2025.09.05
持続可能な農業のあり方を多角的に実現する。未来の農地を守るプロジェクト「SAVE THE FARMS by YANMAR」

農業従事者の高齢化や後継者不足により、未利用の農地が増えています。野菜やコメが作られず、誰も管理しなくなった農地はやがて耕作放棄地となり、耕作放棄地が増えれば日本の農業は立ち行かなくなってしまうかもしれません。
持続可能な農業を実現するために、2025年にヤンマーが立ち上げたプロジェクトが「SAVE THE FARMS by YANMAR」。 “未来の農地を守る”と銘打たれたプロジェクトの中身と、その可能性を探るべく、プロジェクトメンバーに話を聞きました。
離農を防ぎ、農業の担い手と未来の農地を守る
――ヤンマーでは2025年から持続可能な農業を実現するためのプロジェクト「SAVE THE FARMS by YANMAR」を始動させました。はじめに、取り組みの概要を教えてください。
田中健一(以下、田中):ヤンマーは世の中にサステナブルという言葉が浸透する以前から「A SUSTAINABLE FUTURE —テクノロジーで、新しい豊かさへ。—」というブランドステートメントを掲げ、持続可能な未来の実現に向けてヤンマーが持つソリューションを社会に提供してきました。このブランドステートメントに基づき、「未来の農地を守るプロジェクト」としてスタートしたのが「SAVE THE FARMS by YANMAR(セーブ・ザ・ファームズ・バイ・ヤンマー)」です。
日本の農業は現在、さまざまな課題を抱えています。特に、農業従事者の高齢化と後継者不足は深刻で、このままでは多くの農地が耕作放棄地になってしまうかもしれません。本当に取り返しのつかない状況に陥ってしまう前に、農地を守るための仕組みをつくる必要があります。

ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 共創推進室 主幹
本プロジェクト事業企画管理チームのリーダー。米原市脱炭素先行地域事業を企画、再エネ供給事業実証を推進中。エネルギー分野の知見を活かし、本プロジェクト全体の企画立案から事業立上げまでを担当。
――農地を守るために、具体的に何をやろうとしているのでしょうか?
田中:まずは、農業の新たな担い手を増やすこと。また、離農してしまう人を減らしていくこと。さらには、子どもたちに将来「農家になりたい」と思ってもらえるような、かっこいい職業にしていくことが重要です。そのためには、農業でしっかりと収益が出る仕組みをつくっていく。テクノロジーによって効率化し、作業負荷を下げていく必要があります。
今回、SAVE THE FARMS by YANMARの第一弾として始動した「環境再生型農業」と「営農型太陽光発電」を掛け合わせたソリューションも、安定した農業経営の実現を支援するためのものです。ヤンマーホールディングス、ヤンマーアグリジャパン、ヤンマーエネルギーシステムなどヤンマーグループ各所からメンバーを募り、総力を挙げてプロジェクトを進めています。
――「環境再生型農業」や「営農型太陽光発電」の具体的な中身は後ほどお聞きしたいと思いますが、日本の農業の現状や課題について、もう少し詳しく教えてください。先ほど「農業従事者の高齢化と後継者不足」というお話がありましたが、現時点でどれくらい高齢化が進んでいるのでしょうか?
田中:現在、日本の農家の平均年齢は69.2歳です。(※1) たとえば、岡山県岡山市でSAVE THE FARMS by YANMARのプロジェクトに参画いただいている、農家の佐藤健悟さんは60代ですが、それでも「若手」と言われてしまうくらい高齢化が進んでいるんです。また、後継者不足も深刻です。農家さんに実施したアンケートでは、約7割の方が「後継者がいない」と回答されています。(※2)
こうした状況から、何年も作物がつくられず荒れ果てた耕作放棄地が増え続けています。また、耕作放棄地とは認定されていないものの、実質的には農地として使われていない未利用農地も相当数あるものと思われます。
(※1)出典:農林水産省 農業労働力に関する統計
(※2)出典:農林水産省 2020年農林業センサス
――離農者の増加や後継者不足によって耕作放棄地が増えると、どんな問題が起こると考えられますか?
田中:これから新規就農者が増えたり、企業が農業に参入して担い手不足を補ったりというケースが出てきたとしても、耕作放棄地が増えてしまえば受け皿となる農地が足りなくなってしまいます。現在の農地を農地のまま維持しておかないと、大変なことになる。いつか日本でコメが生産されなくなり、日本米が食べられなくなってしまうなんてことが、現実に起こってしまうかもしれないんです。
「環境再生型農業」×「営農型太陽光発電」で営農をサポート
――SAVE THE FARMS by YANMARの第一弾ソリューションである「環境再生型農業」と「営農型太陽光発電」について教えてください。
田中:「営農型太陽光発電」とは、農地の上で太陽光発電を行い、農業と同時に再生可能エネルギーを創出するテクノロジーです。農地に支柱を建てて太陽光発電設備を施工し、その下で農業を行うというもので、農業をしながら電力と売電による収益を得られる仕組みになっています。
これに、農業を行う際に排出される温室効果ガスを削減しながら土壌改良を行う「環境再生型農業」を掛け合わせるのが、今回、SAVE THE FARMS by YANMARで展開しようとしているソリューション。環境負荷を減らしながら、安定した農業経営の実現をサポートします。

――すでに稼働している場所はあるのでしょうか?
田中:現時点で2パターンのモデルが本格稼働に向けて動き始めています。1つは滋賀県栗東市の農地をヤンマーがお借りし、ヤンマーグループで特例子会社のヤンマーシンビオシスが農業を行う「ヤンマー自社営農型」のモデルです。そして、もう1つは岡山県岡山市の農家さんに営農を委託している「農家営農型」のモデルとなります。今後も、この「ヤンマー自社営農型」と「農家営農型」という2つのモデルを軸に、全国で事例を増やしていく予定です。
――「ヤンマー自社営農型」と「農家営農型」の違いを、もう少し詳しく教えてください。
田中:まず、ソリューションを導入するまでのアプローチが大きく異なります。「ヤンマー自社営農型」は耕作放棄地となってしまった土地、あるいは未利用農地を探すところからスタート。農地を取得したうえで、自社で農業と太陽光発電設備の施工・管理運営を行います。
一方の「農家営農型」は、もともと農家さんが農業を行っている農地に、新たに太陽光発電を導入します。太陽光発電設備の施工・管理運営はヤンマーが行い、農業はそのまま農家さんに担っていただく形です。発電で得た収益の一部は農家さんに還元するほか、農業のスマート化や経営効率化といった面でも安定的な営農をサポートします。

――なぜ、2種類のモデルを展開するのでしょうか?
田中:自社営農型はどちらかというと、すでに耕作放棄地になってしまった場所を農地として再生するもので、農家営農型は離農を防ぎ、新たな放棄地を増やさないためのもの。目的が少し異なります。
いずれにせよ、ヤンマーが日本の全ての農地を自社で手掛けることは現実的ではありません。やはり、各地の農家さんや地権者さんなど、多くのパートナーと協力しながら、少しずつ取り組みの輪を広げていくことが大事なのではないかと思います。
――安達さんは農業機械の販売を行う「ヤンマーアグリジャパン」から、美野さんは発電機や空調システムなどのエネルギー機器を手掛ける「ヤンマーエネルギーシステム」からプロジェクトに参加されています。お二人それぞれの役割を教えてください。
安達歩美(以下、安達):今回のプロジェクトにおけるヤンマーアグリジャパンの役割は、大きく2つありました。まず、「営農型太陽光発電」では、太陽光の設備を農地に建てた際、農作業に支障なく動かせる機械を検討することです。

また、もう一つの軸である「環境再生型農業」は、もみ殻バイオ炭製造や再生二期作、水稲の中干し期間延長など、さまざまな手法があるのですが、それらをどう組み合わせて「環境負荷を減らしながら、十分な収量を確保していくか」を検討するのが私の担当領域でした。

ヤンマーアグリジャパン株式会社 農機推進部ソリューション推進部
本プロジェクトの営農支援チームのメンバー。岡山県岡山市で取り組みを開始した環境再生型農業をサポート。
美野陽太(以下、美野):ヤンマーエネルギーシステムの主な役割は、「営農型太陽光発電」における発電設備の設計・施工管理・運用業務です。また、導入にあたって電力会社や送配電会社など、関係各所に対する申請業務なども担当しています。

ヤンマーエネルギーシステム株式会社 カーボンニュートラル推進部
本プロジェクトの発電チームメンバー。営農型太陽光発電の設備設計等を担当。
――それぞれの役割を遂行するにあたって、特に苦労したことは何ですか?
安達:最も避けなければいけないのは、太陽光発電の設備を建てたことで農作業の邪魔になり、農家さんに負荷をかけてしまうこと。そうならないよう、農家さんと密にコミュニケーションをとり、色んなご意見をいただきながら慎重に設計する必要があります。今回の栗東市や岡山市のケースでも、「この設計だと、コンバインが回れなくなってしまうよね」「今後、こういう機械を入れた時に、ここに柱があると邪魔だよね」など、さまざまなケースを想定しながら検討を重ねました。
また、上に太陽光発電の設備をつくることで農地に日陰ができた時に、どう収量に影響するかといったことも考えなければいけません。岡山県倉敷市にあるヤンマーの研究開発拠点「バイオイノベーションセンター倉敷ラボ」などの知見も借りているのですが、農地によって形状や気候などの環境が異なることもあって、慎重に検討を重ねています。
美野:通常の太陽光発電の場合、「いかに安く設置して、いかに多く発電できるか」といった点が重視されます。しかし、営農型太陽光発電の場合、あくまでメインは農業。発電は副収入という位置付けになります。
安達さんが言うように、農作業の邪魔にならない設計が大前提ということで、私たちヤンマーエネルギーシステムのメンバーも現場へ足を運び、農家さんとの打ち合わせを入念に行いました。実際に農作業を行う方のご要望や懸念点をしっかりキャッチした上で、設計に反映させることができたと思います。

――通常の太陽光発電設備に比べ、営農型はやはり設計の難易度が高いのでしょうか?
美野:そうですね。特に稲作、つまり水田は地盤が緩いため、難易度が上がります。なおかつ、農業機械が通るために柱の背を高くする必要があって、より不安定になりやすい。強度を持たせるために、農業機械が入れる範囲で柱の間隔を狭めたり、柱を深く埋め込んだり。現地の地盤の強度などを調査した上で、農地に合わせて設計する必要があるんです。ただ、今回の栗東市と岡山市のケースで貴重なデータも取れたので、今後に生かしていけると考えています。
ヤンマーが描く「サステナブルな農業」の未来とは?
――プロジェクトを推進する上で、ヤンマーの強みはどこにありますか?
田中:まずはやはり、ヤンマーグループ内にさまざまなリソースがあること。今回の「営農型太陽光発電」にしても、農業とエネルギーを自社で手がけられるのはヤンマーならではの強みだと思います。
もう一つは、農家さんのヤンマーに対するイメージ。手前味噌ですが、普段からヤンマーの農業機械をお使いいただいている農家さんたちは、少なからず親しみや信頼感を持ってくださっていると感じます。今回のように新しいソリューションを提案する際も、とりあえず話だけは聞いていただけますし、「ヤンマーだったらしっかりやってくれるだろう」というお声をいただけるのは、本当にありがたいですね。

――現在は栗東市と岡山市で取り組みがスタートしているということですが、今後、SAVE THE FARMS by YANMARのソリューションを全国へ拡大していくためにも、まずはこの2つの事例を軌道に乗せることが大事ですね。
田中:そうですね。栗東市でいうと地域全体で約50haの農地がありますが、当面はその一部をお借りして営農を行います。地域の農家さんからは「うまくいったら教えてね」という声をいただくなど、かなり注目していただいていると思います。
まずは私たちが問題なく営農できていることを、みなさんに見ていただくことが重要です。そうすれば、ご参画いただける農家さんが増え、活用できる農地も拡大していくはず。栗東市や岡山市でこうした流れをつくった上で、他の自治体にも広げていけたらと考えています。

――では、最後にお伺いします。ヤンマーのブランドステートメント「A SUSTAINABLE FUTURE —テクノロジーで、新しい豊かさへ。—」に掛けて、田中さんが思い描く「サステナブルな農業の未来」のイメージを教えてください。
田中:繰り返しになりますが、日本の農業を持続可能なものにしていくためには、現役農家さんの離農を防ぐことはもちろん、新たな担い手を増やしていかなくてはいけません。そして、そのためには農業を稼げる仕事、かっこいいと思ってもらえる仕事に変えていく必要がある。
未来の農地は、上空に太陽光発電があり、設備の柱の間を自動運転のトラクターが通り抜け、ドローンが肥料を散布する。人はそれを涼しい場所でコントロールして、効率よく収量を得る。私たちが最終的にイメージしているのは、そんな姿です。必ず実現させて、子どもたちが農家を目指したいと思える世界をつくっていきたいですね。

現役農家から見たSAVE THE FARMS by YANMARの可能性
「未来の農地を守る」という壮大な目標に向け、第一歩を踏み出した「SAVE THE FARMS by YANMAR」。その推進には、ヤンマーだけでなく、地元の人々や農地の地権者、そして何より農家の理解と協力が欠かせません。
一番のパートナーである農家は、この取り組みをどう受け止め、どんな期待を寄せているのでしょうか。2025年から「SAVE THE FARMS by YANMAR」のプロジェクトに参加した岡山市で農業を営む佐藤健悟さんの農地を訪ねました。
現役農家から見たSAVE THE FARMS by YANMARの可能性とは――。
――佐藤さんはご自身の農地に営農型太陽光発電を導入するにあたり、隣接する農地の農家さんや地権者、農業委員の方々など、関係各所を訪ねて説明に回ったと伺いました。さまざまな関係者と会話する中で、あらためて感じた農業の課題、コメ作りの課題があれば教えてください。
佐藤健悟さん(以下、佐藤):まずは高齢化ですよね。現役の農家はみんな年をとっていて、農作業が本当にきつくなってきている。あとは、やはり「お金」ですよ。農業の収入が少ないから後継者がいない。特に、水田農家は厳しいですよね。
仕事として考えると、解決しなければならない課題がある以上は、自分の子どもに「継いでほしい」とはなかなか言えませんよね。

岡山県岡山市で農業を営み、本プロジェクトの実施において「農家営農型」でご協力いただく。
佐藤:後継者もいない、他に頼む人もいないとなれば、いくら農地があってもどうにもならない。そうやって耕作放棄地が増えていく。悪循環ですよね。
早川明日香(以下、早川):佐藤さんはご自身の農地以外に、他の農家さんが面倒を見切れなくなった農地を預かって、耕作放棄地にならないよう管理されています。私も佐藤さんと一緒に地域の農家さんを回ったのですが、「うちの農地もお願いできないかな?」と、本当に多くの人から相談を受けていらっしゃいました。佐藤さんへの地域からの信頼の高さを感じると同時に、農家の厳しい現状を痛感しましたね。

ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部 共創推進室
本プロジェクトの企画管理チームメンバー。自治体各部署や近隣住民・近隣農家との折衝窓口を担当。
――ヤンマーの「SAVE THE FARMS by YANMAR」はまさに、そうした農業の課題を解決するために発足したプロジェクトです。
佐藤:農家からの期待や関心も高いと思いますよ。早川さんと色んな農家を回っている時も、「俺ももう年だから、いつまでできるか分からん。(営農型太陽光発電が)うまいこといったら、教えてくれよ」という声を何度か聞きましたから。今回の件もそうですけど、良い話があればみんなで共有して、困っている人が少しでも減るといいですよね。

――佐藤さんが営農型太陽光発電を導入しようと思われたのも、現状を変える糸口になりそうな期待感があったからでしょうか?
佐藤:早川さんがしつこかったんですよ(笑)。まあそれは冗談として、実はヤンマーさんから話をもらう数年前にも一度、同じような仕組みを導入できないか考えたことがあったんです。直射日光を浴びながらの農作業がしんどくなってきて、農地の上に屋根のように太陽光パネルを設置できないかと。もともと太陽光パネル自体は自宅や倉庫の屋根に導入していたので、馴染みの業者に聞いたら「できないことはない」ということでした。ただ、資金不足もありその時は話が流れて。
もともと構想していたことでもあったので、ヤンマーさんから打診を受けたときにも仕組み自体はすんなり受け入れられました。
――それで、すぐに導入しようと。
佐藤:いや、よくよく話を聞いてみたら「水稲」でやると。僕は野菜も作っているので野菜なら余地がありますが、水稲の作業は機械化をしているので、水田に太陽光パネルが設置されることで除草作業などの管理に手間がかかると思い、最初は乗る気になれなかったですね。
ただ、ヤンマーさんが粘り強く説得してくれて、実際に設置した現場も見せてくれました。やり方によっては、そこまで手間はかからんのかなと。本当にうまくいくかどうかは分からないけど、まずはトライしてみて自分なりに結論を出そうと思いました。
ちなみに、太陽光発電設備の施工は今年の秋の収穫が終わってから。来年2026年の2月までに建てて、そこから本格的に稼働する予定です。
早川:佐藤さんはもちろん、周辺の農家さんや岡山市の農業委員会の方など、たくさんの地域の方のご協力を得て、ようやくここまで辿り着きました。もちろん、この取り組みを懐疑的に見ている方も中にはいらっしゃると思います。我々としては「未来の農地を守り、日本の農業を守る」というSAVE THE FARMS by YANMARの取り組みを訴え続けながら着実に成果を上げて、仲間を増やしていきたいですね。
――最後に、佐藤さんにお伺いします。ご苦労も多い中、それでも農業をやっていてよかったと思うことを教えてください。
佐藤:一番はやはり、お客さんからの「ありがとう」「おいしかったよ」という言葉ですよね。それから、人から託された農地を守ることにも、やりがいを覚えます。単純に頼られることが嬉しいし、微力ながら地域の農地を減らさないために貢献できていると感じられる。大変ではありますが、やっていてよかったなと心から思えますね。
環境への貢献、地域での雇用創出、そして農業の新たな収益モデルを実現。ブランドステートメント「A SUSTAINABLE FUTURE —テクノロジーで、新しい豊かさへ。—」を掲げるヤンマーは、このプロジェクトを通じ、農地の豊かな未来に向けて持続可能な農業のあり方を多面的に模索していきます。
※取材者の肩書・役職は取材当時のものです。
撮影協力:千葉エコ・エネルギー株式会社、佐藤健悟様
写真:山田絵理
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)


