環境をいかに汚さず、持続可能な観測を続けていくかは大きな課題です。

そのために、エンジンそのものをより環境負荷の少ないものに変えていくことも視野に入れています。とはいえ、いきなり完全に脱・化石燃料にするのは難しいので、この先、どうやって環境負荷を軽減しながら、安定的にエネルギーを供給するシステムを作り上げられるかというところは、今色々と相談させていただいています。将来的には水素燃料などの導入も考えたいところです。

——ヤンマーの皆さんは、南極観測における発電機担当隊員の使命がどのようなものであると考えていますか。

石川:南極観測隊の運営は、多くの協力企業から派遣される人材に支えられています。ヤンマーもその一員として40年以上も継続して人を送り出し、技術を積み上げている企業は世界的に見ても稀有なはずです。この長い取り組みは、日本の南極観測の持続可能性にとって大きな力になっていると感じています。

そして、この記事を読んだ誰かが「自分も南極に挑戦してみたい」と思ってくれたら嬉しいです。そうした新しい挑戦者が増えていくことこそが、観測隊の未来を支える原動力になると信じています。

第56次南極地域観測隊の高木さんから、第57次南極地域観測隊の石川さんへバトンタッチ

高木:私も、元々は先輩が南極で活躍する姿を見て、南極地域観測隊に志願したんです。南極という場所で、ヤンマーのエンジンが隊員の生活と命を支えている。その喜びは何物にも代えがたいし、そのために積み上げてきた知識や知恵をしっかりと後輩たちに引き継いでいきたい。

私たちがやることは直接的な調査ではないけど、エンジンの守り手として精一杯取り組むことが、南極や地球のサステナブルな未来につながるのではないかと思っています。

長谷川:ヤンマーの製品は、日常生活のさまざまな場所にありますが、意識的に探さない限りは気付けないことが多いです。南極で過ごした1年は、365日エンジンが稼働していたので、人の生活に役立っていると間近で実感できたのは、経験としてすごく大きかったです。

製品をつくって、お客さまに納品するだけでなく、その先にある「どんなふうに使われて」「どう役立つのか」を肌で感じることで、製品や技術の重要性をより深く知ることができたと思います。とくに先ほど伊村さんがおっしゃっていたエネルギー効率については、ヤンマーにもできることがある領域なんじゃないかと感じました。

ヤンマーのエネルギー事業について

——ありがとうございます。最後に、伊村さんから今後の南極観測についての展望についても教えてください。

伊村:今後も、依然として「地球環境」に関わる部分が南極観測として大きなテーマになることは間違いないです。南極大陸全体の氷というのはものすごい量があって、日本の37倍の面積の大陸の上に約2,000mの氷が乗っかっている状態なのです。今、それが外側から溶け始めている。万が一、それらがすべて溶けたら海面は約60m上昇します。そこまで到達するには長い年月がかかるだろうといわれているけど、年間数ミリ上昇し続ければ今世紀末には50cmほど上昇する見込みです。日本で今よりも50cm海面が上がったら大変なことですよね。その現実をより広く皆さまに知っていただき、地球温暖化対策に役立てていただけたらと考えています。

そんな中、実は来年2027年1月29日に昭和基地は創設70周年を迎えます。現在、70周年特設サイトも公開され、夏には日本科学未来館での特別展「大南極展」も予定されています。この70年という歴史の中で、ヤンマーさんの技術の力はとても大きい。ともに歩みながら、持続可能な観測のかたち、そして地球のより良い未来を模索していければと思っています。

 

関連情報

WEBサイト「ヤンマーと南極」

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WEBサイト「私たちの理念」

関連事業:エネルギー

関連事業:大形舶用エンジン