2017.08.23

食卓からバナナが消える? 世界的なバナナ危機に挑む、熱帯産作物国産化を目指した驚きのバイオ技術

手頃でおいしく、栄養も豊富なことから多くの人に愛されているバナナ。日本はそのほとんどを外国からの輸入に頼っていますが、食べられている量は自給率の高いミカンやリンゴを抑えての第一位! まさに国民的なフルーツといえます。

しかし、バナナが気軽に味わえるのも今のうち、かもしれません。というのも、ここ数年、東南アジアや中南米をはじめとしたバナナ生産地では、台風被害や干ばつが相次いでいる上に、「新パナマ病」というバナナを枯死させる伝染病の被害も拡大しており、安定供給に陰りが見え始めているのです。

特に、日本の最大の輸入先であるフィリピンにおける新パナマ病の被害は深刻で、生産量の低下にともなう価格の高騰が続いています。また、フィリピンに次いで輸入量の多い南米、エクアドルからの輸入が増えつつありますが、距離面でコストが上がるため、こちらも価格の高騰につながっています。今後、フィリピンと同じようにバナナの生産が可能な地域でも新パナマ病が広がる事態が懸念されていますが、食い止める有効な手立ても依然として見つかっておらず、「このままでは食卓からバナナが消えるのでは……」という懸念も広がっています。

そんななか、とある国産バナナが注目を集めています。その名も「もんげーバナナ」。“もんげー”とは岡山の方言で、“ものすごい”を意味します。2016年3月の発売と同時に、テレビや雑誌、ネット上でも大いに話題になった、純国産・完全無農薬栽培のバナナです。味わった人が口を揃えて「これまで食べてきたバナナは何だったのか!」と眼をむくほど甘くておいしいと評判ですが、バナナの常識を超えたのは味わいだけではありません。もんげーバナナは、これまで栽培収穫が不可能とされてきた本州、岡山県で生まれ育った耐寒性バナナなのです。

本来、常夏の国でしか育たないはずの熱帯作物のバナナがなぜ、冬は0度近くまで冷え込む温帯地域で栽培できるのか。秘密は、植物の種子などを凍結解凍することにより、潜在的な能力を呼び覚まし、耐寒性や生育力に優れた個体をつくり出す「凍結解凍覚醒法」にあるようです。バナナはもちろんのこと、あらゆる熱帯作物の国産化も夢ではなくなるかもしれない、新バイオ技術に迫るべく、栽培現場をたずねました。

バナナ、パパイヤ、コーヒーまで……
ここは南国? 岡山のアグリバイオベンチャー・D&Tファーム訪問

訪れた先は、岡山県岡山市の5ヶ所にほ場を構える、農業法人 株式会社D&Tファーム。もんげーバナナや桃太郎パパイヤといった岡山発のブランドフルーツは、同社が開発した凍結解凍覚醒法を用いています。品種の開発、栽培・出荷から、苗の販売や栽培指導なども行っています。多品種展開に向けて試験栽培中の作物約200種がひしめく施設内を案内していただきました。百聞は一見にしかず、取材陣も日本とは思えない光景に目を疑った、さまざまな作物が育つ姿をご覧ください。

バナナは通常、定植後1年半ほど経たなければ収穫できませんが、凍結解凍覚醒法を施した場合、わずか半年で実をつけはじめ、9ヶ月目で収穫可能に。収量は通常1株1房であるのに対して、4〜6房まで増加するそう。
草丈1m60cm程度に達した頃から花実をつけ始めるパパイヤも、こちらでは草丈1m足らずで開花・結実。1年間で約80個の実がとれるといいます。凍結解凍覚醒処理をしていないパパイヤと比較すると、生育速度は6倍にもなるそう。D&Tファームでは、規格外の生育力に応じた肥料や培養土も独自開発しています。
ハウス中に甘い香りを漂わせていたパイナップル。通常は花穂が出るまで1年以上を要するのに、わずか半年で開花・結実に至っています。
国内で栽培されている露地物のイチジクの収穫期は、夏から秋に限定されますが、こちらのイチジクは耐寒性と生育力の相乗効果により、夏季と冬季の二期作が可能。特に冬場のイチジクは希少価値が高いので、一般消費者はもとより、製菓や外食サービスの関係者からも大いに歓迎されるのでは。
バナナやパイナップルと同様に、温帯での栽培は難しいとされてきたコーヒーも、ご覧のとおり、立派な実をつけています。安心・安全な無農薬の国産コーヒーが味わえる日も近い?

ほかにも、施設周辺の露地栽培やハウス内には、グァバ、パッションフルーツ、シナモン、アボカド、デーツなどが試験栽培中。日本で栽培されている作物に比べて、熱帯の作物は花や葉の形がとてもユニークで、見ているだけで楽しくなります。そして驚きなのは、どれも今年植えたものとは思えないほどのたくましい生長ぶり。

こちらは同じパパイヤの木から取り出した種で、凍結解凍覚醒法を用いた場合(奥)と用いなかった場合(手前)の生育速度を比較。同じ日に植え付けたものとは思えないほどの差が生じています。

それではいよいよ、凍結解凍覚醒法そのものにフォーカスします。

耐寒性の記憶を呼び覚まし、生育速度を高める
凍結解凍覚醒法とは?

バナナなどの熱帯作物を日本に植えた場合、ほとんどが越冬できずに枯れてしまうそう。ところが、D&Tファームで出合った作物は冬を乗り越え、そればかりか生育速度を通常よりも速めています。カギを握っている凍結解凍覚醒法とは、一体どのような技術なのか。基本的な考え方と合わせて、技術の特徴を見ていきましょう。

・氷河期を乗り越えた植物の力に着目

地球上に現存する植物には、氷河期を乗り越えて、今日まで命をつないできた進化の歴史があります。たとえ今は熱帯の気候に適合しているとしても、遺伝子情報の中には「寒さに耐えた記憶」が刻まれていると考えられます。その点に着目し、植物が持つ記憶を取り戻し、寒さを乗り越える能力を呼び覚ます方法こそが凍結解凍覚醒法なのです。

・擬似氷河期へいざない、順応性や耐寒性を覚醒させる

凍結解凍覚醒法は、言ってみれば“植物に氷河期を擬似体験させる仕掛け”です。対象作物の種子または生長細胞塊をトレハロースの溶液(細胞保護剤)に浸し、常温からマイナス60度の極低温下までゆっくりと冷却。半年間ほど(!)かけて凍結します。その間に現在の環境情報がリセットされ、低温環境下で生存できる能力を取り戻していくそうです。

・凍結解凍ストレスにより、生育速度が飛躍的に向上

凍結解凍覚醒法により氷河期を再体験した植物の種子は、寒い地域であっても発芽し、その環境に順応して生長できるようになります。そして、極限の寒さから解放された反動により、少しでも速く生長しようと遺伝子情報伝達物質RNAの転写速度が増加するため、生育力も飛躍的にアップします。また、細胞分裂の活性化により、病害虫への耐性も高まるため、無農薬栽培が可能になるメリットまで。

開発者・田中節三さんに聞く
凍結解凍覚醒法が実現する未来

日本の気候に順応し、なおかつ驚くべきスピードで生長を続ける熱帯の作物。凍結解凍覚醒法は、交配による品種改良や遺伝子組み替えのように人為的に付け加えられたものではなく、植物が氷河期に培ったパワーを最大限に活かした技術でした。

この驚くべき技術にはどのようなメリットがあり、今後どのような展開が期待できるのでしょうか。40年以上にわたる熱帯果樹研究を礎に凍結解凍覚醒法を開発した、桃太郎パパイヤ研究所所長・田中節三さんに、技術の意義や可能性について語っていただきました。

田中節三(たなかせつぞう)
1949年岡山県生まれ。60歳頃まで海運・造船業に携わる。仕事でインドネシアや台湾などを頻繁に訪れるうちに、幼少期の憧れのフルーツだったバナナをはじめとする熱帯果樹に興味を持ち、40年ほど前から栽培研究を開始。2013年、耐寒性植物の研究拠点として農業法人 株式会社桃太郎パパイヤ研究所を設立。同所所長とD&Tファームの技術責任者を兼任し、技術改良や普及促進事業などに尽力する。

もんげーバナナの反響には、私自身、大変驚いています。バナナの売れ行きもさることながら、凍結解凍覚醒法に関する問い合わせがすごくて、D&Tファームの視察に訪れる人も後を絶たないという状況が続いています。視察に来られた方たちからよく「どうやってこんな技術を思いついたんですか?」と尋ねられるのですが、ひとことで言ってしまえば、単純なひらめきですね。でも、根拠はあります。

今から7万年前、地球ではそれまで温暖だった気候が急速に寒冷化してゆき、以後5万年もの間、氷河期の凍結期間が続きました。その間、植物は冬眠状態にありましたが、1万5000年ほど前、温暖化が進み始めた頃に目覚めて繁殖を始めています。温暖化といっても、当時の気温は赤道付近で、日中の気温が12〜13度、夜間はマイナスだったといわれています。つまり、熱帯の植物はかなり低い気温下で氷河期の冬眠から目覚め、繁殖してきた経緯があるわけです。この1万5000年の間の温暖化に順応し、現在は30度前後の気温がなければ繁殖できなくなっていますが、本来は12〜13度の気温で繁殖できる能力を持っているのです。

そこで私が思いついたのは、当時と同じ状況、つまり氷河期と温暖化の移行期を人工的に再現すれば、温暖化の気候の順応した環境情報がリセットされて、1万5000年前の冬眠から覚めた時期のように低温下で繁殖するのではないか、という考え。これが、凍結解凍覚醒法の出発点です。そして、何度も実験を繰り返し、種子または細胞塊をトレハロース溶液に浸けて、氷河期のマイナス60度に達するまで半年間ほどかけてゆっくりと温度を下げながら凍結する、基本のプロセスを確立しました。

植物の声なき声に耳を傾け、自然に根ざした技術を確立
国産バナナの裾野を広げて日本の農業を元気に

凍結解凍覚醒法の誇れる点は、当初の私の目論見どおり、植物本来の順応性が覚醒され、熱帯作物を温帯作物の性質に変えられたところと、もう一つ、生育速度が極めて速くなったところにあります。後者については、研究を続けるなかで判明したうれしい誤算でした。凍結解凍ストレスによって、凍結植物の遺伝子情報伝達物質(RNA)の生成量が通常の37倍に増加し、それが生育速度に反映されるのです。

ただ実際は、土壌の抵抗や養分の加減など、さまざまな抵抗ファクターがあるので、37倍の速度が保たれることはなく、6倍程度に収まります。生育速度が6倍になるということは、それだけ吸収力も上がるので、通常の6分の1の日照で足りる計算になります。今の日本では4月頃から10月頃までの7ヶ月間は日差しが強く暖かいから、これに6をかけたら42ヶ月分になる。バナナは普通、収穫するまで18〜24ヶ月かかるけれど、6倍の生育速度、吸収力を有するバナナなら、7ヶ月もあれば余裕で収穫できるのです。その証拠に、我々が育てているバナナは8〜9ヶ月目で収穫しています。

また、果樹は一般的に、病害虫の被害を受けやすいものですが、取材で見ていただいた作物に農薬は一切使っていません。細胞分裂の活性化にともない、植物全体の活力が増していき、根腐れやハダニへの耐性が高まるので、完全無農薬栽培が可能になりました。日本で熱帯の作物をつくるなど、自然の摂理に逆らっているように思われるかもしれませんが、以上の特徴をご覧の通り、凍結解凍覚醒法は、植物本来の力で寒さや病気などのリスクを克服できるようにサポートする技術です。従来の交配による品種改良や、遺伝子組み替えよりも自然に根ざした方法であると、私は思います。

熱帯作物の栽培を通じて、私は日本の農業を元気にしたいと考えています。日本の農業は今、就農者の高齢化、耕作放棄地の増加、農薬の問題など多くの課題を抱えていますが、熱帯作物栽培の普及により、これらを一体的に解決できるのではないかと踏んでいます。

たとえば、耕作放棄地に凍結解凍覚醒法を施したバナナの種を植えるとしましょう。そうすると、耕作放棄地が減るだけでなく、先にお話した植物自身の力で、除草剤の使用を食い止めることができます。すでに除草剤がまかれた耕作地ならば、台湾が取り組んでいる休耕地政策をお手本に、休耕補償をつけて家畜用の牧草栽培を何年か続けて、いくらかの収入を得ながら土壌の回復を待つのがよいかもしれません。

あるいは作物の鳥獣害でお困りの方には、パパイヤ栽培をおすすめしています。パパイヤの実に含まれる酵素は、人間には無害ですが、鳥獣にとっては嫌がられ、畑の周りに植えておくだけで鳥獣避けになるのです。そういった情報発信も心がけながら、熱帯作物栽培の裾野を広げています。

今は日本の農業活性化を最優先に掲げていますが、その先に見据えているのは世界の未来です。現在、世界の人口は70億人を突破しており、さらなる増加が予想されていますよね。そこで必然的に生じる食料問題の解決に、凍結解凍覚醒法がきっと役立つはずです。気候帯を問わず、それぞれの地域に順応する性質を引き出せれば、持ち前の生産性で人々を食料難から救うことができるはずです。

輸入バナナの不作ともんげーバナナの発売がちょうど重なったことで、「バナナを救ったね」などと言われますが、救われたのは私のほう。こんなに大きな使命感を私に与えてくれたバナナに感謝です。


D&Tファームで出会った、バナナをはじめとする熱帯の作物。温帯地域であるにもかかわらず、パワフルに生長するその姿にまず驚かされましたが、一番の驚きは、そのパワーを引き出している凍結解凍覚醒法の革新性でした。常識にとらわれない柔軟な発想力と、植物の力を信じる心をもつ田中所長の熱意、そして日夜研究開発に明け暮れる技術が文字通り、結実しつつあるのを実感しました。

凍結解凍覚醒法は、技術そのものの普及、ビジネスとしてのスケールにまだまだ課題もあるようですが、それこそ凍結解凍覚醒法を施した作物のように、規格外の速度で広まっていく可能性を秘めています。近い将来、日本のあちこちでバナナやパパイヤが実る畑に出くわすような、未来への期待も大きく膨らみました。

ヤンマーもまた、同じく岡山県にある拠点・バイオイノベーションセンター倉敷ラボにて、未来の食の問題を解決すべく研究開発を進めています。Y MEDIAでは今後も、持続可能な社会の実現を目指す、さまざまな取り組みを追いかけていきます。

関連情報

株式会社D&Tファーム

農業法人 株式会社D&Tファームのホームページです。 桃太郎パパイヤ研究所が開発した耐寒性作物の苗販売・営農指導を行っています。

バイオイノベーションセンター倉敷ラボ

ヤンマーの研究拠点のバイオイノベーションセンター倉敷ラボをご紹介いたします。