2025.09.16

農家兼映画監督・安田淳一さんが未来につなぐ、コメづくりへの矜持

単館上映からはじまり、ついには「日本アカデミー賞」までたどり着いた映画『侍タイムスリッパー』。メガホンをとった安田淳一監督は、映画監督とコメ農家を兼業していることでも知られています。会見やインタビューでは農家の実情について語ることも多く、日本のコメ作りが抱える課題を世に訴えてきました。

自分自身にスポットライトが当たることを好まずテレビ番組などにはあまり出演しない安田監督が、農業やコメについて表立って積極的に発信する背景には、ありのままの実情を多くの人に知ってほしいという切実な思いがあります。

Y mediaでは、何かに挑戦している人、誰かの挑戦を後押ししている人を「HANASAKAビト」と呼び、その取り組みを紹介していきます。農家の未来、コメ作りの未来を信じ、少しでもポジティブなものにしたい。そんな挑戦を続ける、安田監督の言葉をお届けします。

安田淳一(やすだ じゅんいち)
1967年、京都府生まれ。大学卒業後、さまざまな仕事を経てビデオ撮影業を始める。2014年に「拳銃と目玉焼」で映画監督としてデビュー。米作りを取り巻く問題点にも触れた2作目「ごはん」(17年)は、38カ月続くロングヒット作に。23年、父の後を継ぎ、米作り農家となる。単館上映から始まった新作「侍タイムスリッパー」が全国300館以上で上映される異例の大ヒット、2025年「第48回日本アカデミー賞」最優秀作品賞、最優秀編集賞、優秀監督賞、優秀脚本賞、優秀撮影賞、優秀照明賞を受賞。

安田淳一が「農家兼映画監督」になるまで

――安田監督は大学卒業後、さまざまな仕事を経験されたと伺いました。職を転々とするなか、どんなきっかけで映画を撮ることになったのでしょうか?

安田淳一さん(以下、安田):僕は大学に8年通っているんですけど、なかなか卒業できないぶん学費くらいは自分で稼ごうと在学中から仕事を始め、以降も色んなことをやりました。電話の営業、映像制作、イベントプロデュース、飲食店の経営。様々な人たちとの出会いがあったり、出会った方々からのアドバイスから学びを得たためか、どれも、わりとうまくいってそれなりに稼げていたんですよね。だから、「別の仕事をしながら監督を目指していた」とかではないんです。

映画を撮るきっかけは、学生時代に一緒に8ミリ映画を制作していた友人の影響です。彼がある時、自主制作映画をコンテストに出品していて、なんだか羨ましく思えてしまって。僕も仕事でイベント用のショートムービーは撮っていたけど、一般の映画として評価されるようなものではないから、だったらインディーズで映画を撮ってみようと。それが今から20年ほど前ですね。

――その時に撮ったのは、どんな映画ですか?

安田:『SECRET PLAN』という30分の短編で、横浜の映画祭で賞をもらいました。自信もついて、じゃあ次は長編映画をやってみようということで『拳銃と目玉焼』という作品を撮りました。自主映画で予算も乏しかったけど、自主映画のクオリティを基準にするのではなく、1作目からシネコンで公開できるレベルのものを作ろうと考えていましたね。

ただ、撮影や照明をプロに頼むお金はない。プロに発注しなくても商業映画のクオリティを保つためには、全て自分でできるようになるしかないんですよ。だから、これまでに作った3本の映画では、監督以外に、企画、演出、撮影、照明、編集も僕がやっています。そのうえで、俳優さんだけはプロをキャスティングしました。有名・無名に関係なく、きちんと芝居ができて雰囲気を持った俳優さんがいると画面が締まるというか、安っぽくならないんですよ。

ちなみに、『拳銃と目玉焼き』はシネコンで上映することを目標にしていて、当初はミニシアターから始まり、最終的には新宿バルト9など全国6館で上映できました。興行成績は振るわず500万円くらいの赤字が出ましたが、シネコンでかけるクオリティがあると認められたのは嬉しかったですね。

――デビュー作からこだわりを持って作り、しっかり目標も達成したと。制作期間はどれくらいかかりましたか?

安田:3年くらいですね。その間も、映像制作や飲食店の経営を続けていました。2作目の『ごはん』、3作目の『侍タイムスリッパー』以降も完全に監督業に軸足を移したわけではなく、2023年からは亡くなった親父のあとを継いで、農家になりました。今は「映画監督」と「コメ農家」の兼業でやらせてもらっています。

――2作目の『ごはん』はそれこそ、コメ作りをテーマにした作品です。家業であるコメ作りを描こうと考えたのはなぜですか?

安田:祖父や親父がずっと田んぼをやっているのを見てきたし、僕自身も他の仕事をやりつつ繁忙期にはコメ作りを手伝っていました。だから農家の仕事は身近やったけど、ある日ふと、「もし、親父に何かあったら、残された田んぼはどうなるんやろう。俺一人では、よう作れんぞ」と思ったんです。たまにサポートはしていたけど、田んぼの管理やコメの作り方までは把握していなかったから。

同時に、これを映画にしたらいいんじゃないかとも思いました。改めてコメ作りについて考える機会にもなるし、何よりテーマとして面白い。映画館のない地方のホールで上映し、1500円くらいで観てもらうような作品としてはぴったりじゃないかと。

『ごはん』を撮るときに立てた目標は、商業映画としてペイすること。そして、「日本の映画史上、最も田んぼの風景をきれいに映すこと」「コメ作りを詳細に描くこと」でした。結果的にどちらも達成できたのはよかったですね。

農家になって初めて分かった、コメ作りの厳しい実情

――お父様が現役だった頃から、いずれはコメ農家を継ぐことを考えていましたか?

安田:正直、親父が元気だった頃はあまり深く考えていませんでした。ただ、祖母からは「いつかは長男のお前が田んぼをやらなあかん」と言われ続けていましたし、地元を離れて東京に行かなかったのも、なんとなく田んぼのことが頭にあったからだと思います。継ぐ前から手伝いでコンバインや田植機を動かすってことも普通にやっていたので、農家になること自体に抵抗はなかったですね。

――お父様はどのような思いで田んぼを守っていたのでしょうか?

安田:親父も兼業農家でね、京都市役所で働きながらコメを作っていました。親父は体がでかくて体力もあったから、若い頃から他の農家が面倒を見切れない田んぼをどんどん引き受けて、最盛期には6町(6ha)くらいやってたんですよ。それだけの田んぼを管理するだけでも大変だし、経営的にも厳しい。うちの場合、30kgのコメを作ると数百円から千円くらいの赤字で、やればやるほど損失が膨らむんやけど、それでもうちには大きな機械もあるし、人助けになるんやったらということで続けていたみたいですね。

――映画『ごはん』にも、持て余した田んぼを他の農家さんに預けてコメを作ってもらう「請負」の話が出てきます。預けられなかった田んぼは放置され、耕作放棄地になり、どんどん荒れてしまうわけですよね。

安田:そうですね。日本のコメ農家の多くは経営が難しいといわれていて、私の身の回りの人たちも生活の安定を得るために別の仕事と兼業したり、手に余る田んぼを預けたりしています。ただ、預かる側にも限界はある。うちも親父が倒れてからさすがに少しずつ田んぼを地主さんに返して、今は自分たちが持つ1町半だけでコメを作っています。返した田んぼの半分は、耕作放棄地になってしまっていると聞きました。

――最近はコメ不足や価格高騰のニュースをよく見聞きしますが、コメ農家がそこまで厳しい状況に置かれていることは、あまり知られていないと思います。

安田:僕はこれまで色んな商売をやってきて、全て黒字化してきました。さすがに難しいだろうなと思っていた映画も、『侍タイムスリッパー』で黒字化できました。ただ、コメ作りで利益を出すのは、映画以上に難易度が高いと感じています。映画がヒットしたから、しばらくはなんとか農業を続けられるけど、今のところコメ作りだけでは少し難しいと感じています。

それでも、僕があえてコメ作りについて語るのは、農家の現状を少しでも知ってほしいから。僕の親父くらいの世代の人が苦しいながらも続けていること、ある種の使命感のようなものを持って頑張っていることの意味を一人でも多くの人に考えてもらいたいからです。

苦労してでも、コメ作りを続ける理由

――本当に映画に描かれていたような問題が、現実でも起こっているんですね。

安田:『ごはん』が公開された当時、ある人から「この映画には(農業課題に対する)解決策が描かれていないね」と言われました。でも、今のところ解決策が見えていないのだから、致し方ないのかなと。耕作放棄地の問題ひとつとってもそうで、大きな投資をして農業を始めるのは、なかなかハードルが高いのではないかと感じています。

今はなんとか踏ん張っているコメ農家にしたって、お金のことだけを考えたら決して効率の良い商売とは言えませんから。

――それでも今の農家さんがコメ作りを続けるのは、どんな理由が大きいと考えられますか?

安田:先ほども言ったように、使命感ですよね。自分らが日本のコメを作らなあかん、先祖から受け継がれた田んぼを守らなあかんと。本当に強い想いを持っている人が多いように感じます。

ただ、誤解しないでほしいのは、だからといってみんな嫌々やっているわけではなく、喜び、やりがいを感じながらコメを作っている農家もたくさんいます。

――安田監督ご自身は、コメ作りのどんな瞬間に喜びを感じますか?

安田:コメを作っているとき、田んぼで感じる自然の営みにふと癒されることがあります。空の青さや、コンバインが土をかき回すシャクシャクという音、鳥の羽ばたき、さらさらと舞う風。また、稲がすくすくと育ち風にそよぐ音や、秋になって色づく稲穂の実り。これらはコメを作っているからこそ感じられる喜びだと思います。

兼業の苦労、そして「ジャンボタニシ」との戦い

――日本では兼業農家も多いですが、映画監督との兼業はかなりのレアケースかと思います。両立するうえで、どんなご苦労がありますか?

安田:農家の繁忙期は映画どころではなくなるので、調整が必要です。『侍タイムスリッパー』の時も稲刈りが終わるまでは撮影に入れませんでした。ただ、僕のような自営業者であればそうやって調整できますけど、会社勤めの兼業農家はなかなか難しいじゃないですか。会社員をやりながらのコメ作りは本当に大変だと思いますよ。

僕の場合は、兼業の苦労よりも「ジャンボタニシ」との戦いに苦しめられていますね。

――ジャンボタニシ……ですか?

安田:ジャンボタニシです。やつらは放置しておくとサザエくらいのサイズにまで育っちゃうんですよ。水深4cm以上になると田んぼを自由に動き回って、苗を食い荒らすんです。うちも去年は、田んぼ1枚(約1,000㎡)分丸ごとジャンボタニシにやられました。

一度広がるとなかなか撲滅できないので、日頃から田んぼを回って退治していますが、毎日バケツいっぱいのジャンボタニシが取れるんですよ。こいつらを駆除するのは本当に骨が折れますね。

――昔からコメ農家の天敵だったのでしょうか?

安田:いや、こんなに一気に増えたのはここ数年ですね。ご高齢の農家はなかなか対策できずに、ほったらかしにしているなんて話も聞きますし、今後はもっと問題になっていくと思いますよ。

水中ドローンみたいなやつで、田んぼにいるジャンボタニシを捕らえていく機械をどこかが開発してくれるといいんですけどね。数万円くらいで出してくれたら、バカ売れすると思いますよ。ヤンマーさんにぜひお願いしたいです。

日本古来の食文化・コメを守るために

――映画『ごはん』は2017年公開ですが、『侍タイムスリッパー』のヒットもあり、再び注目を集めています。日本の農業の現状を知ってもらうためにも、あらためて多くの人に観てもらいたい作品ですよね。

安田:そうですね。2017年の公開当時、映画を観てくれた人からこんなことを言われました。「自分も仕事を辞めて農家を継いだけど、いま本当に苦しい思いをしている。だから、これは“僕の映画”です」と。わーっと泣きながら握手を求めてくれたのを今でも覚えています。

他にも10人以上の農家さんから同じような感想をもらって、そういう意味では今のコメ農家が抱える苦しさも含めて、リアルな部分を描けたのかなと思います。配信もスタートしたので、もっとたくさんの人に観てほしいですね。

――最後に、あらためて日本のコメ作りについて伝えたいこと、監督の思いをお聞かせいただけますか?

安田:繰り返しになりますが、日本の農家の多くは厳しい状況のなかでコメをつくっていると思います。それにも関わらず、最近はコメの価格のみがクローズアップされ、農家が抱える困難や課題が覆い隠されてしまっているように感じます。市場経済の原理だけでコメ作りを語るのではなく、もう少し広い視点で日本の大切な主食を守る方法を考えるべきではないでしょうか。

このままだと、いつか日本の家庭から炊飯器がなくなってしまう可能性だってあるのではないでしょうか。大袈裟ではなく、今は日本古来の食文化を守れるかどうかの瀬戸際かもしれません。農家だけの問題ではなく日本人全体の問題として、多くの人に考えてもらえたら嬉しいですね。

――お話を伺っていて、安田監督の「田んぼを守りたい」「日本のコメを守りたい」という思いを強く感じました。映画『ごはん』のラストでは主人公のヒカリが「お父さんがなんでお米づくり頑張ってたんか、わかる気がする。お父さん、この景色守りたかっただけなんやね」と呟きますが、あれは安田さんの思いを反映したセリフでもあるんですね。

安田:そうですね。本当は「田んぼを守りたかった」など、もっとストレートな表現にすることも考えました。最終的にああいったセリフになりましたが、ニュアンスとしては同じですね。

農家の人が水を張り、田植えをして育み、稲刈りをする。それを何年も繰り返してきたなかで残った風景を守っていかなあかんと強く思います。僕に限らず、多くの農家さんは同じ思いでコメ作りに向き合っているんじゃないでしょうか。

 

農業と映画。異なるふたつのフィールドを行き来しながら、自身の可能性に挑戦し続ける安田監督。「人の可能性を信じ、挑戦を後押しすることで、人と未来を育む」HANASAKAビトとして、安田監督は今日も風にそよぐ稲穂と向き合っています。

 

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『持続可能な農業のあり方を多角的に実現する。未来の農地を守るプロジェクト「SAVE THE FARMS by YANMAR」』

WEBサイト「SAVE THE FARMS by YANMAR」