ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部
中央研究所 基盤技術研究センター
ヤンマーテクニカルレビュー
水素デュアルフューエルエンジンの基礎燃焼特性の把握
~単筒機試験および数値シミュレーションによる燃焼のモデル化~
Abstract
In pursuit of a carbon-neutral society, the movement toward decarbonization in the international community is accelerating. Hydrogen, being flammable and non-toxic, is expected to serve as a viable alternative to fossil fuels, particularly in coastal vessels and workboats with relatively short ranges. However, several technical challenges must be addressed regarding its use in engines, including the suppression of abnormal combustion and the reduction of NOX emissions. To tackle these issues, we investigated a hydrogen dual fuel engine in which hydrogen is pre-mixed and ignition is controlled by diesel spray. Our findings indicate that increasing the hydrogen energy ratio under high boost conditions can lead to stable combustion and maximize CO2 reduction effects. This paper presents the combustion development of medium to large-sized hydrogen engines, supported by experiments and numerical simulations conducted with a single-cylinder hydrogen dual fuel engine.
1. はじめに
カーボンニュートラル社会の実現に向けて、国際社会では脱炭素化が加速している。この流れの中で、中大形舶用エンジンにおいては化石燃料からカーボンニュートラル燃料への転換が求められている。また、舶用エンジン市場においては燃料冗長性が求められ、カーボンニュートラル燃料と化石燃料の両方で運転可能なデュアルフューエルエンジン(以下、DFエンジン)が重要視されている。
カーボンニュートラル燃料である水素は、燃えやすく無毒であり、航続距離が比較的短い内航船や作業船において化石燃料の代替として期待されている。しかし、水素をエンジンで利用する際には、異常燃焼の抑制やNOX低減といった技術課題が存在するため、水素DFエンジンにおいてこれらの技術課題を解決する必要がある。
現在、水素DFエンジンに関する研究開発事例は限られており、そのため水素DFエンジンの基礎燃焼特性を把握し、研究開発を進める必要があった。本稿では、単気筒水素DFエンジン(図1)を用いた燃焼試験および燃焼モデルの構築、さらにその燃焼モデルの多気筒エンジン開発への展開について紹介する。
2. 商品の概要
2.1. 供試機関および実験条件
図2に供試機関の外観と主要諸元を示す。この供試機関は、排気量1142 cm3の4ストローク単気筒水素DFエンジンである。ピストン燃焼室はトロイダル形状で、圧縮比は14.3である。また、ディーゼル燃料の噴射にはコモンレール式の燃料噴射装置を使用し、燃料の昇圧は外部モータ駆動のサプライポンプで行った。
図3に実験装置の概要を示す。吸入空気には、電動式コンプレッサから供給される加圧エアを使用した。圧力振動を抑えるために、経路内にサージタンクを設置し、減圧弁で給気マニホールド圧力を所定の値に調整した。水素は、高圧ボンベ出口に取り付けた1次レギュレータで約0.7 MPaに減圧され、流量制御弁を通じて吸気管に供給された。水素は温調装置の手前で新気と混合され、水素予混合気として温度が調節された。
本研究では、エンジンの回転速度を1200 min-1に固定し、運転負荷を図示平均有効圧(
)で定義した。
は1.3MPaに設定し、水素と軽油の供給量を調整した。エンジンに供給される熱量のうち、水素燃料の熱量の割合を水素混焼率(
:Gas Fuel Energy Ration)と定義した(式(1))。ここで、
は軽油供給熱量、
は水素供給熱量を示す。
軽油のみ(
=0%)の空気過剰率(
)は、吸入空気の質量流量(
)を、軽油の理論混合比(
)と軽油の質量流量(
)の積で割った値(式(2))として定義した。
空気過剰率の設定として、
=2.0を標準条件、
=2.4を高過給条件とし、給気圧力および
を一定に保ち、
を変更した。これにより、各空気過剰率条件において、水素混焼率が燃焼および排気特性に与える影響を調査した。
2.2. 実験結果
図4に空気過剰率が水素混焼率(
)に対する燃焼および排気特性に与える影響を示す。
が約60%未満の場合、空気過剰率の違いによる燃焼期間(
)には大きな差は見られない。
が約60%を超える条件において、標準条件では
が短期化し、異常燃焼により運転が制限された。一方、高過給条件においては、
が約60%を超えても燃焼が急激に変化せず、安定した運転が可能であった。
ただし、いずれの条件でも、
の上昇に伴って図示熱効率(
)が低下している。これは、バルブオーバーラップ期間中における吸気ポートからシリンダを経由した排気ポートへの水素予混合気の吹抜けによる影響が大きいと考えられる。そのため、
の向上を図るためには、吸気行程中の吸気ポートへの水素間欠噴射や筒内直接噴射などを採用し、吹抜けを抑制する必要がある。
また、
が高まると、軽油中の炭素に由来する一酸化炭素(CO)や二酸化炭素(CO2)の濃度、さらに黒煙濃度(Smoke)は低下する。標準条件において
の増加とともに窒素酸化物(NOX)濃度は増加するが、高過給条件では、
が約80%においてもNOX濃度の大きな増加はない。
以上の結果から、水素DFエンジンでは、空気過剰率と水素混焼率を高めて運転することで、安定した燃焼とCO2、NOXの排出低減が可能であることが明らかになった。
3. 水素DFエンジン燃焼のモデル化
3.1. 燃焼モデルの構築
水素DFエンジン燃焼のモデル化において、Periniらが提案した混焼モデル(1)を用いた。
この混焼モデルでは、直噴ディーゼル燃料の自着火を詳細化学反応モデルで計算し、水素予混合気における火炎伝播をG方程式モデルで計算する。詳細化学反応モデルによって水素火炎の伝播を解くためにはメッシュの細分化が必要だが、計算負荷が高く実用的ではない。このモデルでは、直噴ディーゼル燃料近傍のセルが自着火燃焼から火炎伝播に移行するのに適切な状態であるかを判定し、判定されたセルの体積が十分大きくなった時点において、自着火燃焼計算からG方程式モデルによる火炎伝播計算に移行する。G方程式モデルでは、未燃部、火炎面、既燃部を表すスカラー量として「G」を定義する。この「G」が流動と燃焼によってどのように変化するのか、輸送方程式を解くことによって、複雑な流れ場の中での火炎の広がりを計算する。
図5に混焼モデルにおける燃焼形態の判定の模式図を示す。セルは直噴ディーゼル燃料成分を含むDI zoneと水素予混合気から成るPremixed zoneに分けられる。自着火燃焼計算から火炎伝播計算に移行するのに適切な状態の判定は、セルの
が閾値
を超えた場合に行われる(式(3))。ここで、
は層流燃焼速度(組成、その場の温度、圧力によって決まる火炎伝播の速度)、
は自着火速度(化学反応の速度)を示す。自着火燃焼計算から火炎伝播計算に移行するのに適切な状態と判定されたセルの総体積
のシリンダ容積
に対する割合が閾値
を超えた時点において、自着火燃焼計算は火炎伝播燃焼計算に移行する(式(4))。
上記の混焼モデルを用いて、水素DFエンジンにおけるディーゼル燃料の自着火、および水素予混合気における火炎伝播を模擬し、燃焼計算および解析を行った。
3.2. 燃焼モデルによる計算結果と実験結果の比較
図6に3次元燃焼シミュレーションから得られた熱発生率と実験結果のそれとを比較している。シミュレーション計算結果は、各水素混焼率条件で実験値を概ね再現している(2)。しかし、
が74%の高い条件では、着火遅れが長くなり、実験値と若干の乖離が見られる。この乖離は、エンジン筒内の温度場や軽油噴射量が少ない条件での噴霧形態の解析精度に影響されている可能性がある。
図7に水素混焼率が同等で空気過剰率が異なる条件における水素DFエンジン燃焼の過程を3次元的に示す。図においては、クランク角度ごとのディーゼル噴霧近傍における軽油と水素の総括空気過剰率(
=1.0)の等値面(緑)および水素火炎面(茶)を示している。なお、水素火炎面はG方程式モデル(火炎伝播モデル)におけるG=0の等値面に相当する。
いずれの条件でも、ディーゼル噴霧が自着火した後、噴霧燃焼が着火源となり、水素予混合気への火炎伝播が開始される。ディーゼル噴霧はその貫徹力で先に燃焼室の外周に到達し、燃焼を継続している間に、水素予混合気の伝播火炎も燃焼室の外周に到達する。いずれもディーゼル噴霧燃焼には大きな差が見られない(6 deg.aTDC)。一方で、水素予混合気の火炎伝播は、より希薄な条件で遅くなる(10~14 deg.aTDC)。これは、希薄条件下で水素予混合気の燃焼温度が低下し、火炎伝播速度が減少したためと考えられる。
(高過給条件)
以上のように、今回構築した燃焼モデルにより、水素DFエンジン燃焼の解析が可能となった。さらに、本モデルを用いて、運転パラメータや燃焼諸元の適正化についても検討ができるようになった。
4. 今後の展開
水素DFエンジンの燃焼モデル化により、ディーゼル噴霧自着火燃焼と水素予混合火炎伝播燃焼が同時に進行する様子を3次元的に理解することが可能となった。この燃焼モデルを活用することで、ボア×ストロークの異なるエンジンにおける噴霧特性や燃焼室形状の検討も行えるようになる。図8に示すように、燃焼モデルの多気筒エンジン開発への展開においては、燃焼計算とエンジン試験を適切に組み合わせたモデルベース開発(Model Based Development)が進行中である。
エンジンはカーボンニュートラル燃料を使用することで脱炭素化に貢献できる実用的なエネルギー変換機器であり、今後も新たな研究開発手法を取り入れ、最新のエンジン技術を構築していく所存である。
参考文献
- (1)F. Perini et al.: A Dual-Fuel model of flame initiation and propagation for modelling heavy-duty engines with the G-Equation, SAE Technical Paper, 2023, 2023-32-0009, doi:10.4271/2023-32-0009
- (2)上野 尊史ら,数値シミュレーションによる水素ディーゼル混焼エンジンの燃焼プロセスの分析; 自動車技術会論文集, 55 巻, 6 号, p. 1059-1064,(2024)
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