2026.04.27

CO2排出ゼロ社会の実現に向けて「今」を積み重ねる。ヤンマー技術者が語る「舶用水素燃料電池システム」の現在と未来

二酸化炭素などの温室効果ガス、窒素酸化物などの大気汚染ガスを排出しない、ゼロエミッションのパワーソースとして期待される「水素燃料電池」。ヤンマーでは2018年頃から本格的に船舶用の水素燃料電池システムの開発に着手し、2021年には水素燃料電池システム、水素タンク、リチウムイオンバッテリ等を搭載した実証試験艇を建造。大分県の国東湾や大阪府の大阪・関西万博予定会場周辺で70MPaの水素充填試験や海上航行試験を実施しました。2023年には舶用水素燃料電池システムを商品化し、同年に福岡県北九州市の門司港を拠点に就航する旅客船「HANARIA(ハナリア)」に出荷するなど、着実に歩みを進めています。

ヤンマーの「Purpose:私たちの存在意義」である「A SUSTAINABLE FUTURE —テクノロジーで、新しい豊かさへ。—」を実現する技術のひとつとして、市場導入が始まった舶用水素燃料電池システム。その推進役である丸山剛広さんと平岩琢也さんが、開発から現在に至るまでの思いや、未来への展望を語ります。

丸山 剛広(まるやま たけひろ)
ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部

2016年にキャリア入社。前職での燃料電池システム開発の経験を活かし、2018年より舶用水素燃料電池システム開発のプロジェクトリーダーを務める。現在は海外展開に向けた技術開発や水素安全に関する研究開発を担当。IEC(国際電気標準会議)の燃料電池専門委員会(TC105)にて舶用水素燃料電池システムの安全性規格策定のWGコンビナ(WG305)を務める。

平岩 琢也(ひらいわ たくや)
ヤンマーパワーソリューション株式会社  システムエンジニアリング部

2012年入社。国土交通省や環境省からの委託事業のプロジェクトで水素燃料電池船の安全ガイドラインの策定や船舶における水素利用ロードマップの策定に向けた実証試験などに参画。2018年よりスタートした舶用水素燃料電池システム開発プロジェクトにおいては、同ガイドラインへの対応技術の開発、ならびにリチウムイオンバッテリや推進モーター等を組み合わせたシステムインテグレーション技術の開発を担当。現在は旅客船「HANARIA」をはじめとした舶用水素燃料電池システムの顧客案件においてプロジェクトマネージャーを務める。

ヤンマーが市場導入を進める、舶用水素燃料電池システムとは?

――ヤンマーでは水素を使って電気を作る燃料電池技術の開発が進められています。そのなかで、丸山さん、平岩さんは船舶向けの水素燃料電池システムの開発に従事されていますが、そもそも「舶用水素燃料電池システム」とは、どういったものなのでしょうか?

丸山:まず「水素燃料電池」についてですが、その名の通り「水素を燃料として発電する装置」になります。水素と空気中の酸素を電気化学反応させることで電気をつくるのですが、その際に排出されるのは水のみ。化石燃料を用いたエンジンなどの内燃機関のように、二酸化炭素などの温室効果ガス、窒素酸化物などの大気汚染ガスを出しません。地球環境に負荷をかけないゼロエミッションのパワーソースであると同時に、音や振動も少なく静かで、不快な臭いもしないという特徴があります。

水素燃料電池システムに内蔵されている燃料電池のセル(トヨタ自動車のMIRAI第一世代搭載品)
外部から水素と空気(酸素)を供給することによって電気を発生させる

平岩:身近な乗り物である自動車では、燃料電池車(FCV)の導入が進んでいますが、自動車用で使われている水素燃料電池をそのまま船舶に利用できるわけではありません。最も簡単な例を挙げると、陸上と海上では大気中に含まれる塩分濃度が異なります。塩分を多く含んだ海上の空気が燃料電池に供給されると性能が低下する恐れがあるため、フィルタで除去する機能が必要になってくる。その他にも傾斜動揺等の海上環境、顧客毎に異なる燃料電池システムの定格出力に対する要望、船舶ならではの厳しい安全要件などに対応するために、我々はさまざまな工夫を重ねてきました。特に、2021年に実施した実証試験で課題の抽出や顧客要望の把握、また、関連業界や行政機関の方々と議論できたことが、その後の商品開発に大きく役立ちました。当時はコロナ禍で大変な時期であったにも関わらず、ご協力いただいた方々には本当に感謝しています。

いきなり水素100%である必要はない。多様な選択肢をお客様目線で提供

――10年ほど前から開発がスタートしたということですが、取り組みがスタートした経緯を教えてください。

丸山:2015年に国土交通省で「水素燃料電池船の安全ガイドライン」を策定するプロジェクトが開始し、そこにヤンマーも参画したのが始まりです。技術開発や実証試験のためにも、まずは水素燃料電池を搭載した船を安全に設計し、運用できるガイドラインが必要ということで、我々も一緒に取り組むことになりました。

2018年頃には、世の中で「ゼロエミッション」というワードが大きく取り沙汰されるようになりました。海事分野においても、国際海事機関(IMO)が2050年までにGHG総排出量を50%以上削減する目標(2008年比)を掲げるなど、国際的な機運が高まっていました。その頃から、お客様との会話のなかでも、水素燃料電池が話題に上がることが増えてきました。

従来のヤンマーは化石燃料を使ったエンジンを主軸に事業を展開してきました。しかし、今後GHG排出規制やゼロエミッション規制が導入された場合でも、我々はお客様のご要望に応える責任があります。そこで、会社としてこの分野にもっと注力していくべきだと考え、各部門から様々なメンバーが参画し、実証試験艇の開発がスタートしました。多くの人に水素燃料電池で動く船を実際に体験してもらい、理解を深めていただきたいという思いで取り組みましたね。

舶用水素燃料電池システムの開発ストーリーはこちら

――実際に舶用水素燃料電池システムの開発を始めて、お客様からの反応や引き合いはいかがですか

平岩:ありがたいことに、多くのお客様から引き合いをいただいています。我々は水素燃料電池システムだけではなく、リチウムイオンバッテリ、モーター、水素タンク、更にはエンジンなどを含めて船のパワートレイン全体をシステムインテグレーションする技術も開発してきました。恐らく、多くのお客様から引き合いをいただけるのは、我々が水素燃料電池システムを含めてお客様それぞれのご要望に応じたパワートレイン全体を提供しているからだと思います。また、お客様によっては、「将来的にはゼロエミッション化したいが、今すぐ100%水素燃料電池に切り替えるのは時期尚早」などといったご事情もあります。そういった場合でも、エンジンと燃料電池をハイブリッドしたパワートレインも含めた多様な選択肢をお客様目線で提供できるのが、エンジンを主軸に事業展開してきた我々の強みです。

舶用水素燃料電池システムの最新モデル「GH320FC」を前に作業する丸山さんと平岩さん

――現時点で、100%水素燃料電池で動く船を商業運用するのは、難しいのでしょうか?

丸山:規模にもよりますが、特に大型船の場合は容易ではないのが現状です。というのも、現在は未だ世の中に水素の供給インフラが整っておらず、水素の供給が律速となってしまうからです。

ただ、私たちはいきなり100%にする必要はないと考えています。最初はバイオディーゼル燃料を使ったエンジンなどと組み合わせて水素燃料を社会実装する形態でも、化石燃料しか使っていなかった従来に比べると、大きな一歩になるのではないでしょうか。そして、水素の供給インフラが整っていくにつれて、徐々に水素の割合を100%に近づけていければよいのではないかと思います。

――確かに、社会の情勢をふまえて現実的な対応ができるのは大きな強みですね。

平岩:私たちが目指しているのは、水素燃料船のシステムインテグレータになることです。水素燃料電池システム、エンジン、配電盤、モーター、プロペラなど、水素をエネルギーとして活用するために必要な全ての技術を掌握し、サービス面も含めてフルパッケージでお客様にお届けする。これはビジネス的な強みとなるという観点もありますが、多くの人に安心して水素を活用いただくためにも大事なことだと考えています。

丸山:従来のヤンマーの事業は、製品単体を提供する「モノ売り」が主体となっていましたが、我々は水素燃料電池システムとセットで必要な技術およびサービスと組み合わせてお客様の様々な課題解決に貢献する「コト売り」の視点で活動しています。

苦しい道のりを経て、サービス部門等も含めて組織として大きく成長

――多くの引き合いがあというお話ですが、具体的な事例をお聞かせいただけますか?

丸山:たとえば、2024年に我々の舶用水素燃料電池システム「GH240FC」を搭載した旅客船「HANARIA(ハナリア)」が、福岡県北九州市の門司港で就航しました。我々として初の顧客案件であり、国内の商用旅客船に水素燃料電池が採用された初めての事例です。

ヤンマーパワーソリューションが開発した舶用水素燃料電池システム「GH240FC」

――「HANARIA」のプロジェクトでは、平岩さんがリーダーを務められたそうですね。

平岩:プロジェクト期間は2年ほどで必死に取り組んでいました。「HANARIA」は我々として初の顧客案件ということもありましたし、技術的な難易度も高かった。「HANARIA」では水素燃料電池システムに加え、リチウムイオンバッテリ、バイオディーゼルエンジンの3種類のパワーソースを組み合わせるというシステムインテグレーションとしては最も難しいことに取り組みました。苦しい道のりではありましたが、私自身はもちろん、サービス部門等も含めて、市場導入を進めていく組織として大きく成長することができました。

水素燃料とバイオディーゼルを組み合わせたハイブリッド旅客船「HANARIA」。
ヤンマーの舶用水素燃料電池システム「GH240FC」が2基搭載されている。

――「HANARIA」は、マリンエンジニアリング分野での優れた技術に対して授与される「マリンエンジニアリング・オブ・ザ・イヤー(土光記念賞)2024」と、技術的、芸術的、社会的に優れた船舶に授与される「シップ・オブ・ザ・イヤー2024」をダブル受賞しさまざまな面から評価されていますよね。

平岩:はい、このふたつの賞をダブルで獲得するのは両賞が始まって以来、初めてのことだったので開発に携わってきた者としても嬉しかったですね。苦しみながらも頑張った甲斐がありました(笑)

もちろん、そこには多くの方々のご尽力がありました。船主様や造船所様、舶用水素燃料電池システムの開発等にご協力いただいたトヨタ自動車様、特殊な配管を作ってくれた協力会社様、特殊な部材を調達してくれた商社様、社内のサービス、調達、生産、営業、広報、デザイン、知財等の担当者など、挙げればキリがありません。多くの人が結集することで生まれる力を、心から実感できたプロジェクトでしたね。みなさまには本当に感謝しています。

50年先、100年先の未来を見据えて、一歩ずつ着実に

――国内では事例が着々と増えていますが、今後は海外にも進出していく計画なのでしょうか?

丸山:準備は着々と進めています。2025年11月にはヤンマーとして初となる海外での水素燃料電池船の航行試験をオーストラリアのクイーンズランド州ブリスベン市で行いました。オーストラリアの再生可能エネルギーで作ったグリーン水素と日本の水素燃料電池技術を掛け合わせて船を走らせるというプロジェクトです。我々の取り組みが海外でどう受け止められるのか、海外で求められるポイントがどこなのかを知る上でも非常に有意義なものとなりました。

オーストラリアで行われた水素燃料電池船の航行試験の様子

また、2026年中に欧州の認証機関から舶用水素燃料電池システムの型式承認を取得することを目標にしており、そこからが本格的な海外展開のスタートとなります。

――船舶向けの水素供給インフラも含めた市場環境が整うまでには、もう少し時間がかかるのでしょうか?

丸山:そうですね。大量の水素を供給できる施設もそうですし、水素燃料電池船に関する規則や規格なども現時点では国内外ともに策定途上にあります。また、色々な社会情勢の影響もあり、今はどの国も足踏みしている印象を受けます。

我々にできるのは、こうした取り組みを発信し続けて船舶への水素燃料電池の普及に向けた機運を高めていくこと。そして、我々自身が取り組みをやめずに思いと技術を後進に引き継いでいくことだと考えています。

平岩:我々は水素燃料電池システムだけでなく、並行して水素エンジンの開発も進めています。今は一歩ずつ、着実に階段を登っているところです。また、ヤンマーグループ内での展開も進めており、2024年にはヤンマーエネルギーシステムが定置用の水素燃料電池発電システムを市場導入しています。

水素燃料電池発電システム「HP35FA1Z」

――お二人は目先のことではなく、かなり先の未来を見据えて、今できることに取り組んでいるんですね。

丸山:ヤンマーの「Purpose:私たちの存在意義」は「A SUSTAINABLE FUTURE —テクノロジーで、新しい豊かさへ。—」です。会社として、50年先、100年先の未来を見据えている。我々は水素燃料を一時的なブームで終わらせず、未来の当たり前に変えていきたい。

そのためにも、平岩さんが言ったように、今できることを着実に積み上げていきたい。世界中の多くの同志と手を携え、サステナブルな未来を目指していきます。

 

※取材者の肩書・役職は取材当時のものです。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:石原麻里絵

 

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