Vol.6 肥沃な土壌とは(腐植のおはなし)

Vol.1からVol.5の中で、粘土には養分吸着機能があり、その大きさをCEC(陽イオン交換容量)としてあらわされることを解説しました。また、粘土の他に腐植にもCECがあると紹介しました。
今回は、この腐植の生成過程や仕組みについて詳しく解説します。

腐植は有機物の残りカス

はじめに、腐植の生成過程を説明します。土壌の有機物は微生物により分解され、微生物の増殖と死滅の中で窒素成分は、アンモニア、硝酸となり植物に吸収されたり溶脱したりして最終的には消滅します。

しかし、実際には動植物遺体の一部は分解される化学変化の過程で、土壌にとどまります。これが腐植で、色は暗色、構造は無定形の高分子化合物です。簡単に「分解途中の有機物のカス」と考えてください。

腐植の機能

腐植は、一般的に土壌微生物の繁殖や団粒化促進などに関わることが知られており、さらに次のような機能を持ちます。

①保肥力を高める

腐植は、マイナスの電荷(-COO-)を帯びており、陽イオン(養分)を吸着します。粘土とは原理は異なりますが、CECを持ちます(表1)。

(表1)粘土の種類とCEC

粘土の種類 CEC(meq/100g)
カオリナイト(1:1型) 3~15
ハロイサイト(1:1型) 10~40
スメクタイト(2:1型) 80~150
モンモリロナイト(2:1型) 80~150
アロフェン 30~200
腐植 30~280

②pHの緩衝能力

pHは、水素イオン(H+)濃度の指標です(Vol.5参照)。土壌のpHは、植物の養分吸収による水素放出や窒素成分の溶脱などにより常に変化しています。しかし腐植がこの水素イオンを取り込んだり、放出したりします。このように腐植は、土壌の急激なpHの変化を緩和する役割を果たしています。

③重金属などの有害物質の吸着

腐植は、その中に含まれるキレート(※)作用で銅やカドミウムなどを吸着する機能があります。腐食に吸着された重金属は植物に吸収されにくくなります。

  • キレートとは「カニのハサミ」を意味し、2つ以上の反応基で金属と結合し、ひとつの分子としてのふるまいを持ちます。

④無機養分の供給

腐植は土壌中で比較的安定していますが、長い時間をかけてゆっくりと分解、無機化され植物に吸収されます。そのため、腐植の多い土壌では、持続的な窒素養分の供給が期待できます。

腐植の生成と植生の関わり

腐植は有機物とアルミニウムや鉄がキレート結合して複雑に絡んだ物質です。土壌に含まれる一次鉱物が風化する過程で腐植が作られますが、それには植生が大きく関連します。一般的に火山灰土壌のイネ科草原に多く腐植の蓄積が見られます。

(図1)は鉱物の風化、有機物の分解と植生の違いによる腐植の生成プロセスを示したものです。これをもとに腐植の生成を解説します。

(図1)腐植の生成プロセスと構造モデル

一般植物での土壌形成プロセス

(図2)岩石の構成要素

土壌は生物、生物遺体、鉱物で構成されます。岩石中の鉱物は風化を受けケイ素(Si)、アルミニウム(Al)、鉄(Fe)、カリウム(K)などが、土壌に溶け出します(図2)。
一般的に植物は、生育に必要なカリウムを吸収するので残ったアルミニウムとケイ素が互いに結合しアルミノケイ酸(粘土・アロフェン)となります(図1A)。

イネ科植物での土壌形成プロセス

一方、植生がイネ科植物の場合は、プロセスが若干異なります。ススキなどのイネ科植物は、カリウムに加え、ケイ素を旺盛に吸収します。ケイ素とアルミニウムでアルミノケイ酸(粘土)が形成されますが、ケイ素が植物に吸収されると結合できないアルミニウムが土壌中に遊離します。これが有機物の分解しやすい部分に結合し、アルミニウムが盾となり微生物による分解を阻害します。

このようにしてできた難分解性有機物が腐植です(図1B)。そして、その生成には有機物とアルミニウムが関わり、植物のケイ酸吸収能力の影響を受けます。

また腐植の量は、土壌の色で簡易的に判定できます(図3)。例えば、関東ロームは黄土色で、南九州では黒褐色です。これは、関東の土壌より南九州の方が多く腐植を含むことを意味します。

火山灰土壌に腐植が多い理由

(図3)土壌の色と腐植量の目安

腐植は、火山灰土壌に多く形成されます。これは、火山灰土壌の粒子が細かく、他の土壌よりも風化を受けやすいため、土壌中にアルミニウムや鉄が多く放出され、有機物と結びつくことによるものです。

腐植の分解

腐植はアルミニウムや鉄と結合し、微生物による分解を受けにくい構造となっていますが、強い力でアルミニウムが引き剥がされると、ふたたび微生物による攻撃を受け分解が始まります。

例えば、イネ科植物の草原が森林へと変化すると、樹木の根からキレート作用を持つ物質が放出され腐植中のアルミニウムを引き剥がします。その結果、腐植が分解していきます。

また、リン酸肥料の多投も腐植を減少させます。リン酸はアルミニウムと結合しやすく、腐植からアルミニウムを奪いアルミ型リン酸を作ります。このようにアルミニウムの盾を失った腐植は容易に微生物による分解を受け消滅します。

腐植の維持に大切な堆肥投入

CECは粘土と腐植で形成されています。そして粘土のCECは増減しませんが腐植のCECは分解され減少し、やがては消滅してしまいます。
(図4)は兵庫県における二十三年間の麦連用試験結果です。腐植が少ない灰色低地土で、窒素を施用しないPK区と無施用区との比較では収量が変わりません。

(図4)長期連用三要素試験で無窒素区の麦の収量

しかし、腐植に富む黒ボク土ではPK区は、三要素を施用したNPK区ほどではないものの、無施用区よりも収量が得られています。これは、黒ボク土では土壌中の豊富な腐植から窒素分が供給されていることを示しています。

このように腐植は消費されます。つまりCECを維持するには腐植の基を供給する必要があります。堆肥は腐植の基であり、その施用は土壌微生物多様性を維持し健全な土づくりに役立ちます。

阿江 教治(あえ のりはる)

1975年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
1975年 農林水産省入省。土壌と作物・肥料を専門に国内、インド、ブラジルなど、各国にて研究を行う。その後、農業環境技術研究所を経て、2004年神戸大学大学院農学研究科教授(土壌学担当)。
2010年退職。現在、酪農学園大学大学院酪農学研究科特任教授、ヤンマー営農技術アドバイザーをつとめる。

深掘!土づくり考