Vol.8 根と微生物の根圏での活動

Vol.7では、養分が欠乏すると根から糖やアミノ酸を分泌し、土壌中の養分を溶かし吸収する植物や、根の近傍で活動する特定の微生物のお話をしました。今回は、これらをもう少し詳しくご紹介します。

自ら難溶性の養分を溶かす根の分泌物

一部の植物には、通常は吸収できない状態の養分を自らの分泌物で溶かし、取り込む能力があります。
例えば、アブラナ科作物は窒素欠乏になると根から大量のキレート性(※)のクエン酸を分泌し、根圏土壌に存在する有機態窒素(PEON)を溶かし、それを直接吸収します。
窒素以外でも、キマメ(=樹豆)はリン酸欠乏時には根からキレート性の酸を放出し、土壌中の難溶性リン酸を溶かし吸収します。 また、イネ科植物は、鉄欠乏時に根からムギネ酸というアミノ酸の一種を分泌し、畑条件では溶けていない不溶性三価鉄(Fe3+)を溶かしながら、体内に取り込みます。さらに、双子葉植物(マメやニンジンなど)も根表面で溶けにくい三価鉄(Fe3+)を溶けやすい二価鉄(Fe2+)の形へ還元させて吸収します。

  •  ※有機酸が鉄やアルミニウムと結合できる能力のことをキレート能力といいます。ここでは主に、根から分泌している有機酸をいいます。

植物と共生する根圏微生物

次に、根のキレート作用と関連して養分の吸収を補助したり、植物病原性菌への抵抗性を高める根圏微生物の役割を紹介します。

①養分吸収を補助する「AM菌」

(図1)は、栽培前歴が異なる様々なほ場で栽培したスイートコーンの生育と菌根菌の胞子密度との関係を示したグラフです。菌根菌の着生が良いと、生育が旺盛になっています。

(図1)根菌の胞子密度と乾物重

また(図2)は、土壌を蒸気殺菌し、窒素とカリのみを施用した低リン酸状態でキマメとソルガムにAM菌を接種し、その生育を比較したものです。いずれもAM菌は付着しますが、キマメが一定の大きさに生育したのに対し、ソルガムは枯死しました。これは、作物自体の持つキレート作用の違いに起因するものです。菌根菌の一種であるAM菌は、植物の根に寄生し、根圏を越えた範囲にまで菌糸を伸ばします。

(図2)作物のリン酸吸収比較

そして、(図3)のように根圏のキレート性物質で溶かされたリン酸を効率的に取り込み、作物へ供給します。キマメは自ら土壌中のリン酸を引きはがすキレート能力を持ちますが、ソルガムは持ちません。ところがソルガムの場合でも、根圏に解けやすいリン酸があればAM菌が能力を発揮します。
また、AM菌はアブラナ科や、アカザ科の作物(※)などには着生しません。したがって、これらの栽培跡地ではAM菌の密度が低下します。

  •  ※アブラナ科はキャベツ・ブロッコリー・大根などがあり、アカザ科は、ホウレンソウ・テンサイなどがあります。
(図3)AM菌の働き

(表1)は作付体系の違いによるAM菌の胞子密度と収量を比較したものです。AM菌が付着しない作物の場合、輪作体系の中にひまわりやイネ科作物を組み込めば、菌根菌密度を高めることができます。また、開墾などで生きた根がなくなった土壌でも、菌根菌密度が低下し作物の生育が悪くなることがあります。このような場合は菌根菌資材の接種が効果的であるといわれています。

(表1)作付体系(連作・輪作)によるAM菌の影響

  1年目 2年目 3年目 4年目のAM菌胞子密度と収量
胞子密度(個/100g乾土) 感染率(%) 収量(kg/10a)
播種前 スイートコーン 大豆 スイートコーン
雌穂重
大豆
子実重
A 春キャベツ
夏キャベツ
大根
春キャベツ
夏キャベツ
大根
春キャベツ
夏キャベツ
大根
250 4.7 4.3 1190 258
B さつまいも さつまいも さつまいも 604 72.5 59.3 1660 324
C 大豆 大豆 大豆 764 91.2 53.3 1610 169

【1998年農研機構の成果より】

Aは、AM菌が着生しないため胞子密度が低く、感染率も低下。スイートコーンの収量も低い。
Bは、AM菌が着生する作物のため、Aに比べて収量が高い。
Cの大豆は、AM菌に感染するが、連作により線虫害(連作障害)が発生したため収量が低下。しかしスイートコーンにはその影響はなく、収量は高い。

②病原性菌への抵抗性を持ち植物を守る「エンドファイト」

続いて「エンドファイト」を紹介します。「エンド」は体内、「ファイト」は植物を意味し、植物内に共生する真菌や細菌の一種です。エンドファイトは植物が病気や害虫から攻撃を受けると、それに対抗する活性物質を作り、抵抗性や環境ストレスに対する耐性を高めます。芝草などでは、エンドファイト感染種であることが商品価値を高めるといった事例もあります。
しかし、一方でエンドファイトが生産する物質は動物に対して有害な場合もあり、この芝草を食べた家畜に中毒症状が発生した例も報告されています。このエンドファイトは農薬などを使わない環境配慮型農業を実現する手段として注目を集め、応用に向けた研究が進められています。

(図4)は、アスパラガスの立枯病の病原菌であるフザリウム抑制反応の試験結果です。3種類の根部エンドファイトの菌株(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)をフザリウムの生育培地に載せると、対象区では発病度が41.7と高く生育も劣っていますが、エンドファイト3種では発病度が低くなっています。特にⅡ区では発病度がゼロで、アスパラガスの生育も最も良い結果となりました。

(図4)アスパラガスの病微抑制反応の試験結果

根圏微生物を利用した生物防除への期待

さらに蛍光性シュードモナスやシュードモナス・プチダなどの根圏微生物は、根表面で病害抵抗性を高めるバリアの効果だけでなく、植物ホルモンを放出し生長を促進することが発見されています。これらの根圏微生物はPGPR(Plant Growth Promoting Rhizobacteria:植物生長促進根圏細菌)と呼ばれ、効果の普及が期待されています。

実際の農業の現場ではすでに様々な微生物がおり、多様性のある微生物が作物の病原菌を低下させています。そのため、PGPRを人工的に投入しても土壌にある微生物と競合し、必ずしも実験室と同様の効果が得られるとは限りません。また、アスパラガスのエンドファイトの試験も人工的な試験方法によって得られた事例です。

根圏微生物の効果については明らかになっていない部分も多いため、普及に向けては、実験・研究の成果が待たれるところです。

阿江 教治(あえ のりはる)

1975年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
1975年 農林水産省入省。土壌と作物・肥料を専門に国内、インド、ブラジルなど、各国にて研究を行う。その後、農業環境技術研究所を経て、2004年 神戸大学大学院農学研究科教授(土壌学担当)。
2010年 退職。現在、酪農学園大学大学院酪農学研究科特任教授、ヤンマー営農技術アドバイザーをつとめる。

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