2024.04.24

生まれ変わったヤン坊マー坊 ヤンマーが寄り添う若者の気持ち

ヤンマーが大きくデザインを変えたヤン坊マー坊が大きな話題となっている。過去のものとは全く違った外見に違和感を覚える人も少なくないが、若者の心を動かし、未来の可能性に一緒にチャレンジするため、実は9代目への進化は必然だった。
ヤンマーの狙いはどこにあるのかを探った。

「ええっ、これがヤン坊マー坊なの?」
2024年1月30日、ヤンマーホールディング株式会社は、ヤンマーグループ企業のマスコットキャラクター「ヤン坊マー坊」の新デザインを発表した。

変わったものと変わらないもの

一般投票をグローバルで行い、3案の中から最も得票を集めたものに決まった。総得票数は7万6568票、過半数の4万9628票を獲得したB案はかつての面影がない。ヤン坊マー坊と聞くと天気予報を思い出す世代は、少し寂しい気持ちになったかもしれない。
なぜ、ヤンマーは9代目でデザインを一新したのか。変わったものと変わらなかったものについて検証する。

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投票結果で新デザインを決定

ヤン坊マー坊は、1959年に農家や漁師の方に役立つ情報を届けたいという思いで始めた「ヤン坊マー坊天気予報」をきっかけに誕生した。実は天気予報に登場して以来、デザインは少しずつ変化しており、今回は9代目となる。当初は白黒でスマートなスタイルをしていたが、1964年には2頭身になり、1968年の3代目でカラー化、馴染みのある3頭身となった。それから40年以上、「僕の名前はヤン坊、僕の名前はマー坊」で始まる歌とともに、ヤン坊マー坊は高い認知度を得ていった。

2014年に終了した天気予報

2014年に天気予報番組の提供中止にヤンマーは踏み切った。ネット利用の普及により、天気の情報を得るのにテレビ番組をそれほど必要としなくなったことが一番の理由だ。これによりヤン坊マー坊の姿を目にする機会が減っていく。実際に、20代より下の世代では、ヤン坊マー坊の認知度は高くない。30代以上のほとんどが、ヤン坊マー坊天気予報のテーマソングを歌えるのと対照的な現象だ。
カラオケの配信サービスを行っているジョイサウンドのデータでは、10代での歌唱は全くなく、女性は20代で20%近くが歌ったことがあるが、男性は10%に満たず、歌唱する人の大半が30代以上との結果が出ている。
天気予報の番組提供をやめてから5年後の2019年、ヤンマーは8代目ヤン坊マー坊をCG化したデザインで登場させた。これまでにない大きな変化となったが、デザイン自体は過去のキャラクターの延長線上にあった。

1959年からのキャラクター変遷。新キャラクターは9代目となる

CBOに招へいされた長屋明浩氏

「もったいなかったですね」と語るのは、同社でチーフ・ブランディング・オフィサー(CBO)を務める長屋明浩取締役。キャリアのスタートはトヨタ自動車で、レクサスブランド企画室長やデザイン部長を歴任した。その後、2012年にヤマハ発動機がデザイン本部を設立、本部長に就任した。デザインを経営の柱とするための人事だった。そして2022年には、ヤンマーが取締役として長屋氏を招へいした。農業機械をはじめエンジンやエネルギーソリューションなど幅広い事業を展開するヤンマーのブランド戦略の担い手として白羽の矢を立てた。長屋氏は「若い世代にヤンマーは認知されていなかったのです」と就任当時を振り返る。

当時、日陰の存在となってしまったヤン坊マー坊を復活させようと長屋氏は構想を練った。これだけ知られているキャラクターを放置しておくのは、もったいないと考えたからである。うまく使えば若い世代にヤンマーを知ってもらい、同社がパーパスに掲げる未来への共感を生むことができる。

ヤン坊マー坊天気予報に親しみをもつ世代に加え、若い世代にも受け入れられ、未来にわたって愛されるキャラクターとなるにはどうしたらいいかと頭を悩ませる日々が始まった。ヤン坊マー坊は9代目へと進化しなければならないのは必然で、何を変えて何を変えないかを考え続けた。
「ヤン坊、マー坊のキャラクターの初期設定は生かそうと考えました」と長屋氏は語る。兄のヤン坊はしっかりしていて、弟のマー坊は少しあわてんぼうという設定はそのままに、リニューアルに踏み切った。(図3参照)

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踏襲したキャラクター設定

若者の心を動かすミッション

サッカーの戦術を考えることに夢中になっているヤン坊、eスポーツに夢中になっているマー坊と、現代的な要素を加えながらも、長年親しまれたキャラクターの本質は変わっていない。天気予報のテーマ曲は「小さなものから大きなものまで動かす力だ ヤンマーディーゼル」という歌詞で終わる。なぜ、ヤン坊マー坊であり続けなくてはいけないかとの問いに再び長屋氏は答える。「ヤン坊マー坊の原動力は今も昔も変わりません。リニューアルするのは、私たちが目指す“A SUSTAINABLE FUTURE”の実現に向け、テクノロジーに加え人の力でイノベーションを生み出し、世の中の課題解決に貢献しようという決断の現れです。今度はものだけでなく、心を動かそうというのがストーリーに盛り込まれました」
ヤン坊マー坊の原動力は好奇心と探究心だ。双子の兄弟で従来からの子供らしさや2人の関係は残すことで親しみやすさは失われないように、さらに未来を担う若者の心を動かすというミッションが加わった。

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ヤンマーが実施したアンケート結果

ここにヤンマーが実施したアンケート結果がある。18〜59歳の男女を対象のアンケートでは「あなたはご自身の未来をどのように感じていますか」の問いに対し「とても不安を感じている」「やや不安を感じている」との合計が53%と過半数だった。未来へ希望を感じていない世情が読み取れる。一方、18歳〜24歳の男女を対象に「あなたはやりたいことを見つけるために自分でさまざまな体験・経験をすることは必要だと思いますか」の問いに対し、「とても必要だと思っている」「やや必要だと思っている」との合計が69%に達した。未来に対して不安を感じつつも、若い世代は前向きに行動しようとしている。
ヤン坊マー坊の位置付けはまさにそこにある。ヤン坊マー坊のキャラクターは人間味がある。好奇心旺盛で時々失敗をしてしまったり、探究心に溢れていたりと若者にも共感を得やすい。ヤン坊マー坊は若者の悩みに寄り添う。若者のやりたいことへの葛藤や悩みに共感して、未来を「動かす力」へと変える。ヤン坊マー坊は、若者にとっても身近なキャラクターとなることを目指し生まれ変わったわけだ。

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巻き込む力で共感を生む

大幅なデザイン変更であっただけに、異論を唱える社内外からの声への懸念もあった。長年親しんできたヤン坊マー坊の姿が、なくなることに寂しさを覚えるのは当然の反応だろう。そこで長屋氏は一般投票というスタイルを採用した。
「巻き込んで進めていくことが大切なのです。一般投票もその一環。巻き込まれれば当事者としてものを考えるようになる。また、投票したデザインには愛着が生まれやすくなる」。社内での異論には直接出かけていき、熱心にいまなぜリニューアルか、変えない部分は何かを説いて回ったという。

ヤン坊マー坊のリニューアルに先んじて、2023年6月にはアニメ制作が発表されており現在鋭意制作中だ(https://www.miru-anime.com/)。
昨年7月に米国ロサンゼルスで開かれた「Anime Expo2023」でも大きな注目を集めた。作品タイトルは「未ル」(ミル)。本作は、ヤンマーが制作・プロデュースを手がけるオリジナルアニメであり、同社がデザインの原案を考えたロボットが登場する。

「人と自然の対峙と調和」をテーマに、自然という私たちが生きていくために必要な住環境を守るべく、主人公が苦闘し成長していく姿、そこにあるロボットの姿をアニメで表現。困難なことがあっても、ひとり一人の挑戦によって、よりよい明日を作ろうという、持続可能な社会の実現に向けたヤンマーの想いを込めたものだ。ここにヤン坊マー坊がどのように絡んで化学反応を起こしていくのか制作サイドもまだ未知数だが、ひとり一人が未来を創る存在であるというメッセージは共通している。
「小さなものから大きなものまで」ヤンマーが動かしてきた過去に加えて、若者の心を動かし未来を創っていくことにヤンマーは力を注いでいる。希望に溢れた9代目ヤン坊マー坊に、多くの若者が勇気をもらうに違いない。

※取材者の所属会社・部門・肩書等は取材当時のものです。