Vol.3 堆肥ができるまで

循環型農業を目指して

石油代替としてのバイオ燃料需要は、化学肥料の高騰を招き、農業生産のコストを圧迫しています。また、環境に配慮した農業経営が制度化され、肥料を適正に利用する取り組みが行われています。
そのひとつとして、耕種農家が作付けした飼料稲を畜産農家に提供し、糞尿を堆肥化して水田に還元する耕畜連携の取り組みの有機物循環型農業が推進されています。
この実践には、有機質資材の正しい理解と活用が重要なポイントとなります。
今回は、良質な堆肥生産と適切な施用のために有機質が堆肥化される過程を解説します。

堆肥の効用

堆肥には、次の3つの効用があるといわれています。

①土壌物理性の改善

土壌微生物は、団粒構造をつくり、堆肥中に含まれる籾がらやバークなどの粗大有機物と併せて通気性や排水性など、土壌の物理性を改善します。

②肥料成分の吸着

腐熟した堆肥には腐植に似た物質が含まれ、カルシウム、マグネシウム、カリウムといった栄養素を吸着・保持し、供給する機能(陽イオン交換容量)を増加させます。

③病害菌を抑制

良好な堆肥は、多様な微生物相を維持し、病害菌の急激な増殖を抑制する効果があります。

堆肥ができるまで

①堆肥の材料は、ほとんどが植物由来

堆肥原料の多くは、落ち葉、稲わら、籾がらといった植物由来の粗大性有機物です。また、家畜糞尿も、植物が腸内で消化されず排出されたものであることから、堆肥のほとんどが植物由来であるといえます。

②堆肥とC/N比

C/N比(炭素率)とは有機物に含まれる窒素に対する炭素の割合を示す数値です。微生物は、有機物に含まれる炭素(炭酸ガス)をエネルギー源として、また窒素をタンパク源として利用し増殖します。
そして、この微生物が生存と増殖を繰り返すことで、窒素や炭素を消耗することでC/N比が低下します。つまり堆肥化とは、C/N比を下げていくことを意味しています。

③堆肥づくりに必要な条件

有機物の分解には微生物の増殖が欠かせません。窒素が必要です。
稲わらなどC/N比の高い(炭素の多い)有機物は分解の過程で窒素を消費します。しかし、有機物自体で窒素をまかなえない場合は、土壌の窒素も利用します。
その結果、作物が吸収するはずの窒素が稲わらの分解に利用され生育が阻害されます。これが窒素飢餓です。

窒素飢餓を起こさないためには、窒素を多く含む牛糞や豚ぷんなどの窒素肥料を補う必要があります。また、堆肥の発酵には適切な水分が重要で、水分の多い牛糞や豚ぷんなどを材料とする場合には、バークやおがくずなどで水分を調整し、通気性を良くし、発酵を促します。

(表1)にさまざまな有機物のC/N比を示しました。

有機物 C/N比
肉片、鶏ふん、酒かす、油かす、おから 5~10
豚ぷん、牛ふん、米ぬか 10~25
稲わら、籾がら、麦わら、剪定枝 60~80
竹(280)、おがくず(150~1000)、樹皮、バーク(100~1300) 100~1300

④有機物の分解プロセス

発酵(分解)が始まると、はじめに分解しやすい糖やアミノ酸、デンプンから分解が進み、タンパク質など細胞内部に存在する物質が糸状菌や好気性細菌によって分解され、その呼吸熱によって発熱が起こります。
次に植物細胞壁の成分であるペクチンの分解が始まります。
その後、糸状菌は50~60度以上になると生息しにくくなり、高温性で好気性の放線菌が増殖してきます。
そして、糸状菌が分解できなかったセルロースを放線菌が分解することで、分解しにくい繊維質などの分解が進みます。
最後に、放線菌の食べるエサがなくなると温度がゆっくり下がり、最も分解しにくいリグニンの分解が始まります。
このときに、さまざまな微生物が繁殖しはじめ、堆肥として利用できるようになります(図1)。

(図1)堆肥化の過程で関与する微生物相の変化

良い堆肥をつくるために

①温度管理と水分管理がポイント

発酵中の堆肥温度上昇は、雑草の種子や家畜由来の病原菌を死滅させる効果がありますが、発酵温度が80度以上の高温状態では、堆肥材料のなかでも分解しやすい成分だけが分解され、高温に強い微生物と難分解性の有機物が残ります。
そして、本来なら、堆肥中に残る窒素成分が高温によりアンモニアとなって大気中に放出されるため、効用の低い堆肥になります。

このような状況を避けるために堆肥の切り返しを行い、堆肥温度の余分な上昇を避け、水分を適切に保ち、発酵を促進させることが良い堆肥をつくるポイントです(図2)。

(図2)堆肥製造中に発酵する熱と切り返し

②投入は微生物層が多様になってから

前述のように、堆肥化の過程では各過程に対応した分解菌が増殖します。そして増殖と消滅を繰り返しながら、最後には、多様な微生物相が形成されます。
しかし、分解途中の未熟な堆肥は、有機物分解にすぐれた特定の微生物だけが増殖し、微生物相が単純なものになり、植物に悪影響を及ぼすことがあります。

未熟な堆肥が危険な理由

(図3)植物の細胞壁

(図3)は植物の細胞壁を表したモデルです。
細胞壁を建造物に例えると、セルロースが壁を形づくる鉄筋で、ペクチンはその間に充てんされているコンクリートの役割を担っています。

未熟な有機物を投入してすぐに播種や定植を行うと、幼苗に立枯れが発生することがあります。
これは、堆肥の分解途中でペクチン(細胞壁)分解菌が増殖し、幼苗の柔らかな細胞壁を溶かし、病原菌が植物に侵入したために起こる障害です。

堆肥はペクチン分解菌の増殖が完了した「完熟」以降に施用しなければ危険です。
以上のように、堆肥は熟成度合いが重要です。

阿江 教治(あえ のりはる)

1975年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
1975年 農林水産省入省。土壌と作物・肥料を専門に国内、インド、ブラジルなど、各国にて研究を行う。その後、農業環境技術研究所を経て、2004年神戸大学大学院農学研究科教授(土壌学担当)。
2010年退職。現在、酪農学園大学大学院酪農学研究科特任教授、ヤンマー営農技術アドバイザーをつとめる。

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