2026.07.09

デザインの伝道師たち ― ヤンマーに息づくデザイン思想

2015年、ヤンマーホールディングスに社内デザイン部門が立ち上がりました。その中心となったのが、デザイン部門を率いる土屋陽太郎氏と、ビジュアルコミュニケーショングループの海道未奈氏です。

彼らが向き合ったのは、100年以上にわたり築かれてきた、エンジニアリングを軸とする企業文化でした。ヤンマーは世界130カ国以上で事業を展開し、農業機械、小型建設機械、マリン、エネルギーシステムなど、幅広い分野に及んでいます。そのような多様な事業の中で、「デザインをどのように機能させるか」は大きな課題でした。そこで二人が何よりも重視したのが、「まず耳を傾けること」でした。

「以前は自分たちを“デザインの伝道師”と呼んでいました」と土屋氏は振り返ります。

二人は各事業部を訪ね、エンジニアや開発チームとの対話を重ねながら、機械がどのように生まれ、どのように使われているのかを理解していきました。

「すべてはコミュニケーションに尽きます。事業ごとに製品、市場、顧客は異なります。だからこそ、現場の人と直接関わることで、デザインがどのように貢献できるのかが見えてくるのです。」

プロダクトデザイン:人を起点にした機械づくり

ヤンマーのプロダクトデザインの中心にあるのは、「本質デザイン(イントリンシックデザイン)」という考え方です。見た目から設計を始めるのではなく、その機械がどのような課題を解決すべきかを理解することから出発します。

「機械には、厳しい環境に耐える強さが必要です。しかし同時に、それを使う人に寄り添うやさしさも求められます」と土屋氏は語ります。

ヤンマーの製品は、建設現場や農場、漁船といった過酷な環境で使用されます。そのため信頼性は不可欠です。一方で、オペレーターは長時間機械の中で作業するため、快適性や使いやすさも同様に重要な要素となります。こうした理由から、現在のヤンマー製品では、広いキャビン、良好な視界、直感的な操作性、低騒音設計などを通じて、オペレーター中心の設計が徹底されています。

「オペレーターは長い時間を機械の中で過ごします。それは農家にとってまるでオフィスのようなものです。だからこそ、快適でストレスのない環境が求められるのです。」

この考え方は、未来の製品開発にも反映されています。ヤンマーは、大地(Land)、海(Sea)、都市(City)の各分野において、将来の姿を示すコンセプトマシンを発表しています。これらは各事業領域における理想の未来像を示すものであり、単なる外観デザインではありません。機能や目的を起点とした設計思想のもと、電動化や自動化、代替エネルギーなどを通じて、環境の変化に対応する可能性を探っています。

こうした取り組みは国際的にも評価され、2025年には、世界的に権威あるデザイン賞の一つであるRed Dot Design Awardを2件受賞しました。

ブランドを象徴する色

ヤンマーのデザイン哲学は、ビジュアルにも表れています。その代表が「プレミアムレッド」です。これは2012年の創業100周年を機に導入されました。現在では製品やコミュニケーションの中で広く使用され、ヤンマーのブランドを象徴する要素の一つとなっています。

「この色は、エネルギー、自信、そして創業以来ヤンマーをかたちづくってきたチャレンジ精神を象徴しています」と海道氏は話します。

この取り組みは、著名なデザイナーとの協働によって進められ、デザイナーとエンジニアが連携しながら、ヤンマー製品全体の視覚的な一体感を高めていきました。現在では、プレミアムレッドは事業領域を超えてヤンマー全体をつなぐ、印象的なビジュアル要素の一つとなっています。

ビジュアルコミュニケーション:技術を体験へつなぐ

海道氏が率いるチームは、ヤンマーの技術を「人が理解し、体験できる形」に変換する役割を担っています。海道氏は、キャリアの初期に勤めていた菓子メーカーで、パッケージ表示の誤りに気づき、自ら工場に足を運んで修正した経験があるといいます。この経験が、デザインは企画だけで終わるものではなく、生産まで責任を持って見届けるべきだという考え方につながりました。

「多くのデザイナーは美しい絵を描くことはできます。しかし海道は、アイデアを最初の構想から生産まで一貫してやり遂げる力を持っていました。その姿勢こそが、デザイン部門をつくるときに必要だったのです」と土屋氏は語ります。

現在、海道氏のチームは、展示会やイベント、ブランド体験を通じて、複雑な技術を分かりやすく伝えることに取り組んでいます。

「エンジニアリングはとても複雑です。私たちの役割は、その技術が人々の日々の仕事の中でどのように体験されるのかを理解することです」と海道氏は話します。

技術と文化をつなぐ

ヤンマーのデザインは、機械そのものにとどまらず、技術と文化、人々の暮らしを結びつける役割も果たしています。その一例が、老舗酒蔵「沢の鶴」との協働です。この取り組みは、ヤンマーの研究者が、酒造り用の米を育てる農家の負担を軽減することを目指して、新しい酒米の品種を開発したことから始まりました。海道氏のチームは、そのストーリーを、酒瓶やパッケージのデザインを通じてかたちにしました。ボトルには、生産の透明性を伝えるQRコードといった現代的な要素と、酒造りを象徴する杉玉のような伝統的な要素が組み合わされ、日本の文化と農業の革新をつないでいます。

「米は日本文化と深く結びついています。こうしたプロジェクトを通じて、世界中の人々にそのつながりを感じてもらうと同時に、それを支える農家の存在にも目を向けてもらえたらと思います」と海道氏は語ります。

デザインの取り組みは、公共空間にも広がっています。ヤンマーは2021年から、大阪の長居公園を運営するヤンマーグループ会社「わくわくパーククリエイト」を通じて、日本有数の都市公園の一つであるこの場所の再構想に関わってきました。食、スポーツ、アート、学びをテーマとするこの空間では、地域活動と、再生可能エネルギーシステムや食品廃棄物のリサイクルといった環境の取り組みが組み合わされ、持続可能性を日常の中で実感できるようにしています。
海道氏のチームは、公園内のサイン計画や施設デザイン、来園者体験の設計などを支え、その理念が実際の場として機能するよう後押ししてきました。こうしたプロジェクトは、デザインが未来を形づくる考え方と人々とをつなぐ力を持っていることを示しています。

未来を描く

こうしてデザインの役割が広がっていく中でも、ヤンマーのデザインを導く原則は驚くほどシンプルです。その出発点にあるのは、創業者・山岡孫吉が100年以上前に最初のエンジンを生み出したときに抱いた問いです。

「技術は、それを必要とする人々の仕事をどのようにより良くできるのか?」

土屋氏と海道氏にとって、この問いは今もなお、あらゆるデザインの出発点であり続けています。そしてその考え方は、機械、体験、パートナーシップを通じて、世界を支える産業の発展に寄与する取り組みへとつながっています。

取材者の肩書・役職は取材当時のものです。

 

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