ヤンマーマリンインターナショナルアジア株式会社
開発部 パワートレイン開発部
ヤンマーテクニカルレビュー
プレジャーボート向けハイブリッドシステムYF12eの開発
~ヤンマー初のプレジャーボート向けハイブリッドシステムの商品化~
Abstract
In recent years, the marine industry has seen a growing demand for electrification to reduce environmental impact and enhance comfort. Yanmar has developed a hybrid system for pleasure boats called YF12e, which features navigation using a motor and power generation using both an engine and a motor. Building on this product, we will promote the commercialization of electrified products aimed at reducing environmental impact and improving comfort.
1. はじめに
近年マリン業界でも、環境負荷低減や快適性の向上が求められており、船舶の電動化への期待が年々高まっています。ヤンマーでは幅広いボートに電動化商品を搭載できるよう、低出力・短時間の使用に適した純電動推進装置や、高出力・長時間の使用に適したハイブリッドシステムなど、さまざまな電動化商品の開発を推進しています。
今回、ハイブリッド商品の第一弾として、排ガスゼロおよび振動と騒音を抑制することで快適さを提供できるモータ航行、そして充電環境が整っていない環境においても充電ができる発電機能を、ひとつの製品で両立できるハイブリッドシステムを新たに商品化しました。
本稿では、このマリンハイブリッドシステムYF12eの製品コンセプトと市場の評価について紹介します。
2. YF12eの製品コンセプト
今回開発を行ったYF12eは、運河を航行するカナルボートや帆走が主となるセイルボートなど、高速で航行せず船内へ長時間滞在するプレジャーボートをターゲットとしています。一例として、図1にカナルボートを示します。ボートは、水中のプロペラを回すことで推進するため、減速時にエネルギー回生が行えない、最大回転速度で航行し続けることがある、といった点が陸上をホイールで走行する車両と異なります。また、今回ターゲットとするボートには図2に示すような冷蔵庫や空調機器といった船内電気設備が搭載されており、それらを使用するために、専用の発電機用エンジンを搭載する必要があります。
以上より、マリンハイブリッドシステムにおいては、低速で快適に航行できることや船内で長時間滞在する際に快適に過ごせるように船内電気設備が使用できること、さらに、エンジンなどの騒音が少ないことが重要となります。これらの要望を実現するために設定したYF12eのコンセプトを表1に示します。


表1 ボート使用者からの要望とYF12eのコンセプト
No. | ボートの使用者からの要望 | YF12eのコンセプト | |
---|---|---|---|
状況 | 要望の内容 | ||
1 | マリーナやその近辺での航行中 | 静かに低速で航行したい | 3.1. 低速でのモータ航行 |
2 | 排気ガスを出したくない | ||
3 | 港で係留中 | 陸電設備が無くても船内電気設備(冷蔵庫や空調機器など)を使用したい | 3.2. 航行と発電の両立と長時間の電力供給の実現 |
4 | バッテリの残量が低下 | 航行中/係留中に関わらずバッテリへ充電したい | |
5 | 船内で滞在する | 静かな環境で食事したい、眠りたい | |
6 | システムを操作する | 簡単に発電の開始・停止を行いたい | 3.3. 使いやすさを追求した操作インターフェース |
7 | モータ航行とエンジン航行を簡単に切り替えたい | ||
8 | システムの状態をひと目で把握したい |
3. ハイブリッドシステム実現に向けた適用技術
上述したコンセプトを実現するために開発したYF12eのシステム構成と主要諸元を図3と表2に示します。本システムは、ヤンマーで開発した既存のエンジンの推進システムに、Li-ionバッテリやモータ、インバータを新たに搭載することでハイブリッド化を実現しています。一つのモータで航行に加えて発電も行うため、従来のボートで搭載していた発電機用エンジンが不要となります。
ハイブリッドシステム実現のために適用した技術の詳細を以降で説明します。

表2 YF12eの主要諸元
エンジン Engine |
型式_Model | 4JH80 | 4JH110 | |
---|---|---|---|---|
定格出力_Rated output | 58.8 kW | 80.9 kW | ||
回転速度範囲_Operation range | 800-3,200 min-1 | 800-3,200 min-1 | ||
モータ Motor |
定格出力_ Rated output | 12.1 kW | ||
回転速度範囲_Operation range | 1,000-6,000 min-1 | |||
マリンギヤ Marine gear |
型式_Model | KM-70HEA | ||
アングル角_Rake angle | 8 degrees | |||
減速比_Gear ratio | エンジン航行_Engine drive | 2.43 | ||
モータ航行_Motor drive | 8.05 | |||
発電_Generate | 5.17 | |||
Li-ionバッテリ Li-ion battery |
公称電圧_Nominal voltage | DC 51.8V | ||
バッテリ容量_Battery capacity | 23 kWh or 46 kWh(Option) | |||
操船系 Control system |
操船システム_Vessel Control | VC20 | ||
インターフェース_User Interface | 5" display for Hybrid | |||
各種性能 Performance |
発電_Generate | 定格発電量_Rated power | ≧ 4.5 kW @ Engine 1,200min-1 | |
最大発電量_Max power | ≧ 10.5 kW @ Engine 2,500min-1 | |||
エンジン回転速度範囲_Engine operation range | 800-3,000 min-1 | |||
陸上充電_Charging with shore power | 充電電力_Charging power | ≦ 3.0 kW | ||
入力電圧_Input voltage | AC 100-260 V | |||
船内電力供給_Output power for house load | ≦ 4.0 kW or ≦ 8.0 kW(Option) |
3.1. 低速でのモータ航行
本ハイブリッドシステムでは、前出の要望を満たすために排ガスを出さないモータでの航行を可能としています。モータの出力は、ボートが求める航行速度と発電量が両立できるように設定しています。また、エンジン航行では実現不可能な低速での航行を可能とするために、モータ航行時の動力伝達経路の減速比をモータのトルク特性に合わせて最適化しています。さらに、モータ航行はスロットル操作に対する応答性がよく、エンジン航行よりも細かい速度の調整が可能です。
一方で、モータによる低速航行にはエンジン航行の際には目立たなかったマリンギヤを含めた周辺機器の騒音が目立つことが懸念されるため、これを抑制することが必要です。そこで、動力伝達経路の各種歯車の噛合い条件を最適化し、モータ高速回転時でも歯車騒音を抑えられるように設計しました。また、潤滑油および冷却水を供給するポンプ類についても脈動音や振動を抑えられるように、機器の温度や稼働状態に合わせて駆動・停止および回転速度をシステムが制御します。
3.2. 航行と発電の両立と長時間の電力供給の実現
本ハイブリッドシステムでは、発電機用エンジンの代わりに航行用エンジンを用いて発電を行うため、従来の発電機用エンジンと異なり、ボートの加速/減速に応じてエンジン回転速度が変化します。しかし、モータ航行時の減速比で発電を行うと、モータの許容回転速度の制約によりエンジン回転速度の上限を低くしなければならず、航行時の推進力が不足します。
この問題を解決するため、図4に示すようにモータ航行に適した減速比を有する動力伝達経路と発電に適した減速比を有する動力伝達経路およびそれらを切り替えるクラッチを設けたレイアウトを採用し、各運転モードに適した動力伝達経路へクラッチを切り替えることで、図5に示すように航行時の推進力の確保とエンジン回転速度全域での発電との両立を実現しました。また、変速機構に回転速度シンクロ制御や動力伝達経路の切り替え制御を追加する事で、航行速度やエンジン回転速度に関わらずいつでも発電の開始・停止が行えます。
また、本システムでは、発電した電力をLi-ionバッテリに充電し、モータ航行での使用に限らず冷蔵庫や空調機器などの船内電気設備へも電力供給可能な構成となっています。これにより、就寝時や陸電設備のない場所での停泊時でもエンジンを駆動させずに長時間の船内電気設備の使用が可能となります。


3.3. 使いやすさを追求した操作インターフェース
本ハイブリッドシステムでは、従来のエンジン単独での始動・停止に加えて、モータ航行への切り替えや発電の開始・停止などの運転モードの変更を、操船者が変更したいタイミングでディスプレイから操作できることが求められます。しかし、機能が増えたことで、操船者が運転モードを容易に把握できず直感的にモード切り替えができないことが想定されます。また、ハイブリッドシステムは運転モードによって、エネルギーの方向が様々に変化するため、操船者が運転モードを容易に把握できないことも想定されます。以上から、操作インターフェースに関しては、操作性、視認性が課題として挙げられます。
一つ目の課題である操作性については、図6に示すようにモード切り替え画面に運転モードがイメージできるようアイコン表示し、スマートフォンやタブレットのような指先で直接操作可能なタッチパネルディスプレイを採用することで、だれでも分かりやすいモード切り替え操作を実現しました。
二つ目の課題である視認性については、運転モードの文字表示に加えて、エンジン・モータ・バッテリ・プロペラのアイコンを表示し、そのアイコン間にエネルギーのフローを表示することで実際の動力伝達経路を直感的に視認し、容易に運転モードが把握できるよう、図7に示すような表示画面をデザインしました。


4. 市場の評価
本システムをフランスの運河を航行するカナルボートに搭載し、実際にお客様に評価いただいた結果を以下に示します。
4.1. モータ航行についての市場評価
モータ航行時の動力伝達経路の減速比をモータ特性に合わせて最適化することで、本ボートでは図8に示すようにエンジンでは実現不可能な低速での航行が可能になりました。これにより「マリーナ内や速度制限のある水域で、周囲のボートや障害物などに注意しながらゆっくりボートを操作ができる」という肯定的な評価を、また、モータの優れた応答性についても、「従来のエンジン航行よりも速度の調整がしやすいので、運河のような狭い水域でもボートが操作しやすい」という評価をいただきました。
さらに、強風などの荒天時や流れの速い河川などでは、エンジンを用いた航行が可能であり、状況に応じて動力源を選択できるハイブリッドとしての利点も評価いただいています。
加えてモータ航行は、図9に示すように、エンジンと比較し13dB(A)の騒音低減を実現しています。そのため、エンジン航行と比較し低振動と低騒音が体感でき、「モータ航行中は静かで船内で快適に過ごすことができる」と評価をいただきました。


4.2. 発電と電力供給についての市場評価
本ボートが運航している運河では、陸上の充電設備があまり整備されていませんが、発電機能を有する本システムでは、航行中でも航行速度に応じた発電量でLi-ionバッテリへの充電が可能です。また停泊中であれば、図10に示すように、エンジン回転速度に応じて発電量が変化するため、操船者がエンジン回転速度を操作することで充電の速度を調整することができます。その結果、バッテリの残量を気にかけながら充電設備を探す必要もなく、必要なタイミングで自由に充電ができます。
また、本システム搭載前は、発電機用エンジンで発電した電力を船内の冷蔵庫や空調機器といった船内電気設備に使用していたため、船内滞在時はエンジンを常時稼働させる必要がありましたが、本システムを搭載することで、エンジンを停止した状態でもLi-ionバッテリから船内電気設備へ長時間の電力供給が可能となりました。
これらにより、図11に示すように陸上の充電施設を使用できない環境においても、自由に航行中に電力を蓄えることができ、夜間にエンジンを動かすことなく船内電気設備を使用でき、快適性と利便性の高さについて評価をいただきました。


4.3. 操作インターフェースについての市場評価
操作インターフェースおよびその操作性については、「エンジンからモータ航行への切り替え操作が分かりやすい」「現在の運転モードが直感的にわかり、一つのディスプレイからすべての操作ができシンプルである」といった肯定的な評価をいただきました。特に、操船中は周囲を気にかける必要があり画面を注視できない状況でも、モードのアイコン表示が付いた切り替えボタンを直接タッチする方法は、どんな状況でも容易に操作できると高く評価いただきました。図12にディスプレイ操作中の写真を示します。
一方で、改善が必要な部分も確認できました。前述のとおり本システムのLi-ionバッテリから船内電気設備へ長時間の電力供給が可能ですが、実際に使用いただき「就寝時にディスプレイがまぶしく消灯したい」「長期間滞在時の不必要な電力消費は抑えたい」といった改善の要望を受けました。そこで、航行前のスタンバイモードとは別に停泊時の船内滞在用モードを新たに設け、ディスプレイから変更可能としました。このモードでは、停泊中に必要のない機器は待機もしくは停止することで、機器類が就寝や滞在の妨げとなることがなくなり、図13に示すように本システムのスタンバイ時の消費電力の80%低減を実現しています。


5. おわりに
本稿ではプレジャーボート向けに新たに開発を行ったハイブリッドシステムYF12eを紹介しました。ヤンマーで開発した既存のエンジンの推進システムにLi-ionバッテリやモータ、インバータを新たに搭載することでハイブリッド化を実現しました。
また、本ハイブリッドシステムを購入・搭載するボートビルダーのお客様に対して、モータやLi-ionバッテリなどの新たな機器類に対するアフターサービスもヤンマーが一貫して提供するワンストップサービスを実現しました。
今後も環境負荷低減や快適性向上に向けた電動化製品の商品化を推進します。
著者


株式会社神崎高級工機製作所
開発部 商品開発部
中島 渉

ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部
電動電制システム開発部 第一技術部